20:26 図書室

 向かい合う私とディミ子ちゃん。そのそばには、城ケ崎さんもいる。

 私たちは、図書室に戻ってきていた。ディミ子ちゃんはやっぱりこれまでと同じように、いつものテーブルに座っていた。


「ああ、まだ生きていたのですね?」

 視線だけ動かして、小さく微笑むディミ子ちゃん。

「自分から命を絶つことが怖くなりましたか? だったら、私が手伝ってあげますよ」

「……」

 アリスのために、私たちは全員死ぬべきだと思っている……いや、自分にそう思い込ませている彼女。

 さっき殺されかけたこともあって、彼女を見ていると恐怖心で体中がゾクゾクと震える。


 でも……。

 私は彼女と向かい合わなくてはいけない。


 時間は、午後八時二十六分。なんとか、まだギリギリで半にはなっていない。

 私はこれから、時間切れまでにディミ子ちゃんに真実を伝えなくてはいけない。この世界が終わってしまう前に、私たちが本当にすべきことを、伝えなくてはいけない。

「ディミ子ちゃん。私は、あなたに言わなくちゃいけないことがあるんだよ」

「そうですか? 私には、貴女たちに言いたいことはありませんよ」

 そう言って、彼女は紅茶のカップに口を付ける。

 残り時間が少ないというのに、その仕草はこれまでと何も変わっていないように見える。

 もしかしたら彼女は、もういろいろなことを諦めてしまっているのかもしれない。自暴自棄になって、復讐だとか私たちを殺すことさえも、どうでもよくなってしまっているのかもしれない。


 でも、それじゃだめなんだ。

 私たちには、残り少ない時間でやらなければいけないことがあるんだから。この世界は、「それ」をするための世界なんだから。

 私は彼女の向かいの席に座って、話し始めた。


「ディミ子ちゃんが、最初にこの図書室で話したときから……私ずっと、この世界はアリスが私たちに復讐するために作った世界なんかじゃないって思っていた。思いたかった」

「そうですね。飯倉さんは、これまでずっとそう言い続けてきましたね。……しかし、現実的に大局を見てみれば、それはやはり間違いであると言わざるをえない。憎むべき者たちを閉じ込め、不名誉な『肩書』と殺し合いのための能力を与えているこの世界は……やはり誰がどう考えても、復讐のための殺し合いの世界です」

 しっかりと彼女を見つめて、私は言う。

嘘だダウト。……そんなことは、ありえないんだよ」

 私のその言葉に、ディミ子ちゃんは少し眉を動かして反応する。

「すごい自信ですね? 何か、その根拠でもあるのでしょうか?」

「根拠なら……あるよ」

「ほう……。なんでしょうか? ぜひ、聞かせてもらいたいですね」

「……」

 ただ話しているだけなのに……私とディミ子ちゃんの間に、薄い氷の上に立っているようなすごい緊張感が張り詰めている。

 きっとこれから先、私が何か勘違いをしたり、小さな言い間違いをしてしまっただけでも……この緊張感は壊れてしまうだろう。

 そうなったら、彼女はもう二度と私の話を聞いてくれない。あとは時間切れまで、自分の作った理屈の迷路の中に閉じこもってしまったきりになってしまう。そんな確信があった。


「その、根拠は……」

 私は慎重に言葉を選びながら……ちゃっかり空いたカップでディミ子ちゃんと同じようにお茶を飲んでいた城ケ崎さんを指し示した。

「彼女だよ」

「?」

 時間がなかったので、あんまり説明せずにつれてきてしまった彼女は、やっぱりあんまり状況を理解していない。でも、多分大丈夫だろう。

 キョトンとしている城ケ崎さんを放って置いて、私は話を続けた。



「今から二時間前くらいに、土岐先生が私たちを体育館に呼び出したときのこと……ディミ子ちゃんも、覚えてるよね?」

「ええ、もちろんです」

「あのときは……最初に土岐先生が私に『みんなを体育館に集めろ』って言って、それで私は図書室に行ってそこにいたディミ子ちゃんと大神先輩に声をかけた。それから、ディミ子ちゃんがそのあとで校内を調べていた静海と千衣を探して呼んできてくれたんだよね?」

「……突然、何の話ですか?」

 急に全然無関係に思える話を始めた私を、ディミ子ちゃんはジトッと見つめる。でも、これこそが最も関係ある話だって分かっている私は、「まあとにかく、ちょっと聞いててよ」と言って、それを続けた。

「最終的に体育館には、最初に図書室にいたメンバーが全員……つまり、私とディミ子ちゃんと大神先輩、それから静海と鶴井千衣の合計五人が集まった……と思ってたよね? でも、実はそうじゃなかったんだ」

「何……?」

「実はあのとき、あの体育館には……私たちの他にもう一人、城ケ崎さんが隠れていたんだ。そうですよね?」

「え? ええ……」

 急に話を振られて、またキョトン顔を作る城ケ崎さん。

 でも、私が

「そのときのこと、ディミ子ちゃんにも簡単に説明してもらえますか?」

 と言うと、さっき生徒会室で見たみたいに顔を赤らめ始めた。


「わ、私は基本的に、最初に奥村さんと会ったあとは、生徒会室に隠れていたわけなんだけど……。で、でも、あのときはちょうど生徒会室の窓からこの図書室を見ていたのよ。

 そうしたら……この飯倉さんが走って図書室に入っていって、それからすぐに奥村さんたちが全員出てきて、どこかに行くのが見えたの。しかもその様子が、ちょっと慌てているような気がしたものだから……。

