不透明の中
それから一週間のことだった。独房に入った俺のもとに看守がやってきた。
「…良かったな、罰金刑だけで」
「誰だ?
「お?手ェ出すのか? お前らろくでなしはいつもそうさ。暴力に訴えかけるだけ」
あざ笑いながら両手を上げて俺は何もしませんよのポーズ。
「…バックに言っとけ。俺たちの反撃が始まるぞってな」
顔面に穴が開くほどに睨め付けた。看守は少しばかしの汗をかいていた。
「…アレ?」
俺は手荷物を返してもらった際、ケータイを真っ先に開いた。
飛鳥が何十件と入れているのを想像していたのだが、電話はおろかメールもない。
松吉さんに家族へ言伝を頼んだのだが、それでも信用できずメールでも寄越すのかと思っていた。一週間ぶりの家は緊張した。。
「おかえり、なさい…」
飛鳥だ。この子はいつだって俺が大変な思いして帰ったとき、大体… いやほぼ玄関口に立って迎えてくれる。
おかえりなさいって出迎えてくれる。そしていつも暗い感じで立ってる。
心でも通じ合ってるのかな? それとも
「…ただいま」
「ご飯できてますよ」
家に着いたのは夕方の六時。我が家の夕飯の時間にしては早い。
「どうせろくなもの食べてないんでしょ?」
優しいんだか冷たいんだか分からん口調で言う。確かに食べてない…
「随分な言い方じゃないか。まるで俺がどこで何をしてたか知ってたみたいに…」
「…ごめんなさい。引き留めて…」
俺の言葉をほどほどに、飛鳥が頭を下げてきた。
「…ん? 何が…」
「1週間前の…」
――1週間前… ああ。玄関先のゴタゴタか… そうか、一週間… 実感ないけど身内に言われたら時の流れを感じる。
「ああ。俺こそ悪かった。怒鳴ったりして… 急いでてついカッとなっちまったんだ」
「…どうだったんですか…?全部、終わったんですか?」
彼女の問いに迷った。言わなくてもいいことが世の中にはある。
「…ああ。なんとか苦労したけど」
「…嘘」
「え…?」
彼女の返しにドキッとした。あまりにも真っ直ぐな瞳で俺は思わず目線をそらす。
「あなたも私もみんな嘘」
涙をこぼして言う飛鳥。床に落ちたしずくが宝石のように散らばった。
「何のことだよ。帰って早々に…」
疲れてるってのもあって怒りっぽい口調になってしまった。
「なんで隠すんですかっ? 一週間以上家を留守にして…いくら松吉さんの言葉があったとしても、みんなは何も言わないけど異常ですよ? 連絡も寄越さないで…」
涙がはじけるくらいパァっと目を見開いて言う飛鳥。
「それは、…悪かったよ。でも別に仕事自体は」
「嘘… 連絡が取れない状況にあったんじゃないですか? …監禁とか収監されてたりしてるんじゃないかって… 心配で怖くて確認することも出来ない」
今度は俯きながら言う。相変わらず鋭いな… 女の勘ってやつは凄い。詩音にもよく驚かされたっけ…
「…ないよ。ホントに忙しくて」
「もうやめてよっ!! …
「…!!」
愛… お前なんで責任感ある
「改めて聞きます… どこにいたんですか? 今まで…」
「どこにいたかなんてこの際どうでもいい… 依頼主は…死んだよ」
人生に疲弊したかのような松吉さんみたいなことを言ってしまった。もう疲れていたんだ。お葬式にも告別式にも出れなかった俺は…
「どうでもいいって…」
「飯だ、めし」
俺は会話を切り上げてキッチンに向かった。彼女もまた俺同様、ショックを受けただろう。俺の松吉さんのじゃ意味合いが違うけど。
俺は最近疲れているんだ…
「出来てるってお前… インスタントラーメンに飾る上の部分だけじゃねぇか…」
キッチンにて、フライパンに入ったほうれん草やら豚肉やらニンジンやらを痛めたものが。その横の台には袋入り麺。小さな鍋に水を入れ火をつけた。
「私が…やります」
玄関先からくっついてくる飛鳥を正直ウザく思った。疲れてるけど腹減ってる俺からしたらかなりヘビー。もうヘビーな目はこりごりだってのに。
「お前のせいじゃない… お前が奪った
「…私を、恨みますか?」
――…俺は自分のバカさ加減に逐一腹が立つ。家族にまで俺のバカで苦しめてる。
「前から言ってるだろ… 俺はお前らに裏切られても、殺されてもお前らを恨まんって」
俺の言葉か… クソッ、俺はいつも後先考えずバカだから…
「悪いのは全部俺なのさ…」
沸騰してる鍋の中に麺を投入しながら言った。ながらで… 今考えればこの行為も悪かったんだな。
「じゃあなんでそんな家族を邪険にするんですか!! もういない人間のこと忘れてこれまで通り私たちと…」
