重荷だった権威



 充と江田清美の死後から三日後。報連相ほうれんそうが抜けていることに気づいた。

 もうクライアントでも何でもない岩橋さんへのだ。

 おもむろにケータイを取り出しアポイントメントを取り付けた。

 …気づいたのが夢の中だってのが笑える話だ。


「…ってことなんです」

 オクトレイビル五階・元気印物産にて。

 娘を殺されて、同級生に区長たちの企み企て。

 みつるから知り得たことを岩橋さんに余すことなく伝えた。


「…損な役回りばかりさせてすまないね、隼人くん。君もそんなこと言いたくなかったろう」

 以前までなかった前髪の白髪が気になる。

 社長業と家族のこと、大変なのが伝わってくる。


「…いえ。あなたにとっては酷な話ですが、何でも屋みたいなことやってると言葉に詰まるような話がいくらでも転がってますからね」

「そうかい。君も苦労したんだね…」

「いえ… 奥様とはあれから…どうですか? 海外に移り住むなんて話が上がっていらっしゃいましたから…」

「ん? …あ、ああ。少しづつだけど順調だよ。それもこれも君のおかげだね。本当にありがとう」


 深々と頭を下げられた。下げた頭、後頭部にも数本の白髪。

 散々だよな… 俺の問いに反応が遅れたのが気になったが疲弊しすぎてボケたりしないか心配だ。

 それとも彼女の死で別れたりとか仲違いがあったりしたのかな…これ以上は言及できない。


「ただ、あの内部抗争… どうにも臭いと言いますか、内通者が他にいて手引きしてたんじゃないかって思うんです」

「…というと?」

「江田晴夫… あいつの死体はまだ転がってな…」


 ――――パパパパッ!! 


「「!!」」

 乾いた銃声だ。下から聞こえた。彼が不安げな顔をする。


「…今のって拳銃?」

「ちょっと見てきます。岩橋さんはここに・・・」

 俺は彼をその場にとどまらせて見に行こうとした時のことだった。



 ―――――――――》―――――  


「…!!」「…な、なんだ?」

 ただならぬ音。…爆発音だ。続いて窓ガラスがガッシャ―ンと音を立てて割れたのだ。俺はその場で身構えた。『キャー――ッ』と女性の高い声の悲鳴も聞こえる。



 ――ディリリリリリリリリ… けたたましくビル内にベルが響き渡る。


『え~火事です。火事です。一階に発火が見られました。指示があるまでその場での待機をお願いします。え~繰り返します、火事です…』

 外部の管理会社からの通信がビル内に響く。スプリンクラーが作動しだした…

 下ではいったい何が…



 ~~江田晴夫えだはるおせつ~~~


「なんだ、緊張してんのか? 別に前線には立たせないから安心しな」

「あ、ああ…」

 オクトレイビル一階。ビルの中と中と外に警備員が一人。

 受付嬢が二人、エレベーターが四基のエントランスロビー。

 元気印物産は部門ごとに二階から六階まである。

 地下には在庫も眠らせてあるという。

 オクトレイビルを目の前にして私たちは円陣を組む。


「――とりあえずまぁ…勝って一花ひとはな咲かせましょい――」

 と母国語でリーダによるチームでのコールに『イエッサー』と答えた…ようだ(何て言ったのかリーダーに聞いたところ)

