いざ記憶の向こう側へ



 火曜早朝。約束の場所… 帝和部から南へ1200キロの部をまたいでここは長田… 貿易船も多い港・潮海しおうみ港。 


「ええ… お伝えしたいのは、私の側から離れないで頂くということで…」

「…え? は、はいっ。隼人さんの離れません」

「はぁ… あなたの身に何かあればすぐに私がお守りいたします」

「ええっ…!! は、はい喜んで隼人さんに守られますっ」

 …さっきからいちいちオーバーリアクションだ。けど流して会話を進める。

 何だか甘い声なのは気のせいか? なんかアニメかなんかの甘ったるいシーンみたいだ。

 ちゃんと聞いてるのが分かればそれでいい。どうでもいいけど、下の名前で呼ばれてるし…

 俺も下の名前で呼ばなきゃいけない奴かコレ…? って言うか俺、下の名前名乗ったっけ?

 

 ――――――


 多良木までのプランはこうだ。最短で行けるのは福原部ふくはらぶ多良木部たらきぶであるが無論、国はそのルートを規制している。

 …となると遠回りで回り込んで、反対側から上陸しなければならない。俺たちが五年前に多良木から帝和に来たルートを経由して。俺はその辺の事情に詳しいある人物に連絡した。俺の日常をサポートしてくれたあの人に…


「…そうですか。じゃあ相変わらず、あのルートは生きていると」

 俺が使おうとしたルートを三か月前に使った人物がいる。…松吉さんだ。今でも多良木に行き来するという彼に電話で連絡を取っていた。

 あの人は本当に器用で本当に運がいい… 俺たちを養いながらも生き延びてきている。彼には有名なエピソードがある。雨の中を傘もささずに俺も松吉さんも走って帰って来て俺はびしょびしょで彼はサラサラ。『俺は運がいいからな…』ってそんなんが理由になるのかって幼少期思った。あれは俺の夢だったのだろうか… 今でも不思議だ。


「…無茶はするなよ。ここにきてお前は目立ちすぎだ。顔が割れてないのは運が良かったからだと思え。運が悪けりゃ死んでる」

「分かってるよ… 肝に銘じる」

 でた。口癖『ウンガー』 …話も早々に切った。

 彼の説教は長いし疲れる… 身体に刻まれるみたいに刷り込まれる。洗脳かってくらいに。


 ◇◇◇


 潮海港にあらかじめ停泊しておいた漁船・大和丸やまとまる

 こいつで五年前に荒波の中、多良木からやって来た。

 実を言うと松吉さんが拾って来たんだが作ったんだか調達してきたものだ。


 最初の渡航からしばらく寝かせておいたのだが無事であった。

 長田おさだ[部]はどうも過疎化かそかが進んでおり、内地に隠せば見つかる心配なしなのだ。

 上京時は無免で乗ってきたのだが、釣り好きがこうじて一年前に船舶の免許を取った。

 メンテンナンスなどをし正常に動かせることが確認できたので、最近は帝和に隣接した南川部みながわぶ磯崎区いそざきくの港で管理していた。

 住みたい街ランキング毎年上位の海沿い地域“水南すいなん”でおなじみだ。

 

 自宅のある帝和部ていわぶ天鳳区てんほうくから船のある南川部みながわぶ磯崎区いそざきくまでは高速乗って50分程度なので帝和に居ながらにして気軽におき釣りが出来るわけだ。


「…釣りにでも行くのですか? もっとこう、会場を楽しむような快適備品アメニティ… 例えば寝床とかは…?」

「十時間くらいで着くんで安心してください。食料でしたら缶詰もパックご飯もあります。途中で魚を調達して焼いたり、おろして刺身でも提供しますんで」

「…いや… はい」

 納得してくれたようだ。正直最近は根詰こんづめで、釣りにも来れてなかった。

 俺は海の男さ。海が俺を待っている~!!


「…あの、大丈夫ですか」

「ごべん、ださい…」

 乗り込んで四時間。分かっちゃいたが船酔いが俺を苦しめる。

 乗る前に酔い止めのんだけどダメだったか… 


 彼女に背中をさすられる。するとどうだろう、苦しみが和らいでいき…


「あれ…?」

「…お腹が空きました。できれば私も魚釣りがしたいです」

 …グレートォオッ!! 俺の趣味はどうも女性受けが悪く、詩音しおん飛鳥あすか紗耶香さやかもミスターインドア・いとしもついて来てくれない。

 そんな中だ、女神を見るような目で彼女を見た。


「…え?」

「…あ、すいません」

 あまりの興奮に、無言で顔をまじまじと見てしまった。距離にして50センチ。キスする距離だ…



 ブチンとちぎってイソメの身体の半分を針に刺し、瑠奈さんに釣竿を手渡した。噛むしウネウネ気持ち悪いだろうからと俺の担当。

 しかしだ…彼女はそんな感じを微塵も見せない。むしろ興味津々。男友達って感じがして楽しい関係が築けそうだなって思った。

 『自分でやります』というもんだからやらせてみたら… 経験あるかのようにササッとこなした。


「おおっ!! 女性にしては手際がいいですね。青イソメは気持ち悪いみてくれと暴れっぷりで噛むから苦手な人のが多いんですが…」

多良木たらきは四方八方20キロも歩けば海にたどり着いて、子供の海遊びが主流でした。勉強してるより遊ぶ。大人になると男の子は海ですが女の子は恋にダンスに夢中で… そんな中、私は男の子に交じってよく遊んでいまして…」

