月が綺麗な夜には
「あっちいな、和泉…」
こちら
夏本番…クーラー無しに過ごすのは難しくなったので常時クーラー生活だ。
付けっぱなしで寝冷えと喉がやられてる。
マスコミの裏事情を一つ知った気がした。…思えば
俺が作った造語なんだが、仏壇に話しかける遺族みたいに… 空気のような体験だった。
「あ、隼人…」
紗耶香や詩音にいる花屋に来た。当事者のような、当事者ではないような俺は彼ら彼女らや岩橋さん一家のお参りに行く。
あの戦いの終着点はまだ見えない。今度は醜い遺産相続に被害にあわれた親族への償い。
当面、鎮静化を見せないだろう。俺の顔は割れていなかったようで火の粉が降りかかる様子は今のところない。
あの爆炎の戦火でいろんな物がやられちまったのだろう。
…もう帰ってこないものまでも。
「…あ、隼人くん? 詩音ちゃん少し休む?」
詩音の反応に紗耶香が反応した。盲目の彼女は立派な店長なんだ。人間やれば何でもできると教えてくれた。
「あ、いーです。ちょっとした世間話しに来たみたいなんで」
紗耶香に対し詩音がそっけなく返した。…家族としてムッとした。
どっちも身内だけど。
「…ちょっとこっち」
「な…なんだよ」
紗耶香から十メートルほど離れた場所まで手で引っ張られる俺。花の入ったショーケースの脇で俺に抱き着いてキスしてきた。
「ん~ッ!!」
俺は思わずたじろいでしまう。そんな反応を見てか、彼女は解放してくれた。
「おまっ!! 仕事中だろう?」
小声で彼女を叱りつけた。すると彼女は人身を潤ませる。
「…もう、寂しかったのっ!! せっかく取った有休を自宅療養に使って、その間隼人と会えない。もう何のために身体張ったのかって何回自分に問いただしたか!!」
「お、落ち着け。トーンを下げろ… ホントにお前には迷惑かけた。必ず返すから…」
と俺が言うと彼女はおもむろに手を差し出した。おやつをねだる子供みたいに無邪気な笑顔だ。
「…前金でちょうだいっ」
彼氏彼女の関係を壊す要因の一つ、金のワードを意図も簡単に提示してきやがった。と思ったら…
「こっそりさっきの続き、しよ…?」
「え? さっきって…」
「キス。今度は思いっきり
言うならば女は猫だ… 気まぐれで真剣になるとどこまでも突っ走る。
俺は彼女以外の女の内面を見たことがないので、全員がそうとは言えないけど…
紗耶香の目を盗んで客を気にして… それはそれは長いキスをした。唾液を交換して、舌で舌を
―――――☆☆☆
花屋を出る間際、詩音に約束を取りつけられた…今週の土曜は泊まりがけの遊園地で楽しむと。
…『これはあたしの為ではなく二人の為に…』だと。
あの傷だらけの闘いの後の事。詩音は自宅で療養中、俺はと言うと大人として故人を偲ぶ。礼服を身にまとい…
葬式も色々と形がある。重んじてるもの… つまりは宗教であったり友人関係であったりで
岩橋さんは無宗派らしかったのだが、母親にゆかりがある団体様がお越しになっていた。
とても横柄な態度で金銭を要求したり墓石なり数珠なりを買わせようとしたり訪問販売かっ!!…と思った。
周りの親族は明らかに嫌そうな顔をしてる。俺も嫌だったのでお線香あげて周りを見ずに帰ってきてしまった。
「随分と立派な墓石だ…」
花屋から出て岩橋さんの眠る墓石の前…
あの葬式から一週間後の御対面。紗耶香の花屋で買った白一色の献花。
あのビルからは何も残らなかったと聞く。
この墓の中にはいったい何が入っているのだろう… 墓石の前で色々考えていると後ろから声かけられた。
「…あの、あなたが川崎さんでしょうか?」
「あ、はい。ええっと… どちら様で?」
「私、岩橋さんにはいろいろとお世話になっておりまして… その過程であなた様のお話が出たものですから…」
「なるほど…」
振り向くと白いハットに白い肌、白いワンピに白いカバンの女性。俺とそんなに年齢変わらないだろうなって印象の。
清楚系ってのもいいな… ていうかおいおい、浮気相手か? それにしては品の言い喋り方をする。
