第287話「後宮会議」

「またかタケル」


 後宮のキングベッドに寝そべったまま動けなくなった俺に、呆れた声を出すオラクル。

 うう、面目ない。


 今度は、体力自慢の女騎士の五人を相手にしたのだ。

 完全に腰が立たなくなってしまった。


 また精気が尽きた俺は、オラクルに膝枕されて口に哺乳瓶をツッコまれて母乳精力剤をチューチューと吸わされていた。

 とろりとろりと、まるで甘いクリームを飲まされているようだ。


 口当たりは良いのだが、その中身は強烈な滋養強壮剤である。

 身体中に失っていた精気が満ち溢れてくる。


「ぷはぁ、生き返った。もう大丈夫だ」

「もう大丈夫だじゃないのじゃ。さすがにこう連日じゃと、腰にも負担がかかっとるじゃろ。ちょっと見せてみるのじゃ」


 オラクルに腰を摩られるとなんかビリっと電流が走った。

 吸い付くような指先が押し付けられると、こわばっていた筋肉が瞬時にほぐれていき、思わず「おふぅ」と声が出てしまう。


「どうじゃ。ワシの導引マッサージは、利くじゃろ?」

「ありがとう」


「いや、ワシもあとでご褒美をもらうしの」

「あっ、そこはキツい」


「フフフ、このツボが腰のコリに利くんじゃ」

「ぐあー、オラクル、そ、そこは利き過ぎる」


「ええのんか、ええのんか」

「んぎぃい!」


 どういう身体の仕組みなのか、ビリビリっと電流が走った。

 腰のツボが利きすぎて、思わずエビぞりになってしまう。


 そんな後宮の寝室に、緑の鱗を持つドラゴンがのっしのっしとやってきた。


「なんじゃ?」


 いきなりのドラゴンにもオラクルはあまり驚かない。

 俺も、これぐらいの展開は慣れっこになっているので平気だ。


「もしかして、ハイドラか?」

「はい!」


 魔獣使いのハイドラが、ぴょんとドラゴンの背から飛び降りた。

 またド派手なボンデージアーマー姿である。


 股のあたりとかほとんど紐にちかい。

 派手なアクションをして、よく大事なところが見えてしまわないなあというぐらい際どいファッション。


 黒い革が肌に張り付いているから意外に大丈夫なのか。

 そもそも、そのファッションに魔獣使い的な意味はあるのかなど謎は多い。


 単に趣味かもしれない。


「ハイドラ。竜は邪魔になるから、庭においておけよ」

「わっかりました。ほら、ミドリちゃんお庭で待っててね」


 メスなのかそれ。

 緑竜なのでミドリちゃんか、安易なネーミングだなあ。


 ドラゴンはのっしのっしと外に出ていく。

 竜は知性の高い動物だと聞くが、ほんとにハイドラの言うことはよく聞く。


「それで、なんで来たんだ?」

「王将様、何で来たんだとはご挨拶ですね。私だけリスポンにおいていくなんて酷いじゃないですか」


 ああそういや、ハイドラは置いていったんだったか。


「ハイドラは、魔獣でひとっ飛びだからいいと思ってさ」

「そうですね。私は魔獣で飛べます。ですから、王将様がお疲れと聞いて、ひとっ飛びでお土産を持って来たんですよ。はい、あーん」


 ハイドラは、大きな夏みかんみたいな果物を手で剥くと、俺の口に放り込んでくる。

 思わず食べてしまったが。


「酸っぱい!」

柑橘かんきつです。アビス大陸によく生えてるものなんですが、今度うちでも苗木を植えて育てようと思ってるんですよ」


 うちでというと、ハイドラに与えた魔獣牧場の用地のことか。

 向こうから樹木を持ち込むつもりなのか。いろいろ、考えるものだ。


「こんなものまで育てるのか?」

「さっきのミドリちゃんも、柑橘の実が好物なんですよ」


「ドラゴンがこんなものを食べるのか」

「ハイ、魔獣の健康のためには、肉だけではなく野菜や果物も食べさせなくてはならないのです。人間だって一緒でしょう?」


