あの日のトラウマ


「うわ!!」

 でかい石を投げ飛ばされて対処に困る。あんな岩が転がってるのもそうだがあんなか細い子が…


 ギャップってのは戦略的に必要な戦術だ。ヤンキー子犬を拾うに倣いならい、俺も硬派を気取って実はスイーツ好きっていう設定で一時期やって行こうと思っていたが、硬派でもなければ甘いもんも好きではない。難しい世界なんだ。


「な… なんだお前ッ!!」

 そんな難しい世界をいとも簡単にやってのけてしまう目の前の女。

 ゴズロリ娘が自分の体よりでかい岩をぶん投げてきたのだ。現代のア○レちゃん!?


「ウラァッ!!」

 俺は飛んでくる岩を砕いた。かなりの力でかなりの肩で… 破片が彼女にあたったが、ケロッとしている。

 ガゴッ…と人の身体がせないような音してたけど大丈夫か?

 悪党で男なら殴ったりもできるが女だとそうもいかない。


「母を… 木を守る…」

 そう呟くと、俺たちに襲い掛かってきた。


 ――『地力リガ硬化ロック”』 

地力リガを体内にて変換し、硬化させた左腕で拳をガードする。


 ボゴッ!! 女のストレートで出した右の拳と俺の左腕がぶつかる。彼女の拳は俺の体を突き飛ばし、俺は地面を転がった。


「ぐぅ…わああッ!! 痛ぇッ!! 腕が…」

「隼人くん!!」

 コイツ鉄か何かか? 左腕を抑えながら地面を転がる。

 ものすごいパンチでおそらく骨にひびが入った… 鈍い痛みだ。

 受け止めたときに衝撃で背中から腰にかけてもダメージを負った。

 

 俺が倒れ込んだのを見て、瑠奈ちゃんは女に飛び蹴り。スカートがまくり上がりながら、女の顔面をとらえた。が…


「…まさか」

 全く動じることなく… まるで地面とくっ付いていいるかのようにその場を動かない。

 瑠奈ちゃんは壁を蹴るかのように顔面で反発し後ろに飛んで間合いを取った。かなり力のこもった蹴りだったしアレは…


「瑠奈ちゃんも、地力リガを扱えるの…?」

「ええ… そしてこの子も。ロボットよ、正真正銘人の皮被った、鉄の塊みたいだけど…」

「…だとしたらなんで、地力リガを扱えるんだ?」

 覚醒者として当然の疑問を投げかける。瑠奈ちゃんも知るはずないのに。



=====地力リガについて=======


地力リガ】…  とある地方では【地力グランド】と呼ばれているらしい。一説によると覚醒者を淘汰する現代、隠語として名を変えて今も現存しているんだとか。

 地力まいけるなんて名前つけて読んでる覚醒者に会ったこともある。もしかしたら俺らの呼び方が間違ってるのかも。


 大気中に存在すると言われている“【地力リガ】” 

 この力を扱う覚醒者とはすなわち、“【体内返還ラデカル】”か“【体外返還マデカル】”が出来るということ。

 簡単に言うと自分の体内で変換するのか、体外で変換するのか… 言葉のとおりである。


 地力リガは器にすくい上げ、それを変換するという形でイメージしてもらうと分かりやすい。

 器がでかい人間ほど強く力を発揮できる。『人間の器が…』なんて言葉もここからてんじてきているんだとか、いないんだとか… 

 そんなことを考える俺はまだ、ことわりを求めようとしている。まだまだだ…


“【体内返還ラデカル】”瑠奈ちゃんはネイルを変形させて長くし、異常なまでに強度を高める。

 そしてより鋭利にした。この行為が“【体内返還ラデカル】”にあたる。肉体の活性化など身体に変化を与える変換方法である。


“【体外返還マデカル】”は… 俺は出来ないので説明できない。要は魔法のように、体の外で地力リガに変化を与える変換方法だ。

 ちなみに、何故変換ではなく返還という言葉を使うのかと言うと、地力を使うと大地に還るから… らしい(いとしいわく)


