それぞれのバトンタッチ


「ごめんね…」

 

 母娘を弔い、悲しみに暮れる間もなく車は走り出す。町から町へ… しかし人影は見当たらない。


「もしかしたらあの二人が最後の生き残りだったのかもしれないが、それを知る手立ては…」

「手だてなら、あるわ…」

「え?」

「…中枢よ。この地に長いこと根を張っているなら何か知ってるかもしれない」

「でも場所が…」

「めぼしい場所ならあったわ」

 軽快に車を走らせる。…元来た道を戻っているのだ。瑠奈ちゃんはどうやら中枢に心当たりがあるらしい。


「あそこに…?」

「私はそう思う。…村は立てられても木は守れないから」

 車に乗って、先ほどの思い出の場所へ。核シェルターの中枢、マザーブレイン的なものが俺たちの思い出の木の周辺にあるのではないかと踏んでいた。

 灯台下暗し… 確かに他が灰色ですす舞う中、この木は青々としている。


「確かに『木を守る…』的なことを言っていたな、あの子」


 学校… 車を止め、木の前までやって来た。灰色があふれる中で唯一他と違う色を持つ…壮大だ。この地の主なのかもしれない。 

 俺は先ほどの戦闘を思い出していた。もしかしたらマザーブレインがこの島の現状を把握しているかもしれないのでは…との考えに至る。


「この一帯はオーラを感じていられる。機械の身でも神聖な場所だと感じてたり…」

「ロボットが地力リガを扱えるんだ。俺たちも知らない、人智を超えた世界が待っているのかもしれないよ?」

 あーだこーだ考察を繰り返して時間が過ぎていく。しばらく立っていると…


 プシュ―――ッ 地面が盛り上がって、めくれた。その中から階段が見えた。


「…自らか。とうとうラスボスがお出ましか?」

「罠かもしれないわね… 気を付けていきましょう」

 悩むこともなく、俺たちはその罠かもしれない階段を降りる。

 すると見えてくるでっかい扉… シェルター同様、核戦争に耐えうるような頑丈なつくりだ。扉の前に立つとガガガガガッと勝手に開いた。


 その先… 近代的なコンピュータールーム。でっかいでっかいモニターが壁に埋め込まれ、そのモニターの下の方では操作パネルが並んでる。

 その横には2つの… 言ってしまうなら大きな水槽に一人の女性の身体、一方は空である。


「…気味が悪いわ」

「ああ、何を目的に…」


 ―――プッツン… モニターに電源が入る…


「…誰だ!!」

「…初めまして。私が中枢ちゅうすうにあたります、マザーでございます」

「「!!」」

 俺たち以外の声が空間に突如現れた。どこだ? 見渡すも誰もいない。あるのはデカい機械だけ。


「我々は佐藤幸太郎と言う技術者によってつくられました」

「佐藤…? …子供たちにお菓子配ってたおっちゃんか。環境問題がどうたらってスピーチしてたな」

 確か緑の会っていう月一のイベントで子供たちを呼んで環境について考えましょうねって講義してた。

 講義終わりに親睦会としてみんなでサッカーとか野球したりするんだけど、子供達よりもはしゃいでいた姿が懐かしい…  よみがえってきた子供時代。


「それなら私も分かる。白ひげのサンタみたいなおじいさん…」

「はい。仰る通り、環境運動にてお菓子を配り、そのお菓子の裏面に印字された言葉をご両親に読んでもらうのが狙いでございました。12年前、この街を守る為に飛び出し戦争の火種となった研究者です」