「なるほど、どんな生き物もビタミンも大事というわけか」


 夏みかんによく似た柑橘の実は酸味が強いが、食べると身体に蓄積した疲労が抜けていく。


「ふふ、ビタミンというのはよくわかりませんが、王将様のおっしゃるとおりです。ところで、王将様……これ、なんだと思います?」


 なぜか自慢気なハイドラは、俺の前にピラピラとした紙を見せてくる。


「えっと……結婚許可証、だと? なんだこれは!」


 思わず立ち上がろうとしたのだが、オラクルに腰のツボを押さえられているので立ち上がれない。

 ぐうっ、またエビぞりになってしまった。


「先の戦争では私も頑張らせていただきましたが、まさかこんな凄いご褒美がいただけるとは思いませんでした。王将様の後宮に入れば、これはもう大出世間違いなしですよね?」

「いや、俺はこんなものを発行した覚えはまったくないんだが。魔獣隊には、働きに報いるためにちゃんと牧場施設の整備を命じておいたはず」


 結婚許可証の発行は、後宮会議となっている。

 ご丁寧に、シレジエ王国の王印まで押されている。正式な書類すぎる。


「もちろん、私に否やはございませんよ!」

「待て、話を聞けハイドラ」


「ハイ、なんでも聞きますよ。ダーリン?」


 ハイドラは、ごそっとベッドを俺の横まで転がってきた。

 そのまま抱きしめてくる。なんか、距離詰めるの早くね?


「オラクル、いい加減に腰を押さえるの止めてくれ」

「またまた、そう言いながら気持良いんじゃろ?」


 またコリコリと腰のツボを押さえてくる。

 それがまた利く!


「おふっ、良すぎて困るんだよ。もう十分良くなったからいい」

「じゃあ、今度は足つぼにいくかのー」


「ちょ! まてっ! ぎゃぁぁああ!」


 いきなりゴリゴリっときた!

 またエビぞりである。


 これじゃ、話しが進まないだろ。

 気持ちいいけども!


「ふむ。そんなに足つぼが利くところを見ると、やっぱりそうとう身体に無理がかかっておるのう」

「私もやりましょうか」


 足つぼマッサージはオラクルがやると気持ちいいが。

 ハイドラがやるとくすぐったい。


「ハッ、お前らやめろ、アハハハッ!」


 くすぐったすぎて転げまわった。

 そこに、またハイドラが抱きついてくる。


「王将様のベッドは心地いいですね。私もここに住んでいいんですよね?」

「やけに乗り気だなハイドラ。俺はまだ、うんと言ってないんだが」


「もちろん、王将様がお嫌なら仕方がないですけど。私は魔族ですし、種族の違いもありますよね」


 口ではそう言いながら、俺を誘惑するためにのしかかってきた。

 言ってることとやってることが違う。


 しかし、いかに魅惑的な肢体とはいえ、俺はそう簡単に誘惑されるほど……。


「きゃぁ!」


 突然、ハイドラが甲高い悲鳴を上げる。


「えっ、俺まだ何もやってないよ?」

「ハイドラ、タケルの妻であるワシも魔族なんじゃからな。ふむ、いい形の骨盤じゃな。立派な子が産めそうな安産型じゃな」


 どうやら、オラクルが後ろからハイドラのお尻を触ってるらしい。

 学者めいた好奇心を持つオラクルは、一度興味を持つと容赦無く、徹底的に、触診する癖がある。


「オラクル様、そのあんまりお尻を……」

「タケルは、種族の違いなぞ気にする男ではないぞ。もともと、異世界から来ておるから普通の人間と違うのじゃ」


「え、王将様は異世界人なのですか?」


 俺が異世界人ってことは、わりと機密だと思うんだが。

 それを教えるということは、オラクルがハイドラを認めたということなのだろうか。


「魔族のワシらは人族の見分けがつきにくいが、タケルは人族の中でもとても珍しい容姿に見えるそうじゃぞ。夫婦の血は、遠ければ遠いほど良いとも言う。異世界人であるタケルの子が、みんな優秀になるのは道理がないことでもないの」

