Act 2.同郷の女と枯れた国

眠れる町に眠る伝説



「…君の名はジュディ・ガーリィ。多良木を守るガーディアンとして…」


 眠れる町… 封鎖都市・多良木。長きにわたる眠りから目を覚ます少女があった。核の雨降りし多良木を眠った少女が今。


 毒ガス満ちたと国が大々的に公表した。…多良木で秘密裏ひみつりに製造されたのが漏れてしまったと…

 世界中に発信され、世界中に知らしめた人的化学兵器【MU3】… まったくのでたらめの話であった。

 和泉国いずみこくは学会、そして世界を丸め込んだのだ。


 国は世界は環境問題にひた向きに取り組んだ。

 一丸となって規制。一方でモノづくり国家・和泉いずみは危機的状況にひんした。

 排ガス規制、加工制限、貿易摩擦などが生じ現場は混乱した。

 どの国も他国より一歩抜きん出よう必死だった。

 研究者・技術者や技術の仁義なき奪い合いが始まったのだ。


 そんな時代にエネルギー問題に取り組む一人の科学者がいた。

 佐藤耕太郎… エネルギー研究の第一人者でもあり趣味のロボット工学にて、和泉のロボット産業の先駆けとなった【RXロボティクスヴィラージュ】は世界を震撼しんかんさせた。

