第18話 ポンコツ転校生の手料理

山本「(帰宅途中、穴という穴を見ると、その全ての穴が、耳の穴に見えてしまう突発性の病におかされていた。その穴が自ら、と主張してくるのだ。同時に高橋さんの上目遣いが僕を襲う。いかん、いかん! 穴を見ないように真っ直ぐ家路を急ぐ。今度は、勝手に佐藤凛さんの天真爛漫な笑顔が脳内でループ。下着姿でゲームして笑ってる。そして今日一言も喋れなかったことを思い出す。実は、校門で待ち伏せされていたり……、なんて期待していたが彼女の姿は見当たらなかった。何を心配しているのかと言えば――彼女はもう山本家に帰って来ないのでは! という一抹の不安にかられていた。普通に考えれば、アパートを失ったからと言って山本家に帰らないといけない理由はゼロ。しばらくの間、ホテルに滞在し他のアパートを探してもいいだろう。もっと言えば、友達、もしくは男の家にだって行ける。無性に胸騒ぎがする。僕は、穴を見ないように、ダッシュ。いろいろな思いが交錯する中、玄関を開けた。卵とケチャップのいい香りが家中に広がっていた)」


母親「大輔、おかえりー。凛ちゃんがね、美味しいご飯を作ってくれてるわ! もうすぐ出来るからテーブルに座って待ってなさい。凛ちゃんって、可愛いし本当にいい子よね」


山本「……そ、そっかぁ、良かった。(ほっとした。佐藤さんがこの家を選んでくれて良かった。特別な意味は見出せないが、心底そう思った。また一緒にゲームが出来る。僕の部屋から佐藤さんがいなくなるのが、すでに寂しいと思える。手を洗ってテーブルに座る。制服にエプロン姿の佐藤さんがチャップでオムライスに何かを描いているところだった)」


佐藤「山本君、おかえりぃ。どうぞぉハートのオムライスだよぉ。私からのハートをいっぱい食べてねぇ」


母親「あら、大輔だけハート入りなんて、嫉妬しちゃうわ。なんだか新婚さんを見てるようでお母さんまで恥ずかしくなっちゃう! ヤダ、もう〜どうしようかしら!」


山本「茶化さないでください! 僕だってハートなんて初めてで、こんなのドキドキして食べられません。ここはメイド喫茶ですか! …………イマ、思いっきり滑りましたよっ! 分かってますから! でも、これはテンションおかしくなるでしょ!」


佐藤「そんなにハートが好きなら、夜もあげるよぉ。山本君が喜んでくれるなら、大放出するよぉ」


母親「あらあら。2人って私が思っている以上にアツアツだったりするのかしら。もしかして……、私って邪魔者?」


山本「ストップ! ダメ! いろいろ想像を膨らませるの、止めてください!」


母親「はいはい、分かりました。――あらっ、珍しいっ! 沙織じゃない。こっちにきて一緒にご飯食べる?」


沙織「ママのバカ。いつもご飯、部屋まで運んでくれるのに、どうして運んでくれないの?」


母親「あっ忘れてたわ! ごめんなさい。でも、せっかく部屋から出て来たんなら、一緒に食べましょ!」


佐藤「そうですよぉ。沙織さんも、一緒に食べましょうよぉ」


沙織「ちょ、ちょっと! お兄ちゃんにハートのオムライスを食べさすような人に言われたくない!」


母親「こらこら喧嘩しないで。オムライスは、凛ちゃんが作ってくれたのよ。こんないい子、他にはいないと思うけど」


沙織「ママもそっちの味方するわけ」


山本「沙織っそういうのはいいから、こっちこいよっ! このオムライスは、超美味しいから、一緒に食べよう」


沙織「お兄ちゃんと佐藤さんがこれ以上イチャイチャするのを阻止するために、いたしかたなしだから」


山本「(沙織は僕の向かいの席に座る。それからオムライスを口いっぱい入れて、もぐもぐと食べ始める。3年ぶりの景色だった。拗ねたり、笑ったり沙織と一緒にご飯を食べられる日がくるなんて思ってもみなかった)」


沙織「――お、美味しいーーー!!!」


佐藤「喜んでもらえて嬉しいなぁ」


沙織「めちゃうまーーーーーーーーい!!!」


山本「(沙織が、何度も叫んでいる。それも無理はない。口全体に広がる幸せな味。頬が落ちそうになる。おまけに、佐藤さんが作ってくれた料理を口にするたびに、佐藤さんを形成する細胞を分けてもらっているような、そんな甘い感覚。佐藤さんが作ったというだけで、佐藤さんの柔らかい何かに触れているようだった。このくすぐったさは、なんだろう。女の子の手作り料理に、こんな魔法のような魅力が備わっていたとは、知らなかった。……ん? どうした? 沙織が突然、佐藤さんの手を握った――)」


沙織「お兄ちゃんとイチャイチャするのを、認めたわけじゃないけど、明日も明後日も明々後日も、毎日毎日ご飯を作ってくれたら、――私は佐藤さんを、少し好きになれると思う」


母親「……あらあら、困った子ね。佐藤さんに無茶なお願いはいけませんよ」


山本「(佐藤さんどうする? 僕はそっと彼女の横顔に視線を投げた。穏やかに微笑んでいる)」


佐藤「いいですよぉ。毎日とびっきり美味しいご飯を作りますねぇ。みんなで、一緒に食べようねぇ」


山本「(それは、山本家に笑顔が戻った瞬間だった。明らかに沙織の引きこもりを救ったのは、佐藤さんだ。本当の意味で、佐藤さんは女神になりつつあることを僕は確信した)」









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