夜に疼く一族

 タバコをふかして… ラブホテルの一室。


「俺マジでアンタと合体したわけ?」

「うん、ズコバコとお尻ヒリヒリよ」

「おえ…」

 やっちまった。でもなんかそれも仕方ないか… と楽観的なのは何故だろう。防衛本能が働いて記憶からいち早く消し去りたいということなのだろうか…


「んで… アンタ誰?」

「沢田由紀って名乗ったわよ」

「いや、男じゃんお前」

「ひっどーい。おっぱいあるわよ?」

 と沢田は胸を寄せる。…イラッとする。匂いとか男のくせにすっげースケベそうな香りしやがって…


「いや、シリコンで作った偽乳だろうが。もうハメれんぞッ!!」

「…もう、ハマっちゃったんだけどね」

「うるせぇ!」

「イタっ」

 思わずげんこつしてしまった。「イタぁっ」て声がオッサンだった…



「継ぎ足すのは簡単よ、邪魔になったらとっちゃえばいいから。でも取り除いたらもう治せない。跡継ぎ作れなくなったら… ママに捨てられちゃうから…」

「あ…? 何で?」

 俺はどんな確執があるのか根掘り葉掘り聞こうとした。 


「何やっても良いけど子供は一人作れって…」

「…ふーん。ほんで、俺が結婚を前提にお付き合いしてます的なアレか…ていうか」

 根本に気づいてしまった。まず前提がずれている…


「お前も男じゃね?」

 俺男、沢田も男… 顔合わせられねぇじゃん。ご両親、卒倒しちまうよ…


「あ…」

「「あ…」じゃねぇよ、どういうことよ?」

「普通に好きな人を連れて行けばそれでいいんだとばかり…」

「はぁ…」

「いや、引かないでよ」

「ていうか、俺アンタと会ったことあったっけ?」

「…まぁ、忘れてるよね…」

「…すまん。…いや俺がスマンなのか?」

「あれは二年前…」


 新船区・河田町でパーソナル障害を知ってもらうって大行進の打ち上げでサクラとして参加してた俺が、悩める沢田にアドバイスしたんだとか… 結構無駄話が多いんで割愛したが要は沁みる人ことを言ったらしい。そのイベントに呼ばれたのこそ覚えているがそんなイイ話したか…?



「「…じゃあどうもしなければいいんじゃない? 理解されようと思うから辛いんだから…」ってあなたの言葉、今でも一語一句違わず覚えてる」

「…恥ずかしいな。名言を意図して言ったみたいじゃねぇか…」

「…ともかく、私は両親に心は女だと告白する。だから付き合って」

「まぁ、依頼受けちまった以上… やるけどよ」

「…じゃあ予定通り今週の日曜日…」

 嘘つきだらけで散々だったけど… まぁ俺を愛したってこと、それ自体は嘘じゃないみたいだしもうここまで来たら依頼を達成して金を手に入れないと俺が報われないので引き続き依頼の打ち合わせをした。男を抱いたわけだからこれは浮気じゃないよな…と自分に言い聞かせて。