 今までのロボットの挙動とは明らかに違う、人間らしい動き方を…

 佐藤はSF作品や漫画での憧れからサイボーグを作りたいと願う少年時代だった。


 それはやがて体の不自由な人の要望を叶えるため、果ては世界を変えるため日々研究に研究を重ねた。

 時間を惜しむことなく使ってきた。そんな彼が還暦手前、ようやくたどり着いた答え。

 人間が人工的に人間を生み出すことはできない。クローン技術・AI技術の発展は著しい。

 様々な考え(動物愛護や人権尊重の精神)を乗り越えた。…しかしながら根本の解決には至らない。

 人間の人間らしい感情。こればかりは生み出せないのであった。


 そこで生まれた一つの考えを、残りの生涯をかけ実行しだした。


「人間にはなれなくても人間らしさを自主的に追求するロボットを作り上げよう」と。


 そんな研究に没頭する中、ある要請があった。エネルギー産業の発展に助力してくれないかと。

 六十にもなった佐藤は社会貢献、純粋な慈愛の心で二つ返事に引き受けた。

 私も一つ後世に残したい、そんな一心で。

 ロボット作りと並行して朝はエネルギー研究者の育成指南に自身も研究、夜はロボットと向き合い開発研究。

 そんな中、彼は一つの偶然から命を生み出すすべを手に入れてしまう…


「地面から流れ出るエネルギー… 名を“地力グランド”」


 多良木はその地力グランドの溢れる街だったという。

 自然と共存することを選び、精霊が見守るとまで言われた綺麗な街だ。

 住人の心からして綺麗でエコや再利用に着目しそれを一大プロジェクトとして町全体で協力する事業が週一回行われている。

 人々は環境問題の関心が高い。そう、多良木で社会貢献に関心があってエネルギー研究に取り組んでいた彼もまた、そのイベントに参加するのであった。


 これまでは激務の中であったのだが六十過ぎてからは老人に世もやさしくなった。

 職を持ちながらもイベントを組み込むことは容易い。

 そして出会う一人の女性… 名をマルチネス・ガーリィと言った。

 彼女が彼だけに持ち寄った知識こそ“地力”ここまですべてが偶然であり必然であったかのように…


 佐藤はと言うと生涯独身を貫いた。

 内気な性格から幼少期にいじめられ、いつしか引きこもることになった彼は人付き合いをあまり理解できず孤立していた。

 父は早くに他界し三人兄弟の末っ子。貧乏暮らしの日々で兄弟たちは新聞配達をしながら学校に通っていた。

 『あんたはゆっくりでいい』…そんな彼を解放してくれたやまいの母親の言葉。

 彼女を救い出すためにと家に居ながら学にはげみ、奨学金を獲得し一切の苦労を掛けず飛び級で大学に進学した。

 当時12歳… まさに神童。年上に『可愛い』と子ども扱いされたのに腹を立て同級生と一切の交際をせずに学問に向き合ったという。

 女性に対しての興味もなく、付き合いもなかったのだ。 

 付き合い方が分からなかった…と言う方が正しいか。


 偏りなく満遍まんべんなく知識を持った彼は様々な成果、功績を遺す。

 無遅刻無欠席、加えて主席での卒業。

 企業からの就職のオファーはひっきりなしだったと言う。

 彼は条件の一番いい会社への就職を決めた。当初の夢、母親が最新鋭の治療を受けられる病院を用意してくれた会社… それがロボット産業だった。

 人型ではなく工業用のロボットを作って世界に輸出している大企業だった。


 高給取りで顔も良かった彼に女性は寄ってたかってきたが、本当に苦しい思いをしたという。

 そう言うこともあって、親友はいなかった。

 あるのは娯楽の中のスター達。このことが人型ロボット作りを始めるきっかけとなったと言っても過言ではない。

 機械に関する知識はある… 誰でもいいから話したい。何かに向き合うことがしたかったのだ。

 そしてそんな彼が出会った彼女は彼の隙間を埋めていく。



 マルチネスはアメリシアからここに移住してきたという。彼女も科学者だった。

 当時の和泉国いずみこく閉鎖的へいさてき滅多めったに情報が入ってこなかった。

 …そんな彼女から世界基準の技術を色々と教わった。


 例えば地力グランドとは空気中に浮遊する地面が発する力のことをさし、その存在を科学的に解き明かすことは不可能とされているらしい。

 それは伝説によって、後世に伝えられたと言われる。

 合理的には導き出すことの出来ない悟りのような領域の話だった。

 哲学に思想、科学とは本来真逆とされてきた文明は密接な関係があり表裏一体、点と点が線となり、結ばれていたのだ。


 そしてそのエネルギーの活用方法もいたってシンプルで人的に生成。

 …とは言ってもここでの人的は機械的要素無しの肉体労働。

 文字通り、肉体は資本だったのだ。肉体に誰しもあるとされる授器ジュリクを用い地力グランドをすくい上げる。

 そこから転じた【うつわのデカさ】を人間語りたがるが、そのうつわの意味も知らないでいるのだ。

 そのエネルギーは科学を超えあらゆる不可思議とされた謎を解き明かすことが出来るという。そして地力グランドを扱える人間を覚醒者かくせいしゃと呼ぶらしい…


 …そんなウソみたいな話、漫画を読むかのように少年のようなまなざしで食いついていた佐藤。

 彼も今までに培ってきた技術を損得勘定なしに話したりした。

 そんな風にお互いに語り合ったもんだから… いつしか興味は科学から彼女の事にシフトするのだ。楽しくって…


「お… お食事でも」

「ええ、喜んで」


 佐藤は語る。女性はおろか、欲しいものに対しても欲深く生きた覚えはない。

 そんな羞恥を周りに晒すくらいなら死んでしまった方がましだと。

 そう今まで考えていた。でも何故だろう、こんなに心が躍るのは。

 もっと欲しい…この時間を楽しみたい。

 愛に飢えていた彼は心情的に同性である彼女を愛してしまったのだ。

 そして踏み込んだ。今まで恋愛経験のない彼にとってこれが異常なのかもわからないし聞く相手もいない。

 …彼の心は彼女でいっぱいだったのだ。


「…耕太郎」

「マルチネス…」


 きっと世間は気味悪がる、きっと世間は女性を叩く。

 そんな彼女の思いを科学的にではなく、心理的に人間的に佐藤は彼女から全部取り除いて…二人は結ばれるのだった。

 佐藤耕太郎60歳、マルチネス・ガーリィ27歳。歳の差にして33歳の大恋愛。彼女は当時の気持ちをのちにこう語る。『純真な彼が眩しくて…その光にいつまでも触れていたいと思った』と。

