灰色の町



「そんな… そんな…」

 隼人くんがこぼす。夢も涙も希望も… 何もないんだと。

 彼からそんな弱気な言葉聞きたくなかった。私まで弱くさせることを知らないんだ… 

 お姉ちゃん… 私の唯一の肉親。これじゃあ…


「…」

 そんな彼に私は、声をかけてあげることも肩を抱いてあげることも出来なかった。私も私で穴がぽっかりと開いた。

 人を助けてあげられる余力なんて誰にもない…


「…何でこうも人間たちはみにくく争うのかね…? なんできょうぞんできないのかねぇ… 武器をとらなきゃ、安心して眠れないってことか」

 松吉先生も子供たちを支えながら、言葉をこぼしてしまう。それはほとんどの子たちもそうであったように。

 …ただ、二人だけは違う方向を見ていた。


「…私にとって、荒らされようが壊されようがこの街はこの街だ」

 斜に構える玲奈。手は震えてる。でも目は真っ直ぐに敵を見据えている…

 こんな状況なのにまだ年端としはも行かないのになんてたくましいの? …本当に恐ろしい子。


「…学校も無くなっちゃったね。明日からは何しよう…」

 神崎愛かんざきいとし… 玲奈と同じ施設の子。隼人くん曰く、変わり者で虫をバラバラにして紙に張って飾っているらしい。

 何でもかんでもバラバラ、知りたい欲求から他人の自転車をバラバラにしてこっぴどく怒られていた。

 そしてお腹が空いたら道端に落ちているものなら草でも虫でも食べちゃうんだとか…


 子供なのに強いとかそういうんじゃない、見え方が違うのだ。誰も教えてくれるわけじゃない、独自に養われた目。

 この二人には街と言うコミュニティより、寝起きをする場所程度の認識で映っていたのだろう。

 家族が肉親がいない彼らがそう思っても仕方のないことだ。だから街や居場所を変えても、案外すんなりと対応できる二人なんだなと思った。


 すすの舞う荒野… ただひたすらに歩みを続ける私達。防空壕から持ち出した食料や水も底をつき… 歩みをつづけるほかなかったのだ。

 これからどうしようかなんて、きっとここのみんなは誰も考えていないんだろう。そんなことを考える余裕ができ始めた頃のことだった…


「そこで何をしてるッ!!」

「…!!」

 しばらく団体で歩くと、武装した兵士が三人。一気に緊張が走った。


 バババババババッ!!

