神の住まう島


 ――ああー 男の人って何個いくつも愛をもっているのね~


「ばか… ずっと待ってたんだから」

 ホントバカだ… 普通、抜けるかね? こんな大事な記憶…


 愛情に深いとか浅はかだとか言うつもりはないけど、恋愛と呼べる代物しろものが何個もあれば当然一つ一つに注げる愛情は一人だけを愛し続けた人のそれよりも少なくなる。

 …まぁ子供の頃の俺はよくモテたよ。でも愛してくれた女の子たちの名前を全く覚えてない…


「隼人くん酷いよ。瑠奈のこと忘れるなんて」

 木を背もたれに二人して隣り合わせ。彼女は俺の肩に首を預ける。すると甘い香りが…


「…いやホントごめん。俺も色々あったんだ」

 談笑する十年来。忘れ去っておいて『ホントごめん』は今となってはないな。


「何それ? ホントごめんって謝る気あるの?」

 …ホレ、言われた。 瑠奈ちゃんは昔から考えが同じで調和していた…と思いきや、考えが同じためどちらが先に動くかでよく揉めてた。

 先にブランコ乗るのは… 先にジュースを飲むのは… とか子供らしいことで。


「…私、嬉しい」

「え?」

「また… 会えて」

 彼女の言葉は感慨深い気持ちでいっぱいだ。彼女は言葉を噛みしめながら、意を決したように『よしっ!』と掛け声の後…


「ごめんなさいっ!!」

 深く深く、俺に頭を下げた瑠奈ちゃん。俺は突然の行動に困惑した。


「…な、なにが?」

「あの時… あなたを置いてこの島を出て…」

 …あの時? そういえば、彼女と俺はどこで離れ離れになったのだろう。

 優しく美しい思い出ばかりが交錯して、アルバムをめくっているかのような状態だ。

 彼女が俺に言葉を投げかけて、記憶を紐解く…



 ~~~紫苑しえん瑠奈るなせつ~~~


 ―――話はさかのぼり…私、紫苑瑠奈はある決意をする。


「…会わなきゃ。取り戻さなきゃ…」


 帝和の街で… 思い人隼人くんは根を張っていた。

 何でも屋… 『二十歳にもなって地に足ついてないんだなぁ。私が彼を支えてあげるの』…なんて思ってたら四人を養ってるなんて言うじゃない。

 しかも、玲奈とも一つ屋根の下だなんて… 彼女とはよく喧嘩した。

 私は年の離れた姉と二人暮らし、玲奈は身寄りのない施設暮らしだった。

 お互いに親がおらず、二人とも女だけど男兄弟のような関係だった。


―――――紫苑瑠奈しえんるなここのつの頃


「お前っ!! なんで同い年と遊ばない」

 小二の隼人くんがスイートボーイなら、小二の玲奈は玲奈で尖っていた。

 隼人くんとの関係に嫉妬して、私一人で遊んでいるときによく襲撃カチコミかけてきた。

 文字通りのカチコミ。木刀を持って…


「何アンタ? いてんのぉ~? え?隼人くんのこと好きなのぉ~?」

 私も私で尖ってた… ビール瓶持って応戦。玲奈はマジ、私もマジで行かないと倒されかねないから。

 あの当時から玲奈のが少し大きかったし… (紫苑瑠奈、169センチ。対する玲奈、180センチ近くある)


「ちっ ちげぇよッ!! 殺すぞブスッ!!」

「やってみなさいよデカ女ッ!!」

 隼人くんとは会うたびに揉めて、私たちは私たちでいつも喧嘩していた。そして同じく木の下で… 


「お前は隼人と遊ぶな!!」

「年上に向かって、お前って何だお前っ!!」

 …揉みくちゃにし合った。あの頃は絶対に羨ましがられてた。

 いつでもどこでも追っかけてきて、私に小さいながらひがんでる玲奈に優越感を感じてた。

 でも今は隼人くんと同じ屋根の下の玲奈が無性むしょううらやましい…


「隼人くん、なんで玲奈と遊んでるの?」

「…瑠奈ちゃん、おかし取るから嫌だ。…玲奈とは半分こだもん」


 こどもの頃の隼人はそれはもう優男やさおで、自分の主張を出さない子だった。

 そして私は私でませた子供だった。でもそんな彼の意見を尊重し、時には妥協して合わせてた。

 

 私はクラスでは馴染めずにいた。皆が遊んだり話してる中、私は絵を書くことに夢中。

 ラブストーリーでご都合展開な漫画をいつも書いてた。それを見られてクラス中の笑い者にされて… 今思うと子供って残酷ね。

 そんなひとりぼっちな私に声かけてくれた隼人くん…。

 もう年下でもメロメロだった。白馬の王子さま… だけど彼は友達やら同級生の玲奈やらに囲まれて… 正直、嫉妬しっとから揉めてた。


「瑠奈のこと見てくれない隼人くんなんて…」

「あっ、あ…」

 でもあの頃は取り戻すことが容易かった。慌てふためく隼人くんを前に、ちょっと女の涙一つ。するとどうだろう…


「チュっ」

 唇を寄越してくれる年下の男の子。最初はびっくりした… どこで覚えたんだか。

 家でも学校でも不満をさらけ出せない私は、隼人くんに思いの丈をぶつけて本気で泣いてた。

 そんな私の唇を…彼、奪ったの。あの日の唇の感触と息遣いを絶対忘れない。

 あの時心を奪われて… 未だに返してくれない彼は悪魔だ。だからどっちに転んでも取り戻そうと決めた。



 …そんな彼との別れは突然訪れた。ある一人の住民の死を皮切りに我々を震撼させたのだ。多良木が終わる日の始まりの日…