 そして約束の日曜日… 朝七時


「こんな朝っぱらから会う必要ある? 散々入念に打ち合わせしたじゃねぇか…」

 茶店に男二人… 客は俺たちだけ。


「本当は昨日の夜から集まろうって話を譲歩して朝にしたんだから、文句言わないでよ」

 ばっちり決まってる。しっかり沢田由紀を演じてる…


「もう一度確認だが女性になることをカミングアウトして、すでに彼氏もいますって進め方で良いんだよな?」

「うん。どうにか説得して沈めて…? うちのお母さん怖いから」

「お母さん? お父さんじゃなくて?」

「お母さん。お父さんは尻に敷かれてるの」

「…あ、そう…」

「なんでも昔、夜龍ナイトドラゴンなんて呼ばれてたらしいわ」

「…そう言うことは先に言えよ」

 夜龍ナイトドラゴン… 絶対ヤバい奴に付けられる勲章じゃん。頭がヤバい奴に… 


「…おっけ。これでも奥様方には好かれるほうだ。なんとかね… でもよぉ」

 これを聞くべきか迷ったが、迷いながらでは任務に支障をきたすと思って聞いた。


「その先は… 俺たちの関係は一時的なもので…」

「…うん。心配しないで。その先は大丈夫」

「大丈夫ったって…」

 さみしげな顔したな… 今を生きることで必死な…少女の目だったよ。


 ◇◇◇


 沢田家のインターホンを前にして…


「案外普通な暮らししてるな… ナイトドラゴンにカマっ子…そんなことを家からは感じられない」

「家が見た目やら性格やらを語ってくれるの? 外観だけで分かるのはセンスだけよ」

 …正論を言われた。しょぼーんとなってしまう。


「…じゃ押すわね」

「ちょちょちょ待って… えっと…どういう感じで出てきて…えーっと」

「なにサクラのあなたが緊張してるの? ふふお馬鹿さん」

「何だとぉっ!!」

 俺が軽くキレるとケツをパンっと叩かれた。


「どしっり構えてる隼人くんがカッコいいよ?」

「な…」

 今見せた微笑みにはドキッとした。…相手はおカマなんだ、何をそんな…


「あんたら… 何やってんだ。家に用かい?」

 そんな考えもぶっ飛んだ。出てきたのは外人の奥様。沢田亭から…



「…」

「…」

「…」

 …え? 何これ… 「沢田幸雄です。恥ずかしながら戻ってまいりました、お母さん」って玄関先で大きな声で言うと母親が「そうか。上がれ… 茶くらいだしてやる」っていうもんだから上がったら客間に通されてこの沈黙… 皆目見当もつかない。


「…なんだその恰好。ハロウィンならまだ先だ」

「…お父さんは?」

「死んだ。癌でな…」

「…えっ」

 沢田は父親の死を受け入れがたそうにしてる。外人のお母さんは俺のほうに目線を寄越す。


「アンタは…?」

「は… 初めまして。由紀…お君とお付き合いさせていただいております。川崎隼人と申します」

「お付き合い? こいつは男だよ?」

「あ… はい。重々承知の上で…その、ドンと来いって…感じでその…」

 俺の回答を待たずして幸生をきつくにらむお母さん。


「お前をそんな子に育てた覚えはない!! お父さんも泣いてるよッ!!」

「…お父さんは、私に向き合ってくれた。病室で笑ってくれた…」

「…会ったのか。お前も…」

「お父さんは…」

「しっかりしなッ!! 私の息子なのに…」

「別に勝手でしょ?」

 由紀は興奮からか声が大きい。そんな状態の由紀を黙らせる一言…


「昨日の… あれ・・お前じゃないのかい…? そんなこと知ったら…」

「うっ… も、もういいっ!!」

「あっ、おいっ!!」

 俺の声を振り切って沢田は飛び出してしまった。この戦場に俺一人…


「え…っと」

「ごめんなさいな、隼人さん。…幸生に頼まれたことなんでしょう?」

「は… はい」

 蛇に睨まれたかのようにビビっちまい、白状する。


「今まで厳しく接して… 半ば軟禁のような日々だったわ。あの子…」

「はぁ…」

 まるで他人事。自分は何もしてないように言うのでどう捉えていいのか分からない。


「あの子ね… 夜にだけ、狂い咲くの…」

「は…?」

「昨日の通り魔… あの子がやったんだわ。現場見たけど間違いない、覚醒者の反抗よ」

「え??」

 突然の発言に俺は耳を疑った。そんな俺に彼女は話を続ける。


「私は、茂雄… 今の夫に出会って変われたわ。疼かなくなった。いえね、夫には疼くけど… でもあの子…」

「…あの、疼くってのは?」

「殺人衝動よ…」

「え…?」

 こんな素敵な女性から聞けるとは思わなかったヒヤッとする言葉“殺人衝動” 


