第303話「大皇の勇者」

「まったく国父様は、放っておくとすぐ嫁を増やしますね」

「そう言うなカアラ。面倒かけて済まなかったな」


 難破したのを機会に、メアリードを新しい嫁にしてしまった俺はカアラに散々に言われる。

 船が転覆したあとの始末が、大変だったらしい。


 黒杉軍船を転覆させた八岐の大蛇ヤマタノオロチは、カアラ達の攻撃によって東の方に逃げていったらしい。

 海に落ちた乗組員を後方にいた補給艦に乗せて、ひっくり返った黒杉軍船をなんとか元通り立て直したものの、武装や積荷はほとんどが使い物にならなくなり、マストも全部折れてしまった。


 完全な大破となっている。

 カアラの魔法を使ったとしても、修理資材が足りないこともあり、母船はどこかの港にたどり着いて補修しないことにはどうにもならない。


「まあ、こうしてお二人も無事だったことですし、お元気でよろしいですけどねー」


 それは嫌味なのか、なんかカアラは二人目を産んだあとからちょっと気安くなったのか。

 嫌味を言うようになった。


「ハハッ、おあつらえ向きの港が見えてきたな」

「この船でも入港できるほど大きな港に、街もあるようですが、この島国は未知なので、近づいていいのか少し心配ではありますね。国父様、ほんとに大丈夫なのでしょうか」


「まあ、なんとかなるんじゃないか」


 おそらく日本だしな。

 さっそく、黒杉軍船で港に乗り込むと、港から小さな船がたくさんやってきて取り囲んだ。


「王将、言ってる言葉はわからんが、なんかケッタイな格好をした連中が船に上げてくれって、言ってるみたいだが」

「おう、上げてやってくれ」


 メアリード提督が言うケッタイな格好とは、藍色の羽織袴はおりはかまを着て刀を差したサムライだった。

 まさに日本のサムライだな。


 もちろん、メアリード達とはまったく言葉が通じないから、言語チートがある俺が話さないといけない。


「こんにちはー」

「おお、異国人のなかにヒノモトの人がおられたか!」


 苦労人そうな年配のサムライが、言葉が通じたと喜んでいる。


「私はヒノモトの将軍様よりこの港、カンドを預かる代官ウラガであります。どうかこの船の代表者に通訳してくだされ」

「この国は、ヒノモトというのか。代表者は、この俺だ」


 近所の国の港に寄ったときは、ジパングとか言ってたような気がするだが、ヒノモトが正式名称らしい。

 日本がヒノモトなら、ほとんどそのままだな。


 将軍という名前が出たし、代官がサムライの格好をしているところを見ると、すでに幕藩体制とかなのだろうか。

 俺がこの船の代表者だと聞くと、代官のウラガはびっくりした。


「なんとヒノモトの人が、この見たこともない巨大な黒船の船長とおっしゃるのか」

「いや、船長というか……」


 黒船って言われてるのかよ。

 カアラはすかさず翻訳魔法を使って、代官ウラガに説明する。


「この御方、佐渡タケル様は、西の海を統べるシレジエ王国の大将軍であり、アーサマの勇者でございます。この度は、この東の海の国にシレジエ王国を代表する使節としてまいりました」

「なんと、大皇アーサマの勇者とおっしゃられたか!」


 どうやら、この国もアーサマ信仰なんだが、大皇アーサマって訳されるのか。

 なんかカッコイイな。


「まあ、俺は大皇アーサマの勇者でもありますよ」


 誤解がないように、魔族であるカアラも俺の配下だと説明しておく。

 遥か西の大陸には魔族の王国も友好国としてあると説明すると、ウラガ代官は話についていけず目を白黒させていた。


「信じがたい話の数々ですが、実は大皇アーサマ皇女みこ様よりの勇者様の来訪のお告げがあって、お待ちしておったのです。大皇アーサマの勇者様であれば、そのようなこともありましょう。勇者様を見つけ次第、ヒノモトの首都、皇都へと案内せよとの命令が国中に出ておるのです」


