第298話「婚礼の行列は南に進む」
やばい、聖なるしびれ薬の効果が切れてるはずなのに、本気で腰が起き上がらない。
オラクルヘルプ! 早く精力剤持ってきエェ!
そんなふざけたセリフも口にする元気もなく、俺はピクピクと時折身体を痙攣させながら、ベッドに寝そべっている。
本気で動こうとすると、強烈過ぎる快楽の余韻で勝手に身体が震える。
シスターマレーアとシスターローザ、二人の高位シスターの本番の
なんかしびれ薬以外にも、変な薬を使ったんじゃないかと怪しむほどである。
もうベッドも酷い有様になってるので、この部屋はしばらく使えまい。
房事にかけては百戦錬磨となっている俺が、たった二人を相手にここまで……。
後二人は、初めてだと言ってたが。
絶対、嘘だろ。
「んふん、勇者様、私どもは練習を重ねてますから」
「女同士でなら、戒律に触れないんですのよ」
また、戒律が機能不全に陥っているパターンかよ!
「ローザ、後でお風呂行きましょうか」
「それはいい考えですね。勇者様も一緒にしっぽりと入るですのよ」
その顔、絶対に風呂に浸かるだけで済まないだろ。
「もう、勘弁して……」
「ふふん、冗談です。お身体、綺麗にさせていただきますのよ」
濡れタオルを絞ると、ローザが俺の身体を甲斐甲斐しく拭いてくれる。
「あら、そこは私が綺麗にします」
「じゃあ半分こにするですのよ」
ツヤツヤした顔でシスターマレーアとシスターローザが、クスクスと笑い合っている。
なすがままに、タオルで拭かれている俺は思った。
勝負のはずだったのに、結局二人が凄く仲良くなってるのはどうしてなのだ。
せめてお互いが牽制しあってくれれば良かったのに、完全な協力プレイだった。
あと、俺が恥ずかしいの知ってて、アナスタシア聖下に営みを教えるとか言い始めて、教育プレイまでやらされた!
一人しかなれない、勇者付きのシスターの座を争ってるって設定はどこにいったのだ?
なんで事が終わったら言わなくなってるんだ。
二人が脱いだローブを再び身につける、布ズレの音を聞きながら。
もうお婿に行けない(どうせこのあと嫁にもらうことになるんだろうけど!)と手で顔を覆っていると、トコトコとアナスタシア聖下が来て耳元でささやく。
なんだ、まだダメ押しするつもりなのか。
今、俺もようやく身体が動くようになったから服を着ようとしてるところなんですが。
「勇者……疲れている所済まないが、結婚式の打ち合わせの話もしておこうか」
「あれ、割と平然と話をするんですね」
あんなことがあったあとなのに。
俺も早く服を着なければと、さっさとパンツを身につける。
「我は人の心が読めるから、結構こういうのは慣れっこだからな。実際に見たのは初めてだったので、大変興味深く勉強にはなったが……」
「あーその話蒸し返さなくていいです! 結婚式をラヴェンナ教皇国の聖都でする話ですよね!」
「うむ、我が自ら大結婚式の司式司祭も執り行おうではないか。日取りはまだ先だが、準備もあるのでスケジュールはきっちり決めてあるぞ。アーサマ教会総本山から直々に全世界に触れを出して大々的に行う予定なので、早めに現地入りするように」
アナスタシア聖下が自分の結婚式もやるのに、司式司祭もやるって妙な話であるが、幼女教皇が結婚するのだから他に誰も司式司祭ができる人間はいない。
いっそアーサマ本人がこの世に顕現でもすれば、幼女教皇の結婚式の司式司祭も務まるのだろうが。
世紀の大結婚式(サラちゃん談)とは言え、さすがにそんなサプライズはないだろうけど。
アーサマの実像がどうなってるのかはちょっと興味あるんだけど。
「そう言えば、なんか大名行列みたいに領地を練り歩いて、聖都まで行くって計画だそうですよ」
結婚式の準備は、一応俺も参加しているが後宮会議が決めてるので俺に発言権はない。
されるがままである。
「大名とは、王族のことか。ならばまさにその大名行列であろう」
「どっちかというと仮装行列みたいになりそうですが、政治的な意味もあるパレードですからね」
