俺じゃない違う誰かに
彼女である
「何… これ?」
「何って、かんざし」
夜はディープな店が街を盛り上げる。…俺にとっても思い出深い街だ。
詩音にマザーこと
「寝たの? あんた、うちしかいないってゆーたやんッ!!」
ターミナル駅の中心で涙をこぼす詩音。
まためんどくせぇ…
「だっ!! ちげーって。クライアントの奥さんの物で…」
「未亡人だから襲うんだーッ?!! 浮気者~っ 陰獣ッ!!」
なだめるのに必死、周りの目が怖いので見ないようにした。
・・・
「…んで? これのにおいを嗅いでつきとめろってこと?キモっ」
なだめても意味がない。土下座して逆に相手に周りの鋭い目をバトンタッチした。『もうやめてよっ』って言わせたら勝ちなのだ。
聞く耳こそ持つようになるがとげとげしい言葉を吐き散らし、罵倒はするのだ。
「女のお前ならいいだろう。それにそいつの匂いは俺にまとわりついてるか?」
「え…? ま、まぁそうね…言われてみれば」
「だらしねぇことは…しねぇ主義だ、俺からはな」
「…俺からは?」
「身体が悪さするだけなんだ!!」
「万引き犯のセリフじゃない。…あたしさァ、あんたとは子作りできなくてもいいから結ばれたいのよねぇ…」
「…すいません。子作りも忍耐力の向上も何とか頑張らさせてください」
いくら素直で純粋でも言わなくていいことってあるわな…
「…しかし、久々だったり…ふふ」
「何が?」
ニコニコしてる彼女にその理由を聞く。
「デート」
「こりゃデートじゃねぇよ、これは真剣に…」
「え、何? デートじゃないの? 世間は休日なのに私と仕事どっちが大事なの?」
また始まった、癇癪持ち… 付き合い始めて二年目ともなると正直だるい。
ただ女の子はサプライズに弱いって書いてあったのを雑誌で読んで、俺なりに実行し始めたことでいつも乗り切ってる。
簡単、サプライズで一目を気にせず唇と唇をひっ付けてやれば…
「なっ…」
「痛ッ!!」
しまった!! …勢いあまって歯と歯が当たった。
「…にしてんだワレェッ!!」
人目を気にせずカウンターのグーパンチを顔面に頂くのだ。以前は黙ってたけど効き目が薄くなってる。新しい方法考えなきゃな…
「じゃあこれ終わったら一週間以内に遊園地連れて行って? それが条件」
「…お前。前ン時は『あんた無しじゃ…』って損得無しに動こうとしてくれたじゃねぇか」
「それはそれ、これはこれ。それにこれはあたしの為じゃないよ」
「え?」
「私たち二人の為…でしょ」
こういう元気で明るくって時折八重歯突き出して小悪魔っぽく微笑むとこに惹かれたんだっけな… どのくらい元気もらっただろうか。
「…おっけ。二人の為、な?」
と俺が言うと『まぁ、お土産コーナーの一番高いものくらいはプレゼントなさいよね? 冷静に…』と冷静に言われた。
「助けるとは言ったものの、長丁場になることは覚悟してね?」
「そんな大変なのか?」
「当たり前でしょ? こんなかんざし一本で所在を掴むなんて、やらせ仕込んだ超能力者にしかできないわよ? だから花屋の方は有給頂いたから、あんたもたんまり報酬寄越しなさいね?」
にこにこして俺に言う詩音。最近こうして出かけてなかったなと振り返り俺も彼ら彼女らに悪いが楽しむことにした。…矢先のこと。
「…アレ? 何でこうなんだろう… まぁ早く終わらせて楽しむのもアリか」
と詩音が呟く。スタート地上ノ宮駅周辺を五分ほど歩いた地点のことだった。
「どうした? 見つけたのか?」
「ええ。あんたの側でウロウロしてたのかもね。ひょっとしたら高台から私たちのことを覗いているのかも… あのビルの上」
俺は長いレールの上を歩く旅路を脱線することなくたどり着けたのだろう。
この上ノ宮では比較的小さなビルの屋上… 望遠鏡を覗き込むと再び巡り合った。
「待って隼人っ!! 罠じゃないの?」
ビルにくっついてる屋外の螺旋階段をカツカツと駆け上がる俺に後続する詩音は言う。
「…分かんねぇ。けど何だろう… 奴をブッ飛ばしたい気持ちで今は一杯で…」
気持ちが先行する。考えるより先に前へ前へ…
本能的に… 性欲に身体を許すときと一緒だ…
何も考えずに前に前にと掻き立てられる衝動。
…こうなっては制御が聞かない。
「
甘い果実のような妖艶な香りに包まれて… 俺は動きを止めた。
性格に言うと止まった、止めさせられたのだ。
「…
彼女に与えられし力… 匂いを与え惑わし嗜める。
…覚醒者は