「あなた、愛してくれない? あの子のこと。お金ならいくらでも見繕うわ… だから」

「いや…それは愛じゃないでしょうよ…」

 急に食い気味で言うもんだから若干引いて答える。


「じゃあ、殺してくれないかしら…? 私の普通の暮らし、普通の幸せを… あの子に壊されたくないの…」

「お前、何言ってやがる!! 親だろうが!!」

 思いもよらぬ彼女の言葉に思わず切れてしまった。爆発的にビックリしたのだ…


「もう疲れたのよ… 夫の介護に夫のお母さんとの確執に… 今まで畏まったことなんてやってこなかったから…」

 何じゃそりゃ。どいつもこいつも自分の事ばっかで…


「私が疲れてる最中、彼は覚醒したわ。最初は夜でも止めようとした。でも私の体は一つ、困りかねた私は彼に軟禁を強制した」

「軟禁ってのは…一体?」

「施設に幽閉させたの。12の頃。でも飛び出して今…」

 勝手にやってるって感じか。んで今回の事件…


「そうやって…対価を払ってアンタは手を汚さないのか…? 勝手にやってろ、俺を巻き込むな」

 俺も俺で自分の事さ…


「…ふふ、あなた… 静江とドンパチやったのね?」

「静江? いきなり何の話だ」

 さっきまでの疲れた顔をさっぱりさせ、不敵に微笑む母親。


「…確か、岩橋静江…」

「岩橋…静江!? なんでその名を…」

 俺に鮮烈な傷跡を残して死んだ岩橋円の母…


「懐かしい匂いだと思ってね…アレと昔何度も交えたの… 今は随分と手広くやってるらしいわね… 確か空想世界とかなんとか」

「…それらを俺に提示して… 何が言いたいんだ?」

「別に… 殺ってくれたら情報を…とかそういう話じゃないんだけれど…」

 間を置いた。ためを作って…


「まだまだあなたくらいには勝てそうね。目をつぶってでも…」

 とんでもないことを言いだす。タイマン張りたい年頃の学生かっ!!


「俺とやるってのか?」

「情報を渡すから幸生を殺ってなんて回りくどいこと言わないわ。私に殺されたくなければ…大事なもの奪われてくなければね」

「ふざけるなッ!!」

 彼女は俺との距離を一瞬のうちに詰めて…


「ほぐわっ!!」

 腹への膝蹴り… 意識が飛びかけた。


「どう? あなたごときでは私に勝てないこと分かってくれた?」

「ぐ…」

「体外変換を使うまでも無いわ。あなた…」

 手を地面につけて…


「氷帝・ディヴォーク」

「な…に?」

 氷の巨神兵… 何十メートルとデカい。その右肩に女が…


「夜龍(ナイトドラゴン)なんてしょぼい名前はナイファー時代に暗殺ばっかの闇討ちしてたから付いただけ、もっとこう暴れたかったの… 無敗の女である私。そんな私を満たす相手が静江だったのよ…」

 巨兵が膝をつき手をついて四つん這いの格好… 彼女はその肩から降りた。


「私の一族はね… 弱ければ破門なの」

 カルキュドル・一族。フランシス国の殺し請負家業。殺しの依頼を受け和泉国に乗り込んだ沢田春子ことカルキュドル・イリスは右も左も分からない状態で手を差し伸べてくれる通訳トランスレーターの茂雄に恋してしまったという。フランシス国では夜になると殺しの限りを尽くしてきた少女が…


「メロメロ… いっつも親身にお世話してくれて… 優しくって温かくて… 営みが待ち遠しくって…」

「そんな話はどうでもいい」

「…どうでもいいとは失礼ね。…当然、一族に追われる身となったわ。でも一族最強だから切り抜けてこれた。けどあの子は違う… 化け物だった私が産み落とした一族の希望…」

 …そう、寂しそうな顔で言った。


「幸生は人間的にも実力的にも弱い… だから死なせてあげて?」

「て… てめぇッ!!」

「同族殺しは禁忌…それを破ってまで彼の将来を悲観し殺そうとしたこともある。私が殺してあげればそれまでなんだけど遺伝子レベルでそれを許さなかった… 親である私には殺せなかったの」

「…!!」

 俺はそれが優しさなのかで判断に迷った。


「次から次へとあの子の下に刺客が送り込まれるわ。一族のデータとしてあれこれ手を加えられる前に殺して… あの子には生きづらい世の中なの。辛い思いしてまで生きることが幸せだと思う?」

「…そんな依頼は飲まねぇ。俺個人的に、アイツを変えたいだけだ」

 そう言うと沢田亭を後にした。



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