第297話「混沌母神VS創聖女神」
道具としては使えないと思っていたジョセフィーヌが、シレジエ王国の門閥貴族の追い落としに協力してくれたのは実はものすごく助かった。
シレジエ南部の主だった門閥貴族を討伐したとはいえ、二百四十年もの長きにわたって地方を支配してきた門閥貴族の力は侮れない。
今はシレジエ王国が勝ち続けてるからなりを潜めているが、いざとなれば反対勢力になりそうな連中はまだ地方にたくさん残っている。
そいつら門閥貴族の複雑怪奇な政治権力構造や、突かれたら困る弱点の情報までもジョセフィーヌが全てを
聞けば、たとえ味方でもいつ敵に回るとしれないので、その時のために弱点をしっかりと握って置くそうだ。
敵に回すと恐ろしいが、味方に回しても恐ろしい悪女である。
ジョセフィーヌに「どうせお優しい勇者様のことだから、門閥貴族相手でもなるべく殺したくはないと思ったんでしょう」と言われてしまったが図星である。
甘いと言われるだろうが、長期的なことを考えると反対勢力を力ずくで潰して後に悔恨を残すような真似をしたくなかった。
そこを、ジョセフィーヌ流の『穏健なやり方』で片付けてくれるというのだ。
男を操る力に長けたジョセフィーヌを協力させることができれば、女王であるシルエットの王権を強めるのにはかなり役立つ駒となる。
「それはそれとして……」
ジョセフィーヌに報奨として渡す美容ポーションを手に入れるため、俺が払った代償も大きかった。
「勇者様、何を考えてらっしゃるんです?」
そう言ったのは、ベッドの上で熱心に俺の右の指をしゃぶっているランクト大司教シスターマレーアである。
最初は指に祝福のキスを与えるとか言う話だったのだが、いつのまにか完全に舐め回してる状態になっている。
セピア色の髪と瞳の美女であり、いつもの白銀の装飾をあしらった派手な大司教服ではなく、地味目の白いローブを身に着けている。
一般信徒が軽作業をする時に着る動きやすい服装だ。
それはそれで、簡素なローブがマレーア大司教の豊満なボディーラインを想像させるというか。
……ダメだ、今そっちの思考に流されてはいけない。
「俺としては、貴女達が何を考えてこんなことをやってるのか聞きたいんですけどね」
かろうじて平静を保ってそう言うと、俺の右手に祝福を与えているローザ司教が言った。
「そうですのよ。私達の
鮮やかな赤い髪と瞳をしたローザ司教は、うちの王都を担当しているシスターである。
こちらも、いつもの司教服ではなく白いローブ姿で、マレーアより胸もお尻も控えめで可愛らしいローザにはよく似合っている。
「いやだから、勝負って言われても、どちらも選べないと言ってるでしょう……」
ランクトの教会も、シレジエの教会もいずれも俺の勢力下にある教会だ。
俺の行動は、もはや一人の問題では済まない。
どちらかの教会に肩入れすると、政治的な問題を引き起こしかねないのだ。
だから俺は、どっちかを勇者付きシスターにするわけにはいかない。
「ふむ、まだ私を選びませんか。なら足の指にまで祝福を与えてしまいますよ。ふふ、シスターローザはここまではできないでしょう」
「あら、その程度で勝ち誇るとはシスターマレーアは甘いですのよ。もっと大事な部分に加護を与えるのが先でしょう?」
俺の喉を指でイタズラッぽくくすぐりながら、ローザ司教が耳元で囁く。
ちょっともう、笑い死にしそうになるからくすぐるのは止めてくれ。
「二人とも、いい加減にしてくださいよ」
俺がそう言っても聞きやしない。
ジョセフィーヌのご褒美用に美容ポーションを手に入れようとしたら、突然この二人がやってきて、この
いや、正確にはやってきたのは三人である。
二人の後ろに、なんと幼女教皇アナスタシア二世聖下がいて、こちらをジッと眺めている。
お目付け役としてきたのならすぐ止めて欲しいのだが、なんか
「どうですか、アナスタシア聖下、私のほうが相応しいですよね?」
「さもなしですわ。私のほうが、勇者付きシスターに向いてますでしょう?」
わかっているのかいないのか、幼女教皇は「うむむむ」と小首をかしげると「勉強になる……」とつぶやいた。
「いや、何の勉強だよ!」
だから、
「こんなことで簡単に勝負がつくとは思ってません。次はこれの出番です」
「あら、シスターマレーアも同じ香油を用意してきたんですのね」
