#8「姫様のブランチ」

 姫がいた小屋からのぼっていた煙はフェイクではなく、実際に食事を作っていた煙だった。

 暖炉で作られていたのは、僕らの世界で言うところのシチューのような、スープのような、野菜を煮たクリーム状の食べ物だった。

 料理が完成するまでテーブルで待っていると、しばらくして大きな鉄の鍋が運ばれてきた。

 「お口に合うといいんだけど…」と言いながら姫が自ら器によそってくれた。


 香りはすごく食欲をそそる。見た目もまぁ悪くない。

 そして味だけど……こういう時はたいてい「不味すぎる」もしくは「美味しすぎる」の、どっちかのパターンが多い。

 しかし、姫の作った料理の味はどちらでもなく……普通だった。

 正直僕はどうリアクションをとっていいいかわからなかった。


 一方、姫はテーブルの反対側に座って、僕が食べる様子をじっと見つめていた。

 少し気まずい思いをしながら食べ続けていると、姫が急に呆れたような表情をしてつぶやいた。

「食リポは?」


 ――なるほど。3ヶ月間、日本のテレビを見まくっていた姫は、僕に食リポを期待していたのか。

 僕も仕事柄、グルメ番組を担当することが多い。台本にリポーターのセリフを書くこともある。ある意味では食リポのプロでもあるのだ。

 そんな僕に食リポをしろという。


 ――これは挑戦と受け取っていいだろう!

 僕は腹をくくって、食リポを始めた。


(ちなみに今から僕がお見せする食リポは、実際にテレビに出ている人気リポーターから教わったものなので、みなさんもぜひ参考にしてください)


 まずは、カメラを意識して、お皿を姫の方に向ける。

「見てください。この具だくさんのスープ。体に良さそうなものが、い~っぱい入っていますね、香りも食欲をそそります」

 そして、皿を元に戻す。

「では、いただきます」

 スプーンを手に取り、スープをひとくち口にする。そして、うなずく

「うん、これは味がしっかりしていますね。見た目は濃厚そうに見えますが、味はあっさりとしていて、いくらでも食べられそうです」

 姫はニコニコ顔になっている。

 僕はもうひとくちすすり、さらに続けた。

「深いですね。ふたくち目になると、また違った表情を見せてくれます。使われているスパイスのバランスが絶妙で、味が幾層にも重なっているようです。なので口にするごとに様々な顔を見せてくれますね」

 さらにスプーンに具を乗せ、しっかりカメラに見せてから、一口で食べた。

「具もしっかりと火が通っていて、それでいて柔らかい。噛むごとにジューシーな旨味が溢れてきます」

 姫は興奮しているのか、顔を赤らめている。

 そして僕は、食リポの「〆コメント」を口にした。

「お腹はもちろん、突然異世界に連れてこられて疲れ切った心も満たしてくれる、幸せな味でした。シェフ、ごちそうさまでした」

 僕は姫を見てお辞儀をした。姫も会釈を返した。

「ちなみにこちらのスープ、数量限定での提供となるそうです。みなさんもぜひ、お早めにお店でお召し上がりください」


 僕は心の中で「はい、オッケーです」とつぶやいた。

「いやー、お見事です」

 姫は僕の食リポに満足したのか、拍手をしながら立ち上がった。どうやら拍手という文化はあるらしい。

「まるでブランチのリポーターが目の前にいるかのようでした」

「はぁ、それはありがとうございます。ブランチのグルメコーナー担当作家の面目躍如です」

「本当にありがとうございます。こればっかりは私の魔法でもどうにもならなくて、ぜひプロの方の食リポを見たかったんです。たいへん参考になりました」

 ……おぉ!あの姫が敬語になっている。

 それにしても「参考になった」とか言ってるけど、姫はいったいどこを目指しているのだろうか?

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