第299話「結婚前夜」

 オープン型の巨大馬車が大量に連なり、大名行列と化した結婚パレードは、教皇国ラヴェンナへと入った。

 そして、順調にタリア半島を南下して目的地、聖都ラヴェンナが見えてきた。


「ほら、タケル。またお客さんがきたからキスするわよ」


 サラちゃんがまたキスしてくる。


「いや、普通の街でそれいらなくないか?」

「だって盛り上がるじゃない、みんな喜んでるわよ」


 そりゃ、盛り上がるだろうけどさ。

 俺の羞恥心が犠牲になってる。


 俺だって他人事だったら笑うもん。

 なんで女の子って、人前で平気でキスできるんだろ。


「これまではサラ女伯爵の領内だったから譲りましたけど、いい加減サラさんばっかり、ずるいですよ!」

「ご主人様、近頃私達がおざなりなんじゃないですか」


「あーそうだな。妻は平等にすべきだよな」


 奴隷少女のシェリーとコレットに非難されてしまう。

 邪険にしているわけじゃないのだ。どうもお前達は、俺に一番近いからおざなりになってしまう。


 あと、お前らに一人キスするとさ。


「ご主人様、あたしもチュー!」

「お願いします……」


 ほら、全員にすることになっちゃうから!

 結局また、意味もなくキスラッシュに入った。


 本当に何が面白いのかしらないが、俺がキスするたびに通りの観客は盛り上がるし。

 こんなことやってたら、勇者ハーレム伝説が出来上がるのも無理はない。


「まあ、いいか」


 このパレードももうすぐ終わり。

 聖都ラヴェンナはすでに目の先だ。


 俺達の馬車は、壮麗を絵に描いたような都に入る。

 ラヴェンナは聖地を中心に発展した街並みは美しく、ところどころにパルテノン宮殿みたいな世界遺産レベルの建物が乱立している。


 さすがはリアル女神降臨の世界統一宗教の聖地である。

 正味の話、宗教は王様より商人より、ずっと儲かる商売なのだ。


「金があるんだろうなあ」

「金はあるぞ。教皇国では、才気ある芸術家や建築家を多数抱えておるからな。聖都は世界の央華と呼ばれ、芸術の都としても有名なのだ」


 えっへんと、幼女教皇アナスタシア二世が自慢する。

 芸術家を保護してるのは偉いと思うけど、教皇が金はあるぞってのはどうだろうと苦笑する。


「だがまあ、確かに素晴らしい街並みだ」


 純白の大理石だけではない、極彩色に浮かし彫りされた彫刻なども飾られている。

 大理石の神殿もいいが、ちょっとした広場にある新規な彫刻にも、ハッとするような面白さがある。


 そんな新しい美と、古都らしい美の調和が各所に見て取れる。

 結果として、街全体が壮麗に輝く、芸術の都となっているのだ。


「うちも、ラヴェンナを目指して都の設計をしているそうですね」


 そう言うのは、幼女皇帝エリザベート。


「そういえば、帝都には似たような様式の建物がけっこうあるな」


 エレオノラも口を挟む。


「うちは古さでは勝てないから、ラヴェンナにはない新しい芸術の街を目指してるわ」


 そうだな、教皇国と同じように金があるランクト公国は、多くの画家を保護して絵画技術の発展に努めている。

 ランクトの街は精緻な木工細工でも有名なのだが、聖都ラヴェンナを意識してそこにない美術を求めてああいう発展の遂げ方をしたわけか。


