18:02 二年B組教室

 ここに集められたメンバーが、アリスが復讐のために集めた『罪人』たちでないと仮定すると……それじゃあ、一体どんな意味を持つっていうのだろう? アリスのこと以外に、何か私の知らない関係性――ミッシングリンク――があるのだろうか?

 それを知るためには、この世界にいるメンバーのことを知ることが不可欠だと思った。


 中学まで一緒だったアリスのことはともかく。この高校の生徒じゃない私は、他の人のことを知らなすぎる。一応、さっき図書室でディミ子ちゃんから簡単な説明を受けてはいたけれど……それは、あくまでも彼女の意見に過ぎない。

 他の人からも、このメンバーについてのもっと客観的な意見を聞いてみたい。

 そしてそのためには、教師である土岐先生は適任だと思えた。


「え? そうねぇ……アリスちゃん以外は、担任じゃないから詳しくは知らないんだけど……」

 土岐先生は、突然の私のそんな質問に少し驚いた様子だったけど、改めて他の人のことを説明してくれた。

 それを簡単にまとめると……。



 まず、ディミ子ちゃん――本名奥村ディミトリア――は、二年A組の図書委員。

 テストの成績は一年のころから常に上位で、自分でも言っていたようにハーフだけど日本語はペラペラ。しかもそれだけでなく、ルーマニア人のお父さんが使うルーマニア語と、おまけにフランス語まで流暢に使いこなせるらしい。いわゆるトリリンガルな天才少女だ。

 性格はいたって温厚で、誰かと争ったり、恨みを持たれているという話を聞いたことはない。ただ、休み時間や放課後は基本的に図書室で一人で本を読んでいることが多くて、親しくしてる人とか友だちらしい友だちもいないっぽいことを、先生たちはちょっと心配しているらしい。土岐先生的には、何かと特別で何もしなくても目立つ彼女のことは先生たちの間で話題に上がることも多いけれど、アリスと接点があるって話は聞いたことがないらしい。

 私がこの学校にやってくる前に図書室にみんなで集まったとき、ディミ子ちゃん自身が「自分が『臆病』だったせいで、アリスを傷つけてしまった」と言ったらしいので、過去に二人の間で何かがあったらしいのだけど……。




 次に、静海。二年C組所属で演劇部、委員会には入っていない。

 アレは、ある意味ディミ子ちゃんとは真逆って感じ。ディミ子ちゃんが教えてくれたように「その界隈の人たち」には結構有名な若手アイドル声優で、いつも話題の中心にいるような存在らしい。

 この高校に通っていることは公表はしていないらしいけど、よくソレ関係の雑誌やメディアが校長や友だちにインタビューもらいに来たりとか、制服姿の静海の写真を撮りに来たりしてるらしい。しかも、それが結構いい学校の宣伝とかにもなっているらしくって……。おかげで静海は、校長をはじめとする学校の上層部から相当気に入られていて、土岐先生のような下っ端の先生たちは、「よほどのこと」がない限りはそんな静海のことを注意したり怒ったり出来ないような状態らしい。

 もちろん。

 アリスをイジメてたなんてのは、その地位を脅かすのには必要十分すぎるくらいに「よほどのこと」なスキャンダルだ。それがおおやけになれば学校側はもちろん、世間とか、「その界隈」のアンチたちが黙ってはいないと思うけど……。そこはさすがアイドルって感じで、あいつは表と裏の顔を使い分けてうまく立ち回って、その事実が大っぴらにならないようにしていたみたいだった。

 実際、生徒以外のこの学校の大人たちは彼女がアリスをイジメめていたことを全然知らなかったし、だからこそ土岐先生も図書室で初めてそれを知って驚いてしまったわけだ。


 ただ、それとは別に……。

 彼女には、「不良グループと付き合いがある」とか。「校舎の陰でタバコを吸っているところを見た」とか。そういう、致命的とは言えないけれどアイドル声優のイメージ的にあんまりよくない噂は、結構あったらしい。

 でも、「それくらいのオイタだったら高校生のうちは多かれ少なかれあるもの」、「そんなことよりも彼女がこの学校にいてくれることのメリットのほうが大事」、っていう学校側の忖度が働いているらしくって……。結構それ系の噂を学校側でもみ消しちゃったりしているらしいということを、土岐先生はオフレコで教えてくれた。




