振り向くもんか
「ん… あれ、俺…」
暗い部屋。目を覚ますとそこは俺の部屋のベッドの上だった。左に目をやるとぼんやりと見える…誰かがイスに腰かけてる。
…確か、江西で死闘を繰り広げて… それから… あー駄目だ!! 頭いてぇ…
「あ…目が覚めたんですね」
「飛鳥…か…」
そうだ… 飛鳥が来てくれたんだ。ダッサい俺を守ってくれた。あんなかっこ悪い姿見せてこれから俺はどう接すればいいんだよ…
「あのあと… どうなったんだ? おぶられたあと…」
「…ええ。私もびっくりしたことがあって…」
おぶって丘を下ろうとした際に、『駄目だ、そのまま上に居ろ!!』という声の先を覗くと釣りバカっぽいおじさんが… その声から五分もしないうちに巨大な波が江西港を覆ってしまいました…
「…お前の昔話みたいな口調のせいもあって、にわかに信じがたい話だな。アイツとグルになって俺にドッキリでもしようってのか?」
「ホントですよッ? 海が私たちを犯そうとしたんです」
「犯すってお前…」
海に意思があるみたいに言いやがって… この生娘が。
「なんでも、『怒りに触れたから』…だそうです。かってに島の財宝を持ち出したことによるそうで」
「財宝? …そう言えばアイツ、
「ええ。その石がどうやら今まで島を守っていたようですが…」
…じゃあアイツのせいじゃん。フツーに。て言うか、そんな神話みたいなことあるか…? …
「汚れた街を、海は洗い流しました。十年前の悲劇も、新たに立てられた建物も全部全部飲み込んだそうです…」
…なんでお前がそんなに悲しそうにしてやがんだ。とは言えない。
目の前のこの子は俺にはない、家族以外にも愛をばら撒ける普通の人の子なんだな…
「…んじゃその後…依頼主は?」
「あの釣り人でしたら、私たちをここまで送り届けた後『北へ行く』と言ってましたが」
「…なんちゅうロマンティスト。あ、…連絡先も何も聞いてねぇや」
一応依頼に関する取り決めをしてない… 俺は無報酬であんな過酷な場所に出向いたって事になるな。トホホ…
「銀行の口座へは明日中に報酬を振り込むそうですよ。依頼は達成したそうです」
「え? 連絡先交換したのか?」
「ええ少しばかし
「…お前、看病はおろか
まだ十七やそこらの子供だってのに大人相手に… 肝が
「一応出張費やクリーニング代まで請求しておきました。…そういえばあなたの事、食事に誘えず残念がってました。男の人なのに、そういう関係もあるんですね…?」
美樹のやつ、本性を飛鳥には見せないってか。俺にも一言ぐらい挨拶くれるんだろうなぁ…?
「…もう体は大丈夫だ。一人にさせてくれるか?」
「しません」
「…え?」
レスポンスの速さとその回答にビックリした。クイックレスポンス…
「今夜は解放記念日にすべてをさらけ出したいんです」
「…おいそれって…」
「最近… ちゃんとお話してないなって。まだまだお話したいんです」
なんだよ… それ。俺もだよ…
PRRR… 電話だ。
「…わりぃ、出るわ」
――「え… あ、はい…」
飛鳥に断りを入れて、ケータイ持って部屋を出てすぐのトイレにこもった。誰からか見ると紗耶香からのものだった。
――「何やってんの…? 行っちゃうよ?詩音ちゃん…」
「…依頼から帰ったばかりでな…身体の調子が悪い」
…こんな返ししかできない俺が情けない。でももう終わった関係なんだ。なあなあにしてちゃ瑠奈ちゃんにも悪いし。
会えば会ったらで… また会いたくなっちまうかもしれない俺が怖い。あんな楽しい恋愛させといて…
――「もう会えないかもしれないんだよっ? 好きあってたんじゃないの?」
「え…?」
やっぱり、気づいてるよな… 俺たちの関係。あんなに大胆なことやってんだ、盲目とは言えバレないほうがおかしいか…
――「とにかく来てよっ… 私、このまま詩音ちゃんを行かせたくない…!」
ぐすぐすと鼻をすする音がする。泣いているのだろうか。何でお前が… くそっ…
「
――「え… ちょっと…そんなのって…!」
俺は彼女の反応を待たずして携帯を切った。もう終わったんだよ… 言えるなら言ってやりたい。
体の疲れが、『めんどくせぇ』って言うんだ。…ホント、馬鹿みたいに愛してたのに。
~~~杉原詩音の節~~~
紗耶香さんがロビーのソファーで誰かと電話してた。大方予想はつく。隼人だろう…
彼女、空気を読め過ぎるがために気を回さないと死にそうな顔するからなァ… 懐かしいエピソードも多い。
あたしってもっと冷めた人間で割り切って一人飛び立てるって思ってたけど、いざ紗耶香さんに『お見送りさせて?』なんて言われたら嬉しくなっちゃって… お店閉めてまで、アタシの為にいっぱいのお花… 持って…
…でも足りないもの一つ。自分から捨てといて…ないものねだりだよね…?