故に金になる… 眠りしエネルギー。
「落ち着いて? 明らかに変だよ… さっきの隼人。いったい何があったの?会う前に少しは話して」
彼女に背中を抱かれる。俺は一気に落ち着きを取り戻した。
「…俺もよくわかんねぇんだ。世界は俺の為に回ってるかのように毎日が目まぐるしくってついていけてない…」
「なにそれ? …さっきの様子だとホントに分かってなかったみたい。いったん整理する時間も…」
「そんな時間は要らねぇ!! もうすぐ俺は俺にたどり着ける」
彼女の制止を振り切って再び階段を駆け上がった、再び上昇した頭の熱と心臓の高鳴りを感じながら。
「隼人っ!!」
彼女の声が聞こえた。だが俺は止まることなく屋上へ…
――ガコンッ 重たいドアを開けた先には誰もいなかった…
~~~
あたしの制止を振り切って熱くなった身体で再び上を目指す隼人に思いの丈を込めるかのように叫んだ。
…でも彼は振り向くことなく先に進んでしまった。
「…熱い」
火傷するかのように熱くなった身体に、身体を抱いた腕が耐えられなくなった気がした。
今の彼はどうにも心が揺れ動いている。戸惑いながらも立ちすくむことはできない。
流れる日々の中、身体を壊そうが心を壊そうが立ち止まってはいけないのが世間。
…誰も振り向いてはくれないのだ。歩みを止めてはいけないのだ、それはアタシも彼も分かってる。
だから口にするなんてできない。けど…
階段は途中。歩みを止めた足を再び… 歩き出せなくなっていた。
身体の自由が奪われたかのように動かない。
「あなたが隼人くんの彼女ちゃんね…」
…からだの自由が奪われたのだ。触れられることなく… アタシより下の段から声がする。
聞く耳貸すだけで振り向くことはできない。
「アンタ… 誰?」
「初めまして… 隼人くんのお母さんやってます。死んだ
「おばさんなのにそんな高い声みっともないわよ? これアンタがやってるの?」
と挑発しながら、身体が動かせない原因を探る。
「ふふ… 可愛い子。
「それ、
「いいえ…聞いて? あなたは選択を迫られるの。私の部下が今後、あなたを脅すような真似するのかも… 闇夜がすぐそばまで来てる。それは彼を強く勇ましくする」
「え? …なんですかあなた。暑さで頭やられたの?」
そんなあたしの挑発にのることもなく彼女は答える。
「…安心して?あなたの死は紡がれる。無駄にはならない」
「…解放しろ。あたしが死ぬって何だそりゃ… 今やるっての?」
動かない身体に戦慄が走る。背中に汗を感じた…
動けない身体の分キツイ口調で言うも全く通用しない、相手にされない。
「あなたがあげれなかった愛情分、私たちが隼人くんを愛してあげる…」
頭ビッキビキ… 女の子を忘れて言う。
「何だってんだッ!! ぶん殴ってやるから解放しろ!! 隼人に何をしたッ!! 隼人がおかしいのは…」
「溢れる彼への思いを断ち切れる御呪いよ♡ あなたが
「…!! なんでそんなこと… 何で…」
あまりの衝撃に、じわじわと汗ばむ。背中に感じた汗。額にも浮かべて身体を転がる水滴…
「あなた、ホントにいい子。だけど
「うわあああああああ!!」
後ろの女の言葉を前に頭が割れるような痛みを感じた。
「あなたは嫉妬の炎に焼かれて死ぬの… でも彼の心に刻まれる。
「ああああああああ」
脳内に埋め込むかのように女の言葉を感じた… 痛みの中、身体の自由を感じた時にはバランスを崩し階段を転がり落ちた。
…転がって地面に叩きつけられた
~~~~~~~
「何処だッ!!」
重く閉ざされた扉を開けて、俺は誰もいない屋上で声を上げる。
しかし誰もいない。だが…
「ここだよ…」
と声が返ってきた。振り返るとマザーはそこにいた。
「お前の言うとおり会いに来た。いい加減、俺を解放しろやッ‼」
俺は抑えきれない衝動を拳に乗せてマザーを殴りかかった。しかし…
「君じゃぁ私は
「
俺は自分を過信していたことを悟った。まるで違い過ぎるレベルの差。
拳をいともたやすく受け止めたのだ。全身全霊、
「君の彼女に会ってきた。詩音ちゃんていうの? いい子ね」
「てめぇ…あいつに…何した?」
拳を掴まれてる状態で言う。振りほどこうにもがっつりと掴まれて離れない。
この細い体のどこにそんな力が眠っているんだ…
「…拳から伝わるねぇ。君の
図星だ。殺す気で殴った拳が俺より細い腕に止められてる。
しかも離れない… こんなことは今までになかった。
こいつは肉体からして別格だとでもいうのか?