 出会い頭に発砲。容赦がない…

『うわぁああああ』『きゃあああ』と兵士に背を向け逃げ出す私達を尻目に撃ち続けてきた。

 『みんな!! れ――ッ!!』と先生の大きな声を聞きながら私は必死に逃げる。みんなバラバラに走り出したが、私の横を走っていた女の子が撃たれた…

 怖くて振り向くことも助けることも出来ずにただひたすらに走った。飛んでくる弾、土がえぐれて顔にかかる。弾丸がすぐ足元をすり抜ける…


 後にも先にもないくらい必死に走っていた。周りを見ることなく、奴らから逃げる。

 日常はあまりにも脆い。簡単に侵略されて簡単に崩れ去る。どのくらい走ったのだろう… 覚えていない。


「ハァ… ハァ…」

 …私一人、丘の上。多良木は黒で溢れてるのに私の身体は真っ白だ。隼人くんも玲奈も失って… 空っぽだ。


 ただひたすらに歩く、泣きながら歩く。一人ぼっちで歩く。


「…ッグ ッんグ…」

 手でボロボロこぼれる涙を拭いながらただ一人… もうどうでもいい、もう殺されてもいい… そんな感じで歩く。

 そんな私の前に現れた… 唯一の肉親。


「…あッ 瑠奈るなァッ!!」

「…ひっ‼」

 ビックリした。心臓が止まるかと思った。死んでもいいと思ってたのに“死ぬかもしれないこと”に動じてしまった。

 ただ一瞬冷静になり、聞き覚えのある声の方に… 目をパッと見開いた私の前には、私の姉・紫苑しえん香織かおり

 裂かれたようなボロボロのTシャツだ… ブラがところどころ見える。


「お姉ちゃぁあんっ!!」

 私は彼女の胸に飛び込んだ。泣いた… 年上の姉の前、普段は弱音とか吐かない子で来てたのにこの戦地、この不穏な世界では道しるべのような光にすがってしまうものだ。


「大丈夫… 大丈夫だから…」

 姉の優しい言葉に余計涙した。ホッとしたらドッと疲れて涙腺も緩む。まだ戦場なのにゴールした気分だ… 


◇◇◇


 お姉ちゃんに連れられ、もといた場所とは違う防空壕の中へ。

 どうやらお姉ちゃんが寝起きしていた場所のようだ。


「え…?」

 防空壕の中のこと。悲惨な現状がそこにはあった。外にも中でも異臭…


「人間はみにくいのよ…」

 姉は言った。死体が散乱していた。裸の女性と裸の男性、落とされた腕、地面に付着した血痕。

 争った形跡が見られた。個が溢れれる世界、それはいがみ合いぶつかり合う世界。

 絶対的な定義と絶対的な支配者でもなければ平和にはたどり着かないのだ。

 …こんな状況でも人々は争えてしまう。


「…瑠奈、この島を出るよ」

 姉は人間の汚さを全面に見たのだろう。もう誰も信用するかといった顔つきで眉間にしわ寄せて…


◇◇◇


「え…? コレで?」

 岩場に止めてあったゴムボート。私はたまらずツッコんでしまった。明らかにバナナボート。


「ここで死ぬくらいなら、海でおぼれ死ぬ方がいい。死なずに生き残れるかもしれない」

 姉は、もうやるしかないんだと背水の陣的覚悟を見せている。私もそれは承諾した、しかし…


「みんなが…隼人っ 隼人がぁ…!!」

 隼人くん、玲奈、いとしくん、松吉しょうきち先生… 三日間、短い間ではあったけど絆が芽生えていた。

 そんなみんなを置いて私だけ脱出だなんて… こんな状況でも嫌だ。


「…みんな? 本当に生きてると思う?」

 9歳の子供には、辛辣しんらつな言葉だ。こんな状況で… 姉もまた疲弊していたのだ。

 目元の隈、黒ずんだ服。どれもこれも苦労が住まってる。

 お姉ちゃんの苦労は分かる… でも!!


