第304話「八岐の大蛇」
美しきヒノモトの
この国の神聖なる女王が頭を下げているせいか、騒然としていた老中達はもはや驚きすぎて固唾を呑んでいる。
「頭を上げてください」
俺がそう言うと、シズカはパッと笑って俺に擦り寄ってきた。
「では、
「それは、話を聞いてみないことにはなんとも……」
近い近い。
お願いしてきたと思ったら、今度は色仕掛け。
黒絹ような長い髪から甘い香りが漂う。
シルエットに似ていると一瞬思ったけど、性格はたいそう活発なようだ。
「
「あー、あいつか。航海の途中で出逢って、俺も船を転覆させられましたよ」
将軍ミナモトのヨシイエも、憂慮した顔つきになる。
「そうなのか、
「そうなんですよ。確かに厄介な相手でしたね」
「余の軍も、軍勢を出して海より現れた
どうやら、この国にも相当な被害が出ているようだ。
「わかりました。じゃ、ちゃっちゃとやっつけてきますよ。いいな、カアラ」
俺がそう言うと、カアラが「了解しました国父様」と頷く。
「そんな簡単に請け負ってもいいのか、あれは相当な化物だぞ。首一本でも、数多の武士団が討ち取られたほどだ」
心配そうに言うヨシイエ公に、俺は笑いかける。
「ヨシイエ公、安心してください。簡単にとはいきませんが、あれぐらいの敵を相手にした経験はあります」
おそらく首が八本ある分、並の竜よりも強い。
船を転覆させたときの力を考えると、大海竜が八匹分ぐらいだろうか。魔王竜リントブルムよりも強いかもな。
アーサマの加護は、ちょっと距離が遠いので弱めだが、混沌母神の加護もある俺ならば何とか倒せる相手だ。
「おお、さすが
将軍ヨシイエは、諸手を挙げて喜んだ。
「その代わり、俺の国との友好条約はよろしく頼みますよ」
「もちろんだとも、我が国のできる最大限のことをさせてもらおう!」
どうせ
それで恩を売れるならば、安いものだ。
「大殿! 一大事にございます! この皇都に
サムライが転げるようにして、報告に入ってきた。
「
「ま、まあ大丈夫。俺がなんとかするから」
この防衛力皆無の首都に被害が及ばないように倒せることができるかなと思うと、ちょっと不安になるけど。
ここに来る前に迎え撃たないとな。
「そうだ、日本酒ってありませんか?」
「もちろん酒ならあります。もはやこうなれば、余も覚悟を決めました。おおいくさの前に、景気づけに一杯やるのも悪くないですな!」
気さくな将軍様はそう言うが、そうではない。
「こっちに少し策があるんですよ。集められるだけ酒を集めてもらえますか」
神話通りであれば、この手は効くはずだ。
こうして、
※※※
あたりに人家がないので、迎え撃つ合戦場所としてはちょうどいい。
このあたりの住民の避難も済んでいるようなので、思いっきりやれるようだ。
無駄に山登りはしないであろうから、谷を越えて皇都に向かってくるだろうと予想された。
「本当に
通るだろうという谷間に用意されたのは、都中から集められた日本酒がなみなみと注がれた八個の
ヨシイエ公にそう言われても、俺にもわかりませんとは言えないな。
「国父様のアイデアは正しいかもしれませんね。大酒飲みを指すのに、うわばみという言葉があります」
「うわばみとは、オロチのことだったな」
「そうです。蛇や竜のモンスターは、なんでも丸呑みにしてしまうんです。そのくせ、酒に弱くて酔っ払うことがあります。その弱点を突こうという、国父様の策は慧眼かと!」
すかさず、カアラがフォローしてくれる。
「なるほど。確かに
ヨシイエ公も、その言葉に頷いた。
まあ、できることはなんでもやっておこうということだ。
「ともかく酒を設置したら、しばらく離れて見ていましょう」
未曾有の大怪獣が出現し、首都の近くまで押し寄せてきているのだ。
当然、皇都からは将軍ヨシイエ公率いるサムライ軍団が出てきてわけだが。
その数は一万足らずで、思ったよりも少ない印象だった。
これが全軍なのだろうか。
和風の甲冑、大鎧に身を包んだ時代劇さながらの武士は、まちまちの武器を手にしている。
薙刀や槍など見慣れた武器の他に、意外にも改良型のクロスボウなんかを持っているサムライもいる。
巨大なオロチ相手に軍勢などあまり意味がないので、兵が少ないのは問題ない。
「どうやら
酒を見つけた
途端に、巨大なオロチの尻尾がぶんぶんと暴れだして、周りの山肌を削っていく。
「さすが、国父様の策は完璧ですね。順調に酔っ払ってるようです」
「そうだな」
カアラ、あんまり褒めるな。
確実にやれる自信などないんだから。
しかし、神話というのもバカにできないものだ。
たっぷりと酒を喰らった
「大鬼斬を持てぃ!」
将軍ヨシイエ公の命令で、一人ではとても持てないような刃渡り五メートルもある巨大な刀が持ってこられた。
横幅も厚みも規格外の大太刀だが、こんなもの人間には振れないだろ。
どう使うんだ?