「へえ… 同じようなものなのですね。僕も海に山に駆け回った記憶があります」

「隼人さんの… 幼少期の思い出とかは…?」

 …幼少期。悲惨な過去ばかりで忙しくって目まぐるしくって… これだというものが思い浮かばない。


「…隼人さん? 隼人さんっ!!」

「あ…」

 クライアントを置いて一人考え込んでしまった。いけね、最近よくやるんだよな… 人目をはばからず物思いにふけこんでしまう。


「…すいません。苦労が絶えなくてね… あんまりいい思い出無いもんだから」

「…そうでしたか」

 彼女も俺の苦労を分かってるかのように悲しみの色を見せた。


「…ご出身はどちらだったのですか?」

 …来た。俺は一切伏せている、俺の出身が多良木であることを。

 それぐらい多良木の話は禁句なのだ。もしかしたら密偵…って可能性もある。

 俺たちを追っている刑事って可能性もある。彼女は信頼したいが危険は冒せない。


「ずっと帝和ですよ…?」

「嘘ばっかり…」

「え?」

 彼女は俺の回答に小声で反応した。ハッキリと聞こえたんだが俺は難聴のふりしてはぐらかした。

 …疑われてる? 急に冷汗が出てきた。まさか、な…


「…あ、いえ。こちらの話です。…帝和にいらっしゃったのですかぁ」

 さっきのどんよりを取り返すかのような勢いで彼女はパァっと顔を明るくさせた。

 猫を被った瞬間に初めて立ち会った気がする。

 何気ない話で会話をつないでいると、いいタイミングで話のタネが掛かった。


「あ… きたきた!!」

 彼女の釣り竿がヒットする。ぐいぐいっと魚の勢いが手元が伝わる。

 くいくいと釣り竿を上げながらリールを巻く。そして…


「…おおアジですね、あじですねぇ…」

 と俺が言うも彼女は無視。ちょっと冷たくねぇか?

 船に備え付けていたナイフで活〆いけじめに取りかかる。加えて下処理。 

 それらを終えると水と氷の入ったクーラーボックスの中へ氷締めの二段構え。


「え? 食べないんですか?」

「本来、船上で出したりする釣った直後の刺身は言わばパフォーマンスです。締めてから時間を置いたほうのが美味しくなります。寄生虫の対策としてアジは陸地で焼くことをお勧めします」

 なんかTHE・持論感がすげぇけど、俺の手さばきはプロだ。

 これ見て返す言葉は…ないだろう。無理やり黙らせた感が凄いけど…



 結局船の上で魚を食べることなく、それぞれに持ち寄った食料をシェアすることになった。

 俺は、コンビニ弁当とクッキーママのココア味。そんな俺に彼女が手作りのお弁当を差し入れてくれたのだが、とても旨い。

 おかずがどれもこれもお弁当に入れるレベルのものではない。一日二日寝かせたり煮込んだりした一品ではなかろうか? 


「…ど、どうですか?」

 一人ガツガツ食ってるところに後ろからモジモジと感想を求めてきた。

 紗耶香の料理とドッコイかそれ以上… 俺は何でもおいしく食べる方だがお世辞抜きに旨い。


「いや、旨いっすよッ!! あなたの旦那さんになる男は、それはもう最高でしょうね」

「だ、だ… 旦那…様だなんて」

 回路がショートしたかのようにだ…だ… をひたすらに言っている。

 顔が一気に真っ赤になった。オーバーヒートでも起こしたか?


「よ、か…たです。作り甲斐あります」

 と船の端っこの方で一人、モジモジを続けるのだった。


 ◇◇◇


「見えてきましたね、多良木…」

 潮海港からのスタートから時間にして10時間以上たった今、白浜とその先に岡地が見えて瑠奈さんに声をかける。

 真っ黒になったあの島は少しづつ色を取り戻しているようで、青々とした地面も見える。


「…ここまでの航路。隼人さんは封鎖されてから、上がられたことがあるのですか」

「…いえ。情報は書面上からのものであって、あの島が多良木だと100%は言い切れません」

「…安心してください。あの島は多良木です。あの丘の富双岬ふそうみさきがそれを示してます」


 心苦しいが隠そう。同郷だとしてもお弁当シェアしたとしてもあの記憶だけはシェアしたくない。

 あんな忘れたい記憶は伝承されるべきではないのだ。そして五年越しの再会。

 俺は朽ち果てたこの島に、はたして何を見るのだろうか…


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