 私との会話に用いる和泉いずみ国の言語・和国語わこくごが流暢なのは和国専門に犯罪を行ってるかららしい。

 『この国は素晴らしいもので溢れ、国民性も豊か。こんなに二も動きやすい場所もねぇ。パスポート目当てに和人大好き精神で来るビッチも多いぜ?』と豪語するリーダー。



「さぁて… ショータイムッ!! イヤッホー」

 外で警備してる男をリーダーが絞殺。入ってすぐの警備員と受付嬢二人をマシンガンで隊員が銃殺。


「和泉はホントに信頼関係で成り立ってるな。俺の国じゃ警備無しでも侵入できねぇ。セキュリティが堅すぎてな」

 と言うと隊員の一人におもむろに指示を出した。


「エレベーターぶっ壊す。ちょっとかがんでろよ?」

 後ろの俺に警告する。言ってすぐにことだった…



 ―――――――――》――――― 



 地鳴りに耳鳴り… エレベーターからあふれる爆炎…


「大丈夫か?江田さん」

「…ああ、何とか」

 私の安否を確認すると隊員に指で指示。階段を上って行く隊員たち。


「登るぞ。とりあえず生きて帰ろうぜ?」

 と言い走り出した。その後を遅れぬように俺も付いて行く。


 ――パパパッ!! パパパパッ!!――― 


「キャ――」「うわぁああッ」

 と悲鳴が上がる上層階。二階・経理部にて、どこかしらで悲鳴と拳銃の音が鳴るのを感じながら… 私もマシンガンと重装備。

 しかしながら人を撃つには至ってない。申し訳なさにただよわさせれた。

 先行く隊員たちの残したものはテーブルに倒れ込む男やら床で寝てる女やら。

 ドアには血がべっとり… 私たちの役目は前衛が取りこぼした人間を殺すというもの。

 私とリーダーともう一人の細身の男。彼らはと言うと、取りこぼしを見つけたら嬉しそうに嬉々として取り合いを始める。

 もう一人の男は細身ながら獲物を見る獣な眼差しでぐんぐん進む。

 リーダーはちょくちょく私を気にかけるもやはり戦場をどこか楽しんでる。


「安心しな? あんたは戦場に立つだけで評価を得られる人間なんだ。権力者が従事者を気遣うなんて俺の国じゃまずありえない。ボタン一つで国盗り合戦さ。俺たちが死のうと自分の身には届かない安全圏」

 とどうやらそんな俺を見かねて励ましてくれたリーダー。


「す、すまない」

「良いってことよ。その代わり堂々としてろな? 和の人はどうにも優しすぎる。むしろアンタはここで実際に人一人ひとひとり殺したら変われるタイプなのかもな」

 と言いながら三階へ。


 ――――――


 ビル内に響く轟音… 音が止むと二人は話し出す。


「――グレネード使いやがって。建物の耐久性とか考えねぇんだよなァ…馬鹿が――」

「――アンタも馬鹿っすよ?隊長――」

「――うるせーやい!!――」

 三階・開発部門、おそらく四階からなのだろう。

 爆発音と物が散乱する音が聞こえた。そして悲鳴が溢れる。

 隊員がやったであろう肉塊と血液の飛沫。惨劇ともいえる部屋。

 本来クリーンであるはずの部署に転がる死体。


「うぅ…」

 バンッ!! 血まみれの死にぞこないの頭部を細身の男が撃った。


「ね? 簡単でしょ…」

 自分を見る俺に笑顔で言う細身。彼らの隊の中で和口語を話せるのはリーダーとこの細身のみ。

 だから私の護衛代わりについてくれてる。


「今度死にぞこないを見かけたらアンタに渡すよ」

「ああ、その時は…」

 私が喋ってる最中に彼は身構えて…


 バンッ!! 発砲した。振り向くと一人の男が私に襲い掛かってきたようだ。


「すまない。何もできず…」

 細身の男に救われていたのだ。会話に必死になってここが戦場だということを忘れていた。

 …というより血の香りと断末魔で心が不安定でおかしくなった私は彼との会話にすがっていたのであろう。


「…ったく。アンタは歩み寄ろうとしなくていいんだ。低いのは俺たち、本来必死になって、あんたの所へよじ登って行く身。俺たちがその都度見ててやるから心配しなくていい。そのためにリーダーは和口語話せる俺を置いたんだ」

 …二十歳そこそこか。しっかりしている。

 いったいどれほどの修羅場を乗り越えてきたのだろう…


「…和国語わこくごはどこで?」

「俺ァ、奴隷船から逃げたところを隊長に拾われた元・和人さ。逆輸入?あんたが一時期面倒見てくれた紀島きじまで働いたこともあったよ」

 紀島… 私が口頭一つで犯して壊した島国。


「じゃあ俺のことは…」

「別に恨んでないよ。俺たちみたいなちっぽけな存在からは遠すぎて見えなかった。そんな奴が俺らと組んで大暴れってんだ。なんだか今になって自分が誇らしいんだよ。アンタの理由がどうあれリーダーもきっと…」


 ―――ザ―ッ!! ザ――ッ!! 


