【走馬灯】

 あれは、僕がいつもみたいに後輩の女の子たちに連れられて放課後の部活に行くときのことだから……午後三時半くらいだったと思うよ。

 ほら。僕って、助っ人とか練習相手として、運動部から呼ばれることがあったって言ったよね?


 だから『あの日』もさ、女子バレ部と女子サッカー部の子から二人同時に部活に来てほしいなんて、お願いされちゃっててさ。

 まあ、体動かすこと自体は嫌いじゃないし? 可愛い女の子たちにチヤホヤしてもらえるのも悪い気はしなかったから、なるべく引き受けたいとは思ったんだけど……でも、それにしたって僕の体は一つしかないわけじゃない?

 だから、二人からお願いされちゃったらどっちの部活に行くのか決めなくちゃいけないってことになるわけで……まあ、それは単純にめんどくさかったよね。

 で、結局はその二つのうちの……。

 あ、違う違う。その話じゃなかったね。本題に戻ろう。



 つまり、そうやって二人の女の子に手を引かれて、体育館とグラウンドのほうへ歩いていたときに、偶然「彼女」に会ったんだよ。


 うーん……。

 正直、パッと見ただけで分かるくらいに「普通じゃない」感じだったね。

 目は、焦点が定まってないっていうか血走ってるって感じで、息も荒い。しかも、下を向いて一人で何かボソボソつぶやいてるんだよ? 「やるしかない……」とか、「覚悟を決めなきゃ……」とか。

 ね? 明らかに、ヤバいでしょ?


 ほら。ここってそんなに大きい高校じゃないし、全校生徒の数も二百人ちょっとくらいしかいないでしょ? だから噂とかゴシップの類は、結構すぐに広がるんだよね。つまり、「彼女」が静海たちにイジメられてるっていうのも、割と有名な話だったんだよ。

 僕だって、一緒にいた後輩たちだって、そのことは当然知ってた。


 でもみんな、知ってても普段はいちいちそんなの気にしたりはしないんだよね。自分に関係ないトラブルに、自分から首突っ込んだりしない。そんなの、めんどくさいだけでしょ? みんな自分のことで手いっぱいで、他人のことまで関わってなんかいられないのさ。

 だから、本当なら僕もそんな感じで、「彼女」のことなんかすぐに忘れちゃってたと思う。地球の反対側で起きた殺人事件くらいに、完全に無関係で無関心だったと思う。


 だけど……。

 その日はちょっと、ヤバさが尋常じゃなかったっていうか……放っておくと何するか分からないような、危険な状態に見えたんだよね……。後輩の子たちも、ちょっとヒイちゃってたくらいでさ。

 このまま何事もなかったみたいに部活に行っちゃうと、僕の「カッコいい先輩」っていう面目にかかわる……っていうかさ。


 で、ちょうどそのとき思い出したんだけど……。

 そういえば最近新しくなった生徒会が、生徒が困ったことをなんでも相談できる「目安箱」みたいのを、校内に作ってたはずなんだよ。しかも周囲を見回してみたら、ちょうど近くにその箱が有るわけさ。

 だから僕、後輩の子の一人にお願いして、そこに投書してもらったんだ。彼女が「誰かにイジメられてる」ってことと、「なんか最近思い詰めてるっぽいから相談にのってあげたら?」ってことをね。


 それで、気分的には終了って感じかな。やるべきことはやったし、「カッコいい先輩」としての役割は十分に果たした。これ以上は本人の問題でしょ?

 そのあとは、普通にいつも通り運動部のヘルプに行って、下校時刻まで体育館で部活やってたね。ああ、うん。結局その日は、投書をしてくれた女子バレの子のほうに行ったんだ。



 例えば……もしもあのときの僕が、体育館にもグラウンドにも行かないで「彼女」を追いかけていたら? 「なんか困ってることでもあるの?」って、「彼女」の話を聞いてあげてたら?

 そうしたら、何かが変わったかもしれない?

 「あんなこと」には、ならなかったかもしれない?


 でもさ。

 さっきも言ったけど……正直そんなの、めんどくさいんだよ。


 他人の悩み相談なんて、ごめんだね。

 手っ取り早い方法でケリをつけて、それで自分的に納得出来るなら、それでいいでしょ?

 その投書が、そのあとどうなったか? そんなの知らないよ。僕の中では「彼女」……哀田あいだアリスのことは、もうとっくに済んだことなんだからさ。



 僕はさ、自分がやりたいことだけやってたいの。自分が楽しく過ごせれば、それでいい。他人がどうなったって、そんなの知ったことじゃないわけ。

 誰か本当に困っている人がいたとしても……きっとそれは、僕以外の他の誰かがなんとかするんじゃない?


 こんな僕って、『怠け者』なのかな?

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