#7「発明姫様プリンプリン」
小屋の中にいたドレスを着た女の子(?)は、国王の娘――つまり「姫」だった。
彼女は日本の朝の情報バラエティ番組を見て、この世界にも情報バラエティ番組を作りたいと考えたのだという。
姫の話を聞いて、僕は根本的な疑問が解決していないことを思い出した。
「……姫、この世界にはテレビが無いんですよね?」
――僕が知ってるアニメやラノベの“異世界”には、テレビなんてものは存在していない。
そもそも電化製品の概念すら無い世界が多い。
ましてやテレビが出てくるなんて異世界感が無さすぎやしないか?
「まぁ、テレビそのものはありませんね」
やっぱり。
「でもテレビと同じ仕組みのものを、魔法で生み出しました」
「おい!魔法、便利だな!」
思わずツッコんでしまった。そんな都合のいい魔法があるのか?
「至高にして最強の魔法使いだからこそできる、超ハイレベルな魔法でテレビ風のものを生み出しました。三日もかけて、死ぬ思いで完成させました」
……うーん、三日が多いのか少ないのかよくわからん。
「これは口で説明するより、見ていただいた方が早いかもしれません」
「わかりました」
「ただし……最高レベルの国家機密なので、絶対に口外は禁止ですよ」
「もちろん。そもそもこっち来たばっかりで話す人いないですし……」
「うむ、よろしい。ではお見せしましょう」
姫は短い杖らしきものを手に取り、何やらブツブツと唱え始めた。これが魔法の詠唱というものなのだろうか?
「シブヤシオドメロッポンギアカサカロッポンギイッチョウメオダイバハンゾウモン…」
……なんかどこかの地名みたいな呪文だな。
姫が呪文を唱え終え、しばらくすると「ブン!」という音を立てて、何もない空間に16:9のスクリーンが浮かび上がった。
大きさは32インチのワイドテレビぐらいだろうか。この小屋にはちょうどいいサイズだった。
「これが空間にスクリーンを生み出す“モニター魔法”です。ここに“カメラ魔法”で撮影した映像が映し出されます」
何から何まで全~部「魔法」。もうなんでもありだな。
「……それでは、私が撮影した映像をご覧ください」
そこに映し出されたのは、姫が町の人達にインタビューらしきものをしている映像だった。
町の人達は突然姫に話しかけられ、どうしたらいいのかわからずオロオロしている。
その制作意図や演出プランが謎に満ちた映像は、2分ほどで終了した。
「……いかがですか?」
姫が不安そうに感想を求めてきた。
――ただ撮影しただけ。台本もなく、何の加工もせずダダ流し。プロがこんなものを放送したら仕事が無くなるレベルの放送事故級の代物だった。
僕はなんて答えたらいいのか迷ったあげく、コメントを絞り出した。
「ホ、ホームビデオみたいでほっこりした?……みたいな」
それを聞いた姫は、がっかりしたような顔をしてうつむいた。
「大絶賛はもちろん期待していませんでした。ホームビデオというものはよくわかりませんが、これが日本の番組と比べて著しくクオリティが劣っていることはわかっているつもりです」
そう言うと、姫は何かを決意したのか、グッと顔を上げた。
「でも、現役の最前線で活躍されているおふたりが来てくださったことで、きっと日本のテレビ並みのクオリティの番組が作れるはずです!」
まぁそれは間違いないだろうけど、この世界にはいろいろ足りてないものが多すぎる気がする。
マイクもない。照明もない。編集機材もない。ましてやスタジオなんてあるはずがない。
――そして、最も肝心な出演者がいない。
ないないづくしのこの状況で、日本のテレビと同じものを作ることは無理だ。
しかもここで簡単に「できる」なんて言ってしまったら、それこそこれまで長い歴史を積み上げてきた日本のテレビ界に対する冒涜だ。
僕としては協力してもいいけれど、どうしてもひとつだけ、姫に確認しておきたいことがあった。
――それは僕が「テレビ」というものに求めていることと合致しているかどうかの確認だった。
この認識が異なっている人とは仕事をしたくないと決めた、僕にとって唯一無二の鉄の掟だった。
「あの……姫」
「なんでしょう」
「姫が作りたいテレビ番組で、みんなは幸せになれるんですか?」
姫は即答した。
「もちろん。それを願うからこそ、あなた方をお呼びしたのです」
「……わかりました」
十分に納得のいく答えだった。
「それじゃ、ミハルをここに呼びたいんですけど、その前に……」
♪グ~!!
タイミング良く、僕のお腹が鳴った。
「何か食べさせてくれませんか?」
狙ったかのような絶妙のタイミングに、姫は涙を流しながら爆笑した。
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