「――こちらセドル、至急応援・五階――」

 細身の男の声をさえぎり、通信機から他の隊員による声が…


「通信だ、なんか知らんけど五階がヤバいって」

 細身の男がそう言うとリーダーが近寄ってきた。


「江田さん、こっからはアンタを守る余裕がないかもしれない。トリガー引けるように指でもほぐしとけ。行くぞッ!!」

 戦地は一気に…緊張感が走った。



 五階・総務部の廊下前… 階段下。


「…銃撃音や声が止んでる。江田さん、引き返すなら今かもな」

 と冗談っぽくリーダーが言う。


「引き返しても地獄。だから前に進もう…」

 少年の頃を思い出したかのようなセリフだ。

 人の尊さを改めて実感したから出た言葉なのだろう。

 私の居場所は意外にもここだったのかもしれない。

 さっきまで膝ガクガクだったのに今は怖くないのだ、不思議と。



「グォン!! カットゥオ!! アンビ!!」

 五階の廊下で倒れてる仲間に言うリーダー。名前だろうか…


「隊長、江田さんッ!! あそこッ」

 細身が指さす方に座り込んで負傷者を介抱する男。爆撃で半身やられたのだろう。焦臭い。

 周りには迷彩服の隊員が転がっている。コイツがやったのだろうか。


「手ェ上げろッ!!」

 マシンガンを構え男に近づく。隊長リーダーを筆頭に細身、そして私が続く。しかし男は命令に従わない…


「つ…妻が… 妻が攫われ、…たんだ」

 負傷した男は介抱されている。膝の上で必死になって言葉を発する。

 身体はもう限界のようで片腕は地面についている。

 口から血をこぼしながら…息絶え絶えに…


「岩橋さんッ!! 喋んないでくれ!!」

「ケータイ… 机の… た、頼む… つ…ま」

 コポッ コポッっと唾液なのか血に溺れ… 首が重力に負け地に落ちた。

 絶命したのだろう…その不可思議な空間を我々は見守った。

 あまりにも不可思議。銃を持つ隊員を前に一人生き延びた男が。

 上の階では銃撃音と悲鳴が鳴り響いてるってのに…


「…江田。黒幕が戦地に降り立つのか…?」

 ――ババババッ!! こちらに目線を寄越した男を見て何も言うことなくマシンガンをぶっ放す。

 弾倉マガシンに入った分が尽きるまで…


「な…なッ!!」

 俺より前に立つ隊長が一歩退いた。無理もない…


「お前たち… 死ぬ覚悟は出来てんだろうな?」

 銃弾を浴びてもなお、本来死んでるはずの人間が死なずに生きてにらみ続けているのだから。その弾丸は奴の体にぶつかると弾けとんだ。まるで鋼鉄に弾かれたBB弾かのように…


 ――ザッ… 


「一人」

 距離にして五メートル。一瞬のうちに隊長の懐にやって来てナイフで首を刎ねた。


「し、死ねぇええええッ!!」

 ―――ガガガガガガガッ!! 細い男がトリガーを引く。

 標的が近寄ったからか、弾をはじく音の方が大きく聞こえた。

 銃弾を撥ね退けるほどに堅い身体… 一体どうなっているんだ?


「終わりだ」

 シュッ… 宙に舞う首、トリガー引きっぱなしで後ろに倒れる身体。

 私はあまりの恐ろしさに腰をついてしまった。


「…ああそうか。やっと私も狂気の中に…人間らしさを見つけることが出来たってのに」

 馬鹿なのは私であったか… もう終わりだ。

 指導者が戦地に赴くなどおかしな話だったのだ、すべては初めから…


「江田さんの奥さんどこにやった。答えろ」

 私にナイフを向けて言う男。ナイフよりも持ち主が怖い…

 もう完全に私はおかしくなってしまったようだ。


「…私は必ず死ぬ。だからお前に言葉を託す」

 洗いざらい…すべてを…


「フィ…!!」

 ――グォン… と心臓の高鳴りから体の中で怪奇音がしたような気がした。

 今まで感じたことないような胸の痛みが… ゴホゴホとせき込み手で塞いだ。

 手元を見ると赤い…吐血しているんだ。

 …そして凄まじき悪寒が身体をいたぶる。


「じょ…ぶか? 大丈夫か!!?」

 男が私の背中をさすっていたことに気づく。


「…なるほど。墓場まで持っていく話なのかコレは…」

 あの日の見学会、私はこの世のものとは思えないような現象を幾度となく見てきた。その一つに口封じ…

 空想世界くうそうせかいは徹底している。たとえ巧妙であろうと強引であろうと全てをねじ伏せて大きくなった教団だ。


「どうしたんだ?」

「…今日、奴にとっての道具は私か。生け贄…」

 仕込まれたことなんだ。目の前の男を査定するために。

 さっきから身体が全く動かないのに口だけは…


「お前が欲しがってる答えなら屋上にある。どうやら私の役目じゃないらしい… 他ならぬお前を待っていたようだ」

 慎重に言葉を選ぶ…役目を果たすために。

 彼女に気に入られ、少しでもこいつと話せるために…


「だ…誰がだ?」

「わ… たしたちは査定されている。今日は私だと思った。あの日見た少年は消えていった」

 奴は死に方すら問う。私のゴールは奴に消されることじゃない…


「何のことを言ってる?」

「行け、そして生き残れ…」

 身体が動いた。それはもしかしたらこのことすら仕込まれていたのかもしれない… 右手でライフジャケットを脱ぎ捨て、ダイナマイトにくるまれた体を見せつける。

 見せつけたが最後… 五秒後に爆発するのだ。私は晒されるものか、私は消えるものかッ!!


 江田晴夫、ただでは死なない。


 ~~~



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