…浮気を許す女にはこんな上品さはないだろうから違うか?(偏見)
「…そうですか。で、ご用件は?」
一旦受け取って突き放す。俺の仕事の流儀だ。
「
「…」
この町では二度と聞くことのない言葉だと思っていた。それが聞けるとは…
◇◇◇
自宅にお招きして詳しい事情を聴く。岩橋さんの客人だし要件によっては丁重に扱わなければないから…
「…落とし物?」
部屋に招いて彼女の話を聞いていると引っかかったワードだ。
「ええ。多良木に…どうやら忘れてしまったようで」
「ん~でもねぇ…」
「どうしても取り戻したいんです。お願いします、お金はいくらでも…」
「あの街には毒ガスが…」
「あんなの嘘っぱちじゃないですか」
と即ツッコまれた。まぁあの街を知っている人間からすれば当然か… 火の海になった町を一切取り上げないのに、一方的に毒ガスが蔓延したと決めつけるマスメディアを信じろというのは無理がある。
無理があるとは言え… 暗黙の了解というものが世の中にはある。
政府にとって不都合なことを除く… それ相応のリスクを覚悟しなければならない。
わざわざそのリスクを
正確にはいたのかもしれないが我々は知らない。あってももみ消されているだろう…
現にオクトレイビルの件は… もみ消されたも同然だ。議員が起こした
あんなことがあって何事もなく平然と暮らせて良い訳はない。
あの事件を機に俺は自分を見つめなおした。自分の身の丈を知った。
あれを境目に俺はめっきりと考え方を変えるのだ。
…いわば保守的、家庭を
だから今回の件は乗り気じゃない…
「お願いします。どうしても取り戻したいのっ」
涙を流しながら俺に請う彼女。なんでだろう。地元愛? 共通の意識?
…わかんないけど彼女を無性に助けたい。どうにも女性の涙やら助けを求められることに弱い…
「…分かりました。お名前伺いましょう」
俺は引き受けることにした。無茶をしない程度で。
ふつう名乗ってから仕事を受けるもんだが、多良木ってワードが出たのでテンパって聞くタイミングを逃してしまった
渡航は火曜の早朝。水曜日は契約がお流れになっちゃうから早期決着が求められるな… 彼女と連絡先を交換し帰した。
「また
お客さんをお見送りした玄関先で女子高生の飛鳥は言ってきた。
コイツは俺が以来引き受けるたびに私を呼べと言ってくる。
頭の悪い俺が騙されないようにってことなんだろうけど、お客様にも角が立つし、俺も俺の目で見極めたいのだ。
「お前、学校は? 学生の本業は?」
ちょっとムッとした俺は彼女に嫌らしく言う。
「テスト期間中につき早上がりです。ホント、口だけなんですね。授業参観がどうとか」
「あ…そ、そうか。悪かったよ」
反撃にあった。彼女、頭は良いけど根暗なんだよなァ…
「…多良木に行くんですよね?」
「…!! 聞いてたのか?」
「心配、だったから…」
「お客様にもプライバシーがあるんだ。部屋に通してないお前が聞いていい話はないッ!!」
俺は怒った。彼女をぶってからは、俺もちゃんと彼女を向き合おうと試みてる。
…じゃなきゃ俺からビンタ受けたってのに飛鳥が報われないしな。
「…ご、めんなさい…」
「…いや悪い。急に大きな声出して」
だけどもどうも弱い。女性が女性らしさを見せた瞬間に。きっと尻に敷かれるタイプなんだろうな。
「怒ってよっ!! こんな私を気にかけてよ!!」
「…? いやあの…」
病んでんのか? 勉強のし過ぎで…
「私にも行かせてください、隼人さん。帰りを待つのはもう辛いです」
「そ…れは出来ない」
「何でですか? 家族を置いていくんですか?」
「ばか。男の帰りを待つのが女の役目って元来決まってんだ。それにお前には違う方面で期待してるんだぜ?」
「それっぽいこと言って取り
「いや… 取り繕うとかそういうことじゃなくって」
俺は彼女の研究に再度取り繕ってしまう。そんな俺を前に彼女の瞳は煌めいた。
泣いているのか…?
