バカな二人のクリスマス



===とある人物・・・・・の節===


「お、おい… もっと落ち着いた格好はできないのか、詩音」

「うるさいわね… アンタ、パパ? 隼人こそもっと派手にできないの? ジーパンばっかりで…」

 デートの待ち合わせでしょうか… 駅前で二人は服装をけなし合っています。


 ここは若者が集う町、帝和部・池宿。この街には若者の欲求を満たす幻想があるんだとか。今宵はクリスマス、寂しがりな者達が淋しさを埋めようと歩いています。満たされた者、満たされず家路に着く者、すでに満たされてるのにより良いものにしようと遊びに来る者、といろんな人間が出たり入ったりしているようで。カップルは三番目にがいとうするんでしょうか?


「隼人。あそこ並んでて」

 ティータイムの午後三時。パンケーキやの前に列成する光景を指さして、彼女と思わしき女性は言いました。


「ええ? パンケーキに二時間とか暇人じゃねぇか…」

「いいから”」

 めんどくさそうな彼氏さんを凄んでくる彼女。厄介ごとは御免だとしぶしぶ納得して、彼は重い腰を上げるのです。


「へーい… で、詩音しおんはどこ行くんだよ?」

「ブディック。新作のコート見に行ってくる。じゃね~」

「お、おい!!」

「ちょっとで戻るから待ってて」

 彼氏を置いてスタスタと、ハイブランドが連ねるショッピングモールへと向かう彼女。わがままと言うか、高飛車と言うか… 見てられません。


「…はぁ。わがまま女」

 彼女に良いようにされ、ヤングな街には映えない大男が一番後ろに並ぶわけです。191センチもあれば、彼を目印にして魔二人がはぐれることは無いんでしょうね。ボディビルダーの様ながっちりとした体を兼ね備え、怪獣のように縦にも大きな男。『これじゃデートの意味ないじゃん』とか彼は思ってることでしょう…


 30分後…


「お・ま・た・せ…♡」

 先ほどの格好とは違う、赤のエレガントでスマートな新作のコートやらに身を固めてやって来た彼女。すごい素敵…


「遅い、一時間は経ったぞ」

「経ってないわよ!! デリカシーないわね… 愛する人が綺麗になることに喜びを抱けないの?」

「だって二人で来たのに、俺も連れてけばいいじゃんか」

「いや、あたしを理解できるのはあたしだけ」

「あ、愛する人が良いと思うファッションがなのかよ?」

「だって隼人、こう言うのうといじゃない… ワンパターンだし」

「…へっ?」

 彼は思い悩んでいたことをストレートに言われて凹んでいることでしょう。たぶんそれも仕方ないことで、ガッチリとしていて縦にも大きな体に合う服を選ぶことから始まるから、イマイチ個性が出ないと言うか… センスは二の次三の次で後回し。着られるものを買っていたら、野暮ったくて同じようなデザインばかりでいつもウンザリしています。


「はい…」

「え? 何だよ… えーっと」

 そんなしょげた彼に、彼女から中身の入った紙袋を手渡されました。何でしょう… 中を取り出してみると、コートのようです。男物の… コートのポケットだったり、首元の部分をいじくっていると、彼女に冷めた感じで指摘されました。


「付いてないわよ。プレゼント用なら値札はフツー外すわ?」

「…悪い」

 ああ、なるほど… タグを探してたんですね。貧乏暮らしの長い彼は、ついつい商品よりも物の値段を見てしまう癖があります。優しさからなんです… でも彼女の言った通り当然ついているわけもなく。


「着てみて?」

「あ、ああ…」

 彼の思い抱いていたファッションを一新させる、シックな黒でおしゃれな大人を演出するコート。とても似合う… 彼が自分で買うなら多分選ばないでしょう。それにピッタリ… 


「ハイブランドだって大きなサイズを取り揃えてるわ。庶民に向けてのサイズ感でしか提供しないけど、海外のモデルは180センチないと務まらない世界よ。あなたの世界でもあるの」

「お、おう… サンキュー。すげぇあったけぇ…」

「ふふ… やっぱ、いい女の横の男は、いい男であるべきよ」

 と、照れ隠しの彼女の笑顔にときめく彼氏さんでした。


 ◇◇◇


「占い館・デモン… あそこには絶対行くの」

 パンケーキを食しながら、隼人・詩音カップルはそれらしい会話をしています。言っても二人は二十はたち十九じゅーくのヤングなのです。


「ええ? ウチんとこにもあるだろ」

「ここにしかないの!! …隼人が浮気してないか見てもらうんだから」

 付き合って半年ほどらしいのですが、ことあるごとに浮気しているんじゃないかと言ってくるそうで… それもそのはずで、普段付けもしない香水を振りかけてたり、髪型がびっちりオールバックで来たりとおかしな時があるとのこと。女の勘ってやつでしょうか? 侮れませんね。