二人は、俺の上着を脱がすと身体に甘い香りのする香油を塗りこみ始めた。
もうホントいい加減にして欲しいんだけど。
美容ポーションをもらった恩があるとはいえ、俺もここまでやられっぱなしにならなくてもいいよね。
「ふふ、ローザも抜かりないですね」
「勇者様、ご安心ください。これは肌にさらっとしてべとつかない香油ですから」
いや、そう言うことを言ってるんじゃなくてだな。
……と、そこにカアラ達がやってきた。
「国父様、北の魔王国領の調査が終了しました。と、お楽しみの最中でしたか?」
「いや、楽しんでないから」
カアラはまだいいにしても、こんなところにアルケー王太子まで来ちゃったよ。
ここの寝室は後宮じゃなくて、王城の客間の領域だから、来客も入ってこれちゃうんだよな。
幼女教皇達を迎えるのに王城のほうにしたのが間違いだったか。
「これは、混沌の
そう叫んで伏せるのは、アルケー王太子である。
「いや、楽しんでないからね!」
期せずして、アーサマ教会の最高幹部と北の魔王国の王太子達が同じ部屋に居合わせることとなった。
そこまで険悪ではないが、妙な空気が流れている。
そして、そんな状況にもかかわらず俺を囲んでいるシスター二人は、俺の身体にせっせと香油を塗りこみ続けている。
なんだこれ。
「国父様、ご報告してよろしいでしょうか」
「ああ、俺も気になっていたところだ」
シスター達を振り払って、居住まいを正そうとしたがヌルっとかわされて失敗した。
まあとりあえず、座れたのでよしとする。
「結果から先に申し上げます。北の魔王国の混沌災害は収束しました」
「おお!」
それは本当によかった。
「いわゆる魔素溜りの口は全て閉じています。これ以上の混沌が吹き上がることはないかと思われます」
「活火山が休火山になったという感じか?」
「その認識で正しいかと思います。ただ、予想もつかないような変化もありました」
「うむ……」
予想外のことが起きるのは、正直もうわかっていた。
しかし、報告を聞いて驚く。
カアラが、北の魔国の上空を飛んで調査すると、地形自体がまったく変わっていたそうだ。
「地形だけではありません。気候変動が起こって、北の大地の地熱が急上昇して、凍土が溶けて一面にわたって緑になってました」
「それ大丈夫なのか……」
北極圏の氷が溶けたら、海面上昇とかあるんじゃないのか!
「わかりませんが、もともと北の魔王国は混沌災害で破壊しつくされてましたので、今のところ地形や気候の変動で悪い影響は出ていないみたいです。海面上昇が起こらなかった点について、ここからは推測になりますが……」
なんでもカアラの推測だと、謎の緑色の巨大植物が生えまくっていたらしいが、それが根から解け出した水分を吸収したのではないかということだ。
「そうか」
まあ、混沌母神のやることに細かいことを気にしてもしょうがない。
やることがいちいち大雑把な混沌母神にしては、むしろ細やかな配慮をしてくれたというものだ。
氷河も解け出して、永久凍土を土台にしていた
北が暖かくなったのなら農業もできるようになるだろうし、周辺の人族の住む地域にも福音となる。
「混沌の主よ。この度は、我が王国をお救いくださり、誠にありがとうございました」
「いや、アルケー王太子もご苦労様でした」
実際やったのは混沌母神だから、俺は何もやってないんだけどね。
こうしてアルケー王太子が動いたからこそ起こった変化だし、その行動力は誇ってもいいだろう。
「我が王国の凍土が緑に染まっていたのを見たときは、余は不覚にも泣きそうになりました。……必ずや、必ずや、我々は
そう言いながら、アルケー王太子が俺の前に差し出したのは緑王石の塊であった。
「おお、緑王石をこんなに」
「他にも混沌の主への供物を持ってきましたが、とりあえずこれだけは余の手から捧げねばならぬと思いまして、我が王国が主とともにある証です!」
俺の前に緑王石を積み上げると、アルケー王太子はまた深々と跪いた。
「アルケー王太子。
「ハッ、全ては御意のままに」
「あと一応、対等な同盟のつもりなんだけども……」
本当にわかってくれているんだろうか。
「時に、混沌の主よ。偉大なる主は、創聖女神の巫女も従えておられるのですね」
「いや、これは……」
そりゃこれみたらそう思っちゃうよな。
そういうんじゃないんだけど。