 どうやらアーサマが、あらかじめお告げをしてくれてたみたいだな。

 ふーむ、それにしても将軍に皇女ひめみこか。


 どっちが偉いんだろうな。

 交易の条約を結べる相手はどっちだろ。


「それはありがたい。この国の国主にもお会い出来るだろうか。先程も言ったが、俺はシレジエ王国より友好と交易を求める使節としてきているのだが」

「それは、一介の代官である私にはなんとも答えようがございません。ともかく、今日のところはこちらの港にお泊りになられて、明朝皇都に向かわれるという手はずでいかがでしょう」


 ウラガ代官に補給の許しと、船の補修を頼むと、この港でできることはしてくれるということだった。

 国のシステムは、統一国家となっており江戸幕府のようにサムライが支配しているようだが、近くの国とは交易しており、鎖国はしていないようだった。


 なるほど、まだ外国船の脅威とかが来てないからか。

 江戸時代の日本が鎖国したのは、宣教師などが新宗教を広め、商人が奴隷貿易を始めて、いずれ欧州の列強国が日本を侵略する意図があるのではないかと警戒されたからだ。


 この世界は、どこまでいってもアーサマの教えしかないというのが大きい。

 宗教摩擦も起きないので、今のうちならば警戒を解いて、和親条約を結ぶこともできるかもしれない。


 ともかく、カンドの港に降り立つと、あたりは見物人でいっぱいだった。

 みんな口々に「黒船! 黒船!」と騒いでいる。


 いきなり黒船来航になっちゃったのか。

 元から鎖国してないみたいだから、開国してくださーいとは言わないけども。


 これは俺達がでていくと大騒ぎになりそうだなと思ったら、騒ぐ民衆をウラガ代官が静まるように叫んで、街へと誘導してくれる。

 俺達一行は、今日のところはウラガ代官の館に泊めてもらうこととなった。


 立派なお屋敷で、粗餐そさんですがと出された豪華な料理に、俺は舌鼓を打つ。


「もしや、失礼でもありましたでしょうか……」


 味噌汁をすすって涙ぐんでいる俺に、ウラガは驚く。


「いや、美味しいのですよ。ありがとうございます」


 この港は伊勢海老が取れるのか、海鮮がたっぷり入った味噌汁はまた格別だった。


「そうですか。ホッといたしました。そういえば、大皇アーサマの勇者様は、ヒノモトのお人でしたな。故郷の味は久々でしたか」

「ええ、おかげさまで故郷を思い出しました」


 ああ、このサバの味噌煮の旨味もたまらない。

 梅干しも、すっぱい!


 ほんとに、ドバドバ涙がでる。

 刺し身に醤油が使えるのも、最高だ!


「どうぞ、たくさん食べてください」

「では、遠慮なく」


 米も異国人が多い俺達に配慮してくれたのか、武士の時代に多い強飯こわめしではなく俺が食べ慣れた柔らかく炊いたご飯であった。

 あーまたなんか泣けてきた、このおにぎりの具がイクラだから、ちくしょー!


