20:28 図書室
私の説明は、まだ一番大事な結論に達していなかった。
「ディミ子ちゃんが『嘘を告発』したあと……土岐先生は血を吐いて、体が細切れみたいにバラバラになって、最後には溶けて形がなくなっちゃった。だから私たちは、あそこで先生が『嘘を告発』されてペナルティで死んじゃったんだって、疑わなかった。
でも、あのときの状況をちゃんと理解したうえで考え直すと、あのタイミングで土岐先生が死ぬはずはない。むしろ、元の世界に帰れたって考えるのが自然なんだ。
つまり……あのときの土岐先生の『血を吐いて体がバラバラになる』のは、死を意味していたわけじゃない。あんなに残酷でグロい感じだったけど……あれはただの『この世界から元の世界へ帰るときの演出』に過ぎないってことなんだよ。
ってことは……」
「それは、他の人間も同じ……そう言いたいのですね?」
やっぱりディミ子ちゃんは、私の言いたいことを分かっていたみたいだ。私はうなづく。
「そう。『体がバラバラになる』ことが、イコール元の世界に帰ることだとするなら……私の前で『嘘つき』のペナルティを受けた大神先輩も、それは同じだった。それにその大神先輩が言ってた話だと、戦って相打ちになった千衣や静海も土岐先生と同じように『バラバラに溶けて血だまりになっちゃった』らしい。そのみんなは、本当は死んだんじゃなくって、元の世界に戻っただけだったんだ。
つまりつまり……この世界は、『死ぬほどの傷を負うと、自動的に元の世界に戻ることが出来る世界』ってことなんだよ」
「そ、それじゃあ……この世界は……」
「そもそも、『死んだら元の世界に戻れる』んだったら、殺し合いなんて成立するはずがないよね? だって頑張って相手を殺しても、殺した相手のほうが一抜けして、勝手に元の世界に戻っちゃうだけなんだもん。死ぬことはデメリットじゃなく、むしろ、この世界を抜け出せるっていうメリットになっちゃうんだからさ。
だから、ここは殺し合いのステージなんかじゃない。アリスが復讐のために作った世界だなんて、そんなのはありえないんだよ」
それが、私がさっき思いついたこと。
この世界についての証明の……「前提」だった。
ディミ子ちゃんは、力なくその場に膝を落とした。両方の瞳からは、じわっと涙がにじんでいる。
「ふ、ふふ……さすが、彼女ですね……」
その涙は、久しぶりに自分の知っている友だちに出会えたときのような、うれし涙だろう。
やっぱりアリスは、昔のままだった。ディミ子ちゃんの知っているアリスも、私が知っているアリスも。復讐心で他人に殺し合いをさせたりしない。あのころの、優しい子のままだったんだ。
それを知ることが出来て、私の目にも、ディミ子ちゃんと同じ涙が流れていた。
そんなふうに……私とディミ子ちゃんが、共通の友人に対する感動にひたっているところで。
「えー、っと……?」
城ケ崎さんが、親の買い物に付き合わされて退屈している子供のように、あくびをしながら言った。
「それで結局、この世界は何のための世界なの? 哀田さんは、私たちに何をさせようとしているの?」
ああ、もおう……。
このポンコツ委員長は、せっかくのいいムードをぶち壊して……空気が読めないんだから!