 そう見ると、やはり聖地ラヴェンナこそ、人族の始まりの都なのだなとしみじみと思う。

 それにしてもこの馬車は国家元首が多すぎる。


 ここで大陸連盟会議できるだろ……。


「お、言ってる間に総本山の麓に到着したようだな」


 都の中心にある丘の上にある壮麗な白亜の神殿が、アーサマ創聖の聖地ラヴェンナであり。

 そこで結婚式を行うのだが、その麓に前に来たときなかった神殿が麓に立っているのが気になる。


「ここが、世界各国の来賓客が集まる披露宴会場になっております」


 シスターマレーアが説明してくれる。


「やっぱりそうなのか」


 うーん、披露宴用に新しい神殿立てちゃったのか。

 さすがは金がある聖都だなあ。


「宿舎もここに作られてます。明日の結婚式に備えて、すでに各国重鎮の方がお集まりのようですからご挨拶に行かれますか」

「そうしよう」


 俺達は、披露宴用に作られた神殿へと入った。


「よお、久しぶりだな」

「ナタル!」


 すでに前夜祭の雰囲気で盛り上がっている披露宴会場に入ると、壮年の渋いハゲオヤジが姿を見せた。

 ロスゴー村の元鉱山代官で、今やイエ山脈全体を取り仕切るようになった鉱山組合長のナタル・ダゴールである。


「本当に、いつぶりだよ」


 ロスゴー村にいた懐かしい面々もたくさんきている。


「タケルの祝いとあっちゃ駆けつけないわけにはいかないだろ」


 そう言いつつ、実は一度は聖都に観光に来たかったのだとナタル達は笑う。


「それにしてもよく会場に入れたな」


 遠路はるばるナタル達が来るとは思わなかったので、招待状を出してないのだ。

 ここは、一般観覧席とは違い各国首脳も集まってきている本会場だ。


「ロスゴー村の昔馴染みが入れてくれたんだよ。みんな出世したよなあ」


 そう言ってナタルが指差すのは、サラちゃんの副官ミルコくんだ。


「ミルコくんも来てたのか」

「ええ、お久しぶりではありませんよね……」


 幼馴染のサラちゃんを奪っちゃった形になるので、まだちょっと気まずいがミルコくんも来てくれたんだな。

 ナタル、「なんだよ……」って言いかけて、あーみたいな顔するのやめて。


 ロスゴー村でも、ミルコくんはずっとサラちゃんの後をついていたからなあ。


「ま、まあ、よく来てくれた!」

「はい。せっかくのサラ様の晴れ舞台ですから、末席から見せていただこうかと」


「何よ、せっかく久しぶりにみんな集まってんのに、なんか辛気くさいわねえー」


 サラちゃんもやってきた。


「サラ様」

「公式の場ならともかく、こういうとこで他人行儀なのやめなさいって言ったでしょー。どうなの、薦めたお見合いしてきた?」


 え、もうこの前言ってた貴族の娘とのお見合いさせたのか?

 サラちゃんは、相変わらず仕事早い。


「はい。ですが、あまりピンと来ませんでした。すみません」


 ミルコくんはミルコくんで、全然サラちゃんのこと吹っ切れてねえ!


「焦らなくてもゆっくり選べばいいわよ。ミルコには厳選して一番いい女を紹介してあげるからー、結婚は一生のことなんだから、一番いいのにしなさいよ!」


 そして、ドンドンとミルコくんの肩を叩くサラちゃんは、それにまったく意を介していない!

