【走馬灯】

……おはよ。


それとも、こんばんわ、かな?



どうだった?

さっきまで見てもらってたのは、私がいない「もしも」の世界。エリちゃんが『裏切者』じゃなくていい世界。

私の……『理想主義者』の能力で作り出した、幻の世界。


もしかしたら、現実を知ってるエリちゃんにとっては、ヌルすぎてつまんなかったかな?

「誰も死なないゆるふわ系」なんて、あり得なさ過ぎて見てらんなかったかな?


そうかもね。


本当の現実は、あんなにヌルくも甘くない。

理不尽でつまらなくて、残酷で不公平。

それが、私たちがいる世界の現実だもんね?


そんな世界がいやで、私は『あの日』屋上に隠れていたんだ。それにエリちゃんも、その屋上から飛び出しちゃったんだもんね。



……正直、私は今もまだ、エリちゃんを許すことが出来てないよ。

『あの日』、私を裏切ってひどい言葉を言った貴女のことを考えると、今でも胸の奥が嫌な気持ちでいっぱいになる。


だから、エリちゃんがどれだけ私に対して罪悪感を感じて、謝ってくれたとしても。その罪悪感に耐えきれずに、自ら死ぬ道を選んだとしても……。

そんなことで、エリちゃんが『あの日』私にしたことが許されたりはしない。貴女の『裏切り』が、無しになんかならないんだよ。



だからさ……。


エリちゃんも、さっさと私のことなんて、忘れちゃえば? 他の人は、みんなそうしてるよ?


自分の犯した罪を、償うこともせずに……それどころか、自分がやったことなんてすっかり忘れてしまって、勝手に楽しく幸せに暮らしてる。

くだらないことで仲間とふざけあったり。楽しく一緒に遊んだり。あるいは、全然別の人たちと新しい関係を築いたり……。

私のことなんて初めから存在しなかったことにして、ヌルくて甘いゆるふわ系の世界で、面白おかしくやってるんだよ。


本当の本当は……そんな人たちに正しく公平な罰が下るのが、理想的なのかもしれないけど……。でもそんなの、マンガやアニメでもない限り、無理だよね?

理不尽で残酷で不公平なこの世界は、そんな人たちにも、明るい未来を用意してくれちゃってる。むしろ、そんな人たちの方が幸せになれちゃったりするんだよね。


私はもう、そんな人たちのことを考えるのはやめたよ。自分を苦しめた人が、どこでどうしてようが……そんなの気にしない。私の人生を、これ以上そんな人たちのために浪費するのなんて、バカらしいもん。


……だからさ。エリちゃんもそんな人たちの一人に、なっちゃえばいいんだよ。

私のことなんて忘れて、さっさと勝手に自分の人生を生きて欲しいんだよ。

貴女が私を忘れてくれないと……私だって、貴女のことを忘れることなんて出来ないんだからさ。



……。




だけど。



もし。



エリちゃんが、どうしても私のことを忘れたくないっていうのなら……。



絶対に晴れない私の恨みや憎しみを受けとめてでも、私に謝りたいって思っているのなら……。



ちゃんと目を覚まして……私に会いに来ても、いいよ。




さっきも言ったけど……そんなことをしても、やっぱり私は貴女を許せないと思う。

エリちゃんがさらに傷つくだけで、何も変わらないと思う。


…………でも…………もしかしたら……なんて。


エリちゃんが言うように、やっぱり私って、『理想主義者』だからさ。ヌルくて甘い展開に、憧れちゃうんだよね。


そういえば昔、イジメられていた私を助けてくれて、励ましの言葉をかけてくれた誰かさんに……まだ、恩返し出来てなかったな…………とかね。





これは、ただの『走馬灯』。

エリちゃんが、死の間際に思い出しているだけの、ただの貴女の中の記憶。

だから現実なんかじゃないし、私も本当の哀田アリスじゃない。


だけど……。

それでも貴女の中の私を信じて、苦しい道を進むか……。このまま目を閉じたまま、楽になるのか……。

決めるのは、現実の貴女自身だよ。



……ふふ。

貴女は『裏切者』だから、また私の期待を裏切っちゃうのかな?

それとももしかしたら……その裏切りのほうを、裏切っちゃったりして……ね。







 N市 S総合病院。長期入院患者用病室。


 コン、コン。

「はーい、消灯の時間ですよー」

 ノックをして入ってきたのは、若い看護師だ。その部屋の窓際にあるベッドの上にチラリと目を向けて、すぐにその視線を外した。

「……なーんて。どうせ聞こえないですよねー」

 これから彼女はニ日連続徹夜勤の二日目に突入するところで、相当ストレスが溜まっているらしい。誰も自分の言葉を聞く人間がいないのをいいことに、看護師としてはあまり相応しくない独り言をこぼしている。

「誰も困らないんだし、いっそ電気なんて、つけっぱでもいいのにねー」


 それでも、最低限自分の仕事をこなすことだけは怠らないようで、そのベッドを取り囲むように配置されている医療機器を確認していく。その手際の良さは、もうこれまで何度もこの作業を繰り返してきたからだろう。


 そして最後に、そのベッドの上をもう一度だけ確認して、終わりにしようとしたところで……、

「……ん? あ、あれ……?」

 その作業が、いつも通りにはいかなくなってしまった。


「え、え、え、え……? や、やだ……ウソ、これって……」

 慌ててナースコールのボタンを押して、マイクの先にいるはずの同僚に叫ぶ。

「た、た、大変ですぅーっ! XXX号室の飯倉さんの、よ、容体が……と、とにかく大至急、Y先生に連絡をーっ!」

 マイク越しに説明するのが面倒になったのか、彼女はそのまま病室を飛び出して行った。




 残された病室のベッドの上には、静かに眠る一人の少女がいる。

 無数のチューブが伸び、周囲の機器につながれているその少女の右手が、ゆっくりと病室の天井のほうへと向けられていく。

 それと同時に、彼女の口も弱々しく開かれていき……、



「ア……リス…………」

 絞り出すような声で、そうつぶやいた。



 それからすぐに上げた手をおろして、また眠りについてしまった彼女は……わずかに、微笑んでいるように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

放課後の恐竜 ~Who must be extinct?~ 紙月三角 @kamitsuki_san

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