第2話 僕、神様と会話する

 気づけばそこには、真っ白い空間が広がっていた。


「やあ、ラゼル。ラゼル・パクニジャム。お目覚めかい? いや、目覚めと言うには、ちょっと不適当か」


 僕の目の前には、変な青年がいた。

 なにが変かは分からない。でもなにかが変だった。違和感があった。


「その様子だと話が早そうだ。ボクは神様。時の神クロノスだ」

「はい?」


 思わず声が上ずった。だいたいここはどこだ。

 僕はダンジョンでオトリにされて、ヒールをめちゃくちゃに使って、で……。


「ああ、大丈夫。死後の世界とかそういうのじゃないから。まあちょっとした夢のお告げみたいなものだと思ってほしい」

「はあ」


 どうやら悪い神様に捕まったわけでも、僕が死んだというわけでもないらしい。

 ひとまず、ようやく話を聞く気になれた。


「ま、時間がないからさっくり行こう。キミはボクに愛されている」

「はい?」


 また声が上ずった。あの、ちょっと意味がわからないんですけど。


「ああ、言葉が違った。この場合の愛ってのは神様の愛で……男女のそれとは意味が違うんだ」

「はあ」

「うん。具体的に言うと、『ユニークスキル』って奴だ。知ってるかい?」

「ええ、まあ。『神様からの贈り物』とされる、強力なスキルのことですね。百年に一人とか、一万人に一人だけしか持ち主はいないとか」

「正解。で、キミはその強力なスキルの持ち主なんです。おめでとう!」


 どこかからファンファーレでも鳴りそうなくらいに、自称神様は拍手した。

 だが正直僕は頭が追いついていない。

 つまりアレか? 僕がヒールだと思いこんで使っていたのは?


「そういうことです。『巻き戻す』ってのがヒールに見えたんだろうね。ボクがキミに与えたスキルは『巻き戻しロールバック』。傷を治したり、相手を押し戻したりできる、スグレモノなんだ!」


 明るい調子で神は言うが、僕はそのテンションについていけなかった。

 最初からわかっていれば、今の僕はなかったはずなのに。

 あんなところでオトリにされたり、使い潰されたりしなかったのに。


「ん……。そうだよね。キミの怒りはわかるよ。わかることはできる。でも謝罪はできないんだ」


 神はひょうひょうと言ってのける。

 おそらく理解はしてるのだろう。

 でもそれが限界だと、彼は認めているのだ。


「ユニークスキルはね。僕たちが人間に授けたスキルの中でも、特段の例外なんだ。だから使い手が、自分で気がつかないといけない。そういう決まりになっているんだ」


 理屈にはかなっている言い分に、僕は考え込んだ。


 もし最初からユニークスキルがわかっていたら?

 僕は他の冒険者に対して、おごり高ぶった態度をとっていただろう。

 すると当然反感を買う。結局同じ結末だったかもしれない。


 そう思うと、怒りはいくらか和らいだ。


「まあ落ち着いて。ユニークスキルに気づけるとね、僕からのご褒美があるんだ。なにせ神の愛だからね。素晴らしい人間には甘いのさ」


 そう言うと神は僕の耳元へと近づいて。


「魔力が尽きかけて困った時、『エリア・ロールバック』と宣言するといい。それだけで神の奇跡のひとカケラが、キミのものになる」


 ささやき。本当にささやき程度。ただ、妙に頭に残る声だった。


「じゃあね」


 白い世界は、唐突に消えていき……。


「……んばぁ!?」

「ふぎゃあ!?」


 飛び起きて僕は、周囲を見た。石造りのダンジョンが、目の前に広がっていた。

 どうやら僕は、本当に生き延びたらしい。安心が、ため息になって吐き出された。

 と、思ったら。


「いきなり飛び起きるんじゃない! 驚いたわ!」


 ゴツン。

 ゲンコツが頭に突き刺さり、また意識が……って、あれ?

 頭を振って、ゲンコツの主を見上げる。見目麗しい女性が、そこにいた。


「……。あなたが、さきほど僕を?」

「そうだ。引きずって走っているうちに、貴様が倒れた。仕方ないのでモンスターよけのアイテムを使い、こうしてキャンプを張っている」


 口をとがらせ、明後日の方向を見ている女性。

 紅い瞳が、行く先をにらみつけている。

 その美しさは、隠してさえも匂い立つようだった。


 引き締まった腕や足、腹筋は一見露出しているように見える。

 だが実際には薄いなにかで守られている。僕の目でもわかった。

 そして胸や太もも周りといった危険な部位は、しっかり防具に包まれている。

 軽装にもかかわらず、実際の防御は固いのだ。


 先ほども見た黒のポニーテールは、よく見ると先っぽでも結われていた。

 動きやすさと美しさの両立に僕はつばを飲んだ。


「なにをジロジロ見ている。よこしまならば、置いていくぞ」

「いえ、そんなことはありません」


 ようやく視線に気づいた彼女の質問を、僕は首を振って否定した。

 ちょっと歳上っぽいけど、美人なのに。目が鋭いのが少し怖い。


「え、えと。ラゼル、と言います。助けてくださり、ありがとうございました」


 沈黙が怖いのと、まだお礼をしていなかったことに気づいて、僕は頭を下げた。

 すると彼女は、フンと鼻息を吐き。


「アスラ。行きがかりだ。気にするな」


 それだけ言って、またそっぽを向いてしまった。

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