 ほんとサラちゃんは、サラちゃんだなと苦笑するミルコくんと笑い合ってしまった。


「おお、賑やかだな」


 そう言ってやってきたのは、でっぷりと太った人のよさそうな大貴族。

 ダナバーン侯爵だった。


 今日は、昔なじみの人がたくさん来てるなあ。


「ダナバーン閣下もお久しぶりです」

「うん。タケル殿、この度は結婚おめでとう。こんな時になんだが、実はワシも結婚したのだ」


 なんかもじもじして恥ずかしそうに言うダナバーン侯爵。


「ええー、いやそうだったら教えてくださいよ。言ってくれたらお祝いに行ったのに!」


 サラッと言ったけど、むしろダナバーン侯爵まだ結婚してなかったのかと思っちゃった。

 どうやら侯爵は、いつも連れている赤色のドレスのメイド長と結婚したらしい。


「この子となのだが、いやあ年甲斐もなく恥ずかしい」


 何が恥ずかしいのかわからないけど。


「ともかく、おめでとうございます」

「結婚したときは、ちょうどタケル殿が外征で忙しい時でな」


「あーなるほど、それで遠慮したんですね。侯爵に気を遣わせてしまってすみません。あとで、お祝いの品を送らせますよ」

「実は、もう子供もいたりして……」


 もしかすると子供ができたから責任取ったのかな。

 ダナバーン伯爵は、恥ずかしそうに傍らの美人メイドを抱き寄せる。


 でも、幸せそうでいいじゃないか。

 エスト侯爵領も跡取りができたなら、安泰だな。


「子供が生まれたら、ぜひ奥さんも子供も一緒に王城に遊びにきてくださいよ」

「ハハ、そうさせてもらうかな」


 これからは家族ぐるみの付き合いだな。

 ダナバーン侯爵の子供なら、うちの子供達の良い遊び相手になるかもしれない。


 みんな、本当にいろいろあったんだなあ。

 そりゃ三年も経てば、結婚してるなんてこともあるよね。


「よお」


 そしてこっちは何も変わらない、でかい合成弓コンポジット・アローを背負って、柔らかい金髪の前髪をいじくっているイケメンの兄ちゃん。

 いつまでも若々しい年齢不詳の盗賊王ウェイク・ザ・ウェイクだ。


「ダナバーン侯爵結婚したってよ。ウェイクは、そういう話ないのか」


 たまに女連れで歩いてることもあるし、めっちゃモテるとは聞いてるけど。

 ウェイクもいい加減落ち着いたらどうだ。


「クックッ、俺はそういう面倒なのはいいかな」

「ウェイクは独身主義者なのか?」


「いや、なんか勇者を見てるだけで、食傷気味になってきてな」

「俺の影響か、なんかすまんな」


 俺は俺で、結婚しすぎだよなあ。

 今回も新しい嫁さん何人連れてるって話ではある。


「勇者のせいじゃなねえさ。他人事としちゃ、見てて面白れぇもんだが。今度は、幼女皇帝に幼女教皇だって、もう法律とか関係ねぇんだなあ。まったくやることでかいぜ!」


 他人事だと思って、また笑いやがる。

 笑うのはいいけど、その言い方は人聞き悪いから止めて!