「緊急警報放送… こちらは多良木放送ッ!! この島は終わる。 今こそ集え…多良木の力よッ!!」

 学校終わりの真昼間、放送局はジャックされた。そしてその30分後、我々の暮らしを奪う宣言が成された。


「帝和より。多良木の街はこれより爆炎に包まれお前たちを蝕むであろう。お前たちは完全に包囲された。生を諦めろ。そして楽に死ね!!」


 ネットはおろかテレビすらも普及していなかった多良木。それが嫌で多良木を出て帝和に行き定住していた人間は隔離されてもれなく抹殺されたと聞く。

 日常が脅かされようと、その脅威に近づくまで分からなかった。故にこの多良木放送局は、多良木住人のライフラインであった。

 …そんなライフラインが我々をどん底に叩き落すのだ。


「みんなァッ!! 生きろよぉッ!!」

 魚屋のおじさんは疲弊して弱気なみんなを激励した。自分を押し殺してまで…


「明日は来ません」

 教会の神父さんは明日をあきらめ身投げした。神の存在を否定してまで…


「おそろしやおそろしや」

 駄菓子屋のおばちゃんは仏壇の前で数珠持って祈りを捧げてた。如何許りかの余命をつぎ込んでまで…

 

 絶望の中では人間の本性が垣間見れると言うが、こんなにも残酷なら人間なんて見たくもない… 子供ながらそう思った。


 いつも通り登校した少年少女は、放送を聞いた先生に誘導され丘の上。

 この田舎の多良木で当時は避難訓練などなく、高台が安全で崇高すうこうな場所であると考えられていた。

 信心深しんじんぶかさはあれどみんな死んでいった。そして祈ることもせずただひたすらに生にすがった先生は、子供たちを連れ防空壕に逃げ込んだ。

 多良木の危機をいち早く悟った学者先生がつくった施設艦隊的居心地の良さ。

 機械が人間に代わって世界を支配する最後の日が来ても大丈夫なように作りも頑丈。

 食料もかなりの量ある。後々知った話だが、多良木の各所に設けられていたらしいこの施設。

 ただ二十人近い生徒… もっても二、三か月。尽きるのは食か命か…


「…先生がいるからな? 安心しろお前たち」

 今井松吉先生… 玲奈と隼人の担任だった。地上の音を感じて、子供たちを心配させないように彼も必死だった。

 多良木では珍しく無宗教。だから真っ先に子供たちを防空壕ぼうくうごうへと誘導、丘になんか避難させない。


「母ちゃん…」 

「ママぁ~ッ!!」 

「泣くなッ!! みっともない」

 揺れる大地、響く轟音… 泣いてわめく男子を前に一喝する玲奈。悔しいけどカッコよかった。


「…なんでお前がいるんだよ!! 瑠奈!!」

「隼人くんがいるからよ?」

 地上が大変な状況になってもいがみ合い。でも隼人くんが心配そうな顔してるの見て


「チュっ」

 励ますように隼人くんのおでこにキスした。玲奈の目線を感じながら…

 幼いながら彼女を煽っての行為だ。


「瑠奈ちゃん…」

「大丈夫。上の人たちはきっと大丈夫だから…」

 一個上なんだとお姉さんぶって抱きしめる。私も私で唯一の肉親である姉が心配。

 その不安から、ぬくもりを感じていたかったのだ。

 …でも彼はいたって冷静。


「分かってるよ。だから強く、みんなで生きるんだ!!」

 この防空壕に来る間際、身投げした人間を二、三人見た。

 子供にとってはショッキングな出来事だったろう。

 『我々は生きているのではなく生かされているのだ… だから何も恐れることはない』と島に土に海に還ろうとした。


「あんなズルい奴らにはなりたくない」

 隼人くんは本当に魅力的だ。彼からはバイタリティ… 異常なまでもの生命力を感じる。熱さだ。

 道徳の授業で自殺を扱った題材に『なんで死んじゃうんだっ… せっかく生まれてきたのに!!』と怒っていた。

 自ら死を選ぶ…そんなことがあり得ないと思っていたらしい。

 ここへの道中、自分ではどうしようもない他人の自害にうち震えていたのだろう… お母さんから『アンタはお父さんみたいにはならないでね』なんて言われてたらしいが、彼のそういった経緯は知らない。


◇◇◇


「…そろそろ、上に戻ろうか?」

「うん!!」「やっとママに会える」「大丈夫かな…」

 鳴り響いていた爆撃の音が止んだ。シェルターの時計はここへやって来た時間から12日と9時間後を指している。 

 松吉先生の提案にみんなほころびが漏れた。我々は誰も生を奪われずに生きている。

 泣きじゃくってた子供たちも大人の階段を上がったようでなんてことなかったかのように余裕の表情だ。

 しかし… そんな余裕を掻き消すほどの残酷さが上には待っていた。


「え…?」

「…なに? ねぇ、なんで…?」

「ママぁ~ッ!!」

 たった一目にて、大人が子供たちから希望を奪った。地上に上がった我々を待ち構えたのは悲惨な現状だった。

 灰色… 大地は陥没し、むき出しになった木の根っこ。コンクリの建物の鉄骨。

 異臭漂う劣悪な環境。緑生い茂る野原が三夜のうち、焼け野原となった。


 最後に見た景色が今日にはない… 私たちを置き去りに多良木は狂ったのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る