*19:51 一年A組教室

「ぐぁっ……」

 ナイフを心臓に突き刺された「静海」は、苦痛のうめき声をあげる。そして、膝から崩れ落ちながら、自分を突き刺した「千衣」を見上げていた。


「あは……あははは……」

 千衣は笑っている。

 ど、どうして……?


 静海には、何が起こったのか分からなかった。

 自分は、完全に千衣の裏をかくことが出来たはずだ。油断した彼女にスマートフォンで録音した『命令』を聞かせて、彼女を自殺に追い込んだはずだ。

 それなのに、彼女は今、自由に動けている。『独裁者』の『命令』を聞いて、自分の心臓にナイフを突き刺しているはずなのに……逆に、能力を使った静海にナイフを突き刺して笑っている。

 それじゃあやっぱり、録音じゃあ効果はなかったってこと……?


「あはは……シズちゃん、違うよ? シズちゃんの『命令』が、効かなかったんじゃないよ? ちゃんと『独裁者』の『命令』は有効で、私は最後までその『命令』を聞いた。でも、死ぬのは私じゃないの……。死ぬのは、シズちゃんなんだよ……」

「ひ……」

 不気味に微笑む千衣に、静海の表情がゆがむ。

 もう、今の静海には怒りはない。『犯人』と思っている千衣を取り逃がすことへの、焦りもない。

 あるのは、理由の分からない今の状況への戸惑いと……死への恐怖だ。


「ああ……ああ……いいなあ。やっぱりシズちゃんには、そういう顔も似合うなあ……」

 自分を見ながらおびえている静海の顔に、千衣は優しく右手を添える。そして、なまめかしい指の動きで、静海の頬からアゴ、首すじをなでた。

「ぐぶっ!」

 次の瞬間、ナイフが内臓を突き破ったことで血が逆流したのか、静海は口から大量の血を吐き出した。もう彼女の意識は絶え絶えで、いつこと切れてもおかしくない。

 そんななか、静海はようやく気づいた。

 自分に向けてナイフを突き刺した千衣。『独裁者』の『命令』を聞いたのに、その『命令』通りに行動しなかった千衣。そんな彼女の手の甲に現れていた数字……それが「2」だったことを。


「ああ……よかった。本当に、よかった……。最後に、こんな素敵な表情のシズちゃんを見ることが出来て……ふふふ」

 千衣は、目の前で崩れ落ちていく静海の凝り固まった恐怖の表情を、何度も何度も反芻はんすうしている。自分に怯える静海に絶頂の悦びを感じている。

「シズちゃんだって、もう分かってたはずでしょ? 『独裁者』の『命令』なんて、弱点がバレちゃえば何も怖くない。『命令』なんて、ちょっと気を付けていればいつだって耳をふさいで無効化することができる。だから、さっきのスマホの音声だって、防ごうと思えば防ぐことはできたんだよ。

 でも、私はわざとそうしなかった……。

 シズちゃんに『勝てるかも』って思わせてあげてから、そのあとで絶望を味あわせたかったから……。だって……そうすればシズちゃんの恐怖の感情を、私に向けることが出来るから……。私を怖がって震えているシズちゃんを見ることが出来るチャンスだって思ったから……。

 だから私、さっきのスマホの声の『シャッフル』のとき、自分が『2番』になったのを見て、耳をふさがなかったんだ。あの人が、『1番』になってくれたって分かったから……」


 その瞬間、教室の外の廊下で誰かが倒れた。

 その人物は静海とは違うサバイバルナイフを持っており、そのナイフを自分の心臓に突き刺している。それは、『嘘つき』の大神響だった。

 彼女の手の甲には、「1」という数字が書かれていた。


 千衣は、静海に優しく話しかける。

「シズちゃん……さっきディミ子が言ってた書置きって、実は、私が大神先輩に書かせたんだ。土岐先生が死んだあと、保健室で寝ていた先輩をナイフで脅して、あの人に無理やり書かせたの。

 だってそうしておけば、先輩は私の言うことを聞くしかなくなるでしょ? 『嘘つき』の先輩が一度でも『嘘』をついてしまったら……あとはもう、『その嘘を告発』するだけで誰でも先輩のことを殺すことが出来るようになる。先輩は、言葉一つで誰でも簡単に殺せるような、最弱な存在になってしまう。

 だから先輩は、あの書置きを書いてしまった瞬間から、もうあとは誰にも見つからないように学校のどこかに隠れているしかなくなったんだ。

 ……でも、そんなの私が『卑怯者』で協力してあげないかぎり、無理だよね?

 だから私は、『嘘を告発』しようとする人から先輩のことを隠してあげるのを条件に、先輩を自由に動かすことが出来た。例えば……ここの隣の一年B組の教室に隠れてもらって、都合のいい時に出てきてもらったり……ね。

 それも全部、シズちゃんのため……。シズちゃんの絶望する顔が、見たかったからだよ……」


 もう、その声はとっくに静海には届いていないだろう。

 静海の体は下半身からボロボロと崩れおち、液状化して血だまりになっていく。

 下半身がすべて崩れ、上半身も崩壊し、頭だけになった静海を、千衣は抱きかかえる。

「シズちゃん……。バカで、自分勝手で、残酷で……最高にかわいいシズちゃん。あなたはもう、私だけのものだよ……」

 そして、その恐怖で醜くゆがんだ静海の顔に自分の顔を近づけ、キスをした。

 次の瞬間。

 シャボン玉が割れるように、静海の頭がはじける。


 あとには、静海の血で真紅に染まった千衣と、教室の床に広がる真っ赤な水玉模様だけが残った。

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