「形だけだから、成人するまで手は出さないからな!」

「わかってるって、クックッ、こっちが予想もつかない大事をやらかすのに、そういうところはやけに真面目だからな勇者は」


「大魔神を倒したのはウェイクの力もあるんだから、ほんとはウェイクも英雄と讃えられていいと思うんだけどな」


 ウェイクの功績は、それこそアーサマ教会から勇者認定を受けてもいいぐらいなのだ。

 そう言ってやると、よせよと肩をすくめる。


「英雄とかそういうめんどくさいのは、全部勇者に任せるよ。何にせよ全部無事に済んでよかったじゃねぇか。世界が滅んだら、盗賊家業も上がったりだからな」


 そう言って、ウェイクは一瞬いつもの皮肉な笑いを止めて、本当の笑顔を見せた。


「今後ともよろしく頼む」

「おう、なんか困ったことがあったらいつでも呼べよ」


 友達がいのある男は、そう言って軽く俺の肩を叩くと、フラッとまたどこかに行ってしまった。

 他にも披露宴会場では世界各国の重鎮や、懐かしい顔が列席して挨拶してきたが全部は書ききれない。


 みんな笑顔で、俺はなんか披露宴を見て、ようやく世界に平和が戻ったんだなという気がした。


     ※※※


 結婚前夜。

 俺は、宿舎に用意された新しい妻全員で眠れる大きなベッドの上で、奴隷少女達を集める。


「なんかだいぶ遅くなってしまったが、結婚に際してみんなの意見を聞いてみたいと思う」

「お兄様、今からやるんですか?」


 そう言うのは、すっかりシャロンの代わりに奴隷少女達の取りまとめ役を務めるようになった銀髪のシェリーだ。


「今からでもやるんだよ。どうもお前達は一番身近にいるから、後回しになって済まなかったけど」

「もうお兄様と結婚できて、私達幸せで終わらせてもいいように思うんですが」


「いやいや、結婚するって意味がわかってるのかとか、みんなの結婚後の展望とかをだな……」

「意見いいでしょうか?」


 手を上げたのは、元娼婦の娘であったフローラである。

 最近とみに美しくなった彼女は、よく手入れされたウエーブのかかった亜麻色の長い髪から、いつもいい匂いをさせている。


「なんだ、フローラ」

「なんで私達まだ誰も抱いてもらってないんでしょうか」


「ぐっ……それは、結婚前に手を付けるというのは」

「だって他の新しい妻になる方々は、だいたい抱いてもらってますよね」


 いや、まだ手を付けてない子もいるけども、結婚前だからって理由にはならんか。


「うむ……」

「私達はもうみんな十五歳超えて成人してますし、同年代のサラ女伯爵も抱いてもらったと聞きますよ」


 なんでそんな話が出まわってるんだよ。

 まあ、サラちゃんも自慢げに言っちゃうからなあ。


「わかったわかった。その点についても後回しになって済まなかった」

「じゃあ、今日は私達もついに抱いてもらえるんですよね」


 そう言って、フローラは俺の手を取ってしなだれかかってくる。

 うーん、そうされると、この子らも大人に成長してることを実感せざるを得ないなあ。


 フローラは、奴隷少女の中では大人びていて積極派だから、こう来ることはわかってた。


「それは、まあおいおいと……」

「ふふ、言質取りましたよ」


「ちょっと待ってください。フローラお姉様が先って理屈はないでしょ」

「あら、少なくともシェリーは二期生だから最後でしょう」


「もうこの際、一期とか二期とか関係無いじゃないですか。じゃあ、今日は順番にみんな一緒にってことで手を打ちましょうか?」

「こらこら、二人とも喧嘩するな」


 勝手に話を進めるな。

 危うく本日中に奴隷少女十三人全員平等に抱くって流れに持ち込まれそうになった。


 それをわかってて誘導してる感じがするので、頭のいいシェリーは油断ならない。


「それじゃあ、結婚後のプランみたいなのを語ればいいんでしょうか」

「シェリーは本当に理解が早いな。まあシェリーは、聞くまでもないんだが」


「はい、私はお兄様のもとで財務の仕事をやるだけですからね。すっごく赤ちゃんは欲しいですけど」

「シェリーはもうわかった」


 そこは、アピールしなくていいから!