 次に、その静海と同じクラスの鶴井千衣は……先生たちの間でも、結構謎の存在らしかった。

 中学までの記録では、勉強はそこそこ。そのころからやってる陸上部でも、トップクラスってほどではないけど、まあ優秀って言っていいくらいの成績を残していた。

 ちょっと喋り方とか態度にクセがあって、意図せずに相手をイラつかせるようなところが問題になることもあったらしいけど……。でも、基本的には手のかからない「いい子」だったらしい。


 だけどこの高校に来てからは、勉強は軒並み平均以下。陸上部もほとんど惰性でやっているのかってくらいにやる気を感じない。無断欠席や遅刻も繰り返すようになって、中学のときの印象から比べると、かなり落ちぶれてしまったらしい。

 土岐先生個人の意見としては、「身近にシズちゃんっていう推しアイドルを見つけて、中学まで抑圧されてた分、ヲタ活に夢中になってるのかもねー」ってことだったけど……。さっき見たときの印象からすると、あの二人の関係はファンとか推しとかっていう感じでもなさそうだった。

 静海はそもそも千衣のことなんか相手にしてなさそうだったし。千衣のほうでも、基本的には静海の言いなりって感じなのに、あんまり忠誠心とか友情みたいなものはなさそうだった。むしろ、千衣はちょいちょい静海のことを煽って怒らせてるようにさえ見えた。

 話を聞いてみた限りだと、先生たちと同じように私にとっても、千衣の性格は謎でしかない。ただ、静海のそばにいた以上、彼女もアリスへのイジメに関わっていたことは間違いないだろう。それが、どんな『卑怯者』なことなのかは分からないけれど。




 それから、私たちが全員アリスと同じ高校二年なのに、その中で一人だけ学年が違う三年B組の大神先輩について。

 ディミ子ちゃんから、今年の夏に引退するまでの彼女は、映画研究会に所属していたってことは聞いていた。けど実は、その会は部員が大神先輩一人しかいないので正式な部活とは認められてなくて、学校とか生徒会的には同好会活動という扱いだったらしい。

 先輩はそのたった一人の映研で、撮影から編集まで全部一人でやったオリジナルの映像作品を何本か作って、よくコンペとかにも出しているのだそうだ。

 彼女がこの世界で目を覚ました事務棟四階の視聴覚室も、本来は映研が管理してるわけじゃない。だけど、先輩一人のために部室を用意することもできないってことで、特別に放課後だけ使ってもいいよ、ってことになっていたのだそうだ。

 それと、一番驚いたのが……。

 最初は私、全然喋らない先輩のことをすごいシャイな人なのかと思っていたけど……どうやらそれは違うらしい。先輩が喋らないのは、実は先輩が持っているカードのせい。先輩の『嘘つき』の能力のせいなんだそうだ。

 『嘘つき』は、『嘘をついて、それをみんなが信じると真実になる』。だけどその代わり、『嘘を告発されると死ぬ』。嘘を真実に変えるなんて、普通に考えたらものすごく強力な能力な気もするけど、でもその嘘がバレたら死んでしまうなんて……そんなの、リスキーすぎる。

 例えばもしも、うっかり先輩が「猫が寝ころんだ」なんて冗談を言って、それを誰かに、「猫なんてどこにも寝てないよ」って『告発』されてしまったら……?

 いや、そんなクソ寒いダジャレはさすがに言わないだろうけど……でも、言葉のアヤでそれに近いようなことは言ってしまうかもしれない。そうすると、先輩は真実とは違う事……つまり『嘘』をついたってことになって、『嘘つき』のペナルティで死んでしまうんだ。

 だから先輩は、私の前でこれまで全然言葉を喋らなかったんだ。彼女は意図せず『嘘』をついてしまうのを恐れて、何も言えなくなってしまっているってことだったんだ。




「あたしがあの子たちについて知っているのは、そんなところかしらね」


 一通り、図書室にいたあの四人の話をしてくれた土岐先生。それを聞いて、私が考えたことは……。

 正直よく分からない、ってことだった。


 もしかしたら、あの人たちの中で何かアリス以外の接点があって、それがこの世界の核心に関係があるんじゃないか……なんて思っていたのだけど。先生の話を聞いても、私には「アリス以外の接点」どころか、アリスとの接点すらロクに見つけることが出来なかった。

 ……まあ、そもそもアリスがイジメられていたことを知らなかったような土岐先生じゃあ、それも仕方ないのかもしれない。いくら先生が若くて、生徒に寄り添う方針で今までやってきたとはいえ。やっぱり生徒のことは、同じ立場の生徒のほうがよく知っているものなのかもしれない。


