Chapter 3
20:13 図書室
私が図書室に戻ったとき、ディミ子ちゃんは出て行ったときと同じように、落ち着いてテーブルに座っていた。
「どうでしたか? 元の世界への出口はありましたか?
ああ。本当に出口があったのだとしたら、ここに戻ってくるのはおかしいですかね……」
静かに紅茶を飲む彼女。
彼女は、大神先輩の話が『嘘』だということに気づいていたんだろう。気づいていたからここに残って、私が帰ってくるのを待っていたんだ。
私は、そんな彼女に一歩一歩と慎重に近づく。
「大神先輩は……死んじゃったよ。彼女がついた『嘘』を、私がうっかり『告発』しちゃったから」
「そうですか。それは残念です」
言葉とは裏腹になんとも思っていなそうな態度で、彼女は続ける。
「やはり、大神先輩の持っていた『嘘つき』のカードの能力は、『嘘を告発されたら死ぬ』というペナルティが重たすぎる気がしますね。たとえ『嘘』を真実にできるとしても、その『嘘』を見破られたら問答無用で死ななければいけないというのは、ちょっと割に合わないですよね? そのせいで、先輩はこれまでずっと口を閉ざしていなければいけなかったわけですし」
「そう、だね」
「不破さんと鶴井さんに加えて、大神先輩も亡くなってしまったとは……。この世界での私たちの仲間も、ずいぶん少なくなってしまったようですね。それはまあ、ともかくとして……。
それでは、飯倉さんのほうの用はすべて済んだと思ってよいでしょうか? 済んだのでしたら、先ほどの話を再開させていただきたいと思います。大神先輩がこの図書室に入ってくる前に、私が飯倉さんに話そうとしていたことを……」
「いや……」
ディミ子ちゃんがいるテーブルの向かい側で、立ったまま彼女をにらみつける。もう、私がそのテーブルの席に座ることはないだろう。
彼女のことを、信用することが出来なくなったから。私が彼女の正体に、気づいてしまったから。
「その前に……私からディミ子ちゃんに言わなくちゃいけないことがあるよ」
「ああ、そうなのですか? 何でしょうか?」
「私、実はずっと違和感を感じていたんだよ。ずっと、気になっていたんだよ。この世界に来てから……。この世界にきて、この図書室で、ディミ子ちゃんが私にいろいろなことを説明してくれたときから」
「ほぅ……」
私は今、ディミ子ちゃんを追い詰めているつもりだった。彼女だって、今の私の様子がただごとじゃないことくらいは、分かっているはずだ。
でも。ディミ子ちゃんは何も気にしていないような、いつも通りの平然とした態度だった。
「ああ、違和感と言えば……確か飯倉さんは、『嘘つき』だけが『者』という文字がつかないということを疑問に思っていましたね? 不破さんの『独裁者』、鶴井さんの『卑怯者』、土岐先生の『偽善者』に……私が持っていたカードが『臆病者』で、白石琴乃さんは『怠け者』でした。それらにはすべて『者』がついているのに、大神先輩が持っていた『嘘つき』というカードの『肩書』だけには、『者』がつかない。それが気になっている、と。
もしかしてお話というのは、そのことでしょうか?」
「ううん、違うよ」
ほら、また……。
これまで何度も感じていた違和感が、また現れる。ディミ子ちゃんに対する不審感は、すでに確信に変わっている。
「確かに私は、『嘘つき』が他と違っていることも気にしてた。でも、今言ってるのは、そのことじゃあないよ。
だってそんなの、あのときディミ子ちゃんが言ってたように、ただ適切な言葉がなくってたまたまそうなっちゃった、ってだけかもしれない。『肩書』がどうやって決まったのかなんて、この世界を作った張本人にでも聞いてみないと分からないはずだしね。
私が違和感を感じていたのはそうじゃなくって、ディミ子ちゃん……あなたの話し方だよ」
もう、後戻りはできない。慎重に言葉を選んで、私は続ける。
「ディミ子ちゃんは今まで、私にいろんなことを説明してくれたよね? おかげで外から来た私でも、このわけの分からない世界のことを何とか理解することが出来た。私が、静海や土岐先生みたいなヤバい人たちに一方的にやられずに済んだのも、ディミ子ちゃんが最初にあいつらのカードの能力を説明してくれてたからだよ。……そういう意味では、感謝してる」
「まあ、あの人たちはただでさえ人間的な性格に問題があるうえに、その能力も初見殺しと言えるような凶悪なものでしたからね。情報共有しておかないと、あの人たちにとって有利すぎる展開になってしまうと思っただけですので。
特に、改まって感謝していただくこともありませんよ」
「でもね……ディミ子ちゃんはそうやって誰かの能力を説明するとき、いつも『ある法則』に従った話し方をしていたんだよ。それが、私が感じた違和感……私がディミ子ちゃんに持っていた、疑惑だよ」
「そうなのですか? 私は、何も気づきませんでした」
微笑みながら首をかしげる彼女。
私はもう、そんな彼女の態度も気にしない。