 忘れられし記憶… 非科学的で合理主義者にはたどり着けない境地。そんな境地を人間ではなく機械に与えるという境地を超えし境地との遭遇である。


============


「人が先か、機械が先か…なんてこの際どうでもいいわ。何故か狙われて、隼人くんは腕折ったって事実だけで」

 と言うと彼女は爪をとがらせた。身体をプラプラと震わせて…


「“踊り斬りフラバジェク・リタニ”」

 やわらかい身体を生かし、見えない角度からその爪でゴズロリ衣装を引き裂いた… 踊り狂うダンサーのように熱いステップで何度も何度も…


「…えっ!!」

 ボロボロになった服から現れたのは血濡れの素肌。…人の皮をかぶったロボット。思わず半歩退く瑠奈ちゃん。

 その女ロボットはと言うと、右腕を前に突き出し…


「危険レベル5。抹殺します」

 …腕からレーザー光線を放ってきた。その光線は、瑠奈ちゃんの顔をかすめて後方の地面に衝突した。

 そして起こる爆撃。爆破。凄まじいエネルギー量だと爆破音で分かる。


「…ぐっ、熱っ …クソ」

 焦げたほっぺを触りながら手のひらを確認する彼女。血がついていたようで、ハンカチで拭っている。クソだなんて下品な言葉も出してしまってる。


「…隼人くん」

「な… 何?」

「手出し不要。女の顔傷付けるなんて、教育のなってないロボットね」

 爪をさらに立てながら… 瑠奈ちゃんは不気味な笑みを浮かべた。あんな怖い顔できるのかよ…


「どっちにせよラスト… この爪は、全てを裂くの…」

 爪を標的に向け… もう片方の腕は向けた腕を掴んでいる。


「ターゲット… 抹殺…」

「はぁぁあああああッ!!」

 またしても瑠奈ちゃんに手のひらを向けてレーザーキャノン体制で… それを待つことなく下から、女との間合いを詰めて… 


異次元斬マルディル・エセス!!」

 ザザッ …一裂き。下から上へ…半分に裂いた。右腕側は力なく裂けて倒れたが左側が心臓部分に手を当てて…


「ピピピ…標的… 補足できません。エネルギーパーツに深刻な損傷アリ」

 上半身だけで地面をもがいている。機械とは言えど心苦しい… かつて見た、必死に生きようともがく戦場の人々の姿と重なった。

 重なったらと思ったらだ…

 