「それは凄いことを聞きました。あの、でも、お尻をそんなに……」


 ハイドラは、頬を朱に染めて身を捩らせる。

 ほんとに、オラクル何やってるんだ。


「時にの、アビス大陸でカアラが新しい魔国の建国を準備しているそうじゃ。ワシとタケルの子を、どうしても魔王にしたいらしい」

「ホントですか。それって出世のチャンスでは?」


 ハイドラが俺をぎゅっと抱きしめてくる。


「うむ、お主もタケルの子を産めばいいのじゃ。さすれば、その子は魔国の大貴族じゃろう」

「大貴族!」


「うむ。しかも新しい国は人材不足じゃから、お主の器量なら大将軍でも、大臣でも、ポストは選び放題じゃな」

「大将軍! 大臣! ああっ! それはもう、この上なき大出世ですねぇ……」


 出世を渇望するハイドラが、魅惑の囁きになんかもうよだれをたらさんばかりに蕩けて、トロットロになってきている。

 なんでオラクルは、ハイドラを口説いてるんだよ。


「おい、俺を無視して話を進めるな」

「王将様、もうダメです」


「はい?」

「もう腰が立ちません、お情けをいただかぬことには、もう動けません!」


「いや、その前に結婚の話だっただろ!」


 いつの間に、結婚の話から一段階飛ばして、次の段階に行ってるんだよ。

 これまたオラクルの精力剤の助けを借りる展開になるだろ。


 なんかこう、俺の知らない間にズブズブと深みにハマっているような気がしてならない。

 なんでオラクル達は、俺の妻や子を増やそうとしてるんだ。


 暗躍する後宮会議。

 一体どこで開かれているんだよ!


