躾《しつけ》にまつわる`あかさたな`
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「…やってくれたね… 江田君」
女の皮を被った悪魔を前にしてブルブルしながら話を聞く。
今までいろいろ攻め立てられたこともあったが今日ほど金玉が引き上がるほど身の引き締まる日もない。
「す…すいませんでした、フィリオ様」
「…あのさァ。『娘がやりました、はいそうですか』ってなると思う? お上にお役所にマスコミ各所、そうは問屋が卸さんでしょうよってな事も言いたくなるんだよ」
ナイフを私のほっぺにぺんぺんと当てながら言う彼女。さながら893だ、恐ろしい。
「はい…」
「とりあえず誠意見せて。特攻してよ」
ナイフの先端で髭をなじる。じょりじょりと…
「と、
「元気印物産に乗り込んで静江の夫、岩崎和弘を殺して。んで全部自分がやりましたって現行犯で捕まってくれる?」
「…はい」
この人を前にNOとは言えない。
言ってしまった者たちの末路を私は知っているから。
…それに救いはある。まだ生きていられるだけ…
「この指見て?」
フィリオが指を振る… 私はそれを凝視した。
――「君は」「一週間以内に」「実行する」「戦士」「らしく」「戦死」――
◇◇◇
「チクショーッ!!」
自室のベッドに転がってそう言う。手痛い代償だ。
今まで散々遊んじまった罪か? 思えば私も変な人物たちに目をつけられたものだ。
政治献金… 俗に言う寄付を受けたが為に知り合った巨大宗教組織・
無味無臭・普遍的な人生観の私が政治界に参入したのが30手前。
そこで付き人をした人物にいたく気に入られ悪い遊びはこの人から教わった。
味気ない世界が途端に変わった。そしてそれをなしに生きることを不可能にした。
『ウォークインクローゼットいっぱいに詰め込んだ疑惑そのもの』の名は伊達じゃない。
まだまだ世に公表されてないことの方が多いんだ…
もうすぐ終着点だとするならターニングポイントはエネルギー事業に片足を突っ込んだ時だろう。
民営化か国営化か社会が揺れ動いたときのことだった。
『ウォークインクローゼット…』なんたらと呼ばれ始めた時のこと。
私の事務所にやってきた謎の宗教団体員の男… ダーティーながらも人間臭かった私の営みは彼らによって壊されたのだ。
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「私どもに仕事を回していただきたい。自己紹介程度に私がパチンと指を鳴らすと起こる惨劇をお見せしましょう」
パチンッ… 唐突に訪問してきて何言ってんだとこの時点では追い返した。
「えー昨夜六時ごろ、警備員による爆発テロが起き… 火災の末。ビル内に残された28人が…」
――「えーこちらも同じく六時ごろ…」
―――「…同時刻に四件、これは同時テロと受け取っていいのでしょうか?」
こんなことが出来るのはハッキリ言ってヤバすぎる奴らだけだ、ぶっ飛んでるって意味での。
◇◇◇
…再び訪問してきた男。聞くに
テレビをつけながら彼の話を聞いていた。
「我々は時を待ち、決戦に向け着々と歩みを進めております。佐藤、清田、千葉、杉内… あなたが身構えるほどの
リベラル… 私は国に対し発言権を持ちながら政治的関心は無いに等しい。
金のなる木を育てるだけ。そりゃ学生時代は熱い夢を抱いてきた。
改革、改革と自分たちの権利を守るための暴動が
私たちが変えていこう。私たちが…って。
でもそんなものは黒い世界を見て消え果てた。人を導く権利ってのは金になる。
講演会でちょっとそれっぽいこと言えばすぐ金が入る。
ウィンウィンなどではなく、壇上に立つ者が一方的な勝者だ。
セミナー講師陣はよく社会貢献だなんだと常套句のように使うがあんのは全部嘘っぱちだ。
前に立つもの、現場に立つものだけにしか見えない世界をうやむやにし甘い蜜を吸う。
学校教育などはその
学校や財団、国の
金を積めば裏口入学、親の顔見て点数アップ。
…我々は国などではなく一部の人間に属しているのだ。
その境地に辿り着いたとき、人並みの暮らしなど忘れてしまった。
人々の暮らしを守るなんて考えを無くしてしまった。
「
「ええ。戦争で
「…まぁ、出来るだけのことは助力します」
出来るか? 民営化に移行しても奴隷制など人権団体が黙っちゃいないぞ。
各所に配慮しなきゃ叩かれる。それは長年の議員生活で思い知らされた。
