【走馬灯】
わ、私は、これまで何度も、この学校を舞台にした映像作品を作ってきました。
よく撮っているジャンルはドキュメンタリー……というか、一応モキュメンタリーっていうべきなんでしょうね……。
えと……あくまでフィクションなんですけど、ドキュメンタリー風に実際にあったことみたいに自然な感じで撮るっていうか……。例えば、けっこう前の作品なんですけど、学生たちがハンディカメラを持って魔女の森に探検に行く、みたいな内容の有名なホラー映画って知ってますか? そんな感じで、ただの記録映像みたいな
え、ええ。
もちろん、そういうのを撮るのも簡単じゃないですよ。
見てもらう人に、それが作り物じゃなくて本当のドキュメンタリーだと思ってもらったほうが、作品に入り込んでもらえますから……作品全体を通して、ちゃんとリアリティがないとダメなんです。ちょっとでも、「あ、ここ嘘っぽいな」とか思われちゃうとそれだけでサメちゃって、そのあとが全部台無しになっちゃうんですよね。
だから監督とカメラマン……は両方とも私ですけど……は、常に細心の気を使って撮影に臨みますし、出演する演者の方も本当に「自然体の演技」が出来る人じゃないとダメなんです。自然な演技とかリアルな演技じゃなくって、「自然体の演技」……って言ってニュアンス伝わりますかね……? 要するに、演技を感じさせない演技、役者を感じさせない役者、ってことなんですけど……ま、まあ、それはどうでもいいですね。
そ、それで私、最初のうちの何回かは、演劇部の人たちに私の作品に出演をお願いしてみたりもしたんです。彼らも、私のそのオファーを快く引き受けてくれました。
けど……結果としては、あんまりいい映像は撮れませんでした。なんていうか……下手に技術を学んだような人間だと、演技がクサくなっちゃうっていうか……。どうしても、演じてるって感じが映像からにじみ出てしまうんですよ。
きっと、本物のプロの役者さんなら、そういう「演じてる感」すら感じさせないような演技が出来るのかもしれないですけど……やっぱり高校生が部活でやってるような演技だと、ちょっと、私の欲しい
だから私、そのあとすごく悩みました。
私が望む完璧な「自然体の演技」で、モキュメンタリー作品を作ることは出来ないのか。何か別のジャンルとか、別の映像手法に挑戦したほうがいいのかな、って。
ああ、どうしてみんな、カメラを向けるとあんなにクサい演技になっちゃうのかな。カメラがない、今私が見ている日常の風景の中でなら、みんなこんなにも「自然体」で生活できてるのに……って。
それで、気づいたんです。
本当に「自然体の演技」が欲しいのなら、カメラを向けていることを「演者」に教えなければいいんだ。そうすれば、「演者」の「自然体の演技」をカメラに収めることが出来るんだ……って。
……要するに、隠し撮りして撮った映像で、映画を作るんです。
もちろん、本当なら最初に撮影対象の人たちから許可を得るのが筋ってことは、分かっています。でも、事前に「撮らせてもらう」ってことを伝えてしまうと、やっぱりみんなカメラの存在を意識してしまったり、カメラがどこにあるのか探してしまったりして……全然欲しい画が撮れないんです。かといって、隠し撮りしてから事後に使用許可をもらおうかと思ったら……まあ、勝手に撮られた映像に対して「自由に使っていい」なんて言ってくれる人は、滅多にいませんね。怒られて済むならまだよくて、最悪「盗撮犯」って言われて先生に突き出されそうになったこともありました。
だけど、映像としてはとても自然でいい画が撮れるのも確かで……。
結局私は、アングルや障害物なんかでなるべく個人が分からないように気を付けながら……隠し撮りした映像で勝手に作品を作るようになってしまいました。そもそも、生徒や先生は映研として学祭に出す映像くらいでしか私の作品を目にする機会なんてありませんでしたし。コンペに出してた作品だって、大賞でもとらない限りは一般公開なんてされません。だから、私のその行為がそれまでバレることはなかったんです。
だから……アリスさんのイジメ現場の映像が撮れてしまったのも、本当に偶然だったんです。
確か一番最初は……部活終わりの生徒たちの自然な会話シーンが欲しくて、部室棟の陰になっている通路にカメラを仕掛けておいたときだったと思います。
しばらくしてからカメラを回収して、部室代わりに使わせてもらっていた視聴覚室で、その映像チェックをしてみたら……その通路に数人の人が集まっている映像が写っていたんです。
ヒキの画角で撮っていたので映っていた個人はほとんど特定できなかったのですが……それでも、その中にパッと見で派手な不破静海さんがいたことは分かりました。それから、その人だかりに囲まれていた人が「アリスちゃん」と呼ばれていたことも。
正直、有名人の不破さんが同じ二年の誰かをイジメているなんて話は、この学校の生徒には周知の事実でした。あんまり校内のゴシップとかに興味がない私でも知っていたくらいですから、よほどの変人でもない限りはみんな知っていたと思います。
でも……私はそんな映像が撮れてしまったことに、とても焦りました。
だ、だってこれって言ってみれば……この学校で一番有名なアイドルである不破静海さんの「スキャンダル映像」……「イジメ現場の動かぬ証拠」なわけじゃないですか? もしも私が、これを先生とかに見せたり、インターネットで公開なんてしたら……きっと、ものすごく大きな事件になります。