 でも、そうすると……やっぱりディミ子ちゃんの言っていることが正しいってことになってしまう。それじゃあ、この世界は本当にアリスが復讐するための世界ってことに……。

 また、堂々巡りの考えに戻ってきてしまった。それに反発するように、私はまた別の人のことを先生に質問した。


「そ、そういえば……ディミ子ちゃんが言ってたんですけど。この世界には図書室にいた四人の他に、『あと二人』いるらしいんですよ。そのうちの一人は、土岐先生のことだとして……あともう一人って、どんな人なんですか?」

「ああ、そういえば……ディミ子ちゃん、そんなこと言ってたかしら……」

 先生は一瞬考えるような仕草をとってから、すぐに両手を天井に向けて、

「さあ? 何故かその人、図書室に集まる前にどこかに行ってしまったらしくって、あたしたち誰も会ってないのよ。

 ディミ子ちゃんも、『一人になりたいという意志を尊重すべき』とか言って、何も教えてくれなかったし」

 と言った。

「じゃあ、その『最後の一人』に会ったことがあるのは、ディミ子ちゃんだけってことですか?」

「ええ、そういうこと。

 確かディミ子ちゃん、あたしがこの世界に呼ばれた『たった一人の教師』だって言ってたわよね? ってことは、その『最後の一人』っていうのも、きっとこの学校の生徒なのね。

 先生のあたしとしては、生徒の安全を守る責任があるわけだから、ちゃんと全員のことを把握しておきたいのだけど……もう、仕方ないわねっ!」

 その台詞は殊勝だけど、態度のほうは真逆で、まるで冗談でも言うみたいに微笑んでいる。そんな先生の態度は、少し気になったけど……でもそれ以上に、その最後の一人の存在はもっと気になった。


 会ったことがあるのは、ディミ子ちゃんだけ。しかもそのディミ子ちゃんも、まるでその存在を隠すような態度をとっている。それには、一体どんな意味があるんだろうか?

 もしかしたらその人は、今の私にとって、とても重要な存在なんじゃないだろうか? その人のことを知ることで、今はまだ見つけることの出来ていない、この世界にいる子たちの接点が分かるんじゃないだろうか? まさか、ディミ子ちゃんがその人のことを隠しているのも、そのせいで……?


「まあ、ねっ?」

 そこで、土岐先生がパンと両手を合わせて、

「今のところは特に差し迫った危険もないわけだし。そんなに心配することもないんじゃない?」

 と言った。

「は、はあ……」

「あたしはみんなの担任じゃないけど……でも、いつも担任の先生たちと情報共有はしているから、この世界に集められた子たちのことも分かっているつもり! もしかしたら、過去にはアリスちゃんといろいろとあったのかもしれないけど……でもみんな、根はそんなに悪い子たちじゃないわ! だから、この世界がどんな世界だったとしても、きっと大丈夫。みんなで協力すれば、これからどんなことが起きても何とかなるわよ!」

「……」

 それはまるで、「今日の授業はここまで」なんて言って、チャイムの音と一緒に帰ってしまう先生みたいだった。


 先生の今の立場としては、この世界はアリスが復讐するためのものじゃないと考えている。だから、この世界にいる生徒たちは罪人だとは思っていない。

 カードの『肩書』のことも、特に気にしていない……とはいえ。


 いくら何でも、「みんな」が「悪い子」じゃないなんて、そんな台詞はあまりにも楽観的……というより、ほとんど無責任と言わざるを得ない。

「そんなわけ、ないじゃないですか……」

 気持ちが抑えられなくなった私は、先生の言葉を否定していた。

「え?」

「みんなが……いえ、少なくとも静海が……悪人じゃないわけ、ないじゃないですか」

「そ、それは……シズちゃんが、アリスちゃんをイジメてたって言ったから……?」

「はい」

 凄みをきかせた私の声に、先生はちょっと驚いている。

「そ、そりゃああたしだって……シズちゃんがそんなこと言ったのには、驚いたわよ? で、でも、自分から『イジメてた』なんて言えるってことは、シズちゃんだって今は反省してるってことじゃないのかしら? きっと、あの子だって心の底ではいけないことだって分かってて……」

「無理です」

 私は、先生の反論をあっさりと切り捨てる。

「私は、どんな理由があったとしても、アリスをイジメてた静海のことなんて信用できません。あいつがいる限り……みんなで協力なんて、絶対に無理です。もしもあいつのことを擁護するっていうなら、ディミ子ちゃんも大神先輩も……先生も、私は信用することはできません」