 …そうだ。佐藤さん。毎週イベントでサンタみたいな格好して子供たちにおどけて見せて、毎週お菓子配ってた。

 それを取り合いしてじゃんけん大会は彼が作ったイベントだったんだ。

 いとしは彼のこといていたな… いっつも『佐藤さんが…』 って俺に話してたっけ。


============


「えみちゃんとこーへいが、おもちゃ…取るんだ。だからパンチしたの。そしたら先生に『だめ―ッ』って怒られたの」

 当時8歳の愛。施設暮らしで内気な子だった。好奇心がふくれ上がったのも、研究者であった佐藤からの影響が大きい。


「そうか…」

「ボクのをとったのに… ふえぇえええん!!」

 泣きだす俺に慌てふためく佐藤。還暦を迎えたお年寄りの慌てぶりではない。


「よ、よし。おもちゃ作ってあげる。だから、男の子は泣いちゃいけないよ?」

「え? おもちゃ作れるの?」

「…そうだ。君が作ればいいじゃないか」

「え? ぼくできないよぉ」

「生み出したものが褒められたら、楽しいぞ?」

 いとしの世界は広がった。壊す喜びから作る喜びに目覚め始めるのだった。


「いとしぃ、すげぇー」

「うん!」

「いとちゃんがつくったの?」

「そうだよ!」

 褒められれば伸びる。彼はメキメキと成長し様々な分野の技術を応用して今の発明に至るのだ。

 佐藤同様に科学はいろんな分野とつながりがあることを見出していくのだ。そうした結果、今の新発見に繋がる。


============


いとしが嬉しそうに語ってたな。師匠に褒めてもらいたいって」

 俺は嬉しそうな当時8歳のいとしの幼き日の顔を思い浮かべた。

 昆虫とかをばらすのは気持ち悪かったけど、壊す喜びは彼に学んだ気がする。ストレス発散つーか何て言うか…


「この女性は?」

 水槽に入ってる女性を指さして俺は言った。聞いちゃマズそうな話でもここで聞かないと後悔しそうだったから。


「その女性は、あなたがたが地上で戦った少女の母親でございます」

「母親…?」

「マルチネス・ガーリィ… 彼女はアメリシアの研究者です。佐藤耕太郎の妻にあたります」

「妻ってことは…」

鋼鉄の女の子ジュディ・ガーリィは… 二人の娘です」

 こんなことってあるか? 研究者の娘? 実験のために改造でもされたのだろうか…


「まるで心を持ったロボだった。人間だったのか?」

「人間… でした。生後間もなく、本人は亡くなりました」

「亡くなった? …一体どういうことだ?」

「…彼女は、エンジンを乗せ換えた車のように… AIを肉体に埋め込んだ改造人間サイボーグです。至る所が継ぎ接ぎつぎはぎで、完璧な肉体とはいきませんが…」

「でも人間のように… しゃべってた」

「装うことはできます。しかし人間のようにはなれません。人間ではないからです」

 彼女以上に人間の喋り方をするマザーは言う。これも装いだってのか?


「それにしても何故、ロボが地力リガを操ることが出来たんだ?」

「リガ…地力グランドのことですね。…そもそもが賭けだったのです、佐藤にとって彼女の体にAIを組み込むことは。彼は晩年、環境問題に取り組んできました。そこで見つけた地力グランドはAIにとってとてもいい教材だと判断しました。『環境と共存できない者が人を愛せるか』 …佐藤の言葉です」

「それで?」

 しんみりと語るマザーに俺はせかせかと要求する。続きが気になるもんだから…


「自然と共存する選択を選ばねば生命の維持に必要な地力は得られないと教え込んだのです。しかしながら、プログラム通りにはうまくいきません。彼女とは12年この部屋で共にしたのですが、ジュディとしての自我があったのでしょう。残念な話ではありますが、佐藤が起こしたこのプロジェクトは失敗だったのです。人間として生まれさせたかった少女は人間と共存する道を示さなかった。彼女は思い出にこだわり、人間としての実態がなくなった父母に思いを寄せるだけの少女になりました。誰彼構わず人間を傷つけるのも人間に殺された両親を思ってのことでしょう」

「…」「…」

 俺も瑠奈ちゃんも二人して黙った。あの子もまた… トラウマを負わされていたのだな。

 そんな人の子を…


「でも悔いないでください。失敗作として彼女は、人類のいしずえとなったのです。彼女とも12年の中で、人間のり方や考え方を、ロボット視点からではありますが教えてきました。彼女もそれは納得していたのです。本来は10年後に地上に上がる約束でした。しかし2年延びたのは彼女自身がまだ学習できると、伸びしろがあると思ったからのことです。そしてその原動力となったのは父である佐藤が掲げた信念『失敗することで失敗を恐れず進むことができ、やがて成功することが出来る』という言葉。つまりは人柱としてより精密なデータを世界に届けようと願っての事なのです。あなた方が悲しんだら彼女は報われません。人じゃないんです、所詮我々のやっていることは真似事…」

 悲しいこと言うロボットに、俺たちは何も言ってやれなかった。


◇◇◇


「多良木に生き残りがいるか分かるか?」

「この地にはもう生き残りがおりません。観察所サブコンからの伝令でメインの私に通達されています。この地を襲った【ネオポリス】と名乗る集団もその者たちの研究所も、ジュディが生き残った住民共々殲滅せんめつしてしまいました」

