クズ社会の流儀


 泣き疲れてあまり覚えていないが、ここは警察署内取調室。机にデスクライト、ドラマでありがちな状況。

 俺はあの現場、パトカーで連行されたのだった。


「…やったの? やってないの?」

 机をバンと叩く男。この部屋には俺以外に二人。

 向かい合って質問攻めしてくる男に椅子に腰かけ横でメモを取る男。

 鉄格子から日が差し込むのだが身体に当たって照りつける。…焼けるように痛い。


「俺は知らない、たまたま通りかかっただけだ」

「…やっと口開けたな。喋れないのかと思ってヒヤヒヤしてたぜ」

 と悪そうに笑う男。一人は俺の後ろで立ってる。もう一人は警棒をポンポンと掌に当てて音を鳴らしてる。


「早く解放しろ。これ以上は何もない」

 真相を確かめたい俺は腰縄で結ばれたイスをガシャガシャと音立てて反抗した。抜け出そうと思えば楽勝。

 でもそれは人としての暮らしを放棄することになる。


「…あらら。出たがりなお前を淫行で捕らえたっていいんだぜ?」 

「淫行って!! 別に二つしか年変わんねぇし大学生なのに…」

「あーあ。認めちゃった… ほつれで殺ったの? ウザったかった?」

 ここぞとばかりに口が出る検察官。俺は誘い水にあるがまま流されて…


「お、俺は何もやってないッ!!」

 思わず動揺してしまった。この緊迫感はテレビじゃ味わえない。


「アリバイあんの? 昨日何やってたのよ」 

「…だから家で寝てたって。みんな夜は寝るだろ?」

 俺はビルに侵入したことを隠す。あれはあれで不法侵入だからな…


 こいつらが俺をここまでに攻め立てるのは、俺が学も定職も持ち合わせてないからだろうと自己分析。

 都会でありながら警察はいろんな人間を見ることで統計上の判断を下す。

 きっと俺は犯罪者のお手本のような身なりと状況を兼ね合わせているのだろう。


「…ビルに不法侵入した。俺を見た奴ならいるだろうし、ビデオにも残ってるはずだ。…もしかしたら犯人が映ってるかもしれないんだ」

 これはハッキリ言って禁じ手だったが、らちが明かない上に殺人と言う無実の罪で捕らえられそうだ。

 なら不法侵入の事実で捕まるほうが気分も景気の少なさもいい。



「今はまだ捜査の段階だ。お前が話した不法侵入の件が正しければ逮捕状の請求もできる」

「弁護士を呼べ… 証人もいるんだ」

「チッ… 今お前がとりあえず認めとけば軽い刑で済ませられるが、証人喚問しょうにんかんもんして何も出なかったらお前は飛ぶんだぞ? 不法侵入の疑いも加えられ刑も厳しくなる」

「やってない人間はやってないって答えに命かけるのが当たり前だろうが。何度も言うが俺はやってねぇ!!」

「暴れるな!! よし抑えるぞ」

 暴れ猛る俺を興奮状態とみなし鎖で繋ぐために何人もの男に圧し掛かられた。

 円の最後がフラッシュバックしたかのように、まるで犯されてるかのようで…



 翌日、留置所にいる俺。事件は俺抜きの証人尋問しょうにんじんもんで話は進められる。

 俺はその間待つだけ。夕方過ぎ…わらわらと子分引き連れて取調室にいる俺に昨日の男は言った。


「お前なんて映ってないし、見てもないらしいぞ?」

「ふざけんな!! 誰だ? 誰の指示受けてんだ。テメェらの後ろにいんのか?まどかを殺した奴が…」

 警棒をもって俺を鎮圧しようとする奴らに、鎖付きの俺は暴れた。

 看守を何人も跳ね飛ばしたが沸いて出る看守に腕を取られ、為す術なく… 背中に麻酔を打たれた。

 頭の先から足の指まで気だるく、目を開けるのが辛くなっていき…


 眠りこけた俺にバケツいっぱいに入った水を浴びせて顔をビンタしてきた。たまらず目を覚ます。


「入れッ!!」

 コンクリート囲む檻の中にぶち込まれた。10畳以上はあるスペースの中に一人。


「グっ!!」

 暑い日にも寒い日にも苦しいであろうコンクリート造りの床。手足の枷、押されればこけてひれ伏す。先住民が看守に「ご苦労さん」と、思ってもない労のねぎらい。


「よぉ、新入りッ」

 先住民が今度は俺に構ってきた。じじぃだ、小っちゃい歯抜けの炭鉱夫ドワーフみたいなやつ… 

 言っちゃ悪いが酷く臭い。アンモニアと言い表せない口の臭さ。


 今は囚人たちの作業時間としてみな作業場に駆り出されており、仮病を使って交代交代でお上と呼ばれる男たちの寝床の横で家来として番をしているんだとじじぃが言った。いわば金庫番か。