 フローラは、色気のあるシナを作って言う。


「私は、ご主人様の教えてくださったエステサロンというのをやってみたいですね」

「ああ言ってたな」


 佐渡商会の仕事も多岐にわたるようになってきたが、フローラは女性のお客さんに奉仕する仕事をやりたがってる。


「ご主人様の教えてくださった方法を組み合わせて、女性の美を探求するようなもっと高度なサービスができると思うんです。あと子供はたくさん欲しいです」

「子供のことは、付け加えなくてもいいからね……」


 ただでさえベッドの上なのに、妙な雰囲気になっちゃうだろ。


「私は、もっと新しい料理を覚えたいですね」


 そう言うのは、うちの料理長のコレットだ。

 ブラウンの髪と瞳の可愛らしい子である。いつもシェフの格好をしているので、寝間着姿は実は久しぶりに見る。


「コレットはそうだろうな」

「後宮の料理長としての仕事はありますが、将来的にはもっとたくさんの人にご主人様から教えていただいた新しい料理を広められたらいいなと思ってます」


「うんうん」

「もちろん赤ちゃんは欲しいです」


「いや、それはいちいち言わなくていいから」


 コレットと仲がいい黒妖精ドワーフのロールも、手を挙げる。

 ドワーフの特徴である褐色の肌に、赤銅色のショートカット。


 ロールはいつも元気だ。


「はーい! ごしゅじんさまあたしもあたしも!」

「ロールはなんだっけ」


「あかちゃんはかわいいとおもう!」

「いや、そんな話はしてないんだが……」


 ロールは無邪気すぎて、これどうしたらいいんだろ。

 みんなが結婚するっていうから、雰囲気でなんとなく乗っかっただけだろ。


「ロール、これからの将来の話なんだが」

「あたしは、ごしゅじんさまといっしょがいい!」


「わかった、わかったよ」


 そう言われて抱きつかれたら、こっちだってもういいやと思ってしまう。

 ロールはロールでもういいか。


「私達は、これからもずっとご主人様の護衛役ですよ」

「そうですよね」


 そう二人で言い合うのは元は俺の護衛であった、赤い短髪のシュザンヌと、長い淡褐色ヘーゼルの髪をポニーテールにしているクローディアだ。

 ルイーズの薫陶を受けた二人は、今や立派な騎士隊長だ。


「お前達は、騎士団の仕事もあるけどな」

「そうですけど、新参には負けてられないですからね」「私達がもともとの護衛ですから、今は一時的に任せてるだけです」


 そう言ってるのは、今の俺の護衛騎士を務めているクレマンティーヌとベレニスに対抗意識を燃やしているのだろう。

 一緒に妻になるわけだから、余計にだろう。


「まあ、騎士団の仕事も大変だろうから」

「そっちは兼務だと思ってます」「ええ、ご主人様のほうが大事ですから」


「そうか。俺もいつまでも、お前達は俺の護衛だと思ってるよ」


 俺はそう言って二人を抱いてやる。

 騎士団の仕事も頑張ってもらわなければ困るが、俺を大事に思ってくれる気持ちは嬉しいものだ。


「つきましては、護衛役を継ぐ子孫も必要ですね」「ふふ、そうですね」

「俺は、自分の子供にまで守ってもらうようになるのか」


 これは頼もしいと、思わず笑ってしまう。


「私達は、コレットと一緒に料理ですね」「でもスイーツのお店もっとやりたい」


 そう言うのは、黒髪のショートカットのエリザと、セミロングの茶髪のメリッサである。

 彼女達は、コレットと一緒に調理班をやっているが、その傍らで佐渡商会でスイーツの出店を始めて、そっちの才能があったのか今や本業そっちのけで大ブームを起こしている。


「二人はそろそろ、独立したレストランを経営するといいかもな」

「それもいいですね!」「ご主人様のデザートを世界に広げるのが目標でしょうか」


 うんうん、そういう夢があるっていいよね。

 デザートだったら、カフェにしてみるのもいいかな。


 俺としてはどちらかと言うと、今後はスイーツよりコーヒーの豆の方にこだわりたい。

 産地のほうにも航海して行ける機会も増えるだろうし。


「それはそれとして、女としての幸せも掴みたいです」「それもありますね!」

「そうなるのか」


 もうそっちに話を持って行くと思ってたから、苦笑してしまう。


「私はみんなと違って特にやりたいことは特にないかな。今のままで満足してますよ」


 そう言うのは、茶髪のロングに緑色の瞳のルー。

 目立たないがしっかり仕事してくれている。


「ふうむ。ルーはそんな感じか、まあ特別にやりたいことがないといけないってわけじゃないから、そんなのもいいんじゃないかと思うぞ」

「私も特にはないですね。外回りの仕事をもっと頑張りたいです」


 そう言うのは赤毛の長い髪に茜色の瞳のリディーだ。