と、彼女を否定したいところだけど、そうも言ってられない。私たちには、もう時間がないんだ。八時半までに、私たちはこの世界で使命を果たさなければならない。アリスが私たちに与えてくれた使命を。
彼女に促されて、私は話を続けることにした。
「この世界の意味……アリスが私たちをこの世界に呼んで、『アリスに対する負い目を感じるような肩書』と『不思議な能力』を与えた理由。それも、もちろん分かっているよ」
そこで、周囲を見渡す。
目に入ってくるのは、気づかないうちに涙を拭いて元通りになっていたディミ子ちゃんと、『愚か者』らしく口を半開きにしてこっちを見ている城ケ崎さん。
それから……この世界にやってきてからずっと見えている、半透明で灰色の幽霊。アリスが見ている、走馬灯だ。
「これは、みんなにはちゃんと言ってなかったかもしれないけど……実は私、この世界に来た時から、うっすらと幽霊みたいなものが見えてるんだよね」
「幽霊……?」
「うん」
今まで誰も話に出さなかったから、もしかしてと思ったけれど……やっぱり、それが見えているのは私だけだったみたいだ。
私は二人に、その幽霊のことを簡単に説明した。
ものすごく速く動いているみたいに、ほとんど一瞬しか見えないこと。最初は子供の姿だったのが、だんだん大きくなっていること。そして今は、ほとんど私と変わらないくらいの大きさ……高校生の姿になっていること。
ディミ子ちゃんはそれを聞いただけで、すぐに私と同じ考えに到達した。
「もしかしてそれは、アリスが見ているパノラマ視現象……いわゆる、死の間際に見ると言われている走馬灯のような心象風景ではないでしょうか?」
「うん。私も、そう思う」
「だとすると、この世界自体がアリスの見ている走馬灯の中……? 死にゆくアリスが、ものすごい速さで過去を振り返っている走馬灯の世界に私たちを閉じ込めている……ということなのでしょうか?」
「多分、そういうことなんだと思う」
この世界は、アリスの心の中。
彼女が生まれてから、『今日』の八時半に校舎から飛び降りてしまうまでの映像を、ものすごい速さで振り返っている走馬灯。私たちは、その走馬灯の中に呼び出されたんだ。
「? ??」
相変わらずクエスチョンマークを頭にいくつも浮かべているポンコツ生徒会長が、尋ねる。
「で? ここが走馬灯の世界だと……それが何だって言うの? それでこの世界の意味とか、『不思議な能力』の理由とかが、分かるものなの?」
「分からないかな? 私にはもう、これ以外考えられないんだけどな……?」
「??? ?????」
「現実世界のアリスは、『今日』の八時半にこの学校の校舎から飛び降りた。そして、そこで自分の死を覚悟して、今までの人生を振り返る走馬灯を見た。
そしてそして……そのときなんだかよく分からない力が働いて、アリスは自分を傷つけた人間たちの意識を、その走馬灯の世界に閉じ込めることが出来た。ここまでは、いいよね?」
ディミ子ちゃんと城ケ崎さんがうなづくのを確認してから、続ける。
「多分、私たちが受け取った『肩書』は、私たちがアリスに対する罪を背負っていることを思い出させて、誰もが『彼女に対して借り』があることを意識させるため。それから『不思議な能力』を与えたのは、本来なら絶対に出来ないことをこの世界でさせるために……超自然的な、超能力的な力が必要だったから。
つまり……『借りがある』私たちに、『不思議な能力』を使ってその借りを返させるのがこの世界の意味だと思うんだよ。走馬灯を見ている彼女が、私たちにさせようとしていること。本来なら絶対に叶わないはずの、彼女の願い……そんなの、私には一つしか考えられない」
ようやく、私は自分が気づいたこの世界の「結論」にたどり着いた。
私は一呼吸置いてから、それを言った。
「死を覚悟して、走馬灯を見るほどの死の間際にいるアリスは……今、私たちに助けを求めてるんだよ。
この世界は、今にも死にそうなアリスを、私たちが救うための世界なんだよ」
この世界がアリスの走馬灯だとするなら……アリスはまだ、完全に死んだわけじゃないってことだ。
アリスの意識が残っているから、この走馬灯の世界が見えている。走馬灯が見えている限り、アリスはまだ生きている。だとしたら、私たちは彼女を救うことが出来るかもしれない。与えられた能力を使って、今この瞬間も死に向かっているアリスを、助けることが出来るのかもしれない。
それは、私がこれまで考えてきたどの説明よりも救いのある、この世界の意味だ。
今の私には、それを否定する証拠は見つけられない。
「そ、そんな……」
驚きを隠せない、城ケ崎さん。
「……」
一方のディミ子ちゃんは、また指で銀髪のおさげをクルクルといじっている。でも、やがて私のほうに目を向けて、軽くうなづくと……、
「もう、あまり時間がありませんね……」
と言って、立ち上がった。
「うん」
……彼女は、本当に頭がいい。
私の意図することを、完全に理解してくれたみたいだ。
それから、今まで余裕のある動きをしていた彼女にしては珍しく、ディミ子ちゃんは図書室の出口に向かって走りだした。
「急ぎましょう! アリスはきっと、もう教室棟校舎の屋上にいるはずです! この走馬灯の世界が現実の『八時半』に置いついてしまったら……彼女は本当に校舎から飛び降りて死んでしまう! そうなったら、もはや彼女を助けることは不可能ですっ!」
私も慌てて、ディミ子ちゃんを追いかける。
ちらっと自分のスマホの時計を確認すると、時間はもう……八時二十八分⁉ やばい! ゆっくり説明し過ぎて、あと二分しかないじゃん!