学校内外からチヤホヤされている不破さんは、その分相当叩かれることになるでしょうし。多分声優なんて続けられなくなる。イジメっ子が、イジメが発覚したあとで今度は逆に周囲の人からイジメられるようになった、なんて話も聞いたことがあります。きっとこの学校全体の裏の力関係が、ガラリと変わってしまうでしょう。
私は、自分がそんな「強大な力」を突然手に入れてしまったことに、焦ったんです。
でも……それと同時にもう一つ重要だったことは……。
その映像が、誰がどう見ても隠し撮りだって分かるものだったということです。
きっとこれを他の人たちが見たら……不破さんやアリスさんと一緒に、この映像をとった人間のことも、他の人たちからの興味の対象になると思います。
「どうしてこんな映像が撮れたのか?」、「偶然こんなところにカメラを置き忘れるはずがない」、「普段から隠し撮りをしているんじゃないか」……と。
撮った時間や映像の質なんかを調べていけば、映研の私にたどり着くのも不可能じゃありません。そうなれば、そのうち今までの作品にも隠し撮り映像が使われていることがバレてしまうでしょうし……なにより、今後も同じ方法をとることができなくなってしまいます。
それは、どうしても避けたかった。
だから私は……その映像を誰にも見せないことにしました。
その「スキャンダル映像」の存在を知っているのは、私だけ。だったら、私が黙っていれば存在しないのと同じですから。
そして。
それからも私は、今までと同じように隠し撮りを繰り返し、作品制作を続けていきました。そのあとも、同じ部室棟の通路やそれ以外のところで、ときおりアリスさんがイジメられている映像を撮影してしまうことがありました。ですが、やはり私はその映像を公表することはせずに、自分の中だけに閉じ込めていました。
『あの日』……十月二十八日も、それは変わりませんでした。
私はその日も視聴覚室で一人、撮りためた「素材映像」のチェックをしていました。
やっぱりそのときも、隠し撮りした映像の中にアリスさんが映っている映像がありました。カメラからの位置が遠かったせいで、声はほとんど拾えていなかったのですが……二年の陸上部の鶴井さんが「イジメる」と言って、それに対してアリスさんが「やめて!」と叫んでいるのは分かりました。そのあとも、二人はしばらく何か話していましたが……途中でアリスさんがその場を去ってしまって、それで会話は終わったようでした。
いつもと比べると直接な暴力はなかったし、この映像はあまり使い道はなさそうだな……なんて考えながら映像を停止して、私は後片付けを始めようとしていました。もう時刻は最終下校時刻の七時半に近くて、帰らなければいけなかったので。
そのときでした。
視聴覚室の入り口のドアを開けて、一人の女子生徒が入ってきたのです。パッと見たときからどこかで見覚えがあるような気がしたのですが……すぐに思い出しました。彼女は、この秋から新しく就任した二年生の生徒会長でした。
少し慌てた様子の彼女は、私に「二年の哀田アリスさんを見なかったか?」と聞いてきました。それから、「今までに、彼女が誰かにイジメられているのを見たことがあるか?」……と。
ついさっきまで、まさにその哀田アリスさんが恐らく何らかのイジメを受けているような映像を見ていた私でしたから、その質問にはとても驚きました。でも、私はすぐに「見ていない」と答えました。
それはもちろん嘘ですが、私にはそう答えるしかなかったのです。自分の「隠し事」を隠し通すためには、私が撮っている映像のことを、誰かに知られるわけにはいかないのですから。
しかし同時に……。
私の中に、少しの迷いが生まれていました。
本当に、このままでいいのだろうか。自分は、こんなことをずっと続けていいのだろうか。
それは、私が今までずっと心の奥で思ってきたことなのだと思います。
自分で自分に嘘をついて、自分を騙してきた。自分の中に眠るアリスさんへの「罪悪感」のような気持ちに、気づかないふりをしてきたのだと思います。
次の瞬間、私はその「罪悪感」に突き動かされるように無意識に、生徒会長に声をかけていました。
「あの……」
もう視聴覚室を出ていくところだった彼女はこちらを振り返り、「どうかしました?」、「もしかして、アリスさんのことで何か思い出しました?」なんて言いながら、私がいた部屋中央あたりの席に近づいてきました。
声をかけることは出来たのに、私はなぜかその先を続けることが出来ません。「私は、彼女がイジメられているのを知っている」、「その証拠もある」、「今日も彼女は、鶴井さんから……」。そんな言葉はいくつも浮かんでくるのですが、どうしても、それを声に出すことができないのです。
もしもそれを言ってしまったら、私の「隠し事」が露呈してしまう……。
生徒会長の彼女や、先生たちが私の撮った映像を見ることになって、私が隠し撮りをしていることがバレてしまう。それに何より、今私が「やっていること」も……。
そう思ったらとても恐ろしくて、踏ん切りがつかなかったのです。
声をかけたきり、私が何も言わないのを不思議がりながら、生徒会長はだんだんとこちらへ近づいてきています。彼女が近づけば近づくほど、私の心は強い感情に奮い立たされて、体が熱くなるのを感じていました。
それでも……。
