こーりゅー★2
「フレー、フレー! 赤チーム! 先生がついてるわよー!」
「はぁー⁉ 勝つのは白チームだしぃ! っつーか、負けたら全員シズに土下座だからねっ! ぜぇーったい勝ってよねっ!」
チアリーディングのフリフリ衣装を着た土岐先生と静海の声援?が聞こえる、灰色の球場。
九回の裏、ワンアウトツーストライク出塁なし。スコアは1対0で、後攻のこっちが負けている。
「もう、諦めたらどうですか? 試合はこのまま、私たち赤チームの勝ちで決まりです」
バッターボックスに立つ私に、キャッチャーのディミ子ちゃんが揺さぶりをかけるように言う。
「そ、そんなの……やってみなくちゃ分からないじゃない!」
反射的にそう応えるけど……ほとんどただの強がりだ。心の中では、私も彼女と同じことを考えていた。
このままだと、どうしたって私たち白チームの負けは避けられない。相手のピッチャーの、あの『魔球』がある限り……。
……っていうか。
「え? 私たち、なんでいきなり野球なんかやってるんだっけ?」
我に返った私の当然の質問に、ディミ子ちゃんが答える。
「名作と呼ばれるアニメ作品の多くには、『野球回』というものがあるそうです。ですから、私たちもそのジンクスにあやかって野球をしようということになったのです。お忘れですか?」
「はあ……」
分かったような、全然分からないような……。
っていうか、これ別にアニメじゃないし……。そもそも、両チーム合わせて八人しか人がいなくて、しかもそのうち二人がチアの格好で応援してるような状況で、よく九回裏まで野球出来たな、とか……。いろいろとツッコミたいところは山積みだったけど……。
いちいちツッコんでたらキリがなさそうだったので、もう「今回はそういう回」ってことで納得することにした。
さて、話を元に戻すと……。
赤チームに一点先取されている私たち白チームがこれから勝つためには、なんとしてもこの回に点を入れて逆転しなければいけない。でも、その最大の障害となっているのが相手ピッチャーの鶴井千衣が投げる『魔球』……文字通りの、『消える魔球』だ。
ただでさえ、小学校ではリトルリーグに所属していて全国大会にまで行ったことがあるっていう千衣のボールを捉えるのは、至難の業なのに。そのうえあいつは、『卑怯者』の『誰か一人に対して何か一つを見えなくさせる』能力で、バッターにだけボールを見えないようにして投げてくるんだ。
これまで白チームの誰一人として――文系でどんくさい大神先輩はもちろん、バスケ部の私やスポーツ万能の白石さんでさえ――、点を入れるどころか、まともにバットにボールを当てることが出来ずにいた。
今も、空振りでストライクを二つ取られて、あと一回で私はアウト。さらにもう一つアウトを取られて、あっさり私たちの負けが決定してしまうのも時間の問題に思えた。
でも……。
向こうが異能力を使って反則級の魔球を投げてくるなら、こっちだってやり返してやればいいんだ。同じように、異能力を使ってね。
私たちも、ここまでただやられているだけじゃなくって、ちゃんと対策を考えていた。
ボールを受け取って、構える千衣。片脚を上げて、投球動作に入る。これまでのパターンだと、すでに『卑怯者』の能力でバッターの私からボールを隠しているのだろう。
それから、彼女は腕を振りかぶって、その透明なボールを……投げた!
……だけど。
そのボールは千衣のグローブをすっぽ抜けて、ストライクゾーンとは程遠い明後日の方向に飛んで行ってしまった。
「な⁉ ばかなっ!」
キャッチャーのディミ子ちゃんは驚きの声をあげて、そのボールを追いかける。
どうして……今までちゃんと投球出来ていた千衣が、いきなりそんなひどい暴投をしてしまったのか? 九回までずっと投げ続けて、疲れちゃったから?
ううん。違う。
私たちが、異能力を使って、そうさせたからだ。
私たちのチームの『臆病者』の大神先輩が、キャッチャーのディミ子ちゃんの背後に回り込んで、ボールを投げようとした瞬間の千衣と目を合わせて、彼女の動きを止めてしまったからだ。
振りかぶって力いっぱい投球しようとした途中で動きを止められたことで、千衣のグローブの中のボールは運動エネルギーを持て余して、明後日の方向に飛んで行ってしまったというわけだ。
タイミングよく動きを止めるために、今まで大神先輩にはこっそりピッチャーと目を合わせる練習してもらっていたのだけど……ギリギリ最終回に間に合った。
その大暴投のボールに対して、私は既にバットを「空振り」していた。これで、さっきのボールはストライク扱いになる。ツーストライクの状態で、ストライク扱いになったボールをキャッチャーがちゃんと捕れなかった場合、バッターの私には「振り逃げ」の権利が与えられる。
「ほらっ! やっぱりまだ、試合はどっちに転ぶか分かんないじゃないっ!」
ボールを追いかけるディミ子ちゃんの背中にそう言って、私は一塁に向かって走る。
「そんなのさせませんっ! これで……アウトです!」
そう言って、ようやく拾ったボールを一塁の城ケ崎さんに送球するディミ子ちゃん。でも……。
「悪いけど、そんなあからさまな『嘘』は、ちょっと信じられないよ!」
そのボールが城ケ崎さんのグローブに収まる前に、とっくに私は一塁に到着していた。
「へへー」
「く……」
悔しそうに顔をゆがめるディミ子ちゃんに、私は得意げに微笑んでいた。
「飯倉さん……空振りしたのにどうして一塁に来ちゃったの? ヤケクソなの?」
野球のルールを何も知らない一塁手の城ケ崎さんが、不思議そうな顔でこっちを見ているけど……面倒くさいので無視する。
よし……。
とりあえず、この方法で出塁することは出来た。このあとも、ずっと同じ要領で千衣を暴投させてバッターは振り逃げ、塁に出ている人は盗塁を狙っていけば……そのうちホームに戻って点を入れることが出来るはずだ。
そうなれば、『消える魔球』なんて関係ない。
バットにボールを当てなくても、この1対0のピンチを逆転できる。だから、私たちにはまだ、勝てる見込みが……。
私が、そんなことを考えていたとき……、
「はーい、ストラーイクッ! バッターアウトでーっす!」
土岐先生の、そんな声が聞こえてきた。
え……?