「ちょ、ちょっと待ってよっ!」
走る私たちの後ろから、城ケ崎さんが呼び止める。
「城ケ崎さんも、早く来てっ! アリスのいる屋上にっ!」
「そ、そんなの……都合がよすぎるわよっ!」
「え?」
どうやら、彼女はまだ私の「結論」に理解が追いついていないみたいだ。
「えっと……死んだら元の世界に戻れるんだから、この世界が復讐のための世界じゃない、ってところまでは分かったわ。それについては、多分確かなことだと思う。
でも、だからってじゃあ、この世界は『哀田さんを助けるための世界』だなんて急に言われても……そんなの、すぐには納得できないわよ!
だいいち、走馬灯の件も、哀田さんが助けて欲しがっているかどうかについても……貴女が勝手に言ってることで、根拠も何もないじゃない! そんな乱暴な議論で、本当に哀田さんがこの世界に込めた思いを理解したことには……」
「違うんだよ、城ケ崎さん」
「え……?」
立ち止まって振り返った私は、彼女に言った。
「今この状況まで来たら……もう、根拠なんて必要ないんだよ。私たちは、もう『真実』にたどり着いてるんだから……」
確かに。私がさっき言った「この世界はアリスを助けるための世界」って言葉には、城ケ崎さんの言うように根拠も何もない。私はただ、「自分はそう思う」って話をしただけで、まだ可能性の域を出ない。
だけど、それでいいんだ。
だって私たちには、アリスが与えてくれた『不思議な能力』があるんだから。それを理解したディミ子ちゃんが、さっき真っ先に部屋を出て行ったのだから。
「城ケ崎さんは実際にディミ子ちゃんが『嘘つき』の『嘘』をついているところをみたことがなくって、よく分からないのかもしれないけど……彼女の能力は、ちゃんと正確に言うと『彼女がついた嘘を全員が信じたときに、それを真実に出来る』ことなんだ。
つまり……私たちはただ、それを信じればいいんだ。そうすれば、ディミ子ちゃんの言葉は、どんな『嘘』でも『真実』になるんだよ!」
私の意図を理解してくれたディミ子ちゃんはさっき、「八時半を過ぎたらアリスを助けられなくなる」と言って、この図書室を出て行った。それってつまり、「八時半までに屋上に行けば、アリスを助けられる」って言ったのと同じだ。
それが本当にそうなのか、それとも事実とは異なる『嘘』なのかは、誰にも分からない。ディミ子ちゃん自身ですら分かるはずがない。
でも、それを聞いた私たちがその言葉を信じてさえいれば、それは自動的に『真実』になる。根拠のない希望でも、『真実』に変えることが出来るんだ。
「だから……行こう! アリスを助けに!」
「え、ええ……!」
そして、ようやく私の言葉の意図を理解してくれた城ケ崎さんも、私と一緒にディミ子ちゃんを追いかけて図書室を出た。
残り時間は、あとわずかだ。
この世界が終わる前に、私たちはこの世界の本当の目的を果たす。死の際にいるアリスを、絶対に助けるんだ。
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