第302話「難破でまた嫁が増える」
あの世紀の大結婚式から一年以上が過ぎた。
思い起こすと、色々あったはずなのだが、子作りに励みに励んだ記憶しかない。
ともかく嫁に一通り子供ができる(まだ未成年の嫁とシェリーまだだが)という偉業を成し遂げて、それなりに生活が落ち着いた俺は、さらなる大航海を開始することにした。
西の新大陸への探索を果たしたので、今度は新たな新天地を求めて東へと向かう。
まずは南へ向かいぐるりとアフリ大陸を周り、一路北東を目指す。
俺が目指す国は、黄金の国ジパングである。
実際どう呼ぶかは知らないが、そういう島はあるらしい。
俺にとっての黄金は、金銀などではない。この世界でどうしても手に入らない味噌と醤油が欲しかった。
米や大豆などはすでに手に入っているのだが、味噌や醤油の原料となる
味噌や醤油だけではない。
他にも、みりんや酢、日本酒や焼酎など、麹さえあれば味わえる料理がたくさんある。
そういえば、俺はもう何年日本食を味わっていないだろう。
もちろん、
一ヶ月以上の長い航海を終えて、俺の黒杉軍船は、もうすぐ日本のあるはずの位置へとたどり着くはずであった。
しかし……。
「今度は
八本も首がある巨大な竜に遭遇して、あっけなく船がひっくり返されて、俺達は海へと放り出された。
伝説のオロチは、水を司る神とも聞くが、それも納得な勢いで凄まじい水竜巻を発生させやがった。
その力はだいたい神話レベルだな。
どうやら西洋の
「この非常時に、王将はやけに落ち着いてるもんだねえ」
一緒に海に放り出されたメアリード提督に、呆れた声で言われる。
こういうときに焦ってもしょうがない。
二人して、なんとか木切れにしがみついて漂流中である。
「この展開も、いい加減慣れっこだからね」
「あたしら船乗りより動じないとは、勇者って仕事は、ほんとに大変なんだねえ」
「まあ、そうでもあるかなあ」
「海図もない見知らぬ大海に放り出されて、あたしには絶対絶命な状況に見えるんだけど、落ち着いているのは頼もしいよ」
俺は、それだけが取り柄だからな。
伊達に死線はくぐり抜けて来てない。こう見えても、危機敵状況を打開させたらシレジエ一の男と呼ばれている。
そんな呼ばれ方されても、嬉しくもなんともないが、それはともかく。
こういう時は、暗くなると生存率が下がってしまうから、前向きに考えることが大事だ。
まずはこうして、二人して掴まれる木片があるだけラッキーと考えよう。
「難破に巻き込んでしまったメアリードには申し訳ないが、新婚のドレイク提督じゃなくてよかったかもだなあ」
奥さんのアサッテを心配させてしまうから、船長をメアリード提督にしてよかった。
ちなみに、ドレイク提督は混沌母神が出した永寿茸(寿命が倍になる薬草)の力により強引に若返らされてしまって、竜乙女である奥さんのアサッテさんと毎日のように子作りに励んでいる。
ドレイク提督は、なぜか酷くやつれた顔で「おらぁ海で死にたいから連れて行ってくれ」と必死に志願したのだが、心を鬼にして却下して正解だった。
陸の海に溺れているといい。
「あたしは巻き込まれたとは思ってないよ。こう見えてもあたしも船乗りさ。王将と一緒に海で死ねりゃ不満はないよ」
船乗りは、みんな口をそろえてそう言うなあ。
この時代の大航海は、それぐらい危険であるのは確かだが、もちろん死なせる気はない。
海でも浮かぶぐらい軽いミスリルの鎧は、こういう時にすごく役に立つ。
「大丈夫だ。鮫に襲われたって俺だったら戦えるから、メアリード一人ぐらい俺が何とか守って見せよう」
「ハハ、そりゃ期待してるよ」
あとは波に揺られるしかないのだが、少し天候も回復してきた。
さっきの荒れ狂う嵐が嘘のように、雲間から光が差し込む。
「それに、俺は勇者だから案外とどうにかなるもんさ。ほら、島が見えてきたぞ」
「ほんとだ。これも女神様のご加護かねえ……」
女神アーサマも、俺の嫁だからな。
この遥か遠く東の海まではアーサマの力もあまり届かないが、土壇場ではなんとかなるもんだ。
俺とメアリードは、全力のバタ足で、小さな島へとたどり着く。
これでまた無人島のサバイバル生活か。
「サバイバルもたまには悪くないけど、やっぱり無人島か?」
「人っ子一人見当たらないみたいだねえ」
地球の時の感覚だと、このあたりで東洋の文明圏と突き当たってもおかしくない。
もしかすると、無人島と思ってたら実は現地人が居てって展開を期待したのだが、それはなかった。
小一時間で登れる島の小高い丘から、三角形の形をした島全体が見渡せるほどの小さな島だった。
文明の痕跡はまったくない。
「しょうがない。ゆっくりサバイバルしながら、救助を待つしか無いな」
船の乗組員にはカアラ達、空を飛べるものもいたから、待ってればそのうち発見してくれるだろう。
島には木がたくさん生えているので、剣で木を切って使えばサバイバルには困らない。
「ありがたいね。丘の麓に綺麗な湧き水もあるよ」
「待てメアリード。綺麗に見えても、島の水は危ないから蒸留してから飲もう」
俺は脱いだミスリルの鎧を分解して、胴体の部分を鍋替わりにして、淡水らしい湧き水を汲む。
下から集めた焚き木を燃やして沸騰させ、滴り落ちる水滴をポーション瓶に溜めて飲料水を確保した。
「王将は、器用なもんだねえ」