彼女が電話をしてた頃から三時間は経っただろうか… ラウンジでお話。それこそ他愛のない話に花を咲かせる。
でもそれが楽しくって… 搭乗時間があっという間に近づいていった。その近づきに胸を痛めるのが怖いから… その苦しみを忘れられるようにいっぱい話した。
空港のロビーにて改めてのお見送り… 長いようで短い一年間だったから…
「気を付けて、ね…?」
紗耶香さんは優しい。あなたの愛する隼人を奪っちゃうドロボー猫のあたしを見送ってくれるんだから。からかいの意味も込めて意地汚いこともした悪役令状みたいな私を、だ。
よくあたしの分のお弁当も作ってくれて…『一緒に食べよう』って… 本当に妹のように可愛がっていただいた。全部が全部あたしの宝物。
この人が店長でホント良かった…
「ありがとう紗耶香さん…」
花束は機内で邪魔だろうとアロマキャンドルを貰った。とってもいい香りだ… 薔薇に囲まれたような気分になる。
「…ごめんね」
「え…? な、何が?」
急に泣き出す彼女。え?どうして? そんな彼女を見てもらい泣きしてしまいそうになる。彼女がいったい何に泣いたのか…おおよそ見当はつく。でも異様に悲しくなってきて…
「…う…隼人くん…の、こと…」
「いや、別に関係あったわけじゃないから…!! 別に…べつに…」
もらい泣きはしたが気丈にふるまってみせた。別に来たって何かあるわけじゃない。来たってもう…
…嘘。ホントは連れていって欲しい、引っ張ってほしい。一緒に搭乗してほしい…
私を求めて欲しかった。弱い私を支えて欲しかった…
「もう… いいよ?」
「う…ううっ…ぐっ!!」
彼女の胸でいっぱい泣いた。取り返しのつかないことをした… あたしが悪いのは分かってる。でも…でも…
あなたの最期になりたかった。あなたの隣でもいい… 最期までいたかった。
「やっぱり… うっ…あたしの…側にもっ、ぐ… いて…欲しかったぁ…んっ…」
「そうね… そうね…」
こんな気持ちを誰かに喋ったことはない。だけど紗耶香さんの温かさ、ぬくもりがそうさせる。
二人して泣いて… 別れを告げ合った。ありがとう… その言葉しかもう出ないくらいに泣いたかな。
「…来るわけない…よね…」
泣き止んで顔洗って… せっかくメイクしたのに一からやり直さなきゃ… 見送られながらエレベーターを降りる。搭乗口を経て飛行機へと…歩きながらひとり呟いた。
涙ながらあたしは振り向くことなく搭乗するのだった。…バイバイ、隼人。
~~~~~~~
…紗耶香の電話を終えて俺は自室へ。部屋に戻って飛鳥から質問攻め。お話したいことが山ほどあるって言うんだ。横になりながら話をする。
詩音は今頃、空の上だろうか…
「そういや、弓矢…じゃない弓道大会で入賞したんだってな?」
「…ええ。一位と二位はくれてあげました」
「くれてあげました…ってずいぶん上からじゃないか。なんだ? 本当は余裕で優勝できたとでも?」
「ええ… 私は記録を残す入賞さえすればそれでよかったんです。隼人さんがいれば… どうだったなんて言うつもりはありませんが、人は孤独です… 愛なしには戦えない」
「…悪かったよ」
よく分かんねぇポエムみたいなこと言いやがって… ほらな? ガキっぽいとこもある子なんだよ飛鳥は。
それじゃ一生懸命やって来た人間に対する侮辱だ。変に優しい所もあるから勝ちを譲ったってこともあるかもしれない…
まぁ、見知った顔を見ると安心してリラックスできるらしいし、神経を集中させて
あれこれ考えて『俺は悪くない』方向に導きたいんだけど、結局俺が悪いな…全部。
「もう過ぎたことです。今度は私の番…えっと、好きあう女性はいないんですか?」
「な、なんでそんなこと言わなきゃいけねぇんだ」
「あの釣りキチおじさんといい隼人さん、おホモさんなのかなって思って」
「ちげーよ!! 選ぶんなら若い金髪の美少年にするわ!!」
「え? やっぱり興味はあるんですか~?」
「だぁっ!! ち、違う…海外志向が強いだけだ!!」
年下にマウントを取られる情けない男。謎理論で難局を乗り切ろうとするところまで含めて無様。
斜に構えて『やれやれだぜ』とか言っても栄えないな。ダサい俺では… やれやれだぜ。
「…じゃあじゃあ、玲奈さんのことはっ?」
「…いねぇ奴の名を出すな。女々しいのは嫌だ」
「ご… ごめんなさい」
飛鳥をシュンとさせてしまった。俺は冷めているのかもしれない。でも、いない奴の名前を、いない奴のことを… そいつらのことでもう苦しみたくない。
もう振り返りたくはない。俺だって散々苦しんだんだから…
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