「いえ。あなたはそこにいて頂くだけで結構です。表立って代表を名乗って頂ければあとは我々が…」
その言葉の通りトントン拍子。圧倒的勢力に反対派も最後には寝返る。
◇◇◇
「フィリオ・レイフォード。見ての通り主婦だ。よろしく」
「え…っと」
そして運命を切り裂く女との出会い。見ての通りで分かるものなのか…
「…すまない。かつての部下相手には通じていたのだがな… 今は岩橋静江でやってるわ。よろしくね♡」
この出会いから今までの間、未だに解けない迷宮の中に閉じ込められたような気分だ。女の身なりで女口調なのに女扱いすると怒る。
『お前は女を癒しの道具にしか思っていない… 下にしか、な。私はお前よりもいろんな面から見て強いのだ』とも言われた。
…レディーの扱いは丁重にって習ったけども。
重要なポストで行動していたあの頃はもう無い。
任期を終え、今はしがない区長止まり。
ボスや幹部の顔を立ててせこせこ働くのみ。
よりによって残酷な女・フィリオの部下に任命されたってわけだ。
もう五十近いけど女上司ってシチュは未だに興奮する…。
…でもそんなのは最初だけ。本性を知ってからは彼女にいかに睨まれないかだけを考えて生きている。
【わっしょい殺し】…世間ではそう呼ばれちゃいるが、とても楽しめるようなものではない。
あれ洗脳教育。残酷さ、日常に潜む非日常を染み込ませるために開発された教育プログラム… 通称・【
フィリオ・レイフォードを教祖とする教団・
一度だけ見学したことがあるが、正気の沙汰ではない。
人の死を楽しみ盛大に喜び、自身の生を実感し盛大に拍手する。
人を憎み人を愛し、子供が子供の命を奪い悲しみ喜ぶ。
そこに自尊心などない。…あるのは他人への興味のみ。
母なる大地を憂い人の愚かさを憎む。
そしてその母なる大地の一部としてフィリオは
…あの場所で彼女は、
「想像を搔き立てられるような人材に出会えましたか? フィリオ様…」
出っ歯のネズミ商人みたいに私は言う。
その日は道端に落ちていた浮浪者をいたぶって、彼にも生を実感させたうえで死なす…という悍ましいものだった。
飴と鞭ならぬセックスと拷問。…女の子は汚いおやじに体を貸し、男の子は手に足にペンチでむぎゅっと。
実習意欲を沸かせるための試みか、ゲーム形式で行われていた。
ハンマーを寸止め、ナイフで人体ダーツごっこ、目をつぶってスイカ割りの要領で頭を… 悍ましいゲームの数々。
…わっしょい殺しの原型がこれだった。
「…インスピレーションがまるでないね。やっぱ熱い者が絶望に震えながら崩れる様が一番最高よ♡」
フィリオは恍惚な笑みを浮かべ、そう語る。
私は入ってはいけない領域に踏み込んだことを実感した。
その日の夜は夏なのに寒気で布団にくるまった。
見学なんてもう二度と…とひたすら呟いた。
その狂気のプログラムがわっしょい殺しと名を変えたのは近隣住民のタレコミと育成プログラムの失敗… つまりは失敗作が生まれたことに端を発する。
失敗作が町中を駆け巡り女をボコって、倒れた相手に小便をぶっかけ征服感を得ると言った行為で現行犯逮捕。
捕まった彼はまともに口利くことなく、現在服役中らしい。
教団はプログラムの見つめなおしと効率化を図ったのだ。
わっしょい殺しの掛け声は楽しい要素やら連帯感を持たせると言ったもの。
いたぶり殺す相手も厳選し相手の心情を考慮しないで殺せるようにクスリを飲ませるスタイルに変更した。
以前は
その代わり、新たに追加された遠方地野外実習にて生徒同士の拷問にて補完されたとフィリオは言う。
色々と人体実験や実習など試行錯誤を重ね、締めには
達成感やら人を殺すことの楽しさやらを教え込む一貫したスタイル。
生徒などと呼んだが、他に呼び名がないので仕方なしに使っているだけだ。
実際は身寄りのない子供を引き取り慈善団体的事業へ。
そこから今度は空想世界が引き抜いた子供たちである。
三点式のため隠れ
使えるものは全部使うスタイルは、彼らに出会ってから学んだものだろう。
「娘からお前のにおいがする」
急なフィリオからの呼び出しに急いで応じた私が聞いた彼女からの第一声がそれだった。意味が分からん。
「…といいますと?」
「あなた、
「…最近若い女の夜を買ったのかと聞いているんだ!!」
フィリオはまどろっこしいことが嫌い。キレると男口調になるのだ。
「…はい。ひょっ…ええッ!!?」
娘から『楽しませてあげて欲しい子がいる』と言われつい最近… ええッ??