 加えて彼は嘘をつくのが異様に下手で、何度か彼女に見破られているみたいです。典型的な尻にひかれるタイプの弱い亭主ですね。


「は? い、いや何だよ!! 急に…」

「アンタはあたしだけのもの。誰にも渡さない」

「それ本人の前で言う?」

「言うわよ!! 言わなきゃ伝わんないじゃない…!! 隼人が言ってくれないから…」

「…え?」

「何でもない!! とにかく行くの!!」

 聞こえているのに聞こえてない振りした彼氏さんはひどく動揺しています。まるで何かを隠しているかのように。


「とにかく、占い館・デモンに行くの!! なんでも『カオス占い』ってのがあってね? 占い師が悪魔の力を借りて、悪い心をのぞき見するの… 今、池宿で一番ホットな場所よ。もちろん悪いことを未然に防ぐための『絶不調占い』や、占い師が言ったことと真逆の事をしなきゃいけない『逆引き占い』ってのもあるわ」

「なんだそりゃ、面白そうだな…!! …ま、まぁ悪魔とやらに証言してもらおうかな。俺が悪さする子じゃないってことを」

 この時、占いの類を全く信用せず、己の信条だけで生き抜いてきた隼人さんは舐めてかかっていたのです。それが原因で痛い目を見るって言うのに…


 ◇◇◇


 占い館・デモン。池宿の外れのビルの地下… いわゆる若者が集うメインストリートからは考えられないくらい静かなとこにポツリと人だかりがありました。人気ラーメン店のように階段前でひっそりと列を形成しています。


「おっ… 意外にちゃんとしてんな」

「あたりまえでしょう? 海外のスターなんかも物珍しがって、お忍びで来るんだから」

 彼らも並んだのですが、ひとつ前の人間が話しかけてきました。なんて言うか、不思議な格好をされた方が…


「カップルの方ですか…」

「え、ああ。はい」

 頭を黒い布で覆い、目元は陰でちゃんと確認できませんが、声質的に見て女性でしょうか? 不気味さに詩音さんは無視されましたが、隼人さんは対応しました。


「あなた、中々禍々しいものを持っていらっしゃる… さぞかしモテるでしょう?」

「い、いや… 別に」

 彼女の手前なので言葉を選びますが、正直に言って隼人さんはモテます。仕事での付き合いで知り合った女性に何度も食事に誘われたり、モテるのが理由で仕事に結びつくほどなんです。それは彼自身自覚しているのでしょう。何度も縁談を持ちかけられたり、養子として迎えるって話も来てるくらいですから。ただそのどれもを拒否して今日に至ります。最愛の家族と、最愛の彼女を守るために…


「うっさいわね。アンタ、不気味だから話しかけないでくれる?」

「お、おい!! 何そんな興奮してんだよ!! 失礼だぞ!!」

「うっさい!!」

 彼女の強烈な罵声に動揺しながら制止する隼人さん。そんな二人を見て、列からずれる女性。一つ前が空いたのです。


「あらごめんなさい… あなたの彼を取ったりはしないわ。じゃあ…」

「私たちの前から消えろ!!」

「バカ!! すいません…」

「フフ…」

 女性は歩き去っていきました。その光景を見てか、列が解消されて… 隼人さんたちの前には誰一人いなくなりました。最前列が彼らに。


「お前が騒ぐから、前の人たちみんな引いて帰っちまったぞ… どうする?」

「…行くわよ。隼人の事が知りたいの」

「ハァ… でも変な奴らだ。わざわざ待ってたのに、列を抜けることはないだろう…」

 確かに異様な光景でしたが気にも留めず、彼らはやかたの中へ…


「いらっしゃいませ、コースはどれになさいますか?」

 店内に入ると、入り口手前のカウンターで呼びかけられました。左側に三つのドア、右端に長椅子… しかし誰も座ってはいません。


「えーっと…」

 台の上にラミネート加工されたメニュー表が。上から『全乗っかりコース』『不吉改善コース』『オーソドックス三種コース』『恋恋こいこいコース』『悪魔式コース』と書いてあります。何なんでしょう、独特なミーニングセンスで…


「悪魔式コースで…」

「かしこまりました。では真ん中の部屋へとお進みください」

「え…? 悪魔?」

 ドキドキしてる隼人さんに、『田舎上がりだと思われるでしょ』と冷静に突き放す詩音さん。ドアを開けて中に入ると、ドラマやアニメで見たようないかにもな占い部屋がありました。薄暗い部屋で待ち構えてる黒装束の女性。先ほど見かけたような黒い布で頭を隠しています。真ん中にテーブル、その上に水晶と紫色のテーブルクロス。部屋全体に一定の間隔で灯されてる蝋燭ろうそくの火だけが道しるべで…