「お前は一番の下っ端だ。少しでも上座で眠りたくば上納金だ。どこか宛てはあるか?」

 刑務所内にもカーストはあるのか。道外れたクソ野郎なのにカーストに縛られるなんてな… 結局どこまで行っても 人間は自由にはなれない…なんてことを思った。


「ねぇな、お前らゴミと違って。例え人に迷惑かけてもヘマしたりしねぇ」

「んだとぉッ!! 思い知らせてやる」

 俺は全身で挑発するように言った。ドワーフは腕まくりして腕をグルんグルん回しだす。

 しかしカツン…カツン…と外から迫ってくる足音に反応してドワーフは黙った。気配を押し殺して…


「お前に客人だ。出ろ…」

 看守が俺たちのもとに現れてそう言った。客…? 家族の線はない。


「…チッ!! 帰ったら覚えてろ」

 と悔しそうに歯を噛みしめたじじぃ。くせぇけど、ちょっとかわいい。


 面会ルームに通された。穴の開いた窓ガラスに向かい合った机… 


「松吉さんッ」

 多良木時代からお世話になってる兄貴的存在の人だ。こっちに来るにあたって家を用意してくれたのは彼だった。

 役所には実際にある児童施設に預けられた者たちとしての登録で俺たちの存在を行政に示した。その施設先にも話は回っている。

 一つ疑問なのはどうやってこの人に俺の情報が回ったんだろうと。家族すら知り得ないのに…


「大変そうだな…何があった?」

 優しい顔で俺に聞いてくる松吉さん。


「殺人の容疑で… 俺はやってないけど」

「そうか…看守に口利き・・・しといた。ここはなかなかヘビーな場所だと聞いていたんでな」

らねぇっすよッ!! 俺は何もやってねぇんだから…」

 俺は心底ムカついている。若干当たり散らす形で言ってしまった。


「ここは完全なアウェイだと考えろ!! そんな場所では人の気分次第で人の命が左右したりするんだ。やった、やってないはこの際どうでもいいことだ‼」

「…どうでもいいって、おらァ…」

 急に怒られどうでもいいと言われひどく落ち込んだ。まるで治外法権じゃないか…


「…無茶はするなよ?…社会的信用を一発で消し飛ばすようなことは。お前は昔から無茶苦茶だからな…」

 と心配をにじませながら松吉さんは言った。この人にも散々迷惑かけたな…


「分かってますよ。俺には家族がいるんだ、あなたのおかげでやっと…この国の一員になったんだからもう…」

 俺はいろんな思いを噛みしめながら恩人に言った。



 面会後、昼食の時間になったので面会ルームを出た足のままに講堂に向かった。堂々と空いてる席に座った。

 ほとんど埋まっていたがどうしようもないような風体の奴らの吹き溜まりだ。墨モン、傷モン何でもあり。

 独り言をぶつくさ言ってる奴に『うるせぇ』とげんこつする奴。一般人にとってはこんな場所で静かに食べられてるほうが苦痛かもしれない。

 突き刺すような視線を浴びながら音を立てることも憚られ、楽しいはずの食事が地獄での会合と化すだろうから。

 そんな静かな昼食の時間、静寂を破り囚人二人が殴り合いの喧嘩をしだした。


『やれぇええ!!』『いけぇええ!!!』と怒号が飛び交う中、座っている俺に看守が一人近づいてきた。


「よォ…」

 昨日散々憶測でモノを言ってきた奴だ。検察官だと思ってたがコイツ…


「ほれ、アンタの仕事じゃないのか?」

 俺は始まったばかりの喧嘩を指さして男に言う。


「…お前より幾分物分かりの良い大人がお前の近くにいたんだな。世渡りなら奴に学ぶと良いぞ」


―――「ギャーーーッ!!」―――


「!!」

 優勢の囚人が相手を五人がかりで抑えて殴り合いを演じた男をナイフでメッタ刺し。血が飛び散っている。


「おいッ!!」

 俺は看守を問いただす。この異常な光景を見ても微動だにしない。

 まるでこうなる事を知っていたかのように…


「ここいらの正義は‘俺たち‘そのものだ。徒党を組もうが人を殺そうが、決定権を持った奴がOKと言ったらそれは許される。お前たちは堕ちた人間だ。もう誰もお前らを見ちゃいない」