「ビビビ… ん~ ふんふふん~ふ~ふふん」 

 いきなりハミングをし出す少女。狂ったかのようで俺も瑠奈ちゃんも距離を取って見守っている。

 爆破でもするんじゃないかと思っていると… 


「ピーピッ!! 動力源変換装置アクセルコンバーターに以上アリ、地力グランドの変換に失敗しました。…お父さん、お母さん…ゴメンね。お父さん…オト、ウサン」

 悲しそうにそう呟いた。その後力なく崩れるのであった。強い… あんな硬い人を爪で切り裂くなんて。

 …むなしいものだ。他人の経歴だスキルだ何だを見ることなく積み重ねてきたものを一瞬で壊せる。

 世の中で生まれる殺人はそう言ったむなしさを超え… 環境などに追い込まれた先で行われているものだと信じたい。

 殺された人間があまりにも報われないから…


「…だハ~ッ!! 痛てて… 一体何だったんだ…」

 俺は緊張の解放から、地べたに座った。相変わらず左腕は鈍い痛みが…


「…わからない。ただ、ロボットを壊したと一言で片づけたくない。アレは、ロボットに宿りし怒れる人間そのものだった」

 彼女は感傷に浸ってる。ロボットと言えとここまで巧妙に動けるなら人間に見間違えてしまう。

 辛い思いさせてしまったかな… 


「…帰りましょう?」

「…え? 落とし物ってのはもういいのかい?」

「もう手に入った。…来てよかった」

 本当によかったかのような表情。幸せに満ち足りている。俺は次なる使命を果たそうと準備する。


「…そっか。…一人で帰れるかい?」

 俺は腰を上げてケツについた草を払って彼女に言う。その使命を彼女に背負わせまいと…


「え? 隼人くんは?」

「…多良木ほったらかしじゃ帰れない。目覚めが悪いし、今度は俺が落とし物をしそうだ…」

 あんなロボットがのさばってるこの多良木… きっとまだ住人がいるんだ。俺たち以外に生き残ったのか他所よそから移り住んだのかは知らないが。


「…そう。なら私も、私にも手伝わせて?」

 彼女も肩をグルグル回しながら、まだまだ動けるアピールをしてる。正直ケガしてる俺には心強い。


「んじゃ、一つ行くかね」

「ええ」


 多良木… 約2,000㎢の海に囲まれる島。資源に富んでおり、山に川に谷に海に自然とたわむれて遊べる場所が多い。

 諸説あるが、覚醒者を恐れた研究者たちによって滅ぼされたという。ボタン一つ、国家の監視下で遠隔に… 安全圏で嘲笑う。


「何処に言っても、悪党っての同じような形態取ってるわね… メルキスもアメリシアも同じ…」

 乗り捨てられた車に乗っかって、運転しながら言う瑠奈ちゃん… 正直めっちゃカッコいい。

 俺は海外旅行したことないのでネット上での世界しか知らないけど彼女は世界をまたにかけるキャリアウーマンだから嫌なこともいろいろ見てきたんだろう。


「…まるで侵略戦争だ、俺たちが何したってんだ… 同国民で醜き内戦。その間に他国はどんだけ成長してるんだろうね」

「外界… それはもう神秘的なものだったわ。和泉国よりも文明が進んでて人々の生活を便利にし、時間を作ってその時間で趣味を充実させて… どこも幸せな家庭ばかり。外とのつながりにも努力してて、より良いものを作ろうという信念の下で…国境を超えても皆で協力し合うの。そういった意味でも先進的」

