#6「小屋で逢えたら」
「まったく!ここまで来るのに何時間かかっているのかしら?どこかで昼寝でもしてたの?」
小屋へ引きずり込まれた僕は、なぜか正座をさせられ、わけもわからずそう罵られた。
年齢は10代半ばだろうか。
声の感じからして小娘と察するが、どれだけ高慢な態度なんだ、こいつは。
「誰だか知らないけど、初対面でそこまで言われる筋合いはないと思うけど」
普段は温厚で知られる僕ですら、ムッとせずにはいられなかった。
もっとも、僕自身もお腹が空いていたこともあったけど……。
それにしてもちょっと、偉そうな態度が過ぎるんじゃないか?どれだけ偉いって言うんだ?この娘は。
「失礼。申し遅れました。私は“この世界”の“この国”の姫です。姫というのは国王の娘という意味です」
わぉ!本当に偉い人だった。それなら偉そうな態度なのも納得だ。
「で、そんな偉~い姫様が、異世界から来た庶民に何の用だ?」
「何を隠そう、あなた方をあちらの世界から呼んだのは私です」
「え?そうなの?」
「私が発動させた“時空間転移魔法”で、こちらの世界にお呼びしたのです」
……魔法?まぁ異世界だったらそのくらいあるだろうな。それはひとまず置いといて……
「時空間転移魔法なんて、そんな都合のいい魔法があるのか?この世界には」
「ええ、使えるのは歴史上、至高にして最強の魔術師、私ぐらいですが」
――うん、なんか性格悪そうな姫だな。苦手だわ~。
さっきから、言葉の端々にちょいちょい自分を持ち上げるニュアンスが感じられる。
よっぽどミハルの方がサバサバしていて、好感が持てるよ。
……あ、そういえばミハルのことすっかり忘れてた。ま、いいか。
「で、その姫様にして歴史上“最凶”の魔術師様が、何の用で忙しい僕らをわざわざ呼びつけたんだ?」
「あなた、私に対しては“最強”って言ってるつもりでしょうけど、文字面では“最凶”になってませんか?」
……す、するどい!なんでそんなことまでわかるんだ?
「まあ庶民ゆえ、多少の無礼は許しましょう」
うーん、やっぱり偉そうだなコイツは。
「私があなた方をこちらの世界にお呼びしたのは、あなた方がテレビ業界の人間だからです」
「へっ?テレビ業界だから?……ってなんで?」
異世界の姫から“テレビ業界”なんて言葉が出るのも驚きだが、テレビ業界の人間を必要としているというのも驚きだ。
……いや、そもそもこの世界にもテレビがあるのか?
次々と浮かんでくる疑問を無視するかのように、姫はしゃべり続けた。
「私はちょいちょい魔法を使って、いろんな世界を覗いているのですが……」
「それ、魔法を趣味に使ってないか?“覗き趣味”的な……」
「……失礼ですね!今すぐここで“殺人魔法”をお見舞いしますよ!」
「殺人魔法?直球過ぎて何のひねりも無いな!」
軽いツッコミのつもりだったが、僕がそう言った瞬間、姫の両手が禍々しく光り始めた。
……ヤバい!コイツ、本当に殺人魔法とやらを使う気だ!
「ちなみに殺人魔法は、足の指先からスタートして、髪の毛の先まで、全身を細かく千切りにしていく魔法です」
「おやめください!それ絶対に使わないでください!」
思わず敬語になってしまった。
「みじん切りじゃないだけマシだと思いなさい!」
ウヒヒと笑いながら近寄ってくる姫のヤバめな瞳を見て、恐怖でチビりそうになった。
“覗き”に“殺人”って、この姫、本当に大丈夫なのか?
ここは急いで姫のお怒りを鎮めよう。
「話の腰を折ってすみませんでした!姫、どうかお話をお続けください」
「……もう一声!」
「全ての世界で最も可愛い姫様!どうか、どうかその可愛いお顔に免じてお怒りをお鎮めくださいませ!」
「うむ、よろしい」
姫の両手から光が消えた……かに見えたが、すぐにまた禍々しい光が灯った。
「ちょっとまて!なんでだよ!」
「……おい貴様、どうして全ての世界を知っているわけでもないのに、最も可愛いなんて言えるんだ?」
おいおい!なんだよそれ!社交辞令の一つだろ!あーもうしつこい!しつこい!
「……貴様、今「しつこい」って思っただろ!」
「いえいえ、めっそうもございません、そんなこと砂の粒ほども思っておりません……」
「まぁよい。いま貴様を殺したら、私の計画が頓挫するからな」
今度こそ姫の両手から光が消えた。
「今後は私を軽々しく褒めたりするでないぞ」
「ははっ、仰せのままに」
僕は深々とこうべを垂れた。
姫はすっかり満足したようで、椅子に座って何やら語り始めた。
「そうあれは、3ヶ月ほど前のことでした……」
あー、もう!やっと話が進む。
それにしてもこっちの世界でも3ヶ月っていう単位を使うのか?そもそも太陽暦なのか?とか、いろいろつっこみどころはあるけど、また殺人魔法を使われたらたまったもんじゃない。あまり刺激しないでおこう。
「偶然あなたたちの世界をのぞき見していたところ「テレビ」というものの存在を知りました」
本当に偶然なのか聞きたかったけど黙っていよう。この人すぐ殺人魔法使うからね。
「さらに、テレビには「番組」というものがあることを知り、番組には様々な「ジャンル」があることを知り、その中でも「情報バラエティ番組」というものがあることを知りました」
あ~ほんとに3ヶ月間、つまりワンクール分、テレビを見まくっていたんだな……
「その中でも私が気に入ったのが、毎朝8時から始まる情報バラエティ番組でした」
……おいおい、ウチの番組じゃないだろうな。
「そこで、魔法を使ってその番組のスタッフルームを覗いたら、あなたたちを見つけたんです」
おい!やっぱりウチの番組じゃね―か!なんかいろんなところを覗きまくってるなこの人。
「それで僕とミハルをこの世界に連れてきたんですね」
「そうです」
「で、何のために?」
姫はコホンとひとつ咳払いをして言った。
「私もこの世界で「情報バラエティ番組」を作りたいんです!」
「えっ、えぇっ~!!」
――テレビも無いこの異世界で、情報バラエティ番組を作る?
この姫のこの宣言は、僕が今まで生きてきた中で最も衝撃的で、最も面白そうなものだった。
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