     ※※※


 タケルがハイドラやオラクルとごちゃごちゃとやっている寝室のすぐ隣の大広間で、その後宮会議は開かれていた。

 後宮会議といっても、常設の会議室があるわけではない。


 タケルの正妻、後宮序列第一位のシレジエ王国女王シルエットが議長を務める会議がそう呼ばれるだけだ。

 この日は、序列第二位のトランシュバニア公国カロリーン公女から、第十二位の警護統括ネネカまでが勢揃い。


 それどころか、新しく妻になるシェリー達、奴隷少女十三人。

 サラちゃんや、ララちゃん。宮内警護の密偵スカウト二人と、近衛騎士達も揃っている合同会議となった。


「オラクル様がいま取りなして、魔獣隊長ハイドラも無事にタケル様の妻となったようです」


 隣の部屋の様子を探っていた密偵スカウトユリアーナの報告に、議長であるシルエットは頷く。


「では新しくタケル様の妻になられる皆さんも揃ったようなので、合同会議を始めましょう」


 シルエットの開会の言葉で、会議は始まる。

 議長といっても、シルエットの仕事はこれだけで基本的に話を進めるのは、後宮序列第六位のシレジエ王国摂政であるライル先生だ。


 ここらへんもまあ、表の政治と役割は一緒である。

 恐ろしいことに、タケルの妻にはユーラ大陸の統治者が揃っているので、後宮会議は実質的に世界の政治経済を統括する影の大陸連盟会議と化していた。


 流れるように昨今の情勢と今後の展望を話すライルに、末席のほうに居たシェリーが手を上げた。

 ここで発言を求めるのはかなりの勇気……と言おうか、政治の問題になるとシェリーぐらいしか口を挟めない。


「なんですか、シェリー?」

「なんでライル閣下は、お兄様の妻を増やそうとなされるんですか。増えれば増えるほど、お家騒動なんかが起きる危険もあると思うんですが」


 これ以上妻が増えると自分達の取り分が減ってしまうのではないかというやっかみも半分だが、もっともな疑問でもあった。

 ライル先生は微笑むと「良い質問ですね」と返す。


「確かに、タケル殿の血筋が増えるとその問題はでてきます」

「でしょう!」


「しかしそれは、中途半端に増やした場合です」

「中途半端にですか?」


 聡明なシェリーでも、意味がわからない。


「例えば、シレジエ王国の建国王、勇者レンスの血を引いた人が今どのくらいいるか知ってますか?」

「えっと確かシレジエ王国と、分家筋のトランシュバニア公国と……」


 指折り数えるシェリーに、後宮序列三位、ランクト公国のエレオノラ公姫が手を挙げる。


「うちの先祖もそうよ。傍系の傍系だけどね」


 後宮序列四位、アラゴン王国のセレスティナ女王も手を挙げる。


「実際のところどうか定かではないのですが、こちらの少数部族の長はたいてい勇者レンスの末裔を名乗ってます。アラゴンには全員が勇者レンスの子孫だという村もあります」

「村ごとですか!」


 これにはシェリーもびっくりだった。


「こういうことなんですよ。中途半端に数を制限してしまうと問題が起こりやすい。逆に、全力で妻を増やしまくってユーラ大陸の王族・貴族の子孫をタケル殿の血筋で埋めてしまえば、珍しくもないということになるのです。そうすれば、母方のほうの血筋の正統性が重視されるようになって統治は安定します」


 そうして、タケルの血筋を引いている諸国の王族・貴族、さらには佐渡商会の流れをくむ資本家に至るまで、硬い血の連盟で結びつくことにもなる。

 これがタケルを王や皇帝として立てるのではなく、あくまで各国の女王の王配としたライルの長期戦略であった。


「あのでも、それってお兄様のお身体のほうは大丈夫なんですか?」


 シェリーとしては、果たして自分にいつ順番が回ってくるのかも心配だが。

 お盛んで一晩だけの相手が多かった勇者レンスと比べて、根が真面目なせいか夜の相手を全部妻として抱え込んでしまうタケルの身はかなり心配である。


 ライルは、「そこはタケル殿に頑張ってもらうしかありませんね」と肩をすくめた。

 なんとそこはノープランで丸投げなのか。


 どうもそっち方面になると、いささか配慮が抜けているライルである。

 タケルも苦労する。


「まあタケル殿の体力面については追々と考えるとして、一つ早急に埋めて置かなければならない血筋があります」


 ライル先生が指揮棒で卓上の地図を指す。

 指した先は新生ゲルマニア帝国。幼女帝エリザベートの治める国であった。


「えっ、でもまだエリザって九歳でしたよね。絶対無理ですよ!」


 エリザと友達のシェリーはよく知っているが、いくら聡明とはいえ歳相応に幼く見えるエリザの容姿では、タケルは絶対に結婚を納得しないだろう。

 結婚はせめて成人である十五歳を迎えてから(年齢より幼く見えるせいか、シェリーですらまだ抱いてもらってないぐらいなのだ)が、タケルの鉄則である。


 名目上の婚約ですら、「政略結婚はダメだ」とか「その年で人生を決めてしまうのはどうなんだろう」とか面倒くさいことを言って(目に浮かぶようだ)難色を示すに違いない。


「そこは私に策があります。近々、エリザベート陛下は、新生ゲルマニア帝国より戦勝のお祝いにいらっしゃるのです。なに、外堀はすでに埋めてあります」


 そう言うと、指揮棒を頬に寄せてライルはくすりと笑った。

 さてはて、タケルはライル先生の策にハマってエリザと結婚してしまうのか。


 次回に続く。

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