「安心して? 何も手出しはしてないから」
「何なんだ、俺が何をしたってんだ」
「君には足りてない危機管理能力を少しでも身に着けてほしい。そりゃあ極力のことはするよ? でも君が気づけないといけない部分の方が多い」
「何言って…」
「「何言って…」じゃないんだよ。人生を投げやりに受け身でいていい器じゃない。そういうのは道端の雑魚にでも任せておきなよ」
「だから何いっ…ぐ!!」
腹に衝撃が走った。ボディブローを受けて… 痛みで地面に転がってしまう。
目の前の女の拳がこんなにも…
「うがああああ!!」
地面に倒れた俺の顔面を踏み潰す女。
くそッ!! コイツ何なんだ?
「君に話してないんだよ、川崎隼人… それは弱い君でしょ?」
ゴリゴリと顔面で地面を削っている。痛い…熱い…
「俺が、何したって…言うんだ…」
「頑張れ、片翼だけじゃ空は飛べない」
励ましながら踏みつける力は増す。砂利が刺さったような気がした。
「ぐぁあああああああ!!!」
「お母さんも辛いの… こんな世界で一人きり。光の当たらない隅っこの方でジメジメと暮らす生活はウンザリ。今一度世界を取るのよ…」
「あがあああああ!!」
「早く強くなって… お母さんを楽させてよね?」
「ぐぐぐうぐぐぎ!!」
「あなたが強くなる為ならきっとみんな助力してくれる。あの子たちもそうだったように…」
「ガァアッ!! ハァ… ハァ…」
踏みつけていた足は離れた。地に着いた側の頬を指に触ると血が付いた。
恐怖で身体がすくむのを感じる… こんなのいつ以来だ?
「ここでお別れになるけど何か聞きたいことはない?」
俺は寝っ転がったまんま。立てずにいる
「ハァハァ… ハァ…別れ…?」
「私は二回目の死を迎えることになってる。あなたが岩橋静江から私を解き放ってくれるのよ…?」
「何言ってんだアンタ、
「
屋上、喋りながらも身体はフェンスを越え、あと一歩で踏む地面はなくなる。
「意味わかんねぇことを言ってんじゃねぇッ!! 結局俺に何してほしいってんだ」
「分かるよ? いずれ…。君は生きて? そして生き証人になってね。またいずれ…」
「ああ…!!」
彼女はビルを落ちた。街を歩く人々の声が鳴り響いた… 俺は呆気にとられっぱなし。
うやむやで内容のない長い話をただひたすらに俺の中に潜む何かに聞かさせられたみたいだった。
どうにか数分をかけて立ち上がることが出来た。
飛び降りた彼女に
「詩音ッ!!」
階段の平地部に転がってる詩音を見つけた。膝とひじと頭部に血をにじませて…
「…隼人っ ごめんなさい…」
「おいおい… 大丈夫だ、俺はここだぞ」
目を覚ますと急に泣き出す彼女。俺は急なことに、慌てて彼女を抱きしめた。
するとどうだろう… 泣き止んだ。鼻水を俺の肩で拭いてるかのように鼻を擦ってる。…違うといいんだけど。
「…とりあえず、病院行こう。お前も俺も大事に至る前に…」
「このまま。何も恥ずかしいことないからお姫様抱っこしてて」
彼女がそう言うならと…俺は病院までの間、彼女をお姫様抱っこするのだった。
◇◇◇
「え~お二方。脳には特に異常は見受けられませんでした…」
医者の回答を聞き終えると一回の売店でビンのコーヒー牛乳二本、包帯グルグルの二人で座って飲む。
「とりあえず、良かったな」「アンタこそ…」
その会話っきり黙った二人。何でだろうな、二人とも自分の事で余裕なかったのかも。
…きっと俺たちの日じゃなかったんだ、きっと今日の世界は俺たち以外の誰かのために針を進めてて… 仲間外れにされたかのように何一つ分からず動く歩道のように誰かが通った後を続いて進む。
だから終わってみてからは何も残らない。しいて言うなら疲れくらいか? 残ったものと言えば…
そんな俺たちの沈黙を破る一人の男がいた。
「隼人!! そんな包帯巻いて… 何があったんだ?」
松吉さんに出くわした。俺は何を思ったのだろう…。
俺は何を感じたのだろう。今日は何だったんだろう…。『松吉さんこそ何で…』とか聞かない。俺は俺たちのことだけで精いっぱい。
「全ては片付いたよ。降りかかる
それだけを言った。それだけだ、察してくれと。
もう疲れちまった… 今日は俺たちの日じゃないのさ。
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