「美味しいですね」


 カアラ達も意外と行ける感じである。

 俺が、日本食を結構食べさせてたからな。


「うう……国父様、これはなんですか、お酢ですか?」


 梅干しを食べたみんなが、一斉に酸っぱいという顔になるのが笑う。

 慣れないからしょうがないが、ほとんどの人は吐き出していた。


 昔の製法で作られた梅干しなのか、俺でもきついぐらい塩気が強いやつだからな。


「梅干しだよ。体にいいんだぞ」

「身体には、良さそうですね」


 カアラにも、梅干しを勧めて食べさせると、俺の手前マズイとも言えず、目を白黒させて、冷や汗を流していた。


「種は吐き出してもいいからな」

「はひ……」


 いつも落ち着いているカアラがこんな顔するのは見たことないので、人が悪いと思ったがちょっと面白い。


     ※※※


 とりあえず、皇都へは俺がカアラに背負ってもらって飛ぶこととなった。


「いやあ、空が飛べるとはありがたいですな」


 そういうウラガ代官はどうするのかと思ったら、魔法で空を飛べる忍者がいるそうで、二人の忍者にカゴを持ってもらって運ばれるらしい。

 カンドの港から皇都まで、百キロの距離でもひとっ飛びだ。


「こんなものがあるとは、この国はすごいですね」

「いえいえ、代官でも忍者飛脚はおいそれと使えないのですよ。今回は国の一大事なので、特別です」


 それ、忍者飛脚っていうんだ。

 まさに飛脚であるが、常に忍者がくるくる回転して竜巻を起こして飛んでるので、凄まじく疲れそうである。


 飛行魔法にしても、カアラと比べて洗練さに激しく欠ける。

 そんなアクロバット飛行しなくても、もうちょっと効率のいい方法があるんじゃないだろうか。


 こうして、ヒノモトの中心にある皇都の城についた。

 江戸城のようなでっかい城を想像していたのだが、敷地は広いものの予想と違って平城であった。


「土地もそうですが、あんまり防御に適した土地ではないようですね」


 平地が開けていて商業には良さそうだが、敵に攻められたら大変じゃないだろうか。

 シレジエの王城でも、もうちょっと固い守りだし、街の周りに外壁の囲いがあるんだが。


「天下泰平で、四方に敵なし。皇女みこ様と将軍様が身を守る必要がないことこそ、我が国の誇りなのですよ」

「なるほど、そういうものですか」


 戦争続きのユーラ大陸と違って、こっちのほうはかなり平和らしい。

 酷幻想リアルファンタジーの西側は中世レベルの技術力だったが、極東のヒノモトが江戸時代ぐらいまで文化が発達してるのは、そのせいなのかもしれない。


「国父様、結構待たされますね。言ってきましょうか」

「いやいや、落ち着けカアラ。この国は、こういうものなんだよ」


 待ってる間も結構退屈しない。

 茶菓子に煎餅や、みたらし団子など懐かしい料理が出てくる。


 お宅拝見みたいな気分で、美味い茶をすすりながら眺める庭園は綺麗だし。

 すげー香りのいい畳だな、これ持って帰れないかなとか言いながら楽しんでいると、ウラガ代官が慌ててやってきた。


「将軍様がお会いになるようです。どうぞこちらに」


 将軍の間というところに通されると、映画でみたような大畳の部屋だった。

 ズラッと老中達が並び、ウラガ代官はその端っこに座る。


 真ん中に座る、精悍な顔の男が将軍であろう。

 さすが将軍、大広間に響き渡るような美声で挨拶してきた。


「お初にお目かかる。大皇アーサマの勇者殿。私は、ヒノモトの大将軍、ミナモトのヨシイエである」

「ヨシイエ公とお呼びすればいいか」


 俺がそう答えると、将軍がさっと立ち上がり、一際高い壇上から降りて俺の下にきたので老中達はあたふたとし始めた。

 この場では一番下っ端のウラガ代官など、目の前に来た将軍に、腰を抜かしそうに後ずさりしている。


 どうやら、この気安さは珍しいことのようだ。


「いや、ヨシイエでいいし、かしこまらなくても良い。驚くほど巨大な黒船に乗った佐渡タケル殿は、西の大国の大将軍と聞いている。余と同じ大将軍ならば同格であろう。西の大国シレジエとやらに、同じヒノモトの大将軍がいると聞いて、余は嬉しかった」


 そう言うとヨシイエ公は、ぎこちない仕草で手を差し出す。

 俺が手をにぎると、老中達はまたざわざわと騒ぎ出した。


 こっちの作法に合わせて握手なのかな。


「では、ヨシイエ殿。うちの国と、友好と交易をお願いしたいのだが」

「それについてなのだが……」


 ヨシイエ公が、そういいかけるとなんだか将軍の間の廊下がざわざわし始めた。

 突然、綺羅びやかでみやびな絹の衣に身を包んだ少女が入ってきた。


「それについては、わらわが説明しよう」

皇女みこ様!」


 一番偉いはずの将軍ヨシイエ公が、その場に跪く。

 なるほど、実質上はともかく将軍より皇女みこのほうが位が上らしい。


 形式上は、皇女みこがこの国の女王となるわけだろうか。

 皇女みこ様は、ヒノモトの人なのだが、黒絹のような長い髪で肌がとても白く、どこか儚げな姫だったころのシルエットを思わせる。


 それよりはとても明るい表情なのだが、なんとなく懐かしい感じがした。

 不思議と、初めて会ったような気がしない。


大皇アーサマ皇女みこ、シズカと申す。大皇アーサマの勇者よ。渡来してすぐで申し訳ないが、どうかこの国をお救いいただきたい」


 そう言うと、シズカと名乗るヒノモトの女王は、俺の前で頭を下げたのだった。

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