17:15 図書室

「えぇぇーっ⁉」

 私の言葉を聞いて、静海は想像通りのリアクションをとった。


「みんな持ってるのに、絵里利ちゃんだけカード持ってないとか……絶対嘘でしょぉー! 誤魔化そうとしてるに決まってるしぃー!」

「は、はあっ⁉ 嘘じゃないから! ホントにホントに、私はこの世界で目覚めたときから、カードなんて持ってなかったんだよ! だけど、そんなこと言っても多分信じてもらえないと思ったから……つい、話をそらしちゃって……」

「コイツ、怪しすぎぃー! もう『犯人』確定じゃなーいっ⁉ 今のうちに、殺しちゃってもいいんじゃなぁーい?」

「ちょ、ちょっと⁉」

「……ふむ」

 静海はもちろんとして。

 ディミ子ちゃんを含めたその場の誰もが、私のことを疑っているような雰囲気だった。

 『臆病者』の能力で首さえ動かせなくなっていたから詳しくは分からないけれど……たくさんの怪しむような痛い視線が、私に向けられているのを感じていた。

「…………」

 いや……たった一人、ずっと黙ったままの大神先輩だけは、最初に会って挨拶したときから変わらずに、オドオドとした態度で状況を見守っているようだった。



 そこで、

「申し訳ないのですが、正直言って貴女の言葉をそのまま信じることは出来ません。調べてもいいでしょうか?」

 とディミ子ちゃんが言った。

「え?」

 それを受けて、

「あ、ボディチェックってことぉ? シズ、それ得意だよぉー」

 という謎の発言のあと、静海がまた、鶴井千衣に何かの合図を送る。

「あ、はいはい……」

 すると、千衣はめんどくさそうに私のそばまでやってきて、ジロジロと値踏みするように、身動きが取れない私を上から下まで眺めた。


 そして、

「ひっぺがしちゃえー!」

 そんな静海の言葉を合図に……乱暴に、私の制服を脱がしてきたっ⁉

「ちょ、ちょっと⁉ 何して……」

「仕方ないでしょぉー? 絵里利ちゃんがつまんない嘘ついてカード隠そうとするからいけないんだよぉー?」

「そ、そんなこと言ったって……本当に私は……! ちょ、ちょっとあんた、どこまで脱がして……って、下着はいいでしょっ! おいっ! こらっ!」

 必死の抵抗……なんてものは出来るはずもなく。むしろ、なすすべもなく、着ていたものを次々と千衣に脱がされてしまった私。

 その間、静海はケラケラとおかしそうに笑っていたし、大神先輩は顔を赤くして両手で自分の目を塞ぐ……振りをして、指の隙間から脱がされている私の姿をばっちり見ていた。

 『臆病者』によって私を動けなくしている当人のディミ子ちゃんは、瞬きすらせずに、ずっと私と目を合わせている。途中一回だけ、「これは、必要な作業ですので……申し訳ありません」という、気持ちのない謝罪の言葉を言っただけだった。


 結局、もう脱がすものがなくなるまで完全に脱がしきった――いわゆる全裸……――ところで、ようやくディミ子ちゃんは『臆病者』の能力を解除してくれた。


「あっれぇー? マジで絵里利ちゃん、何も持ってなかったねぇ?」

「ええ。どうやら飯倉さんの言ったことは、真実だったようです」

「だ、だから言ったでしょうがっ! 何も、ここまですることなかったのにっ!」

 動けるようになってすぐに、私は脱がされた下着や服を持って本棚の陰に駆けこんだ。

 この場に女の子しかいなかったのがせめてもの救いだったけど……。

 それでも、こんな図書室で、よく知らない人たちの前で無理矢理全裸にされるなんて……ありえない! 恥ずかしすぎる!

 全身が茹でダコのように真っ赤になった状態で、私は出来るだけ早く服を着た。


「でもさぁ、だったらこれって……どゆことなのカナ? カナ?」

 さっきのことなんか何もなかったみたいな様子で、かわいらしいアニメ声で尋ねる静海。今はそんなことされても、ただただ怒りが増すだけだ。

「絵里利ちゃんはぁ、この中で一人だけカードを持ってない……そんなことって、ホントにありえるのかなぁ? もしかしてぇ、ここに来るまでにカードをどこかに隠してきた、とかだったりぃ?」

「まだそんなこと言って、あんた、いい加減に……っ!」

「いえ……」

 ディミ子ちゃんは少し考えるような顔をしたあとに、

「この学校の外からやってきた飯倉さんからすれば、この世界に自分以外の人間がいるとは知らなかったはずです。そのような状況でカードを隠すという行動をとることには、論理的な妥当性があるとは思えません。もしかすると……飯倉さんは私たちとは別の理由でここにいるのかもしれません」

 と言って、今度は私を擁護してくれた。

「ええぇ? 別の理由ぅ?」

「考えてもみてください。飯倉さん以外の私たちは全員、この学校の『中』で目覚めましたよね? つまり、この閉ざされた学校というおりの、内側に配置されていたと言えるわけです。しかし飯倉さんだけは、そうではなかったのではないですか?

 彼女はこの学校の『外』で目覚めて、自分の意志によってこの学校の中に入ってきたと言いませんでしたか? それはつまり、この状況を作り出した哀田アリスにしてみれば、飯倉さんが学校の中に入ってくることは必須ではなかった、ということを意味しているのではないでしょうか? 