「ようこそ、占い館・デモンへ… おかけください」

「アンタ… さっき私たちにちょっかいかけてきた女ね?」

「え…? な、何者だ!!」

 隼人さんは戸惑いながら戦闘態勢に入りました。詩音さんの力を信じているから…


「御見それいたしました… 噂通りの力量ですね。杉原詩音さん」

「て、てめぇ!! なんで知ってやがる…」

「落ち着いて隼人。場に飲まれるわ…」

 詩音さんの手元から放たれる甘くて優しいバラの香りが、隼人さんに正気を取り戻させました。いつ見ても甘美な能力です。


「安心してください。私たちはあなた方に危害を加えるつもりはありません。預言者ディノルヴァとして、戦友のあなた方にメッセージを送ることが使命。我々は同胞、社会から疎外された我々が傷つけあうのは間違っています」

「信用できるか!! なんで外で待ち構えてんだ… 客が去っていってのはお前の仕業か?」

「はい… 趣味でやっていた占いですので、同胞のあなた方の訪れを察知すれば、お迎えに上がるのも当然」

「じゃあ、あたし達をからかったのも礼儀の一環だって言うの?」

「ええ… 貴方方の力量を試すための。さっそくですが、この紙を持って、互いに向き合い念じてください」

 黒装束の女性にハガキサイズの紙を手渡される二人。隼人さんは《いぶか》しげにその紙を見つめて…


「お前の仕込んだ罠だろ!! おい詩音、どうだ…?」

「紙自体に仕掛けはなさそうね。…ただの和紙」

 匂いを嗅ぎながらそう答える詩音さん。もう皆さんも薄々察する頃でしょうが、詩音さん・隼人さんの両名は現代言葉で言うところの異能の持ち主です。彼女は匂いから色んな情報を手に入れることが出来ます。


「止めだ!! 出よう詩音」

「え、ええ…」

「『出よう』? 出れませんよ、この空間はすでに私が支配しました。貴方方あなたがたは私の言うことを聞くだけしか許されていません」

「何だと!!」

 焦りから先ほどのドアに手をかける隼人さん。しかし固く閉ざされていて、ドアノブが回ることはなく…


「ふざけんなっ!!」


 ———ボガッ!! 鉄の扉を殴りつけますが、ボワワン!!と殴りつけた拳を弾き飛ばされる始末。


「クソ!! 固いとかじゃない… 勢いを掻き消す力を帯びている」

「無駄よ… さっきまで怪物のわざ。あたしでさえこの女に近づくまで気づけなかった… 何が望み? アンタ、あたし達に何しようって言うの?」

「さっきも言ったでしょう。神の預言を託したいのです。あなたが言った通りで無害。さぁ… 念じてください」


「…分かった」「チッ…」

 観念したかのように、詩音さんは隼人さんに向き合って目をつむり、紙に向って祈りを込めました。その様子を見て、隼人も祈りだします。


「目を開けてください。紙に反映された色を確認して」

「反映? うわ、黒いぞ…」

「あたしのは赤い…」

「そうですか… 残念です。あなた方は永遠に結ばれることはないでしょう」

「何よそれ!! 何がわかったって言うの?」

「お、おい!! お前まで場に飲まれるな」

 隼人さんは激昂する詩音さんをなだめますが、『うるさいわね、分かってるわよ』と払いのけられました。


「人はよく、『恋は盲目にさせる』と言いますね… あれは物事の真理を突いた上手うまい表現です。先人の言葉は未来の私たちに残した財産なのかもしれません」

「回りくどい!! 何がダメなのか答えて!!」

「…黒は悪魔を意味します。赤は血… 言うならば、悪魔の妖艶な匂いに近づいた獲物ターゲットがあなたです。蜘蛛の巣のように絡みついては離れない… あなたが彼に吸い寄せられるのが必然だったかのように…」

「何それ? 何をもっての悪魔?」

「あなたは彼の正体に気づいてるはずです。彼が隠す秘密に。彼がかもし出す匂いに…」

「お、おいおい、適当なこと言うなよ… 詩音、惑わされるなよ?」

 二人の会話に思わず口をはさむ隼人さん。真剣な場面なのは分かってはいるのでしょうが、自分の事をさらけ出されそうになって急に不安になり、居ても立っても居られないようです。そんな彼は彼女の逆鱗げきりんに触れてしまいました…


「うっさい!! そこで静かにしてて!! …で? その悪魔っていったい何?」

「それはいずれ、あなたの人生が指し示すでしょう。この世にはいまだ解明されない謎がひしめいています。…地力リガと言う摩訶不思議な力では導き出せない答えを、悪魔は知っています」

「隼人は… どうなるの?」

「え…?」

 黙ってろと言われて必死に口を紡ぐ彼でしたが、急に自分の話題になり思わず声を漏らしてしまいました。


「隼人さんのことより、あなたの身の心配をしてはいかがですか?」

「私…」

「詩音に何があ…」


 あ… あ。あ…

 

  彼の意識はここでいったん途切れるのでした‥‥‥‥…。

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