「もうこういうのも慣れっこだからな」
「おい! なんでいきなり脱ぐんだ」
「飲んじゃまずいかもだけど、湧き水で身体を綺麗にするぐらいはいいだろう」
うーんまあいいか。
言われてみれば、身体が塩水でベトベトする。
身体を洗って、軽く洗濯もしておいたほうがいい。
「実は俺、石鹸持ってきてるんだよね」
「プッ、ほんとに王将は物持ちがいいねえ」
笑われてしまった。
この非常時に、そういうのを気にする俺のほうが悪かった。
パンツはもう葉っぱでいいだろうと、そこらにある南国風のでっかい葉っぱを蔦で腰に巻いた。
腰ミノを巻いて、すっかり原始人気分だ。
少しウエーブのかかった黒髪メアリードは、やはり海の女か。
フラガールみたいな姿がやけに似合っている。
美しい顔を台無しにしていた古傷もすっかりと消えて、スタイルの良い肢体に葉っぱを撒いただけの姿は、エキゾチックな魅力を感じさせる。
これで頭に花の髪飾りでも付ければ似合いそうだから、あとで探してみるかな。
季候はやたらと暖かいから、これで焚き火でもしておけば風邪をひくこともないので余裕がある。
後は食べ物を探していると、凄いものを見つけた。
「これはすごい、原種のパイナップルなのかな」
「こんなイガイガした実が食べられるのかい?」
「俺が、知ってる果物ならばだが……」
食べ物に関しては解毒ポーションに在庫があるから、冒険できる。
切り倒した丸太をまな板がわりにして、俺は硬い殻に覆われた実を切断する。
「なんだか、いい匂いだね」
「うん、これはいけそうだ。うわ、酸っぱい」
スライスした実を口に入れて噛みしめると、さわやかな酸味と甘味が交じり合った汁が吹き出してきた。
懐かしい、これはパイナップルの味だ。
「あたしにもおくれよ。くぅ、酸っぱい。でも甘くて美味しいね」
酸っぱそうに眼をつぶるので笑ってしまった。
でも甘くて美味しいのだ。
「まだたくさん生えてるから、これでデザートには困らないな」
「じゃあ、あたしは魚でも釣ってくるかね」
船乗りであるメアリードは釣りも得意だ。
メアリードが魚を釣っている間に、俺は穴を掘って本格的に焚き火ができるスペースを作ると、さっきの葉っぱを大量にしいて屋根まで作った。
そうこうしているうちに、あたりはすっかり夜である。
メアリードが釣ってきた魚を塩焼きにして、豪快にかぶりつく。美味い!
「焼き魚とパイナップルで、お腹いっぱいになっちゃったな」
後は、割とポピュラーなハーブであるレモングラスが見つかったのでお茶にして飲んでみる。
口当たり爽やかだ。
「ちょっと早いけど、寝るとするかい」
「そうだなあ、他にすることもないしな」
「あたしを抱かないのかい?」
思わずお茶を噴いてしまった。
「いきなり何を言い出すんだメアリード」
「いきなり、じゃないだろ」
「うーむ」
「この航海に誘ってくれたときから、あたしの番がくるんじゃないかってやきもきしてたんだけど」
「そうだったのか」
道理で、いつもより格好が可愛らしいなーとは思っていたのだ。
だが、そこまで思われているとは思わなかった。
「あたしに女らしくしろって、美容ポーションで古傷を癒やしてくれたのは王将だったじゃないか。そんなことを言われたら、期待するだろ」
「そうか」
「王将は相変わらず鈍感だねえ。あたしみたいな女が、言われるままに古傷を治した段階で気がついてほしいよ。本当は、もっと雰囲気の良い誘い方をして欲しかったんだけどね」
「それは、気が付かなくてすまなかった」
俺は隠し持っていたサファイアの結婚指輪を、メアリードに渡す。
「なんでこんなものを?」
メアリードは心底びっくりした顔だ。
「言いにくいんだが、いつ嫁ができてもいいように持ち歩いてるんだよ。最近こういうことが多いから」
碧い宝玉は、メアリードの碧い瞳の色を思わせる。
なんとなくサファイアの指輪を持ってきてしまったのは、こういうことがあるって無意識に自分でも思っていたからかもしれない。
指輪の輪っかはミスリルでできており、ある程度伸縮がきいて、誰につけても合うようにできていたりする。
備えあれば憂い無しというからな。
「ぷふっ」
「おい笑うなって」
「まったく、王将は気が利かないんだか気が利きすぎるんだか、奔放なんだか誠実なんだか本当にわからないねえ。まあいいさ、これをくれるってことは男として責任を取ってくれるってことなんだろう」
「ああ、もちろんだよ。メアリード、これからは……いや、これからもだな。公私ともに、よろしく頼む」
俺の気が利かないせいで、メアリードのほうに告白させてしまったが、しっかりと俺からプロポーズし直す。
「喜んで……」
サファイアの指輪を受け取って指にはめるメアリードは、涙ぐんでいた。
いまさら迷うことなどない俺は、ゆっくりとメアリードを抱きしめて、そのまま葉っぱのベッドに押し倒した。
初めてが野外というのはどうかとも思うが、夜空はとても美しいし、聞こえる物といったら波の音と
考えようによっては、ロマンティックかもしれない。
こうして南国の夜はふけていき、すっかり夫婦の契りを終えた俺達は、次の日の昼過ぎに無事、捜索隊に発見されるのだった。
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