16:33 体育館(一階)
ナイフで自ら心臓を一突きにした白石琴乃の体は、その場に前のめりに倒れた。
不思議と、傷口から勢いよく血が噴き出したりはしない。ただ、彼女の体は泥人形のようにボロボロになりながら、体育館の床に崩れ落ちていく。そして、その肉片もやがて氷が溶けるように真っ赤な鮮血に変わっていき、最後には一つの大きな血だまりとなってしまった。
「うえぇぇー。きもーい」
まるで映画かゲームでも見ているかのように他人事として、変わり果てた琴乃を見下ろしている不破静海。彼女はなんとかバスケットゴールから抜け出していて、おかげで『怠け者』による三方向からの攻撃もギリギリのところで回避することが出来ていた。
「シズちゃん、大丈夫だった?」
ヘッドホンを外したメガネの少女――鶴井千衣――が、静海のそばに駆け寄ってくる。
「さっきのって、なんていうか……すごい間一髪だったよね? 怪我とか、してない?」
いつの間にか擦りむいていたらしい静海の腕に気付き、手を伸ばす千衣。しかし静海は、そんな千衣の手を乱暴に払う。
「ってかさぁ……コイツって、結局どうだったのぉ? 当たりだったのぉ? それともハズレ?」
「え……どうだろう? そんなの、私に聞かれても分かるわけないと思うけど……。でも、いまだに私たちが元の世界に戻れてないってことは、やっぱり違ったんじゃない?」
「はぁぁぁー? マジで言ってんの、それえぇー?」
千衣につかみかかる静海。
「シズがあんなに頑張ったのにぃ、コイツ、『犯人』じゃなかったってことぉーっ⁉」
「いやまあ……多分だけどね」
「何それえっ! ふっざけんなよぉーっ! マジ意味わかんないしっ!
ってかさぁ、だいたい千衣がもっと早くコイツの耳栓外してたら、シズがこんな苦戦することなかったんじゃないのぉっ⁉ これって、全部千衣のせいでしょっ⁉」
「えぇー……」
自分の思惑が外れたことと、琴乃から思わぬ反撃を受けてしまったことを、一緒くたにして責め立てる静海。千衣は、そんな彼女に反論を試みる。
「い、いやー、でもだって……私の『卑怯者』の能力は、『誰か一人の視界から、何か一つの物を隠す』だけでしょ? しかも、隠している相手が隠している物に触っちゃったら、それも解除されちゃうみたいだし……。
だから、さっきみたいに『白石の視界』から『私の姿』を隠していた場合は、私が、耳をふさいでいるあいつの手を動かそうとした時点で、私はあいつに見えるようになっちゃうんだよ? つまり私としては、シズちゃんが確実にあいつに『命令』出来る瞬間ギリギリまで、あいつには近づけなかったっていうことでしょ? だから……」
「ごちゃごちゃうっさいよっ! どうせアンタのことだから、あのまま放っておいてシズがやられちゃえばいい、とか思ってたんでしょっ⁉」
「えぇー……。んなわけないじゃん……」
「マジムカつくっ! 千衣、後で覚えときなよっ!」
そう言い捨てて、千衣を置いてさっさと出口のほうに向かってしまう静海。
千衣は、そんな彼女の背中をしばらく見ていたかと思うと、
「……うざ」
とつぶやいた。
「は? 千衣、今なんか言った⁉」
「え、ううん。別に何も」
「あぁっ! これだから『卑怯者』は!」
「…………はいはい、っと」
そんな険悪なムードのまま、二人は体育館をあとにした。
――――――――――――――――――――
×
『怠け者』ドミノ倒しのように力を伝播させる
●
『独裁者』番号を振って命令を実行させる
●
『卑怯者』誰か一人の視界から何か一つを隠す
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