「私、
「え…?」
ちょっとショックだった。俺はさらけ出してるつもりでも猫被ってると思われてたのか。
家族家族言ってても結局は血の繋がらない赤の他人だと思われていたんだろうか…
俺って言う存在をちゃんと認知してもらえてなかったのか…
思春期迎えた彼女に体当たりでぶつかって向き合ってあげられなかった証拠だな。
知らず知らずのうちに壁を作ってしまったんだろう。
俺はそう思わないが彼女からしたら… 彼女からしたら、さぞ冷えた壁だったんだろう…
飛鳥の暗い口調が物語ってる。それにいつかドラマで見た、援助交際に走る愛を見失った生徒役の瞳そのものだ。
そんなんでしか知らない。そういえば俺もまた…彼女を知らない。
「いっつも仕事内容聞かせてくれない、あった出来事を教えてくれない。今日はどこに行ってきたんですか? あの人とはどこで知り合ったんですか?」
「…それは…」
「…心配してるんです!! 隼人さん、いつも一人で解決しようとするから…」
「あ、おい…」
飛鳥は階段をかけ上がっていく。俺の側ではたいがい、誰かが泣いている。
だとしたら原因は俺だ。病原菌は俺…
◇◇◇
~~~
「瑠奈…」
あたしは花屋での終わり、古くからの友人と会う約束をしていた。
こじゃれたレストランを一つ取って… 彼女に目一杯たかるの。
そんな彼女が白い格好してやってきた。
ライ麦畑がよく似合いそうな白いワンピース。フリルがふわっふわしてて可愛い。
さすが… 自分を分かってる。
「ありがとね、詩音。私がいない間、守ってくれて…」
彼女は席につかずあたしに深々と頭を下げる。
…謝られることなんてしてないのに。
「ちょ、やめてよ。一年ぶりの再開だってのに。社長業は引退するの?」
「ええ。信頼できる人に任せてきたわ。これからは依頼を受けての一本づくり。センスの面で引っ張りだこだから私… 在宅ワークよ」
正直、鼻にかかる子なの。ファッションリーダー、彼女が手掛ける作品は必ずヒットする。
でも職人気質の彼女は妥協せずやってるから時間もお金もかかる。
けど固定はついてくるから薄利多売だけど引っ張りだこだから成功収めてるのは事実。
なんか、ずるいなぁ… 色んなものに囲まれていて。
「隼人は… どう?」
そんな彼女は隼人のことになると弱い。よく知らないけど、瑠奈と隼人は好きあってたらしい。
でも恋の現場は幼少期の
なんか悲惨な別れ方をしたって言ってたな。戦場のラブストーリーとか?
「…え? 別になんも変わらず家族思いみたいよ?」
「そ… そう。悪い虫とか…」
この会話を一番したくなかった。ギュッと汗をかく。悪い虫って…お母さんっ?
「いや… まぁ大丈夫、だとは… 思うケド?」
言えないな… アンタの思い人、取っちゃいました。てへっ!! なんて…
たどたどしくお茶を濁すのだ。
「そ …そう」
恋をすると人は変わるって言うけど、あたしは変われたのか分からなかった。
でも彼女を見てると分かる。あたしも変わってる。それだけに…
「…私、絶対取り戻すから… 多良木で落としたものを」
「…そう」
まるで今のあたしに向けて言ったかのようで、気持ちがブルーになってしまった。
彼女の熱い決意を聞いたアタシは、もどかしくってもどかしくって…
頑張り屋だし負けず嫌いだし人気者だし… ハンカチを噛んで『ん~ッ!!』とか苦い思いするハメになるのかな。
―――思い人達の夜は流れていくのであった。
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