 適度に社交的なこの子は、外を出歩くのが好きで、佐渡商会の営業担当みたいになっている。


「リディーは営業で役に立ってくれてるから、今の調子で頼むな」

「はーい!」


「リディー、そこは妻としても頑張りますって言っとかないと」

「あ、そうだね。忘れてた。ご主人様の赤ちゃん欲しいでーす」


 ルーに指摘されて、リディーはぺろっと舌を出すので、乗りが軽すぎて苦笑してしまう。

 いや、それお笑いのネタじゃないんだから繰り返さなくていいんだよ。


「えっとあとは、そうだジニー」

「は、はい!」


 一番小柄で黒のショートカットのジニーは、なんかこっちから声かけないとスルーしちゃいそうなんだよな。


「何かやりたいこととか、欲しい物があったらこの機会に言っておいてくれ」

「私は、アンバザック領の代官の仕事をずっとやっていきたいです」


 そうなのだ。

 地味な事務担当のジニーなのだが、この子は変わっていて官僚の仕事を覚えるようになって、俺の直轄領であるアンバザック男爵領の代官業務を引き受けてくれているのだ。


 終始控えめというか、おとなしすぎる子なのだが、その分だけ真面目である。

 ワーカー・ホリックとしてはロールと双璧をなす存在なので、働かせすぎに注意しないといけない。


「ジニーが、代官の仕事は無難に回してくれているから俺も助かってるよ。少しは休暇も取ってくれな」

「じゃあ、その時に抱いていただければ……」


 おっと、なるほど。

 引っ込み思案はだいぶ解消されたようだ。こんなジニーが、こんな突っ込み方してくるとは思わなかったので意表を突かれた。


「もちろん、考慮しよう」


 ジニーは人一倍頑張ってくれるのだから、それぐらいはなと黒髪を撫でた。


「私は、ご主人様の忍術を伝える道場をやりたいです」


 茶髪のショートカットに茶色い瞳のポーラ。

 この子も、奴隷少女の中では変わり者だった。


 メス猫盗賊団と絡むようになって、盗賊の技術や俺が半ば遊びでやってた忍術の技術を極めるところまでいっている。

 変わってるが、忍術道場は面白いかもしれない。


「よし、道場出すときは出資するから言ってくれ」

「はーい! あとは、道場の跡取りを作りたいです」


 言うと思ったよと俺は笑う。

 夜の忍術とか言い出さないだけ助かるな。


「さてと最後は」

「……」


 青い髪に青い瞳が特徴的な、水妖精ニンフの血が入ったヴィオラだ。

 この子も、大人しいからこっちから声をかけてあげないとね。


「えっと、ヴィオラは薬草園とかやってるから」

「……」


 普段から無口なヴィオラは、何も言わずにぎゅっと抱きついてくる。


「うーんと、なんか欲しい物とか、これからのこととか」

「……ずっと一緒に、変わらないです」


「そうかー」

「はい」


 懐いてくれたのは、いいんだが……。

 ヴィオラって、結構重いよな。


「まあいいか。結婚するんだから、ずっと変わらないよな」

「一生です」


 抱きとめた身体は軽いのに、言葉が重い。

 でもまあ、結婚するのだ。


 この軽い身体を、ずっと支えてやればいい。


「さて、じゃあこれで結婚前のミーティングは終わりだ。みんなご苦労だった、疲れただろうから明日に備えて休んでくれ」

「あれ、お兄様これからでしょう?」


 取りまとめ役のシェリーに言われてしまう。


「えっと、明日は結婚式だから、今日ぐらいはゆっくり休みたいなと思うのだが」

「お兄様は、今日からしばらく夜に休みはありませんよ。ロールお姉様みたいに、この期に及んで結婚の意味がわかってるか怪しい人もいるんですよ」


「それはそうかなとも思うが……うん確かに、ロールはこのままだとちょっとまずいかなとは思ったけど」

「ですから、きちんとお兄様に教育していただかないと」


「やっぱそうなるか」

「誰かだけってのは不公平ですから、私達はみんないっぺんにですね」


 いっぺん……。

 結婚式前に、十三人いっぺんか。さすがに、冗談だと思ってたよ。


 これ、今日眠れるのか。

 いや、それ以前に明日の結婚式に間に合うのか。


「……大丈夫なのか」

「順番に関しては、ちゃんと事前にあらかじめ相談してますので、安心してください。今日は触りだけですから、ちゃんと間に合います」


 全然、安心できないよ!

 でもまあこの際しょうがない、俺はみんな受け入れると決めたのだ。


「よしこい!」

「「「「「「「「「「「「「はーい」」」」」」」」」」」」」


 十三人に声が綺麗に重なって、俺はいっぺんに抱きしめるつもりで事にかかる!

 覚悟は決まっている。


 異世界の勇者には、やりきるしかないときもあるのであった。

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