17:06 図書室
「……」
なぜか静海は、言葉の途中で黙ってしまった。
あれ?
えー……と? この子、何がしたいの?
『シャッフル』とか、みんなぶっ殺すとか。最後なんて、『舌を噛んで死んじゃえ』とか……言おうとしてなかった? 意味分かんないし、普通に物騒過ぎるし。しかも、なんか急に黙っちゃうし。
私はそこで、真後ろで私の首をロックしていた静海の腕に触れた。そして、驚いてしまった。
彼女の腕は、さっきまではプニプニしてて柔らかい、普通の女の子の腕だった。だけどそれが今は、触ってもビクともしなくて、石みたいに固くなっていたから。
え……? な、何これ?
腕だけじゃない。
首を回して静海のほうを振り返った私は、そこで彼女の体全体が……「何かを叫ぼうとしていたさっきの状態」のまま、ビデオの一時停止みたいに止まってしまっていることに気付いた。
あ、でもよく見ると微妙に顔をヒクつかせているから、完全に一時停止ってわけでもないみたいだ。
試しに、腕の隙間から彼女のヘッドロックを脱出してみる。
本当なら、彼女はそれを邪魔したり、何かしらの抵抗をしてくるかと思ったけど……やっぱり今はそれもない。だから私は、すんなりと彼女の拘束から逃れることが出来てしまった。
この子、突然金縛りにでもかかったの? それも、何か言おうとしていた、あんなすごい中途半端なタイミングで……。
ふと、テーブルの向かいの席にいた銀髪のディミ子ちゃんのほうに視線を向ける。
彼女は、黙ってまっすぐに静海のことを見ていた。「口を閉じ」て、ピクリとも動かず、獲物を狙う野生動物のような鋭い目で。
「……」
「……?」
その場の誰も、何も言わない。私も、状況がよく分からず、無言で呆然としている。
やがて……。
時間にしたら、多分十秒くらい。でも、体感としては数十分くらいに思えるような、張り詰めた時間のあと。
「……まったく、いい加減にしてください」
ディミ子ちゃんがそう言って、紅茶のカップに口をつけた。
するとそれをきっかけにして、その場を支配していた緊張感は解除された。
「……っぷはぁっ! はあ……はあ……はあ……はあ……」
急に止まってしまった静海も、また動き始めた。
「ちょ、ちょっと、ディミ子ちゃぁん! い、いきなり、何すんのぉっ⁉ 心臓止まるかと思ったじゃんんっ!」
「『いきなり何すんの?』は、私が言いたいセリフです。
あまり先走った行動は慎んでくださいと、私、既に不破さんに言いませんでしたか?」
「わ、わ、分かってるよぉー? あ、あんなの、ただの冗談に決まってるじゃぁーんっ! あぁー、もしかしてもしかして、シズが本当に、あのまま『命令』すると思ったぁー? 一度にみんなのことぶっ殺すとか、本気にしちゃったぁー⁉ もぉーやだぁー! そんなこと、するはずないじゃぁーん! きゃははは……」
相変わらず訳の分からないことを言う静海に、私の混乱が増す。しかも、今度は……。
「信用できませんね。ただでさえ貴女はさっき独断で行動して、体育館にいた白石琴乃さんを殺害してしまったのでしょう? もしかしたら彼女は、この世界に閉じ込めれている私たちにとって重要な役割を持っていたかもしれないのに。
だから、そんな勝手なことをする貴女に……」
「さ、殺害っ⁉」
礼儀知らずでエキセントリックな静海だけならまだしも。
今までずっと冷静で常識的な態度だったディミ子ちゃんまで、そんな物騒な言葉を言ったんだ。私は思わず、声を上げてしまった。
「あ、あれは、アイツが悪いんだもぉーんっ!