「やだッ!! 皆と一緒が… あ…っ!!」

 駄々をこねて、姉に迷惑をかける私。そんな私を置いてボートに乗り込む姉。

 非情だなんて今なら思わない。思うよりも先に身体が動いたんだろう。


「…待ってっ!! 待って待ってぇっ…!!」

 陸を離れだすボート。無言でこぎ出した姉。必死に… 必死に泳いで乗り込んだ私。死にたくない一心の出来事だった。


「お姉ちゃぁんっ!! ごめんなさい… ごめんなざぃいいっ!!」

 怖かった、こんな島で取り残されて… 末路まつろは見えているのに、待つことは出来ない。

 後悔の念が私を責める。誰に向けて謝ってるのか、そんなことはどうでもいい。謝んなきゃ自分が押しつぶされそうで…


「ごめんね…これ以上は乗れないや…」

 と泣く姉。ボートを進める。


「私もまた… 醜き人間なの」

 涙をボタボタこぼしながら… 姉はボートを漕ぎ進める。隼人を思いながら、離れていく多良木を見つめて…



=====現代に戻り======


「ごめんなさい…」

 私は記憶を一通り振り返り、彼に誠心誠意、頭を下げた。彼に向け自分の為にも謝った。

 許されたかった… 自責の念から彼にも会えない日々。忘れたくない記憶、すんなりと苦しみながらだが思い出すことが出来た。


「瑠奈ちゃんは悪くないよっ!! 俺、今生きてるから謝られると複雑っつーかなんつーか」

 あたふたして、頭をボリボリ書きながら必死にフォローの言葉を探してる彼。

 本当に優しい子だ、今も昔も…


「…本当に辛かった。失ったあの日から胸にぽっかりと空いた穴。そんな穴を埋めて、私を再び動き出させてくれたのよ、隼人くん」


 これも運命か… 帝和の街で旗持って何でも屋を宣伝し歩いていた彼を見かけたこと。直感した、隼人くんだって。

 彼の足取りを追って、玲奈れいないとしくん、それに見かけないもう二人と一緒に暮らしてることを知って安心したし嫉妬した。

 …それが原動力となって、今の私がある。


 やりたい事をやって暮らしてる彼を見て、自分もやりたいことのため… ファッション留学を決めたこと。

 留学先で有名デザイナーから評価を受けてその人の指導のもと、自社ブランドを立ち上げたこと。

 彼の知らない私の人生を洗いざらいすべて語った。スッキリした。

 それなのに彼は私の知らない過去を全く話してくれない…


「…確か、松吉しょうきちさんと俺と玲奈れいないとしで逃げ切ったんだよなぁ…」

 閉ざされた記憶その一… ふたたび防空壕の中に立てこもり、その場をやり過ごしたという。

 要所要所でしか記憶が出てこないから私もイメージがしにくい。


「んで途中、紗耶香さやかって子と飛鳥あすかって子とその姉・飛翔とばねさんと出会って生活を共にしてたなぁ… 飛翔さんは別に居場所があって… えーっと」

 その二… どうでもいい話を垂れ流し。彼のことが聞きたいのに…

 話の構成が下手なのか、本当に覚えてないのか…


「それで、成り行きで帝和に来た、船で」

「ええっ…!!? そんなことあるの?」

「…うん。まぁ…なんつーか特段、話すようなことでもないなぁ」

 多良木で緊張感あふれる生活をしてたのかと思ったけど、ノンビリ修行に明け暮れていたという。

 そしてほとぼりも冷めて、帝和に来たんだとか。…心配してたのになんとも薄っぺらい。


「俺は俺で何でも屋としてではなく、格闘戦士として地下闘技場にこもってたから、何でも屋のエピソードをそんなに持ち合わせてもないし… 格闘技の対戦相手とかの話ならある」

「いや、いい…」


 …いる、女性差し置いて会場で盛り上がっちゃう男って。…にしてもちょっと幻滅。薄っぺらいな。私を忘れるほど濃密な出来事あった? 

 …ホント百年の恋も冷めるよ、普通なら。だけど…


「私たちの関係って… 続いてるって認識でいいの?」

「え…?」

 私はあなただけ、少女のまま大人の身体になった私は冒険をする。恋人…いえ夫婦として寄り添うには目をつぶらなきゃならないところもある。

 譲ったり旦那を立てたり女性は大変… でも添い遂げたい人ならどんな困難にも負けない。

 大人の階段を上がる為にここは一つ、禁断のワードを彼に。


「私… あなた以外にはもうだ…」


―――ズガガガガガッ!! 突如として隕石でも落ちてきたような地面が削られる音がした。


「っ!!」

「なんだ…!!」

 私の言葉を遮り、彼は後ろを振り向いた。クレーターの中心には人影が見える。

 側に近寄ると、女の子がいた。ああいう服装なんて言うんだろう… ゴズロリ?


「…侵入者を感知」

「「!!」」

 グゴゴゴゴゴゴ!!と轟音鳴り響かせて穴ぼこから抜け出て私たちに向かって飛んでくる物体。距離にして10メートルまで近寄ってきた。


「排除命令… 多良木の侵略者。あなた方二名、排除します…」

 その声に戦闘態勢になる私たち。ゴズロリ衣装の彼女は、地面に転がってたデカめの岩を持ち上げて… 私たちに投げ飛ばしてきたのだった…



 ~~~


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る