 …そんな矢先の話だった。



 世界が、和泉が、地力の存在に気づき始めた。

 のちに【“踏み絵策”】と呼ばれる覚醒者のあぶり出し。川崎隼人が五歳の頃のことだ。


 多良木には資源が豊富であった、奴等・・はエネルギー研究の科学者は佐藤を訪ねた。

 『…地力グランド? そんなものが科学的に立証できるのか?』と佐藤はやってきた科学者たちを散々追い払った。

 ただ科学者はあきらめなかった。彼の周り、彼の周辺をくまなくチェックした。

 そんな目を佐藤は知るはずもなくマルチネスと逢瀬を重ねる。


 そして二年後、学会が全土を揺るがすほどの発表をした。内容はこうだ。


 多良木出身の超能力者としてアメリシアで名を馳せた伊藤いとうただしという男がビザ切れによる不法滞在にて拘束され、テロリストの容疑で逮捕されたのだ。

 『インチキ魔術師マジシャン、ビザまではインチキできず』の記事で晒上げられた。

 今まで超能力者としての仕事以外は真っ当に生きてきた彼… テロリストとしての逮捕はハッキリ言って不当だが、伊藤正いとうただし陣営は黙らざる負えなかった。

 超能力… 地力リガを用いた怪奇現象エフェクトアートに過ぎなかったのだ。

 覚醒者の存在は希少… 各国の奪い合いになることくらい容易よういに分かる。

 拘束する事由を国ぐるみで作ることくらい容易たやすい。


 ・「超能力などではない。我々はこれを地力グランドと呼んでいる…」

 ・「多良木には自然で溢れている」

 ・「止めてくれ、死にたく…」


 一つのビデオレターを最後に彼の消息を掴めなくなった。

 アメリシアもまた、各同等の権威として地力を一部の人間間で隠してきたのだ。

 国の存亡の為、私腹を肥やすため… 和泉いずみこくは海外でブームになり、観光事業を拡大し始めていた頃のことだ。

 渡航し不法侵入の上、定住すると言った人々もいるくらい物価も安く人も良く景色も良く周りからの信頼も厚い。

 故に海外の情報はこうした不正でのルートから入ってくることが多かった。

 伊藤はこういう境遇から覚醒者になり得たのだ。…その力で超能力者として持ち上げられる。


 その一方でマルチネスは研究者としての正規ビザで和泉国いずみこくにやって来た。

 伊藤から得た情報にて、多良木征服を図りに和泉国やってきたアメリシア人に、国益を漏らす売国奴として狙われ始めるのだ。


 突如として増えだしたアメリシア人の来訪を和泉政府は見逃さなかった。

 亭主ていしゅである伊藤が拘束され帰ってこないと訴えかける妻。

 一歩出遅れた(闇の住人の為に動く)政府は、伊藤の存在を裏の外交カードとして伊藤の情報を共有することで和解。

 この情報を【伊藤出土伊藤グラウンド】と名付けられるが世に出回ることはない。


 妻は…と言うと政府相手に泣き寝入り。

 そしてこのニュースは和泉で流れることはなかった。

 裏の権力者が完全に封じ込めたのだ。警察やマスコミや官庁もグルになって、世間に公表されることなくこの一幕は閉じるのだった。



――「…さて、そういう背景を踏まえて、改めて聞く。お前は覚醒者か?」――


 和泉は多良木に戒厳令を引いた。表向きは毒ガスなどの天災から住民の安否を気遣い多良木への進入禁止。

 国益の放出を防ぐために外人を帰還させ、情報やら住人やらを閉じ込めた。

 国家ぐるみになって研究所を建設。ピストルを片手に住民に尋問する。


「もう割れてんだ。その身体に聞くか?」

「待ってくれ、俺たちが何をしたって…」


 バンッ!! 容赦なく男は撃つのだ。


「キャーッ」

「彼が何をしたというのだ…」


「いいか、よく聞け!! 覚醒者を一人でいい。差し出せ!!」

「だから何を言って…」


 バンッ…!! 再度発砲するスーツの男。


「黙れ、喋るな。差し出すだけでいい。国取り合戦は始まってんだ…」

 横暴ともいえる彼らの強奪。

 …そんな魔の手が佐藤とマルチネスのもとにも忍び寄っていた。


◇◇◇


「おお佐藤さん」

「どうも…」

 子供服店にやって来た佐藤。まだ生まれてもない子を想って服を買いに来た。


「あれ? お子さん生まれたんだっけ?」

「いや~ まだ先なんですけどね」

「気が早いべ。うちとしてはありがたいけど」

「これか? いや違うこれか?」

「ああ… もうちょっとゆっくりしてくれ。もうちょっと丁寧に…」

 女の子だとは分かってる。あ~でもないこ~でもないと服を片っ端から…


「毎度~」

「また来ますね」

 子供服を紙袋いっぱいに夢いっぱい詰め込んだ。

 これでませた子供でも服のバリュエーションには困らないだろうと思いながら佐藤は家路に着く。

 幸せな彼をぶち壊す… 悲惨な現場が待っていると知らずに。


