#10「ありえへん∞生真面目」
ドアを激しく乱暴に叩く音。このガサツな音は間違いなくミハルだ。
「ミハル、開いてるから入って!今すぐ!!」
「えっ!?くまちゃんいるの?」
ミハルがドアを開けて中に入ってきた。
その様子を見た姫は、なぜか怒りの矛先を僕の方に向けた。
「あなた!なぜ勝手に入れたんですか!私の小屋ですよ!私の許可を得ずに中に入れないでください!」
ミハルは何か興味深いものを見つけたような目で僕を見た。
「なになに、くまちゃん、修羅場なの?」
「しゅ、修羅場どころか、殺されかけてるんだよ!」
「あー、だからあの人の手が光ってるんだ。これが魔法ってやつ?」
……理解が早いのは助かるけど、今はそれどころじゃない。
「さすがくまちゃん、こっちの世界に来たばっかりなのにもう修羅場か~。手が早すぎるよ。引くわー」
その言葉にすぐさま姫が反応した。
「私は手なんか出されていません!」
「そうだよ!僕が手を下されかけているんだよ!」
「おー!そうかそうか。逆ナンか~」
「ぎゃ、逆ナンですって!?」
ミハルよ!お前はいつでもどこでも恋愛脳か!姫を煽るんじゃない!
……よし、ここはひとつ言い逃れをして、姫を落ち着かせよう。
「姫!もし僕を殺してしまったら、情報バラエティ番組のノウハウが手に入りませんよ!」
「もうそんなのどうでもいいです。私を侮辱した輩を千切りにして抹殺する方が重要です。朝の情報バラエティは「グッとラック!」とか「とくだね」とか、他にもいろいろありますから!」
……この人、ホントにいろいろ見てたんだな。
「その中でもいちばん興味を持ったのが、あなたたちの番組だったのに……」
「それは嬉しいお言葉ですが……どうか番組に免じて、怒りをお収めください」
このやり取りを見ていたミハルは、不思議そうな顔をしていた。
そういえばミハルは、目の前にいるこの女性が、この国の姫だと認識してないんだった。
「なになに?私たちの番組とこの人、何か関係あるの?」
僕は必死にミハルに対して説明をした。
「それが実は……かくかくしかじかで……」
かくかくしかじかって便利な言葉だな、おい。
「なるほどね。事情は理解したよ。だったら早く謝っちゃえばいいのに」
「……ミハルさんよ、あれが聞く耳持ってるように見えるか?」
姫は何やらブツブツ言いながら、さらに魔力を増強させている。
「まさか私自身の手で“あなたたち”を殺めることになってしまうなんて……」
「ねぇ!ちょっと待ってよ!私まで巻き込まないでよ!」
急にミハルが慌てだした。
「ちょっと!そもそもなんでこんな状況になってんの!」
ミハルの質問はもっともだ。
「僕が姫につっこんだら、急に怒りはじめたんだ」
「“つっこむ”って!何をつっこんだんだよ!バカ!変態!色欲の罪人!」
……その言葉に姫は、急に顔を赤くして下を向いてしまった。もしかして意味わかってんのか?エッチな姫だな。
僕は慌てて否定した。
「ち、違げーよ!会話のノリでつっこんだだけだよ!」
「ふーん、どうせデリカシーの無いつっこみでもしたんでしょ」
「そこまでじゃないと思うんだけど……」
「何て言ったの?」
「食いしん坊か!……って」
「あー、それは気にしている人には言っちゃいけないかもね」
姫が僕のことを「キッ!」と睨んだ。
「私は食いしん坊なんかじゃありません!」
「違うってば、愛情のあるつっこみなんだってば……」
――いや、そもそもなんで僕はこんな不毛なやりとりをしてるんだ。意味がわからなくなってきた。
「ははーん、なるほどね……」
ミハルは今の一連のやりとりで、姫の性格を理解したようだった。
要するに彼女は言葉を額面通り受け取ってしまう「頭が固くて真面目」なキャラだということを。
賢いミハルは、すぐさま僕を蔑むことで、姫の溜飲を下げる方向に切り替えた。
「くまちゃんさ、世の中のみんなが、ウチらの業界のやり方に慣れてるって思わない方がいいよ」
「……確かにそうだね」
僕もそれを察して乗っかることにした。
そして膝をついて、床に頭をつけて謝罪した。――いわゆる土下座である。
「姫さま、申し訳ありませんでした。食いしん坊だなんて、全くこれっぽっちも思ってもいないことを言ってしまいました。ごめんなさい」
姫はここが引き時だと思ったのか、両手の光を消してくれた。
「わかりました。全く思っていないのでしたらいいです」
どうやら怒りは収まったようだ。
「まったく。今後はくだらないことを口にしないでくださいね」
――ところがこの何気ないひとことが、今度はミハルの怒りの導火線に火をつけてしまった。
「ちょっと姫ちゃん!今のは聞き捨てならないよ!こういうノリについていけないなら、番組制作なんてやめたほうがいいよ!」
「……えっ、急にどうされたのですか?」
マジで一瞬でブチギレた。何があったんだ?
「私たちはくだらないと思える会話のやり取りの中から楽しいことを見つけたり、思いついたりしてるんだ。突然何かを言われた時に、面白く返せるか。それを台本に生かしたりしてるんだ。まぁ面白いっていうのはいろんなベクトルがあるけどさ。それができないなら、どのテレビマンも一緒に仕事するのを嫌がるよ!」
長台詞ありがとう。僕らテレビマンにとってはこれ以上無い正論だ。
ミハルは姫にテレビ作りの根幹となるものを否定されたことで、一瞬にして逆上してしまったようだ。
もちろん僕もミハルの意見に賛成だ。
「ねぇ姫ちゃん、私たちのやり方についていけないなら、くまちゃんだけ殺して」
「おい!」
「でもね、こういうくだらないやりとりを楽しめない人に、面白い番組が作れないこともわかって欲しい。もちろんくまちゃんにも作れないけど」
「こら!」
姫はその言葉に何かを感じ取ったのか「なるほど。シリアスな場面なのにそういうボケを入れることが重要なんですね……」とつぶやいた。
――うん、そういう話じゃないよな。
ま、姫が納得してるみたいだからいいか。
若干の不安を感じつつも、なんとかその場は収まりそうだった。
ミハルがあのこと……そう、空の鍋に気付くまでは――
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