「せっかくここまで来たのだから、我も妻としてそのパレードに同行するぞ」
そう言って、俺に抱きついてにんまりと笑う聖下様であったが。
うわ、びくってなった。
「クッ……今抱きつくのは、ちょっと待って」
「ん、どうしたのだ?」
いや、今すごく凄く敏感になってるから、肌に触れるのは勘弁して欲しい。
※※※
俺の結婚パレードは、王都シレジエではなく新生ゲルマニア帝国の帝都ノルトマルクから始まる。
なぜ? と思ったが、よく考えれば幼女皇帝エリザベート・ゲルマニア・ゲルマニクスが正式に結婚するのだ。
帝国臣民に対するお披露目は必要であった。
また、例にもよってお祭り騒ぎである。
「わざわざ帝都までご足労いただいて……」
「どうしたエリザ」
なんか、他人行儀な感じだし、はにかむように見えた。
「いえ、どう呼んだらいいかなと思いまして、やっぱり旦那様ですか?」
「タケルでいいよ。今からそんなにこわばってたら、先が思いやられる。ラフな感じで行こう」
俺はエリザの金髪の頭を撫でる。
お披露目の前に、俺は先帝コンラッド・ゲルマニア・ゲルマニクスと挨拶しにいった。
「お祖父様は、今日はお加減がよろしいようでして」
先帝コンラッド病床に伏せっており、ほとんどの時間眠っているようだが、今日は珍しくまだ起きているそうだった。
すっかり痩せたコンラッドは声が出せないようで、俺を見ても静かに微笑むだけだ。
「コンラッド帝……ちょっと言いにくいんですが、俺はエリザをもらうことになりました」
横に付いている守護騎士のヘルマンが「喜んでおられます」と言ってるが、ホントかよ。
「あの、一応念の為に言っておきますが、この結婚は形だけで成人するまで手は出さないですからね」
俺がそう言うと、微笑んだまま静かに小さく頷く。
「気にせず手を出せと言っておられます」
「嘘つけよ」
真顔で堅物のヘルマンが言うから、思わず吹き出しそうになった。
ヘルマンもついに冗談を言うようになったか。
「まあともかく、俺がエリザをこれから一生守っていきますので」
そう言うと、かつての勇者皇帝は静かに頷いて、また目を閉じて眠りについた。
コンラッドには、なるべく長生きして欲しいものだがな。
その後、俺は帝城のバルコニーで、「エリザを伴侶とし、永遠に見守っていく」と同じような宣言をする。
挨拶が終わったので手を振って台から降りようとすると、すっとエリザに袖を掴まれた。
なんかヘルマンが叫んでいる。
「勇者様、誓いのキスしてください!」
「いやいや、俺はさっき手を出さないってコンラッド帝に誓ったばっかりなんだが!」
「キスなんて手を出したうちに入りませんよ!」
「うーん……」
なんかエリザがずっと眼をつぶって待ってるので、迷ってるのも悪い。
しょうがないので、チュッとしてしまう。
その途端に、わーと感性があがった。
俺はもう、やけくそでバルコニーから手を振る。
その途端、またわーと歓声が上がる。
隣でエリザもいい笑顔で手を降ってるけども、公衆の面前でキスとか俺は恥ずかしいよ!
そこから、怒涛のお披露目キスラッシュが始まった。
シレジエに向かう途中で、ランクト公国でエレオノラ公姫にキス(エレオノラとはもう結婚してるのに、お前関係ないだろと思ったけど、ついでだそうだ、なんのついでだよ)。
王都シレジエでも、不公平にならないように全員に順番にキスする。
もうやったのに、サラちゃんの領地のアジェネ街の城でもう一回キスをした。
結婚式でやればいいのにと、俺がぼやいていると。
「おめでたいことなんだから、何回やったっていいじゃない」とサラちゃんに言われてしまった。
「まあな……」
俺も、人前でキスするのにいい加減慣れてしまった。
まったく遠くまで来たものだ。
こうしてゆっくりと自分達の領地を練り歩いて行き。
俺達はついに大陸南部の半島にある教皇国の聖都ラヴェンナへと到着したのだった。
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