「……」

 言葉を失う土岐先生。

 彼女には、今のは少しきつすぎる言い方だったかもしれない。

 先生としては、生徒のことをなるべく信じてあげたいと思うのは当然のことだ。それが、たとえアリスをイジメていたという静海でも……このわけの分からない世界にいる仲間として、私たちはなるべく協力すべきだと先生は考えているんだろう。

 でも……。

 やっぱりそれは、甘すぎる考えだ。


「土岐先生……あなたがこの学校の生徒のことを信じたい気持ちは分からなくもないです。私だって、こんな世界にいる以上、協力出来るならそうしたほうがいいことは分かっています。……でも、やっぱり無理なんですよ。

 私たちは、少なくとも静海のことだけは信用しちゃだめなんです。だって、だってあいつは、もうこの世界で一人、人を殺しているんですからね?」

「人を……殺してる……って? そ、そんな、ま、まさかあ? あの、シズちゃんが……?」

 ああ、やっぱり……。

 土岐先生は、図書室で私たちが話していた会話を聞いていたと言っていたけれど……でも、「彼女」のことはまだ知らないんだ。だから先生は、さっきみたいな甘い考えが出来たんだ。

 私は真実を伝えて、彼女の目を覚ましてあげることにした。


「ええ、そうです。確か……白石琴乃さん、という人です。

 私も、直接見たわけじゃないから詳しいことは分からないんですけど……静海自身が言ってたんです。体育館にいた白石さんを殺したって……」

「そ、そんな……」

 硬直する土岐先生。私が伝えたその現実をすぐには受け入れられないみたいで、言葉にならない声を出しながら視線をキョロキョロと泳がせている。

「だって琴乃ちゃんは……このB組の生徒で、明るくてスポーツ万能でカッコよくて、誰からも好かれている王子様みたいな子で……あたしにもいつも元気よく挨拶してくれて……。その、琴乃ちゃんが……シズちゃんに殺されてる……なんて。そんな……そんなの、って……」

「しかも、静海は『白石さんが犯人かもしれなかったから殺した』なんて言ってましたけど……それだって怪しいものです。だってそのあとであいつ、図書室にいた私たちのことまで皆殺しにしようとしてましたからね? あいつは、そのくらいのことを平気でやるようなやつなんです。ただの、頭のおかしい異常者なんです。

 だから『悪い子じゃない』わけがないし、あいつと私たちが協力なんて、出来るはずがないんです」

「そ、そんな……そんな……」

 先生はもはや完全に気が動転してしまっているようだ。

 無理もない。自分の学校の生徒が、他の生徒を殺してしまったなんて……そんなの普通じゃない。

 先生には、もうしばらく落ち着く時間が必要だろう。今後私たちがどう行動すべきかということについては、先生が残酷な現実をちゃんと受け入れて、目を覚ましてから改めて相談しよう。

 と、思っていたのだけど……。


「そ、そういうこと……なの? それって、つまり……」

「え?」

「この世界には、あたしたちの他に、琴乃ちゃんもいたってことなの……よね?」

「え、ええ……」

 先生は、すでにその現実を受け入れていたみたいだった。

 受け入れたうえで、今はその興味が、私が想像したのとは別のところにあるみたいだった。

「そ、それじゃあ……これって……あたし、たちって……」


 突然呼吸が荒くなった土岐先生。

 具合が悪くて立っていられないみたいに、教室の床に膝をついてしまう。

「ど、どうしたんですか、と、土岐先生…………⁉」

 そばに駆け寄って、彼女の背中に手を添える。先生の体が、かすかにふるえているのが分かった。

「そう、なのね……? つまり、そういうことだったのね……」

「せ、先生? ど、どうしたんですか? さっき私の言ったことで、静海と白石さんのことで、一体何が……ま、まさかっ⁉」

 白石さんの存在を知って、突然何かに気付いて震え始めた土岐先生。


 それって、もしかして……彼女たちの間にある、アリス以外の接点……ミッシングリンクを見つけたってことなんじゃあ……。

「せ、先生⁉ な、何か、分かったんですか⁉ 白石さんのことで、何を気づいたんですかっ⁉ 先生……土岐先生!」

 焦ってしまった私は、震える先生の体を揺さぶって尋ねる。でも、先生はそれには答えずに、かすれるような声で……、

「みんなを……今すぐ体育館に、集めて下さい……。あたしはみんなに、言わなくてはいけないことが……できました」

 と言っただけだった。


 うつむいている姿勢のせいで、表情はよく分からない。でもその声と、震えが止まらない背中からは、そのときの先生が静かに泣いているように見えた。

 だから私は彼女に詳しいことを尋ねる余裕もなくて、今はただ、その教室を出て図書室へと駆けていた。

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