シズたちが体育館調べようと思ったら、バスケコートのところにいきなり白石ちゃんが眠ってて……ちょっとビックリしちゃったんだもぉーんっ!」
「ですから。その程度のことで彼女を殺してしまったこと自体が、先走った愚かな行為だと言っているつもりなのですけれど?」
「で、でもでも! シズだって、最初から本気で殺そうなんて、思ってなかったよぉっ⁉ 適当に遊んであげたら、そのあとでちゃんとここに連れてくるつもりだったしぃっ! だ、だけどぉ……そのうちに白石ちゃんがちょーしにのって反撃してきたりしてぇ、ムカついちゃったから仕方なく……」
「へー、そうだったんだ? 私には、『コイツ犯人じゃね?』とか言って白石が起きた瞬間に殺そうとしてたように見えたけど」
「う、うるっさいなぁっ! 千衣は黙っててっ!」
「ちょっ、ちょっと、ちょっとっ! 一体さっきから、みんなは何を言ってるのっ⁉」
話に割って入ったのは、私だ。突然大声をあげた私に驚いて、ディミ子ちゃんと静海、それから何故か静海に煽るようなことを言っていた千衣も、黙って視線をこっちに向けた。
「殺害とか、殺すとか……そ、そんなの冗談だよね? っていうか私には、さっきから起きてることの意味が、全然分かんなくって……」
「ああ、そうでしたね。飯倉さんには、説明が必要ですよね」
そこでやっと、ディミ子ちゃんは最初の落ち着いた口調に戻ってくれた。
「そ、そうだよ! 説明してよ!」
「実は……先程私は、自分たちは『どうしてこんな世界にいるのか分からない』と言いましたが、それはあくまでも『自分たちがどうやってこんな世界にやってきたのかが分からない』という、HOWの意味だったのです。
私たちをこんな目に合わせている『首謀者』が誰なのか? そして、その『彼女』が『なぜ私たちをここに呼んだのか?』というWHYについては、既に可能性の高い推測を立てることが出来ているのです」
そう言って、ディミ子ちゃんは制服の胸ポケットから小さな名刺サイズのカードを出して、私に見えるようにそれをテーブルの上に置いた。
「え? 首謀者、って……」
自然と、私の視線は彼女が置いたカードのほうへ向けられる。それは、本当に何の変哲もない、プラスチックのような素材の無地のカードだ。表面には、何か文字のようなものが書いてあるのが分かった。
「この学校で目覚めたとき、私たちはそれぞれが目覚めた場所のすぐ近くで、誰もが例外なくこのような小さなカードを発見していたようなのです。
そのカードには、私たちがこの世界に呼ばれた理由である『肩書』と……その『肩書』に関連する、普通ならありえないような奇妙な能力の説明が書かれていました」
「え? 『肩書』と、能力……?」
ディミ子ちゃんは私にうなづいてから、他の三人に視線を送る。
すると、大神先輩はちょっと戸惑うようなそぶりをしながら。静海と千衣は最初嫌そうにしていたけれど、結局渋々と。
懐からディミ子ちゃんと同じようなカードを取り出して、テーブルの上に並べた。
彼女たちが見せてくれたカードには、それぞれにこんな文面が書いてあった。
“あなたは臆病者です。
あなたと目が合った人間一人の体を、その場に固定して動けなくさせることが出来ます。そのときあなたが口を閉じていれば、動きを止めている相手は言葉を発することも出来なくなります。ただし、動きを止めている間にあなた自身が少しでも動いてしまった場合は、効果は無効となります”
“あなたは嘘つきです。
あなたがついた嘘は、それを知った全ての人間が信じた場合にのみ、真実になります。ただし、あなたがついた嘘を誰かに目の前で嘘と告発された場合、あなたは死にます。”
“あなたは独裁者です。
シャッフルの掛け声を聞いた人間に番号を振り、その番号を指定して命令したことを実行させることが出来ます。ただし、物理的に実行不可能な命令は無効となります。シャッフルから五秒以内に命令を言わない場合も、効果は無効となります”
“あなたは卑怯者です。
誰か一人の視界から、何か一つのものを隠すことが出来ます。ただし、隠されている相手が隠しているものに触れてしまった場合は、効果は無効となります”
「『臆病者』に『嘘つき』に『独裁者』に、『卑怯者』……?
え、えーっと、これって……?」
パッと見は「人狼」とかそういう類の、何かのゲームで使うカードのようにも見える。イマイチ意味が分からない私に、ディミ子ちゃんは微笑みながら、こう続けた。
「この『肩書』は、私たちが背負っている罪です。私たちが、哀田アリスに対して犯した罪……その、罪状です。ここにいる私たちは、誰もが哀田アリスを傷つけた罪人なのです」
「あ、哀田……アリス⁉」
「罪人である私たちは、カードに書かれた能力を使って、この中で最も重い罪を持つ人間を見つけ出さなければならない。哀田アリスを追い詰め、彼女を自殺させた『犯人』を見つけて……哀田アリスの復讐を果たさなければいけないのです」
彼女は自分が出した『臆病者』のカードを裏返す。それから、テーブルの上にある他の人が出したカードについても、順番に裏返していった。
全てのカードの裏面には全く同じ文面で、こんな言葉が書かれていた。
“十月二十八日 午後八時三十分
私、哀田アリスは校舎の屋上から飛び降り自殺をしました。
この世界から脱出するには、私が飛び降りてしまう前に、あなたたちの中で私の死に最も責任がある犯人を見つけ出して、殺害してください。”
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