20:30 教室棟屋上

 途中でディミ子ちゃんに追いついてからも、私たち三人は可能な限りの全速力で、教室棟の屋上に向かって走り続けた。

 三階の図書室から一旦二階に降りて、渡り廊下。そして教室棟に入ってからは、三階のさらに上まで階段を上がる。一度静海に連れられて行ったから、私は迷うことなく最短ルートでそこに向かうことが出来た。


 アリス……アリスが、生きてる……。アリスに、会えるんだ……。

 私の気持ちは、この世界にやってきて初めてってくらいに、高ぶっていた。


 階段を上り切ったとき、屋上へと続く扉が開きっぱなしになっているのに気づいた。静海と一緒に来た時、私は最後にそこを閉めてきたような気がする。

 ということは、本当に……アリスが……。

 私たちは、ほとんど三人同時くらいのタイミングで、屋上に出た。



 そこは、気が滅入るような灰色の空が広がる、見通しのいい開けた空間だった。静海と来たときから、ほとんど何も変わっていない。

 ただ。

 ここから一番近くの、ドア状のフェンスの向こう側。

 静海が下を覗いていた校舎の淵のあたりに、今は一人の少女が背中を向けて立っていた。


 ディミ子ちゃんたちと同じ、ブレザーの制服。肩にかかるくらいの、濃い栗色の髪。その姿は、中学のころからはだいぶ変わってしまっているけれど、彼女以外にはありえない。

 もう会えないと思っていた私の友だちが……アリスが、そこにいたんだ。


「アリス!」

 私は喜びの感情を爆発させて、誰よりも早く、彼女に向かって駆けていた。


 アリスが……アリスがいる! 生きてる! やった! 間に合ったんだっ!

 私たちは、彼女を助けることが出来るんだっ!

 ドアフェンスをくぐった私は、手を伸ばして彼女の肩を掴んだ。

 もう、離さない!

 あなたを、ここから飛び降りさせたりなんかしないからっ!

 肩を掴まれた彼女は、ゆっくりとこっちを振り返って…………え?


「ちょっ、痛いなあ……。あんま、乱暴に掴まないでくれます?」


 振り返った彼女は、アリスじゃなかった。

 それは、これまで私が見たことのない人物だった。

「だ、誰?」

「あは……ほんのちょっと、遅かったみたいですよ? アリスちゃんなら、ついさっき、ここから飛び降りちゃいましたから」

「そ、そんな!」

 彼女から手を放して、校舎の際から下を見下ろす。そして、絶句してしまった。

 校舎の下に見えたのは、灰色のコンクリートと……そこに広がる真っ赤な血溜まりだった。


 絶望に震える私を見下ろしながら、さっきの彼女が、あざ笑うように言う。

「わたしは『傍観者』。わたしの能力は、『誰とも関わらない代わりに、この世界で起きるすべての出来事を見通すことが出来る』こと。だから、今までこの世界で起こったことは、全部見てましたよ。

 ……そう。

 私は、見ていることしかできなかったんです。『十月二十八日』も……そしてついさっきも。アリスちゃんが飛び降りるのを、ただ、見ていることしか……」

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