「臭くて敵わん。薬品の匂いもするし… もう手ェ出すなよ?」
と念じられるのだった…正直言って死を覚悟したのだが狂ってる連中の考え方は違う。
考え方も狂ってやがる… そんないかれた会話から舌の根も乾かぬうちのことだった。
「…おい。娘を殺す。手を貸せ」
毎度のことながら意味が分からない。理由も聞けない。
『はい…』としか答えることも出来ない。
あの魔のプログラムの生徒たちは『出来ない、無理、辛い』…と口に出すと地獄のような拷問を与えられてきた。
それを見た私も一回の見学で染みついてしまった。
下衆だが殺すなら今一度遊びたいってのに…
娘に頼んで今一度呼んでもらった。
娘の手配に任せたのだ。黒のセダン、バッツのXクラスの車内で待つ。
清美を運転手にして… フィリオの娘はチンピラに連れられてやってきた。
「やあ。また会ったね」
「お母さんは… どこですか?」
被験者として… 教育の材料として実の娘を使うらしい。
私にも娘がいるが… 犯罪の片棒を担がせようとする娘がいるが… 今まで殺そうだなんて思ったことがない。
苦労して手塩にかけて育て上げた娘だ。…この子だけは。
「今から連れて行くからね」
「あんたは余計な心配しなくていいわ。パパで楽しめたのでしょう?」
清美が円ちゃんに声をかける。まるで子犬を落ち着かせるように優しく…
「あ、清美ちゃん… お母さんは…」
この問いかけに誰も応えない。誰も知らないんだ。
五分ほど車を走らせ目的地に着いた。西門区岩田のビル。
五階建てらしく、最上階には明かりがついている。
一人のゴツイ白服のタキシードが出迎えた。
細身の奴が着るもんだろうに。知らない顔だ…ウィンドウを開けて聞いてみる。
「アンタは?」
「フィリオ様に仕えております
「お母さんはそこにいるんですね」
と車を降りてビルに入っていった。
私は彼女の背中を見守ることしかできない。
「私も行きたい。パーティ…」
左ハンドルの車の窓を開けて、ビルを覗いて言う清美。
「お前は… いかないでくれ」
なだめるのが精一杯だった。この子は昔から好奇心旺盛で手が付けられないほど傲慢娘で育ってしまったが、放任主義がうまくいったのか多彩な才能を発揮した。
経営に経理… 金が絡むとホントに頼もしくなるくらいに強い。
ただ若さゆえに恐れを知らず…いや恐れなどない人間兵器なのかもしれない。
===========
そんな清美も死んだ… 出血性のショック死だったと聞く。
病院に駆けつけたときにはもう遅かった…
女の子にしてはおてんばがために、動物いじめに飽き足らず人間を壊した。
一体何件もの人々を金で黙らせてきたことやら。
そして彼女は自分の価値を分かってる。
さらにビジョン型で三年後、五年後を考えて行動できる。
自分を最大限生かせるのだ。そんなメキメキと頭角を現した彼女だったが死んだ。
彼女の死を経て俺の心の隙間を埋めていたのは彼女の存在が大きかったことを実感する。
…今の俺にはぽっかりと穴が。
「チクショ―ッ!! ぶっ殺してやる!!」
私は疲れからか眠るつもりはなかったのだが眠りについていた。
長い夢、もう死ぬときは近いのかもしれない。
清美の死が俺を怒りで満たしてる。
おかげで心の隙間を考えることなく済む。…怒りの矛先を見失っているのだが。
…計画は立ててある。あとは実行するだけだ。
◇◇◇◇◇◇
「じゃあなんだ?
翌日… 人目を避けて我が家。向かいに座られるのは海外からお越しのお客様で殺し屋集団。
死んでも誰も泣かないような奴らの集団だ。今はビルを襲撃する手筈を連中のボスと最終確認をしている。
「拳銃相手に襲い掛かってくる奴はいないだろう?」
「そりゃそうだがフツー、クライアントってのは現場に立たないもんだぜ? まぁ一緒に立ってくれる方が俺らも信頼できるけど」
ガトリングガンが似合いそうな二の腕だ。
「オクトレイビルの屋上のヘリポートにヘリを寄せてそこから脱出。その時点でゲームは終わり、お前らは自由だ。俺は一人、警察に投了する」
この戦いを終わらせた
…それくらいに暴れてやろうと思った。そう思わなくてもそうせざる負えない。
俺の命は保証されてないから…
「何企んでんのか知んねぇが、依頼の件は任せてくれ。前金だけで十分な額だってのにその十倍も頂けるとなると、がぜんやる気が出る。祖国でひと花咲かすには十分な金だ」
「…そうかい。今日はゆっくりしてくれ」
我が家でおもてなし。最後の夜になるかもしれないと盛大に奮発した。
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