「そのネオポリスってのは…?」

「私もその者たちの実態を把握できておりません。突如やって来て全てを奪ったやからと言う認識しか私には…」

 いずれ出会うであろうネオポリスとやら… 多良木を壊滅かいめつさせたんだ、デカい勢力なんだろうな。

 俺たちが多良木で暮らしてることが分かればすぐに牙を剥いてくるのではなかろうか。


「…机の上ににディスクがあると思うのですが…」

「ああ、1枚ある」

「操作モニターに挿入していただけますでしょうか?」

「…これは?」

アンチ・政府の革命家ブロックディフェンド。そこの女性… マルチネスが目覚めます。おそらく佐藤は使わないことを願っていたのでしょう。しかし不安から、改良型を一つ残したんだと」

「信用… していいのか?」

「私を信じて… 多良木を必ず復興させます」

 俺たちを、亡くなった母娘を守ってきた経緯がある。俺は素直に従った。水槽に入っていた液体は抜けて… 水槽が開かれた。


「この身体は、私が大事に使わせていただきます。全てはあなた方が帰ってこられるように…」

 中から出てきた裸の女性が話しかけてくる。さっきまで聞いてたマザーの声を持つ女性…


「マザーなのか?アンタ…」

「ええ。あなたのトラウマも私が拭い去ってあげますよ。佐藤が愛したこの島を必ず…」

 俺たちは握手を交わす。遠い未来になるだろうが、多良木が青を取り戻せれば、世界が明るくなるはずだ。


「…そうだ。これを受け取ってください」

 水槽から何かを取り出して俺たちに手渡した。赤い… 真珠?