「…耳が痛い話だね、和泉国いずみこくにとっては」

「もちろん古きをとうとぶのは大事な事だけど、それだけに支配されていては新しいことには出会えない。何事も過度は禁物ね」

 外に出たことない外界憧れの人間は数多くいるが、彼女は実際に見て聞いて感じてきたんだ。

 良いものは取り入れ、悪いものは見直す… ただ闇雲に自虐的に自分たちを卑下し傷つける人間が多い中、立派だ。芯がある…



 しばらく車を走らせると、荒廃の中で村を見つけた。『ようこそ、秋乃村あきのむらへ』と門構え。

 ただただ荒らされており、瓦礫がれきの山だ…


「…多分これ、荒廃こうはいのちに建てられた村ね」

「やっぱり俺たちの他にも…」

「…アレ見て」

 彼女は指さす先… 防空壕の穴がもっこりと。その穴を覗き込むとやはり、俺たちが以前住み着いていた近代的なつくりの核シェルターがあった。


「…ここからえだしたんだな。俺たちとは違ってこの場所から新たに踏み出そうとした人たちがいたんだ」

「そうね。でも…」


 ――――プシュ――ッ シェルターが動く。


「…まさか!!」

 シェルターが開かれた。中には二人の母娘。村はこのありさまだ… もう誰もいないものだと思っていた。



◇◇◇


「…最近の事なんです。ようやく落ち着きを取り戻した街に現れた彼女は…」

 中に入れてもらい、話を伺った。俺たちは今日起きた出来事を話したのだ。どうやら機械の女の子はここで生まれた訳じゃないらしい。


「少しづつ歩みを進めてきましたがもう限界で… そんな中、外を出歩くあなた方をお見かけし何事かと思いましたよ」

 母は語る。緊張から解放された今、娘は外に飛び出していった。年のころ五、六歳のまだまだ遊びたい盛りの子供。


「他に住民の方はいらっしゃらなかったのですか?」

 瑠奈ちゃんがお母さんに聞く。…すると彼女は表情暗くなってしまう。


「無線機で応答を呼びかけましたが、他の20基地… 反応はなく」

 彼女に聞くまで知らなかったのだが、この核シェルターは全21基地、すべてがリンクしており連絡を取り合うことが出来たという。

 3年前まではついていた連絡が途絶えたらしい。この核シェルターはなんでも、一まとめにシステムを管理する中枢があるらしいのだが、その場所が分からないんだとか。


「私たちは30人ほどで形成されていたのですが、私たち以外は機械の彼女あの子に皆殺しにされました。でも子供を抱いていた私を前にすると…」

 頭をかきむしり、人間らしく悲鳴を上げて遠くに飛び去って行ったという。家族愛に嫉妬でもしたのだろうか… 俺たち以外には生き残りがいないのだろうか。


「ママぁ」

 口元を光らせながら娘が走ってきた。ディスコのライトのように口元から乱反射する光。見覚えがある光景だ…


「ゆ、優ちゃんッ!! 何舐めてるの?」

 異様な光景に母は焦ってる。


「美味しいの。ひおったの…」

「こら、出しなさ・・・」

 母親が口をこじ開けようとしている。俺の中に浮かんだこと… それは


「瑠奈ちゃんッ!! 伏せろ!!」

 俺は瑠奈ちゃんに飛びついて地面に倒れこんだ。身の危険だった。あの瞬間に冷静にはなれない。俺のトラウマ、こびり付いた残酷な記憶がそうさせない。


 ――ボバンッッ!! 母娘の身体は弾け飛んだ。爆風が血をばら撒いて、肉塊が壁に叩きつけられる… 


「…っ!!」

「そ…そんな… 何が起きたの!?」

「クソッ!!  ブラックキャンディ… まだ残ってたか…」

 俺は無残な光景を前に、残酷な記憶を思い起こしていた。忘れていたんじゃない、無意識のうちに封印されたものだったのだろう。

 子供には酷な話だ。目の前で昨日まで遊んだ友達が消し飛ぶ風景なんぞ…


「…そ、そんな…」

 瑠奈ちゃんは無残な光景を前に立ちすくむだけだった。



 【堕落を鎮める甘い飴ブラック・キャンディ】…俺たちも散々苦しめられた。 

 ババンと弾けるパチパチ味… のCMで当時話題だった“パチパチキャンディ”とパッケージが酷似こくじし、飢えた子供たちはお腹を満たそうと舐めた。

 それを見ていた子供たちを巻き込んで爆発するのだ…


 何のために作られたか…? 簡単だ。多良木の住民を殲滅するため。核の嵐に耐えた人間を生かしてはならない。

 ここを生き抜いた人間がまともなはずはない。強者だけがここをべる。そんな人間たちが報復に来れば… ただでは済まないだろう。

 加えて多良木に起きた悲劇的なこの惨状を国民に伝えられるのは避けたいのだ。

 暗い歴史を背負った子供を標的にし大人を巻き込む魂胆だったのだろう。…どんどん出てくる消したい記憶達。

 


 ブラックキャンディの他にも酷い仕打ちを受けてきた。鬼の面被った人間が生き残りを滅多打ちにしたり、博士のような人間が捕らえた子供に謎の液体を注入しその子供の身体がふくらんではじけた様も隠れて見てきたんだ… 人間の皮を被った悪魔たちを。

 捜索隊に捕らえられた人間の行方は未だに分からない。子供たちは親元を離され、別の島に連れて行かれたと聞いている。


 俺たちがなぜ生き延びたか? 簡単さ。松吉さんが俺たちのために身体張ってくれてたから… そんな彼に憧れて、俺は家族のために死ねる人間になろうと決心したのだ。

 彼は俺たちのヒーローだった… 戦地に一人食糧探しや農作。実に五年もの間食わせていただいた命の恩人。


「クソッ!! なんで俺のもとから消えてくれないんだ!!」

「隼人くん…」

 俺は地面を叩くことしかできなかった。もう少し冷静なら救えたかもしれない命を前に、逃げろと伝令した脳みそ… 本能的に動いてしまった。

 そんな俺の肩を瑠奈ちゃんは抱いてくれた… その優しさが辛かった。


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