そう思って見ていれば、ヨシイエ公を中心とした武士十人で持ち上げて切り下ろすらしい。
「余の祖先、ミナモトのライコウが
一種の聖剣らしく、ヨシイエ公がそう掛け声をかけると、刀身が青く光りだした。
ブンッと振り下ろすたびに凄まじい突風が起こる。
大の男が十人がかりで持ち上げてる姿は、運動会の棒倒しみたいで正直滑稽なのだが、威力だけは本物だ。
世の中にはとんでもない英雄がいるのは知ってるから、その祖先のライコウって人はすごい怪力で、この化物刀を一人で使ってたのかもしれない。
「よし、ではヨシイエ公。分担して、
「おうよ、いざオロチ退治!」
すっかりテンションの上がった将軍様は、重すぎる大太刀を抱えてよろよろふらふらと歩きながら、
途端に苦しみだして、暴れだす
「カアラ、俺達もいくぞ!」
「はい!」
俺は、カアラに抱えられると、久しぶりに『光の剣』と『中立の剣』を出現させて、出力を上げていった。
「そりゃ!」
カアラに抱えて飛んでもらって、俺は出力全開の『光の剣』でオロチの首を次々と斬り落としていく。
「おお、さすが
「お見事!」
サムライ達が、喝采をあげる。
「将軍として、余も負けてられん。皆の者次だ!」
将軍ヨシイエ公も、二本目の首をなんとか切り落とす。
こうして順調に八本首の竜の首を全滅させた。
全ての首を失い、ぐったりとする
なんだ、大したことなかったな。
「やった、勝ったぞ!」
総勢一万のサムライ達が、勝利を確信したその時だった。
「国父様!」
「こいつ、復活するのか」
どうやら、ギリシャ神話のヒュドラのように再生能力まで持っていたようだ。
「あたしが食い止めます!」
このままでは、サムライ達が危ない。
カアラも久しぶりに、大規模呪紋の詠唱を始めた。
「地上には味方の軍もいるから、ピンポイントで頼む!」
「了解です。カアラ・デモニア・デモニクスが伏して希わん、星辰のはるか彼方に輝く暁の冥王、時空の狭間より権限せしめ、我が君に仇なす敵を滅したまわんことを、メテオ・インパクト!」
空が急に暗くなって天空に星空が広がる。
そこより飛来した多数の隕石は、灼熱の鉾となって
「やったか!」
しかし、サムライ達から悲鳴が上がる。
流星の直撃で巻き上がる煙の中から、
サムライ達は、大弓やクロスボウを盛んに撃ち放つが、そんなもので倒せる敵ではない。
これは、もう俺がやるしかない。
「国父様!」
「大丈夫だ。カアラよくやった、後は俺に任せろ」
これだけは使いたくなかったがと、俺は『中立の剣』だけに力を込めて、混沌母神の加護を願った。
ヒノモトまでくるとアーサマの力は衰えるのだが、その代わり混沌母神のほうの力はビンビンなのだ。
だから、あえて『光の剣』と併用して混沌の力を抑えて使っていたのだが、こうなっては仕方がない。
なかなか死なない
もうどうなっても知らんぞという勢いで、俺は全力を出す。
俺の求めに応えて、俺にしかわからない混沌母神のニュルッとした応答が返ってくる。
「こ、国父様……」
「うぉおおおおおお!」
くすんだ銀色に輝く剣は、その出力を恐ろしいまでに増していく。
いや、これはもはや剣ではない。
その銀色の蛇は、地表の全てとともに
「国父様、お見事です……」
目の前に起こってしまった自体に、カアラも若干引いている。
「ああ。ちょっとばかし、やりすぎちゃったけど」
皇都へと続く山がちな地形が、超巨大な銀色の蛇に大きくえぐられて、見渡す限り一面平野となってしまった。
天変地異を超える、天地創造クラスの力。
混沌母神を嫁にするってのは、つまりこういうことなのだ。
ほんと、どうなってんだろうなと、自分でもその圧倒的な力に笑ってしまう。
さっきまで喝采や悲鳴を上げていたサムライ達は、もはやあんぐりと口を上げてみんな黙りこくって硬直している。
もはや、人知の理解を超えているのだ。
語りえないものについて、人は沈黙するしかない。
ともかくこうして、
あとヒノモトの地形が、ちょっと変わってしまったかもしれない。
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