第3話 僕、バフォメットに遭遇する

「……貴様はなぜ、あのような場所に一人でいたのだ?」


 しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはアスラさんだった。

 僕がああなったいきさつを伝えると、オーガのような怒りの表情を見せた。


「ダンという戦士だな。冒険者の風上にも置けん。出会ったら貴様に代わって始末してやるとしよう」

「いや、あの」

「貴様も貴様だ。なぜそこまで使いっぱしりにされても反抗しない!」

「ひぃ!」


 あまりの怒りっぷりに僕がなだめようとすると、今度はこっちに矛先が向いた。


「父は言っていた。『冒険者は足元を見られたら終わりだ。だから足元を見て来た奴らには思い知らせなければならない』と。貴様はそれを怠った。故にオトリに堕したのだ」

「ううっ」


 見事すぎる正論に、僕はなにも言えずに終わってしまう。

 するとアスラさんは、オーガの表情をさらに濃くした。


「男が泣くな! 私が貴様の軟弱な精神を叩き直してやる! まずはこのダンジョンの脱出からだ! 気をつけ!」

「はいぃ!」


 思わず立ち上がってしまい、直立不動で両腕を身体に密着させる。

 当然背筋は伸びているし、指先までピンと伸ばした状態だ。


「よし。貴様、このダンジョンは初めてだな。私が案内してやろう」


 アスラさんはそう言うと、近くに置いていたリュックから帳面を取り出した。

 帳面を数枚ほどめくると、目線が帳面の上をさまよい始めた。


「ふーむ、少々走りすぎたか……」


 彼女が唸る。どうやら相当深くまで来てしまったようだが。

 そういえばダンたちはどうなったのだろう。いや、心配になったのではない。

 あそこまで息巻いていたのだ、きっと突破しているだろう。

 それはそれとして、いつかは見返してやるけど。


「うむ。残念ながらかなり深くまで突き進んでしまったようだ。敵に遭遇する確率はかなり高い」


 アスラさんが僕を見て言う。足手まといになる可能性を探っているのか。

 さっきの戦いぶりから、はっきりわかる。アスラさんは間違いなく強い。

 僕が足を引っ張る可能性は、非常に高い。だけど。


「……ついて行きます」


 僕は、彼女の紅い瞳を見た。まっすぐに見た。彼女の発言を思い出す。

 アスラさんは今、僕の足元を見た。思い知らせる必要がある。

 泣いてでも、這ってでもついて行く必要がある。


「わかった。ただし弱音を吐いたら置いて行く」

「ありがとうございます」


 会話はそれだけで十分だった。

 体力も魔力も、はっきり言ってまだ本調子ではない。


 しかし僕には意志があった。

 ダンを見返したい。他の冒険者を見返したい。

 そのためならば。こんなダンジョンぐらい切り抜けてやる!


 ***


「はっ!」

「てぇい!」

「GUGYAAAAAAA!!!」


 モンスターに前後を挟まれつつも、なんとか打ち倒して僕はホッとした。

 アスラさんは、常に多数や強敵を相手するように陣取ってくれている。

 そのおかげで、僕もなんとか戦えていた。


「っ、ロールバック!」

「HUSYA!?」

「しゃがめ!」


 当然、時にはスキルに頼らざるを得ない。

 そういうわけでさっそくロールバックを駆使しているのだけど。


「ちょっと待て。貴様、今なんのスキルを使った?」


 僕を飛び越してモンスターを切り捨てたアスラさんが、ついに質問を投げてきた。


「いや、ロールバックですけど」

「初耳のスキルだぞ。どういうことだ」

「どういうことだと言われましても」


 仕方ないので、歩きがてらいきさつを説明する。

 そういえばオトリにされたことは説明したのに、スキルのことを話してなかった。

 しかし徐々にアスラさんの表情が渋くなっていく。

 ついにはモンスターよけのアイテムを取り出してしまった。


「……貴様の言うことが本当だとしたら、こんなところで死ぬ場合じゃなくなるぞ」

「死にたくないし、見返したいからついて来ているのですが」


 思わず言い返してしまう。どうも雲行きが怪しくなってきてしまった。

 神様の話だけでも伏せておくべきだったか。


「神の愛し子、ユニークスキルの持ち主を死なせるわけにはいかぬ。ここからは本気で参る。死ぬ気でついて来い!」


 そう言ってアスラさんは一人駆け出していく。

 勝手に結論を出されてしまったせいで、まだ脳が追いついていない。

 どこか遠くから悲鳴が聞こえて、僕は我に返った。

 悲鳴の正体も気になるけれど、今は生き残ることが優先だった。


「はっ、はああっ! せりゃーっ!」


 アスラさんは風のようにモンスターを斬り抜けていく。

 僕まで漏れてくる敵はほとんどいないし、いてもほとんどが重傷になっていた。

 これなら僕でも倒しやすい。一気に入口を目指していく。


「強い……」


 僕は小さく声を漏らす。決して大きくないはずの背中が、とても頼もしい。

 ダンジョン脱出も、きっと簡単だろう。心のどこかで、ゆるみが生まれていた。

 だからその光景を見た時、僕から言葉が消えた。目を疑った。


「ちぃっ……!」


 アスラさんの刀が、半分の長さに折れていた。

 山羊頭を持つ巨漢が、その頭上に手のひらを振り下ろしつつあった。


「アスラさん危ない! ロールバック!」


 一気に距離を詰め、迫る手のひらめがけてスキルを放つ。

 腕が重力に反して巻き戻り、巨漢が驚きの表情を見せた。


『何者だ』

「ラゼル。ラゼル・パクニジャム、だ!」


 アスラさんを差し置き、僕は名乗った!

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