「ハハッ、いかに創聖女神の巫女が近づこうとも、混沌母神の化身と契られた主は混沌とともにあるのでしょうが……」
「それは聞き捨てならぬ話だ」
なんか、アナスタシアが絡んできたぞ。
「アナスタシア、喧嘩は……」
「喧嘩ではない。アーサマのご意向に従い、我は魔族と争うつもりはないが、今のセリフは聞き捨てならぬ。混沌母神とタケルが契ったと?」
「おやおや、これはこれは、創聖女神の巫女の方々はまだ知りませんでしたか。佐渡タケル殿はこの度、我らが混沌母神の化身とめでたく男女の契りを交わされたのですよ」
「なんと!」
アナスタシアが小さな肩を震わせている。
特に言うべきことじゃないと思ったので教えてなかったけども、そんなに驚くことか。
ああそうか、アナスタシアは触手お姉さんに酷い目に合わされたトラウマがあったか。
あれを俺が契ったと聞けば、衝撃を受けるのは無理もない。
「中立の勇者殿、いや混沌の主となられた
黒いマントをバサッとなびかせて、我が事のように自慢するアルケー王太子。
いや、そもそも俺が救ったわけじゃないんだが。
「……わ、我も結婚するもん!」
「はぁ、今何か言いましたか?」
ワッハッハと高らかに笑っていたアルケー王太子が、不可解な顔になる。
「我も佐渡タケルと結婚するといったのだ! 我、アナスタシア二世は、アーサマ教会最高位の教皇であり、この世界に於けるアーサマの半身であるぞ。どうだ、これで対等というわけだ!」
アナスタシアが顔をリンゴのように真っ赤にして、反論する。
アルケー王太子は、「はぁ、この子供は何を言ってるんだ?」って感じで、こっちに顔を向けてくる。
いや、俺を見られても、何が何やら。
「勇者様、聖下の言ってることは本当ですよ。ゲルマニア皇帝のエリザベート陛下が勇者様と結婚すると聞いて、ラヴェンナ教皇国の法律も、聖下が結婚できるように変更されました」
俺の胸にぺたぺたと香油を塗りこんでいるシスターマレーアが教えてくれる。
「そんなこといいだしたら、なんでもありじゃないか」
俺の背中に、これまた香油を塗りこんでいるシスターローザが囁く。
「さもありなんですわ。エリザ様を嫁にしておいて、まさか勇者様がお手を付けられたアナスタシア聖下を放っておくわけありませんよね」
手を付けたって、前の絡みのことを言ってるのか。
「いや、あれは……」
そうつぶやいて、俺はだんだんとろれつが回らないことに気がつく。
話そうとするのに、声にならない。
「ふふ、効いてきましたか」
マレーア大司教は、一体何を……。
「やっぱり、シスターマレーアも香油に『聖なるしびれ薬』を混ぜておいでだったのですのね!」
「考えることは一緒、ということでしょうか」
うわ、リアも使ってた例のあれかよ。
アーサマ教会のシスターを甘く見た俺が悪かった。
かろうじて眼は動く俺は、アイコンタクトでカアラ達に「助けて!」というメッセージをウインクで送る。
やった、カアラが頷いてくれた。
「アルケー殿、国父様はこれよりお楽しみですので、しばし席を……」
「ハッ、それでは失礼いたします」
ちがーう!
そういう合図じゃないからと必死に、ウインクするがカアラ達は退席してしまった。
「さて、ここより本番の
いや、なんだよ本番の
もともと、
「さもありなんですわ。なんだか私、胸がドキドキしてきましたのよ」
完全に二人ともやる気だー!
せめて、アナスタシアはどっかにやって。
「アナスタシア聖下、見るのも勉強ですから」
うんうんと、アナスタシアが嬉しそうに頷いている。
いやいや、マズいだろう。
「聖下、何でしたら私達の
うんうんと、アナスタシアが嬉しそうに頷く。
いやいや、ダメだろ。まだ早すぎる!
「早いってことは、我を妻として娶る気があると思って良いな?」
相手の心を読める幼女教皇アナスタシア二世は、蒼い瞳で俺を見つめた。
そうか、アナスタシアになら伝わる。
わかった。
妻として認めるから、今日は頼むから出てってくれ。
ここから先は、子供には刺激が強すぎる。
「では佐渡タケルよ。我は、ソナタの妻として言おう」
うん。
「いーやーだ。我は出て行かない」
そうイタズラッぽく言うと。
二人のシスターに左右から抱かれてベッドの縁に座っている俺に、アナスタシアは背伸びしてキスをするのだった。
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