第4話 僕、神様の言うことを信じてみる
「ラゼル。ラゼル・パクニジャムだ!」
僕の叫びにも名乗りに、山羊頭はうなずいた。
身体は大きく、筋肉もすごい。真っ向勝負では、勝てる気がしない。
そんな山羊頭の口が、静かに開いた。
『我が名はバフォメット。この地の真の主なり。不快極まる侵入者よ。命をもって、代償とするがいい』
「ばかなっ……! バフォメットが、なぜこんなダンジョンに……」
アスラさんから、声が漏れた。それも仕方がないことだ。
バフォメットといえば、魔人に限りなく近いとされる上級モンスター。
ここは敵が多いとはいえ中級のダンジョン。限りなく異例のことだった。
『我はもとよりこの地の主。我は卑怯を好まん。故に姑息な攻略を試みたパーティーを討ち滅ぼした。しかし一人のみ取り逃がした。いら立ちが収まらぬゆえ、全ての侵入者を贄にすることとした』
「そんな……」
「待て! 私はともかく、こっちの男はその姑息な攻略の被害者だ! 私が相手に立つ、この男だけは通してやってくれ!」
『ならぬ!』
バフォメットがアスラさんの説得をはねつける。
どうやらこちらの言い分を聞くつもりはないらしい。
だったら。
「……押し通るしか、ありませんよね。僕も戦います」
「やれるんだな」
アスラさんの隣に立つ。
紅い瞳が僕を見る。それに応えて、ただうなずいた。
「よし! ならば二人で突破してやろう。行くぞ!」
「はいっ!」
『甘い』
僕たちが左右から攻めかかろうとする直前、バフォメットは両手を広げた。
それだけで、魔法陣が僕たちを取り囲んでしまう。
だけど僕にも、ユニークスキルがある!
「ロールバック!」
『またその面妖なスキルか!』
「変な神様が言ってたんだ。ユニークスキルだって」
魔法陣が巻き戻しによって打ち消され、バフォメットがうなる。
だが僕の残り魔力も、決して多いわけじゃない。
「こっちだ! フライングスラッシュ!」
いつの間にか横合いへと回っていたアスラさんが、スキルを放つ。
僕を助けた時と、同じ残撃。
半分に折れたはずの刀から飛ぶ斬撃は、それでも威力を落としていない。
『ちぃっ!』
バフォメットが飛び退き、間合いが生まれる。
しかし不用意には突っ込めない。
「だあああっ、ファイヤーボール!」
と、思った側からアスラさんが突っ込んで行く。
人差し指から薬指にかけて、火球を三つも灯している。
スキルの同時発動は、かなりの魔力を消費……。
『カアアッ!』
「バカ、避けろ!」
「えっ!?」
思考にとらわれていた、一瞬の出来事。
アスラさんの攻撃は、魔法陣の盾によって受け止められていた。
そして僕の目に入ったのは、バフォメットの口から飛び出した槍!
「ろ……だめだ!」
反応が遅れた分、スキルが間に合わない。石畳に転がり、回避する。
ボゴオオオオオンッッッ!
転がった先で、爆発音が僕の耳をぶん殴る。槍が爆ぜるなんて!
破片と轟音の雨が、僕を痛めつける。耳が痛い。身体が痛い。
たまらず自分の体にスキルを使う。傷は回復するが、巻戻りはないようだ。
「ぐうううっ!」
『他愛なし』
悔しさに僕はうなる。一人が潰されれば、あとは一対一。
追い詰められるアスラさんが、おぼろげな視界に入る。
「ろ……だめだ、魔力が足りない」
スキルを使おうとして、後悔した。
さっきの回復で、魔力を使い切っていた。
もはや打つ手は……。
【魔力が尽きかけて困った時、『エリア・ロールバック』と宣言するといい。それだけで神の奇跡のひとカケラが、キミのものになる】
神様の言葉を思い出す。
信じていいのかはわからない。だけど、このまま終わるほうがもっと嫌だった。
だから。
「エリア・ロールバック」
小さく、しかし確かに宣言した瞬間。目の前が一瞬真っ白になった。
しかし真っ白はほんのわずかの間だけで。霧が晴れると、光景は一変していた。
「なにをした……」
アスラさんが震えていた。
『おのれぇ……。やはり愛し子は……!』
アスラさんから遠のいていたバフォメットが、こちらをにらんでいた。
そして僕は。
「みなぎっている……?」
自分の体力と魔力が回復していた。感覚でわかる。
もしかすると、今なら。
「あァ!」
奥歯を噛み締め、気合で突っ込む。
今ならなんだってできそうな気がした。
そう。目の前に立つバフォメットを、打ち倒すことさえも。
『ぬおおおおお!』
「ロールバック!」
バフォメットが飛ばす魔法陣を、巻き戻しで打ち消す。
僕に視線が向いたところへ、アスラさんが一撃を叩き込む。
「自己流。スラッシュ・アンド・ファイヤ!」
『グヌアアアアアア!?』
「いけええええっ!」
斬撃が、火球が飛び込み、さらに僕の剣が肉へと刺さる。
これにはバフォメットもたまらなかったらしい。
雄叫びを上げ、あちこちに魔法陣を展開させた!
『オオオオオ! オオオオオオオオーーーーーーーーオオオオーーーオオオオオ!』
狂った叫びがダンジョンに響き渡る!
既に飛び退いていた僕は耳を押さえた。アスラさんもそうしている。
でもこの魔法陣を止めなければ、勝利はない!
「ロオオオオオオオオオオオオル、バックウウウウウウウウウ!!!!!!」
ありったけの声で僕は叫んだ。これで巻き戻らなければ、僕たちは死ぬ。
魔法陣がなおも広がる。重ね掛けなのか。魔力量の勝負なのか。
ともかく、僕は張り合った。叫び続けた。そして。
「貴様、ら……。うるさい、ぞ……」
最後の一撃が、静かにバフォメットの脇腹を貫いていた。
それはスキルによるものではない。魔力を込めた、刀の一刺し。
僕たちが叫び合っている間に、アスラさんがにじり寄っていた。
自分が手に持つ、半分に折れた刀。
それが刺さる位置まで、むりやり近づいたのだ。
『ゴッ……ガッ……!』
バフォメットから、奇妙なうめき声が漏れる。おそらく体力が尽きたのだろう。
アスラさんが脇腹の刀を抜くと、紫の血があふれた。
『グオ、オ……! オッ……! オ……』
バフォメットはそのまま血溜まりへと倒れ込むと、ついに動かなくなった。
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