「ディミ子ちゃんは能力を説明するとき、『不破さんの独裁者の能力』とか、『鶴井さんの卑怯者は……』とか、『肩書』と名前を合わせて言ってたよね? それ自体は、別におかしいことでもなんでもない。私だって他の人だって、誰かの能力に言及するときは、そんな感じに言ってたはずだから。
でも……でもね。何故かこの世界にいる『ある二人のことだけ』は、その普通の言い方じゃなくって、もっと回りくどい別の言い方をしていたんだよ。
最初はそんなの、ただの気まぐれとか、話すときの言いやすさとかで言い方を変えただけで、私の気のせいかと思った。別に気に掛けるようなことじゃないって思ってたんだけど……。でも、よくよく注意して聞いてみると、ディミ子ちゃんは常に『その二人』のときだけ、言い方を変えているってことに気づいたんだ。かたくなに、まるでそうしなければいけない理由があるみたいに……。他の人には『誰々の何の能力……』っていう普通の言い方をして、『その二人』のときだけ言い方をかえていたんだ。
だからその小さな違和感は、気のせいどころか、だんだん膨らんで大きくなっていった……」
微笑みながら、無言で私を見つめているディミ子ちゃん。
今までだったら、私は彼女に見つめられるたびに警戒していた。「彼女の『臆病者』の能力」で、体を動けなくさせられることを恐れていた。
でも、今はそれも怖くなかった。
「『その二人』っていうのは……『ディミ子ちゃん自身』と『大神先輩』だよ。
ディミ子ちゃんはその二人のことを言うときだけは、『嘘つきのカードを持っている大神先輩』とか、『私が持っている臆病者のカードの能力は』とか。常に、『誰々が持っているカードの能力』っていう言い方をしていたよね?
さっきも、私がこの図書室に入ってきて大神先輩のことを言ったときに……『大神先輩の嘘つきのカードの能力』とは言わずに、『大神先輩の持っていた嘘つきのカードの能力』って言ったよね?
それはきっと……『嘘つき』が、本当は大神先輩の能力じゃないから。大神先輩はただ『嘘つき』のカードを『持っている』だけで……『大神先輩の嘘つき』と言ってしまうと、そのセリフが『嘘』になってしまうからなんでしょ?」
「ふ……ふふ……」
考えてみれば、そもそもおかしかったんだ。
静海も土岐先生も、それ以外のこの世界にいた人たちもみんな、自分が持っているカードの『肩書』がしっくりくる性格をしていた。静海は言わずもがなで、誰がどう見てもわがままな『独裁者』だったし。千衣も、本心を隠して静海のそばにいるような『卑怯者』だった。土岐先生だって、自分の利益のためには手段を択ばない『偽善者』だった。
でも、ディミ子ちゃんと大神先輩だけは、そうじゃなかった。
大神先輩は、『嘘』を『告発』されたときのペナルティを恐れて、私たちの前で何も喋れなくなってしまうような怖がりな人。しかも、やっとついたさっきの嘘さえも、私のちょっとした言葉で動揺しちゃって、隠し通すことが出来ずに自滅しちゃうような人だった。
一方のディミ子ちゃんは、『目を合わせたら相手の動きを止められる』なんていう、ある意味ハズレって言ってもいいようなショボい能力で、静海や土岐先生と互角以上に渡り合うことが出来るような肝が据わった子だった。今だって、私の言葉に少しもおびえている様子がない。
大神先輩は『嘘』をつくのに向いてなくて、ディミ子ちゃんは『臆病』とは程遠い。むしろ、二人は……。
ディミ子ちゃんは、不敵に微笑んでいる。
私は最後の覚悟を決めて、結論を言った。
「もしも『本当の嘘つき』が、誰にも気づかれないうちに『本当の臆病者』が持っていたカードと自分のカードを交換することが出来たなら……。
もしもディミ子ちゃんが、この世界で目を覚ましたときに自分が持っていた『嘘つき』のカードを、大神先輩がまだ起きていないうちに彼女の持っていた『臆病者』のカードと交換することができたなら……。
目を覚ました大神先輩は、自分の近くに『嘘つき』のカードが置いてあれば……きっとそれを自分の『肩書』だって信じてしまう。他の人だって、大神先輩本人が『目を覚ましたときに自分は嘘つきのカードを持っていた』って言ったら、彼女の『肩書』も当然『嘘つき』だって信じるに決まってる。
『嘘つき』がついた『嘘』は、全員が信じた時点で真実になる。『本当の嘘つき』がやったカードの入れ替えっていう『嘘』が真実になって、『本当の嘘つき』が『臆病者』に……『本当の臆病者』が『嘘つき』になる。だからディミ子ちゃんは、この灰色の世界で目を覚ましてすぐに、ここの一階上の視聴覚室でまだ眠っていた大神先輩を偶然見つけて……彼女と自分のカードを交換したんだ。
つまり、大神先輩の本当の『肩書』は『臆病者』で……ディミ子ちゃんこそが、本当の『嘘つき』だったんだ」
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