バカみたいに口を開けたまま、ホームベースのほうを見る。
するとそこには……泣きそうな顔でバッターボックスから出ていく、大神先輩がいた。
「あ、あれ……? バッターアウト? 三振したってこと……? な、なんで? だ、だって……大神先輩は千衣の動きを止めることが出来るはずだから……」
状況が分からなくて唖然とした私のほうを、ピッチャーマウンドの千衣が振り返る。
「あ、なんか……動き止められるのウザったかったから、さっき目つぶって投げてみたんだけど……普通に何とかなったわ。悪いね」
「ええぇ……」
何それ……。そんなの、アリ……?
ピッチャーの千衣が、ボール投げるときは絶対キャッチャーのほうを見ると思ったから……。だから、そのタイミングでキャッチャーの後ろから大神先輩が目を合わせて動きを止められる。そういう前提で、この作戦考えたのに……。
目を閉じてても投球できるなんて……。そんなことされたら、『臆病者』の能力なんて、もう意味ないじゃん……。
もう……私たちの勝ちなんて、ありえないじゃん……。
作戦の前提が崩されて、すっかりやる気をなくしてしまう。
「あれ? 今の大神先輩の分で、スリーアウトチェンジじゃないの? みんな、気づいてないのかしら?」
空気の読めない城ケ崎さんの独り言に、ツッコむ余裕もない。
一塁ベースの上に座り込んで、私はすっかりいじけてしまっていた。
「さてと……」
そこで……。
バッターボックスに立った次の打者の、自信に満ちた声が、私のところまで聞こえてきた。
「九回裏のツーアウト……か。
僕ってさ、ピンチのシチュエーションのときに一番実力を発揮するタイプなんだよね。プレッシャーがあればあるほど、実力が発揮できるんだよ。
だけどさ、実はそれとは別に、『実力以上の力』が出せちゃうシチュエーションっていうのもあってさ……」
次のバッターは、白石琴乃さんだ。
彼女は、片手で持ったバットをゆっくりと掲げて、ピッチャーの鶴井千衣の遥か後方を指した。
「『僕が一番カッコよく見えるシチュエーション』で、『実力以上の力』が出せちゃうのが、僕なんだよね。……ここでサヨナラホームランとか打っちゃったら、最高にカッコいいと思わない?」
そう言って、彼女は微笑んだ。
え……? そのポーズって、もしかして予告ホームラン? で、でも……。
唖然としていた私の頭に浮かんだ疑問を、ディミ子ちゃんが代弁する。
「つ、強がりはやめてください。ここまでずっと鶴井さんの『消える魔球』に翻弄されて三振しかできなかったのに、今さらホームランなんて……」
でも、
「まあ、そこは僕も『怠け者』だからね。九回全部本気でやるのは、単純にめんどくさかったんだ。それに……実は僕、野球やるのってこれが初めてだったから、ちょっと練習させてもらってたのもあるしね」
「そんな、バカな……」
白石さんはバットをおろして、自信満々に千衣に言う。
「きなよ、『消える魔球』でもなんでもさ。……もう、お前の球筋は全部見切ったよ」
「ああっ⁉」
野球経験者のプライドを傷つけられて、ヤクザのような睨みをきかせる千衣。これまでで一番怒りと気合を込めた『消える魔球』を、投げた。
そして……。
カッキィーンッ!
それは、野球部の部活中に校庭から時々聞こえてくるような……いや。それよりも全然力強くて、この灰色の世界中に響き渡るような、迷いがない打球音だった。
ボールは、見上げるほどの高いアーチを描きながら、野球場の外の校舎のほうまで飛んで行ってしまった。
あははは……。
『卑怯者』とか『臆病者』とか、下手な作戦とか……。
そんなの、スポーツ万能のイケメン女子の前では、何の意味もないんだなぁ……。
さわやかな笑顔で一塁に走っていく白石さんを見ながら、私たちは全員、そんなことを考えていた。
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