「これは?」

「…これ朱真珠あかしんじゅよ!! この鮮やかな輝き、間違いないわ。宝石店で初めて見たときかいたかったけど桁が一つ多くて…」

 …瑠奈ちゃん、そういう感じなんだ。


「ジュディとマルチネスの身体の機能を維持するために使われたようです。私にはわかりませんが高価なものでしょう?」

「あんたはコレ無しじゃ困らないのか?」

「はい。どうやら生殖機能を取り戻したようです。生理が…」

「「は?」」

 マザーは本当に母親マザーになったようだ。仕組みは分からないが人間としての機能を取り戻したという。地力リガも扱えるそうだ。


「独り身の私よりカップルのあなた方に首元にそれぞれあった方がいいと思いまして」

「いや… その…」

 俺は言葉を濁す。その反応に瑠奈ちゃんは暗くなった… がパッと明るい表情を作って『ありがとう』と返す。

 別に始まってもない恋物語。…なのに申し訳ない気持ちでいっぱいだ…


◇◇◇


 マザーに別れを告げ、船を隠した海岸へ。もう住人がいないことも確認したしマザーに見送られながら多良木から脱出する。


「やれるかな… 彼女たちは」

 瑠奈ちゃんは不安げに言う。俺は理由はないけど確信してる。マザーならやってくれると…


「やれるさ。こんなに生き物が愛してくれてるんだ」

 あの木だけかと思ったけどよく見たら緑が増えつつある。自然に野鳥や虫たちを見てなんとなくだけど、心配させまいと気負って俺は大きく出た。

 でも信じてる、いとしの師匠だし俺達の生まれ故郷だしな。


「で… あのさ… 私たちの関係についてなんだけど…」

「くかーっ」

 船の上、瑠奈ちゃんが座ってる俺にふってきた。次に何とくるか大体予想はつく。

 …詩音のこともある、うやむやにしておこうと壁にもたれ寝たふりだ。俺ってホント罪な奴だよなぁ…


「…もぉ。まぁいいわ」

 寝たふりの俺に彼女が後ろから抱きついてきた。真正面から… 例のごとく胸のふくらみを感じる。


「ぐわっ ちょ、瑠奈ちゃん?」

「…ズルいじゃない。私だけ置いてけぼりで女の子作って…」

「いや… あの…」

「昔からそうよね。あなたの周りには女の子がいっぱい。でもだれか一人に絞ることはせずに…」

「そ、それは…」

「分かってるわ。隼人くん、優しいから順位をつけるようなことはしたくなかったのでしょう? 本当に好きな子にも好きでもない子にも… 誰にでも愛をあげてた」

 …刺さるな。ピュアラブ少女って感じの瑠奈ちゃんだからなおのこと重い。


「私、今は手に入らないけどあなたをあきらめない。それならいいでしょ?」

「…宣言されても わわっ!!」

 地面に倒され、マウントポジションを取られる俺。


「だって… 隼人くんしかいないんだよ? 私も私で消えてくれないの。あなたがある意味トラウマでね…」

 彼女のこぼす涙が俺の顔にかかる。あったかい… 変な感じになって、鼓動が早まってる。

 彼女を求めようとしてる… 泣いてるのに笑ってる彼女を。


「ねぇ… 隼人くん」

 俺の顔を両手でつかみ… 潤んだ瞳でキスをする。


「…ハァ、ハァ… 私、今心臓バクバクで止まんないや。隼人くんを求めてる」

「ハァ…る… るなちゃ…」

 息が止まるかってくらい長い口づけ。いきなりのことから鼻呼吸を忘れてしまっていた。爆発しそうなのは俺もだ。求めてるのだって俺もだ。目が回りそうなくらいおかしくなってる。


「私のこと… もらってよ キャッ」

 まただ… 例の発作。背筋を駆使して瑠奈ちゃん優勢のマウントポジションをひるがえして… 多分、俺は彼女に襲いかかった…んだろう。そしてそして例のごとく覚えていない。


 明るかった空は暗くなって… 裸んぼの二人が船で転がってる。服は無造作に脱ぎ散らかされて…


「…今、無性に幸せを感じてるの。優しく愛撫あいぶするあなたはまるでお母さんの乳房を求める子供のように私を求めて…」

「…そうかい。それ以上先を言わないでくれ」

 彼女の裸体に目を向けないようにして服を着だす。今日の俺は… 赤ちゃんプレーを発作でも起こしたんだろうか、相も変わらず記憶がない。


「よかった… 隼人くんで」

「そう…」

 『何が俺で良かったの?』なんて聞かない。今二人にあるのは幸福な時間だけ。ゆっくりと…幸せな時間が流れる。

 …ただ熱も冷め、身体の関係を持ってしまったこと1点においては詩音には申し訳なさでいっぱいだった。

 そして俺がずっと黙ってるもんだから瑠奈ちゃんはとうとう俺との関係性について聞かなくなった。何か悟ったかのような…


 ◇◇◇


「…ここで良いわ。ありがとう」

「あ… そっか」

 帝和駅で別れた。ゆるりと何気ない会話をして… それで終わり。『今度いつ会える?』とか『また連絡するね』とかお互いに気恥ずかしいし、恋仲ってわけでもないから会う理由もない… 

 『もうこれっきりなのかな…』なんて思うと涙が出そうになる。詩音という女がありながら、寂しさを感じたのだった。



======一方、隼人たちが後にした多良木では…=======


「へぇ… アンタ強いじゃん。地力リガがアンタからみたいにエネルギッシュだ…」

「あなたは… 隼人さんとどういうご関係が? あなたが隼人さんを隠れて覗いている動きをずっとキャッチしていました」

 マザーと鬼の面を付けた金の鉄パイプの様な棒を持って対峙している。


「あら… じゃあ俺、尾行をさらに尾行されてたのか… まだまだだな…」

「あなたを拘束します」

 手から電気を発生させるマザー。彼女と対照的に手元から触手の様なものが…


「…やれ、貪る子猫ちゃんピティー・キャット

「はうっ!! はぁあうあああっ!!」

 マザーの身体に絡みつく謎の物体。突如として身震いをさせるような刺激を与えてきた。

 マザーはこの状況に困惑しながらいやらしい声を出し続けてしまう。


「その子は地力を吸い尽くすんだ。それがとっても気持ちいいそうで、吸われるとみんなアへ顔ピース決め込んじゃうわけ。どう? …性の喜びを知った感想は?」

「あうはっ…!! ハァ…ハァ… 最っ低…ですね。これが屈辱…ですか」

 彼女は振りほどこうにも身動きが取れないでいる。鬼が触手の本数を増やし彼女の手を広げさせる。十字刑のように体の自由を奪われてしまうマザー。


「ふふ… まだまだ続くよ?」

「あううああぁっ!! ひぃうッ!! あうつあ、あ、ああぁあああっ!!」

「君にはコレクションになってもらうんだ… もっと喘いでよ?」

 鬼面きめんの鬼畜っぷりでマザーは休みなく喘がされ続けるのだった。



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