「ま… マルチネスッ!!」

「佐藤さん、お待ちしておりました…」

 家の中は血だらけで、倒れ込むマルチネス。


 妊娠9か月目、臨月に入った彼女。

 この年になって子供に恵まれるとは夢にも思わなかっただろう。経過は順調。

 この子の為にも一つ残してあげなければと仕事に精が出る67歳をボキっと折る衝動。

 侵略する側はされる側の側面などお構いなし。だから笑って人も殺せる。

 自分の正義の為、いつだって一歩踏み込んだ領域の人々は売国奴などと叫ばれて、国を憂いたら今度は保守的だ、平和ボケだ…などとののしられる。


「おやおや、彼女が悪いんですよ? 私どもに拳銃を向けて外人の身なりして『お前たちを侵略しに来た』なんて嘯くものだから…」

「マル… チネス…」

 カチャ… 佐藤の頭、銃口が向けられる。目の前の男の言葉なんて入ってこない。


「いい加減にしてくださいよ。退去命令が出ていたじゃないですか。よりによって外人を匿って… それなりの刑罰は覚悟してくださいね?博士…」

「…許さない」

「へ?」


 佐藤は男の顔面を掴んだ。そして『うがああああああ』指の力で砕いた。ポイッと捨てるとマルチネスのもとへ… 身体は冷たい。だが泣いている時間はなかったのだ。


「ジュディ… お前だけは」


 彼は研究所にマルチネスの死体を持ち込んだ。

 損傷した身体。その中に入る、本来正規のルートを辿るべくして生まれるはずだった生命。

 母体から取り出し、ホルマリンの中に。片や母体は綺麗に縫合ほうごうし手入れをする。

 死体を洗い今度は機械の埋め込みと言う作業だ。大事なチップは軽い振動で破損する恐れがある。

 梱包は丁重に。同様の工程を赤子にもほどこす。気が狂ったように作業に没頭、三日ほどの徹夜。よわい六十の老体には応える。


 マルチネスと出逢い生み出した新しい境地・天地開闢グランドクロス

 大地を尊い科学にリンクさせる。

 身体は保たれ半永久的に動き続けるクロスオーバー。しかし心は…


「…代替にはなるが人工知能AIを埋め込んだ。私の最高傑作“【KIZUNAキズナ”】 本来、【RXロボティクスヴィラージュ】に取り付けようと試行錯誤したが…頓挫とんざして使わずじまいで。いつも君が僕を埋めていたね。マルチネスに出会ってからは会うことをしなくなったけど、ここで役に立ってくれるとはね。彼女たちを導いてくれ。親友よ。多良木のみんなを頼む…」


 マザーブレインにROMをセットし、瓶詰になってる二人を繋ぐ。

 これはすなわち考えの共有。神のみぞ知るアルゴリズム。

 …彼女らの目覚めは十年後を予定してある。


◇◇◇


 翌日、公安に名乗り出る佐藤の姿が。彼もまた禁断の領地にたどり着いたのだ。それゆえに生み出した境地。


「…まさか、科学者であるあなたが覚醒者であったとはねぇ…」


 むごく息苦しい拷問が待っているにもかかわらず… それでも住民を守るために科学者の肩書を捨てて、反逆者の服を着た。


 彼の思いを受けて機械兵器が目を覚ます。

 【“アディオン”】はオートメーションシステムの戦車、

 【“ヴァルキリー”】は攻撃型ドローン。

 【“マクシス”】は武装された二足歩行型ロボ。

 全てはメインコンピューター、つまりマザーに組み込まれたAIである“KIZUNAキズナ”が管理する。

 標的も操作もすべて… しかしそれらは時間稼ぎにも至らなかった。

 和泉国いずみこく牛耳ぎゅうじ猛者もさ共の保安のために設けられた組織“ネオポリス”によって壊滅する。


 覚醒者の研究を重ねていく過程で、覚醒者がいかに悍ましいものであるかを思い知った。 

 研究者もまた保身の為政府に多良木を切り捨てることを打診した。…川崎隼人、八歳の頃だった。

 多良木は火の海に包まれた。防空壕の中、彼ら彼女らはやとたちは必死に生きたのである。


 ――――そして12年後の今…  

 

 人々が貧相になると島国も貧弱になる。シェルターの中、生き延びた女の目覚めであった。

 焼け野原と化した多良木は生き物が戻りつつあり自然も少しづつ回復しだしている。

 マルチネスは目覚めることはできなかった。しかしながら試験管のなかで成長を遂げたジュディ・ガーリィーは12歳の身体とロボットによる教育プログラムを受け地上にはい出るのだった。

 ネオポリスに復讐を抱きながら、多良木最強の門番、機械仕掛けの殺人鬼デーモン…などと呼ばれ、多良木を殲滅せんめつ。人間の殲滅せんめつ。 

 …12年越しのお礼参りであった。



 これが眠る多良木に眠る七不思議のひとつ・怒れる朴念仁ぼくねんじん伝説。



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