私は、どうしてもなかなか次の言葉を言うことが出来ませんでした。自分の罪を告白して、アリスさんを助けることが出来ませんでした。
心の中の葛藤を表すかのように、私の体は震えていました。生徒会長はそんな私のことを、さらに不審に思って、「大丈夫ですか?」なんて言っています。
そして……あともう少し。あとほんの一メートルもないくらいまで彼女が近づいてきたところで、私はようやく、声に出して言いました。
「あ、あの……! 生徒会活動頑張ってください! 応援してます!」
私のその言葉を聞いた生徒会長は、「え? あ、ありがとうございます……」と軽く会釈して、入り口のほうへ戻り、視聴覚室を出て行ってしまいました。
結局、私は罪を告白することは出来なかったのです。
もしもそのとき、私が生徒会長にアリスさんがイジメられていることを伝えることが出来たなら……。アリスさんと鶴井さんの映像を見せることが出来たなら……。今まで、そう思わない日はありませんでした。
私が嘘をついてしまったこと、真実を隠してしまったことについて……アリスさんには、本当に申し訳なかったと思っています。
でも……私にはどうしても、「隠し事」を告白することが出来なかった。自分の作品の完成度のためには、隠し撮りを続けるしかなかったんです。
そういう意味で、私は残酷なまでの芸術家……表現者だったのかもしれません。自分の作品のために、アリスさんを犠牲にしてしまったのですから。
…………なあんて、ね。
そんなの嘘ですよ。
隠し撮り映像で、いい作品が出来る? そのために、イジメの映像を隠すしかなかった? あはは、そんなわけないですって。
そりゃ、確かに隠し撮り映像を使って作った最初の一作目は、まあまあ面白い感じの物が出来た気はしますよ? 物珍しさもあって、それなりにコンペでも評価されて、確か……佳作くらいはもらえました。
でも、それだけです。
そういうパターンで思いつく限りのネタは、もうその一作で全部やっちゃいましたし。あとは何やってみても、それの二番煎じって感じで、全然面白くならないんですよね。そもそも、カメラ隠して撮ってもピントはろくに合わないし、雑音もひどいし。ろくに使えるような映像なんか撮れやしないんですよ。
案の定、二作目からはコンペに出しても箸にも棒にも掛からないですし。それどころか、審査員の人がネットに「あれ、マジの盗撮だったんじゃね……?」とか呟いてるのまで見つけちゃって……大ごとになる前に、早々に作品作りに使うのはやめちゃいました。
え? じゃあなんで私は、隠し撮りを続けていたのかって? えと……それはですね……。あ、これ、オフレコですよ?
実は私……自分でも驚いたんですけど……興奮、しちゃうんですよね。
その……隠し撮りした映像に。
他人が見せる、ナマの仕草というか……本当なら私が見てはいけないはずのものを見てしまっている「罪悪感」というか……。そういうのを意識すると、ゾクゾクしちゃうんです。
特に、アリスさんがイジメられてる映像なんて、それの最たるものですよ。
イジメる側は、見られてることも知らずに自分の中の醜いケダモノの一面を見せてくれる。イジメられてるアリスさんも、汚されたり、脱がされたり、泣かされたり……みんなの前で取り繕ってる普段の顔を剥ぎ取られて、あられもないナマの感情をさらけ出している……。
本当に、私にとって最高のポルノ作品でした。
『あの日』生徒会長に告白しようとした……なんてのも、もちろん嘘です。当たり前でしょう? だってあのとき告白なんてしちゃったら、私の大事な「隠し事」がバレてしまいますから。
私が、隠し撮り映像に興奮するような変態であること。
それから……あのときの私が、いつものようにアリスさんのイジメられている映像を見ながら「しようと」していたから……スカートを下ろしたままだったってことが。
生徒会長を呼び止めたのは、私の本性がバレそうになるスリルを味わいたかったからです。嘘がバレてすべてが終わってしまうのを想像して、興奮したかったからです。
それが私の本性です。
だって、私は……。
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『怠け者』ドミノ倒しのように力を伝播させる
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『独裁者』番号を振って命令を実行させる
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『卑怯者』誰か一人の視界から何か一つを隠す
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『臆病者』目が合った相手の動きを止める
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『嘘つき』嘘を真実にする。告発されると死ぬ
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『偽善者』感謝の言葉をもらうと特典を得る
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『???』???
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