「チッ!! …腐ってやがる」

 俺は止めようと奴らの前に踊り出ようとイスを立つ。すると俺の肩を持って制止してきた…


「あの喧嘩は権力争いだ。ここでどっちが俺たち監守に好かれてるかって勝負。俺たちが加勢しないってことはつまり…彼らは許されるんだ」

「じゃあ… 俺は?」

「今後の出方次第だ…」

「…おっけ。じゃあ…」


 ―――ドッ ガッ ザッ… 俺は徒党を組んだ五人全員をブッ飛ばした。

 勢いに身を任せて俺は待機していた何人もの看守に飛びつかれて圧し潰されて… 独房に閉じ込められた。

 やろうと思えば監守だってぶっ飛ばせるし、こんな牢獄抜け出せる。でもそれでは人の道を外れてしまうんだ。だから怒りに身を任せた大バカ野郎を演じるのだ。


◇◇◇


きわめつけだな。お前、大バカ野郎だよ。久しぶりに見た」

 ドア越しの俺に看守が話しかけてくる。


「何の…用だ? クソが」

 顔を地面に押し付けられ殴られて… 痛む腫れ上がった顔をこらえながら憎まれ口を叩く。


「安心しろ、すぐ出してやる。…お前の強さは重々承知した。だから仲良くいこうや…大人の関係でな」

「オメェみたいなクズが何で看守になったんだよ…クソッ」

「じゃあ逆に、何で俺みたいなクズが看守になったと思うんだ?何が楽しくてお前らみたいな半端でろくでなしどもの相手をきょうじるんだ? 答えは金だ。俺たちを左右するのは金だ。金は俺たちに対しての忠誠を数値化したものだ。言葉や態度じゃ目に見えない。お前たちのここでの暮らしぶりを変えるのは金だ。さっきのゴタゴタだって権力者争いでしかなかったんだ、喧嘩の強さを決めるんじゃなく。代理戦争… 裏社会の人間にとっちゃ興行の一環。お前が飛び込んだ先は沼地。お前は戦争に半身突っ込んだのさ」

「…それで何が言いたい」

 だらだらと語る男に結論を急がせた。もうどうでもよくって…


「お前にとっちゃこの独房どくぼうは最高の住処すまいだってことさ。ここで鎮静化を待つなら家賃を貰う。お前を死んだことにしてやってもいい。頃合いを見計らって出してやる」

「そんな金はない… 俺がたとえ死のうともお前らにくれてやる金はびた一文として無い」

「そうかい。…もらっちまった分は生かしてやるよ。面会だ」

 そう言うとドアを開けて独房の外へ連れ出された。松吉さんがまた…?



「岩橋さん…」

 円の父、元気印物産の社長。前会った時と変わらない格好で。


「…大丈夫かい? 災難だったね…」

 やつれてる… 目は腫れぼったく、くまができてる。


「俺は、やってないです。そんなことやるわけ…」

 必死に訴えた。親父さんには伝わってほしかった。彼を苦しめたくない。


「分かっています。私のデスクにまどかの携帯がありました。君はこれを探しに来ていたのでしょう?」

「…はい。そいつを辿ってそのビルに侵入しました」

「話は取り付けてもらいました。警備員にお金を握らせて寝返ってもらったので証言台にも挙がってもらう予定です。テープも先ほど検察官に渡してきました。受け取って頂けぬのであればそれなりの用意で臨むと言ったら素直に従ってくれましたよ」

「…そんなことしたら!! …会社が狙われます」

 彼の発言に思わず吠えてしまった。狂った世界で輝けば叩かれる。

 俺たちは散々経験してきた… 


「…この国はせっかく取り戻した幸せを私から奪うんだ。私は会社を畳み、ここを離れ海外で妻と悠々自適に暮らすことに決めました。まどかの為にも覚悟は出来ております」

「…そうですか」

「もうしばしの辛抱です。独房で待ってて頂けますか?隼人くん…」

「ありがとう、お義父とうさん…」 

 心からの言葉だった。


「…君が息子でよかったよ」

 俺は生涯この言葉を忘れないだろう…


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