#16「誰それ流星君」

 拘束を解かれた女の子は、腰のナイフを取り上げられ、両手を前に縛られた状態で床に座らされていた。

 姫が「あなた、お名前は?」と尋ねると、女の子は頭を垂れたままで答えた。

「リィナと申します」

「お姉さん……ライナの具合はいかがですか?」

「姉はあれからずっとベッドから起き上がることができません。いろいろなお医者様にも診ていただいたのですが、どなたも原因がわからないそうです」

「そうですか。状況は改善していないということですね……」

 なんか深刻そうな話だから首を突っ込むのはやめておこう……。

 と思ったのが見透かされたのか、姫の方から話を振られた。

「あなたは医療番組も手掛けていたそうですね」

「まぁ一応……」

「どんな病気か診断できませんか?」

「ちょっと状況がわからなさすぎてなんとも……」

「確かにそうですね。ではダイジェストでお話しましょう」


 姫の説明によると、ライナは姫の世話をする女官として、着替えや食事の手伝いをしていたのだという。

 ところが一ヶ月ほど前の夜、仕事をしている途中で急に倒れ、起き上がれない状態になってしまったらしい。

 熱は無いにも関わらず苦しそうな様子で、ろくに会話もできない状態がしばらく続いた。

 そのため城の中にある女官の控室で治療をしていたのだが、改善する余地が見られず、自宅に戻っての療養となった。

 その後も姫のつてで、国内外の名医にも診てもらったのだが、原因不明のまま現在に至っているのだそう。


「ダイジェストありがとうございます。経緯はわかりました。しかしこれだけでは判断が難しいですね」

 僕がそう答えると、リィナが小声で割って入ってきた。

「じ、実は最近、姉が“ある言葉”を繰り返して口にするようになったんです」

 すかさず姫が「その言葉とは?」とたずねると、かなりマズイ答えが返ってきた。

「『カガミ』です」

「『カガミ』……ですか……」

「それで、もしかしたらお城の鏡に何か原因があるのかもしれないと思い、夜中に忍び込んだんです。申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げたリィナの姿を見て、姫は黙り込んでしまった。

 もしかするとライナは、姫のあの趣味を見てしまったのかもしれない。

 でもそれがなぜ、うなされるほど寝込むことになるのだろうか。

 リィナはさらに続けた。

「あの……それともう一つ、『リュウセイ』という言葉も口にしています」

「リュウセイ?」

 姫は何も思い当たらないようだった。

 「カガミ」に「リュウセイ」……。

 「カガミ」はリィナの言う通り、鏡のことだろう。

 となると「リュウセイ」は流れ星のことだろうか?

 ライナは姫の部屋の鏡に映った流れ星でも見たのかもしれないな……。


 様々な考えを巡らせていると、ふと僕の頭の中に、あるとんでもない“一つの仮説”が浮かんできた。

 まさかそれは無いだろうと思うけど……。

 恐る恐るその仮説を確かめるため、リィナにある質問をしてみた。

「なぁリィナ、もしかしてお姉さんは、もうひとつ言葉を言ってなかったか?」

「そうなんです!!よくご存知で!実はもうひとつ、意味がわからない言葉を申しておりまして……」

 姫の瞳がキラリと光った。

「リィナ、言ってみよ」

「『ヨコハマ』……という言葉なのですが……」

「ヨコハマ?日本の地名のことでしょうか?」

「……やっぱりな」

 僕の仮説は正しかったようだ。

「なにが『やっぱり』なのですか?」

 姫にはまだ謎が解けていない様子だった。

「……姫、原因も病名も全てわかりました」

「えぇ!あなたごときに!?」

「ごときは余計ですよ」

「で、原因は何ですか?もったいぶらないで簡潔に!」

「原因は……恋、病名は『恋の病』です」

「はぁ?」

「この世界にはそんな言葉は無いのかもしれませんが、僕らがいた日本では、恋をすると熱病のようにうなされて、何も手につかなくなることを『恋の病』と言うんです」

「なるほど。ではライナは誰に恋をしているのですか?」

「その答えが『リュウセイ』と『ヨコハマ』です」

「はぁ」

「つまりライナさんは『横浜流星さん』に恋をしちゃったんですよ」

「そういうことですか!」

 姫はその答えに納得すると、突然立ち上がり、僕のことを手招きして小声で話し始めた。

「思い返せば私、ライナが倒れた日は、鏡を使って『おしゃれイズム』を観てました」

「ということは、その日のゲストが横浜流星さんだったんじゃないですか?」

「ええ、そうでした」

「つまりライナさんは、姫の魔法で鏡に映った横浜流星さんに恋をしてしまい、ずっとうなされているということです」

「なるほど、原因はわかりました。でもどうしたら治るのでしょうか?」

 恋の病の解決方法は、その恋を成就させてあげることなんだけど、流石に異世界越しの芸能人との恋は成就させられないよな……。

「おそらくもう一度、横浜流星さんに会わせてあげるしかないんじゃないかと」

「さすがに私の力を持ってしても、本人に会わせることはできませんが……では“テレビ魔法”で見せてあげるのはどうでしょう?」

 やっぱりそう考えるよな……でも……。

「それはあまり得策ではないかと。テレビのことは戦略上、まだ少人数しか知らない方がいいと思います」

「……確かにそうですね。世界を変えてしまう力がある魔法を簡単に見せるわけにはいかないですね」

「ただ今後のことを考えると、人手は確保しておきたいところです」

「ふむ、なるほど……」

 姫は僕の意図を悟ったのか、ニヤリと笑った。

 そしてリィナに向き直り、こう告げた。

「リィナ、ライナを治したいのであれば、条件が一つあります」

「はい、どんなことでもいたします」

「あなた……ADさんになりなさい」

「……AD?」

「その仕事を全うすることができたら、ライナを治してあげましょう」

「あ、ありがとうございます!」

「詳しい話はミハルさんに聞いてください」

 姫はそう告げ、リィナの両手の縄を解くと、踵を返して部屋を出ていった。


 ちなみにこんなバタバタした状況にも関わらず、ミハルは一瞬も目を覚まさなかった。さすがだな。

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異世界情報バラエティ「クッキリ」 薪木燻(たきぎいぶる) @takigiiburu

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