 それだけをとってみても、飯倉さんは私たちと同じように『犯人』候補ではない……のですかね?」

「そ、そうだよっ! そ、そもそも、私はあの子と中学の卒業式から会ってないんだよっ⁉ そんな私が、あの子を追い詰めた『犯人』なんかなわけないでしょっ!」

 ディミ子ちゃんの言葉の最後が、疑問形で終わっていたのが少し気にかかったけど……。でも、私にはその仮説が正しいと思えた。


「私たちが持っている『肩書』や能力は、私たちが哀田アリスに対して犯した罪に関連していると考えています。

 だから、彼女に対して罪を犯していない飯倉さんは『肩書』も能力も与えられていない……というのは、一応の理屈の通った仮説であるように思えます」

「じゃあ、絵里利ちゃんはどうしてここにいるのぉ? 間違えて来ちゃったってことぉ?」

「いえ……哀田アリスの死に責任がないとはいっても、やはり彼女と面識がある飯倉さんがまったくの偶然でここにいるということは考えづらいです。必須ではないかもしれないが、何らかの役割を持っていると考えるのが自然でしょう。例えば……私たちの『犯人』探しを見届ける『観覧者オーディエンス』……あるいは、その公平性を判断する『審判者ジャッジ』のような位置づけ……とか?」


「えぇー?」

 その仮説に、静海は納得いっていないようだった。

「そんなむづかしい言い訳考えるよりぃ、シンプルに絵里利ちゃんが『犯人』ってことにしちゃえばよくなぁい?

 だいたい、『学校の外で起きて中に入ってきた』とかも、絵里利ちゃんが勝手に言ってるだけじゃぁん? ホントは、普通にシズたちみたいにこの学校の中で目ぇ覚ましたんじゃないのぉ?」

「だ、だから、そんなわけないでしょっ! 私は本当に、この学校の外から……」

「まあ、それらの可能性も今のところは否定できないですね」

「ちょ、ちょっとっ⁉ ディミ子ちゃんまでっ!」

 やっぱりディミ子ちゃんも、完全に私のことを信じてくれているわけではないみたいだった。



 ああ、もうっ! どうしてこうなっちゃうんだよっ!

 全裸にされてボディチェックまでうけたのに、結局私のことを『犯人』だとか決めつけてさっ! だから、カードの話はしたくなかったんだよっ!

 どうせ、この後もどれだけ言い訳したって、私のことを信じてなんかくれないんでしょっ! 私のことを疑って、『犯人』だっていうつもりなんでしょっ⁉

 でもそれって結局、自分が疑われるのがやだから、突然やってきたイレギュラーっぽい存在の私に、罪をなすりつけてるだけじゃん! 裏を返せば、みんな自分がアリスに対してやましいことがあって、助かりたいってだけじゃないの⁉

 そこまで考ええると、なんだか必死に言い訳をしていた自分がバカらしくなってきた。


 だいたい、私の目の前にいるこの人たちは、結局は全員アリスを傷つけた罪人なんだ。アリスをイジメていたのを認めていて、人を殺すことをなんとも思わないサイコな静海はもちろん。それ以外の人だって、あいつと同じような人たちってことなんだ。

 『臆病者』だったり『卑怯者』だったり『嘘つき』だったり……何かしら、アリスに対してひどいことをしていたに違いないんだ。

 そんな奴らに、どうして私が言い訳とかして、信じてもらおうと努力しなくちゃいけないの? アリスをイジメて自殺させたかもしれない奴らのことなんか、知ったことかよ!


 だんだん、この図書室が自分にとってすごく居心地が悪い場所に思えてきた。自分以外の四人が、根本的に相容れない胸糞の悪い人間でしかない気がしてきた。

「……もう、やってらんないよ!」

 そして私は四人に背を向けて、図書室の出入り口に向かって、歩き出してしまった。

 このわけの分からない空間で、こんな信用できない人たちと一緒にいるよりも、一人でいたほうがいいって思えた。だから、ここからは彼女たちとは別れて、別行動をとることにしたんだ。


「あ……あの! ……あぅ」

 視界の端で、『嘘つき』の大神先輩が一瞬何か言おうとして、やっぱりすぐに口を閉じて、オロオロとしているのが分かった。

「あれぇー? 絵里利ちゃん逃げるのぉ? やっぱり図星だったのかなぁー?」

「このタイミングで出ていくのは、ちょっと怪しいよね」

「まあ、飯倉さんが出ていくというのなら、私は止めはしませんが……」

 静海と千衣とディミ子ちゃんのそんな声も聞こえてくる。

 でも、今の私には何の未練もない。彼女たちを無視して、私は廊下に出るために図書室のドアに手をかけた。


 そこで。

 ディミ子ちゃんの予想外な言葉が耳に入ってきた。

「ただ。飯倉さんにはあと一つ、どうしても私から言っておかなければいけないことがあります。実は……この学校にはあと『二人』、私たちと同じような境遇の人間が存在しています」

「え……」

 私は一瞬、手と足を止めてしまう。

「特にそのうちの一人は、私にも手に負えないようなかなりの要注意人物で……」

「そ、そんなの、知らないよ!」

 でも、そこで話を聞いていたら、またこの人たちのペースに巻き込まれてしまいそうだ。それが癪に障る気がして、私はディミ子ちゃんの言葉を今度こそ無視する。


 そして、図書室の出口の引き戸を引いて、廊下へと出……ようとした。


 ぽよん。

「うぷっ⁉」


 でもそこで、廊下にあった「とてつもなく弾力のあるなにか」によって、私はまた無理やり図書室に押し返されてしまった。


「うふふ……」

 思わずその場に尻もちをついてしまった私が、何が起きたのかと見上げる。すると……。

「あらあら……。廊下を歩くときは、ちゃんと前を見なくちゃだめよ?」


 そこには、金髪ロングヘアの大人の女性が立っていた。

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