 もしかして、この世界から出ていく方法を見つけたとか……? あるいはそうでなくても、何か大事なことが分かって、みんなを集めているのかしら、って思って……。

 もしもこれで、生徒会室にこもっていた私だけ何かのイベントに参加できなくて、私だけ元の世界に戻れないとかなったら嫌だわって思って……それで、あのときだけ生徒会室を抜け出して、こっそりみんなのあとをついていったの。

 そうしたら、みんなが体育館に入っていくのが分かったから……私は他の人には見られないように非常用の階段を使って、二階の観客席に隠れていたの」

「まさか……」

 ディミ子ちゃんにとって、城ケ崎さんのその告白は、想定外だったようだ。何かを考えるように、怪訝な顔を作りながら銀色のおさげをクルクルと指でいじり始めた。それはきっと、物を考えるときの彼女のクセだろう。

 彼女が今、何を気にしているのかも、私には分かっている。それこそが、私が彼女に言いたいことだった。


 私は、核心へとつながる言葉を続けた。

「そう。つまり……私たちはあのとき、体育館には『城ケ崎さんを除いた五人』がいたと思ってたんだけど……本当は、『城ケ崎さんを入れた六人』……つまり、この世界にいた全員があそこに集まっていたんだよ。

 ……そして、最後に土岐先生がやってきて、『偽善者』の能力の『完璧な美貌』を使って、静海に『独裁者』を使わせた」

「そ、そんな、ばかな……」

 ディミ子ちゃんの表情が、『嘘』なんか入る余地がないほどの明らかな驚きの感情に変わる。おさげをいじっていた指も、硬直して止まっている。

「?」

 隣の城ケ崎さんは相変わらずポンコツ生徒会長としてキョトンとしたままなので、放っておく。


「ディミ子ちゃんなら、もう分かったよね?

 あのとき静海は『独裁者』の『命令』で、『その場の全員』に土岐先生に感謝の言葉を言わせた。『独裁者』の能力は、声が聞こえる範囲が射程距離。

 耳をふさいだりして声が聞こえなければ無効にできるけど、逆に言えば、声が届くなら姿が見えていようがいまいが関係なく有効になる。つまり、あのときの静海の『命令』は、体育館の観客席に隠れていた城ケ崎さんにも有効だった。

 ……あのとき城ケ崎さんも、土岐先生に『感謝の言葉』を言ってたんだよ」

「い、いや……まさか……そんな、ありえない……」

 珍しく、目を泳がせているディミ子ちゃん。

 その気持ちはよくわかる。私だって、さっき生徒会室で城ケ崎さんと話していてそれに気づいたときは、本当に驚いたから。


「もしも、あのとき城ケ崎さんが土岐先生に『感謝の言葉』を言っていたのだとしたら……。

 土岐先生は、既に持っていたディミ子ちゃんと静海の分と、白石さんのスタンプの分を合わせた三人分に加えて……。千衣、大神先輩……そして城ケ崎さんの、六人分の『感謝の言葉』を集めていたことになる。つまり、『偽善者』である土岐先生はあの時点で六人分の『特典』として、『元の世界への帰還』を手に入れていたはずなんだ。

 さらに言えば、そのあと先生は『元の世界に戻れる』っていう言葉を口にして、ディミ子ちゃんがそれを『嘘』だって『告発』したんだよね? だから、五人分の『特典』で『嘘つき』の能力を持っていた土岐先生は、そこで『嘘つき』の『嘘を告発』されてしまって、死んでしまった……って思ってたけど、実際にはそれは『嘘』じゃなかった。先生はちゃんと六人分の『特典』を集めていて、『元の世界に帰れる』はずだった。先生が言った言葉は事実だったんだから、あのとき『嘘つき』の能力で死ぬはずがない。

 ……なのに、彼女は体が溶けて血だまりになってしまった。それって、どういうことなのか?」

「い、いや……そんなことは……」

 ディミ子ちゃんも、すでに私の意図していることは分かっている。でも、それがあまりにも突拍子もないことだったら、すぐには信じられないんだ。彼女のこれまでの考え方を根本的に覆すような完璧に新しい事実だったから、驚きを隠せずにいるんだ。


 私は、落ち着いて次の言葉を言った。

「あの場には城ケ崎さんがいて、彼女は土岐先生に『感謝の言葉』を言っていた。それは、本人が言ってるんだから間違いない。

 だったら、土岐先生が六人分の『特典』を集めていたのも、紛れもない事実。それはつまり、先生は『嘘』なんかついてなかったってことだから、イコール『嘘つき』のペナルティも受けるはずがない。これらの事実を合わせたら、答えは一つしかないよ。

 あのときの土岐先生は本当に死んだわけじゃなくって……ちゃんと六人分の『特典』で、元の世界に戻ったんだよ」

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