パンッ… 最低だ。急に饒舌になった彼女を思いっきりビンタしてしまった。
DVの
「…すまん」
謝っちまったことにも後悔する。本当に悪いことには悪いと叱ってやればその分格好も付くってのに瞳を潤ませる彼女に俺はひどく動揺した。
何かが弾ける音がしたような気がして…。逆になんでどいつもこいつも円を邪険にするんだって思った。
「謝らないでください… 私が悪いです。あなたに構ってほしくてつい本音を言ってしまいました。私は最低な女です…」
ダムの結界の如く涙を溢れさせながら顔をぶっさいくに歪ませながら言った。
彼女はとても暗く丸い背中で壊れてしまいそうだった… 俺はそんな背中を思わず抱きしめた。
俺の心も壊れそうだったからかな… 寄り添う形で。
「…!!」
抱きしめたらビクンと飛鳥の体が跳ねた。驚きを感じ取った。
「隼人さん…」
消え
「どこかに消えちまいそうで、
「やめてください… 勘違いしてしまいそうです。こんなクズ女の私が」
「お前は何も悪くない。俺も悪くない。だから安心してこの家にいてくれ」
なんでだろう… こんなに小さな背中が今まで大きく見えてたのは。
17歳の女の子にしてはハードな道を歩ませてしまったと思う。
だからその分甘く、負担無いように配慮してきた。
そのせいもあってか駄目なことしたら注意だとか、彼女に対する俺の気持ちを押し殺してたものだから… 親目線で曲がっちまったらどうしようとか思ってた。
そんな彼女も最近は俺よりも大人びてしまって大人っぽい上っ面な言葉で見繕って、真に向き合うことなく会話をしていたのかもしれない。
周りの体験談じゃ大人びたことをしたいし感じたい年頃だってみんな言うから、あまり構わないように過保護はやめて学校での彼女の暮らしぶりなんて本人の口からは聞かなかった。
そういう配慮が彼女には見捨てられたみたいに映っていたのかもしれない。何が俺は悪くないだ、悪党だな俺は。
「今度、授業参観にでも…」
「それは嫌です」
割と真顔でホールドした腕を離してキッチンを離れて階段を上がり、自分の部屋に戻って行った。
◇◇◇
「どうしたの?また急に…」
お昼過ぎ、紗耶香の勤める花屋にいる。前同様、彼女に頼んで詩音を呼び出してもらった。カオスにしちまった俺たちの関係。詩音には言う義務があると思った。それに…
「悪いな。時間割いてもらって」
「…隼人に会えるなら惜しくないよ。で…何かあったの?深刻そうな顔して」
そうか。今の俺そんな顔してるかと思いながら本題に入った。
「…
「…!! そう…」
少しばかし顔をにじませた。何も聞いてこないんだな…と思った。
「悪かった。これまで通り、これからはお前一本で…」
パシッ!! 思いっきりビンタされた…
「ねぇ、何て言ってほしいの? やったぁ☆ 私だけを見てくれるのね。ありがとう …とでも? 何が『これからはお前一本で』なの? たとえ思っててもそんなこと言うのは絶対間違ってるよっ!! その子との関係を認めたアタシもおかしかったけどさぁ… 聞きたくもないじゃんッ!! 架空の人物とかで良いじゃん!! 実はそんな奴いませんでした、とかでさ。…
「本当に…すまん」
きっとため込んでたんだろうな。俺は想像して胸が痛い。
彼女を思ってひたすらに頭を下げた。
「死んだとか関係ないじゃん!? もともとあたしだけの隼人だったじゃんっ、ねぇっ…?」
泣いてる。こんなに優しい子を傷つけて俺は…
「お前の力… 借りたいんだ」
「…えっ?」
次から次と泣かせる時間も与えずに容赦がない。俺って奴は本当に…
◇◇◇
泣き止んだ彼女に事の経緯を話した。俺は今、大変困っていると正直に。
「今回の事件… 間違いなく他殺なんだ。警察は俺を解放したあとに自殺と断定してたけど、アレは誰かの力が働いた証拠だ」
「…ハメられたの?」
彼女の心は晴れた。真剣に俺の言葉に耳を貸してくれる。
「ああ… 俺は奴らを絶対に許さねぇ… けど、探し出す手がかりがない」
「それで私ってことね」
「頼めるか? お前は安全下で動いてくれればいい。ハッキリ言って危ない橋なのかもしれないし」
「やってあげるけど…あたしも一緒に行動させてくれなきゃ嫌」
「え…? お前…」
「…アタシだって隼人なしじゃ嫌。失うくらいなら一緒に消えたい」
いつしかの俺の言葉… そーいや俺達は、永遠を誓い合った仲だったな。
若いカップルで言う身体に彼女彼氏の名前を彫る…俺たちの心には極太で彫ってある。
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