第288話「エリザとの結婚」

「ほう、歌劇をやるんですか?」


 久しぶりにライル先生に呼び出されたと思ったら、妙な話を聞かされた。

 歌劇とは、一体何のレクリエーションかと思ったら、新生ゲルマニア帝国の宮廷楽師ツィターが企画したらしい。


 戦勝の祝いで、新生ゲルマニア帝国から使節団が訪れるという話は聞いていたが。

 またツィターが張り切ってしまい、幼女帝エリザベートの爺さんである勇者皇帝コンラッドの若い頃である英雄譚の歌劇をうちの城の前の大階段を舞台にしてお披露目したいとのことだ。


「そこでなんですが……」


 ツィターが盛り上がってるなら、好きにすればいいと思ったのだが。

 ライル先生が、俺にもゲルマニア歌劇に出演しろとか言い出してきた。


「ムリムリムリ!」

「タケル殿は、いつも演説を上手くやれられているのでそんな感じでやっていただければ」


 いや、あれも毎回そうとう無理してやってるんですよ。


「いやムリです! マジで俺、お芝居とかムリですよ。台本覚えられないですから!」

「アドリブで大丈夫ですよ」


「アドリブで大丈夫って、どんな歌劇ですか」

「九歳のエリザベート陛下も、お姫様役で出るんですよ。その程度のものですから」


 エリザもやるのか。

 歌劇といっても、子供のお遊戯みたいなものかな。


 うーんでもなあ。


「観客がたくさんくるんですよね?」


 俺の心配はそこだ。

 王城の入り口を一般開放して、大衆にまで見せると言ってる。


 近頃、平和になって生活に余裕がでてきたシレジエの国民は、みんな娯楽に飢えている。

 そういうの大好きだからたくさん見に来るぞ。


 ゲルマニア帝国主催の歌劇で、俺がセリフをとちったりしたら。

 さすがにシレジエ王国としても、国家の威信的にまずいのではないだろうか。


 ライル先生は、俺を演説が上手だと褒めてくれるが。

 あれは戦争の異常なテンションだからできるのだ。


 素の状態の俺だと、緊張してセリフを言い間違ったりしちゃいそうだよ。


「そこは心配いりません。歌劇といっても、遠目からだとセリフなんて聞こえたもんじゃありませんから、見せるのはアクションだけなんですよ」

「アクションだけですか?」


「他にも見世物はありますが、タケル殿の役割はラストシーンにドラゴンが出てきますから、それを倒して姫を救い出すだけです。簡単でしょう?」

「うーん、それならばなんとかできるかなあ」


「ではこの台本を確認してください。ドラゴンが出てきたら、強くあたって、あとは流れでお願いします」

「どこの相撲の立会いですか……」


 ともかく、それっぽく見えればいいというのだ。

 台本を見ると、本当によくある英雄譚だ。


 いろいろと冒険があったけども、最後はドラゴンを倒してお姫様を救い出して求婚するという、とてもわかりやすいストーリーである。

 ちなみにこの物語、ゲルマニアでは有名な実話だそうだ。


 このコッテコテの勇者な流れを、リアルにやっちゃったのが若き日の皇帝コンラッド。

 この救われたお姫様が亡くなったエリザの祖母だというから、ほんとゲルマニア帝国は呆れるぐらいリアル勇者の国だ。


「この台本、エリザって書いてあるんですけど」

「エリザベート陛下の祖母が、奇しくも同名だったらしいんですよ」


「なるほど。でも同じ名前だと、なんか本人に求婚しているみたいでこっ恥ずかしいですね」

「アハハハッ……」


 ん、なんか急にライル先生が笑い出したぞ。


「俺なんか面白いこと言いましたか?」

「い、いえ。ともかく、頼みましたよ。これは小道具の花束です。求婚の時に渡してください」


 俺にカサブランカの白い花束を渡すと、ライル先生は口元を押さえてなんか慌てて行ってしまった。

 なんで笑われたんだろ。


 よく考えると子供相手に求婚とは考えすぎだったか。

 そうだな、九歳の子供相手に恥ずかしがってるのもおかしいか。


 歌劇といってもエリザが演技できるのだからお遊戯みたいなものなのだろうし。

 俺も近頃、後宮にこもってばかりで身体が鈍ってるから(一部分だけは酷使されまくってるが……)お芝居をやってみるのもいいだろう。


「よし、じゃあやると決まったら、頑張ってみるか」


 民衆にも娯楽は必要だ。

 よく考えたら新生ゲルマニア帝国の使節団がシレジエにやってくるのは、これが初めてである。


 その幼き皇帝であるエリザをシレジエの民に紹介するに、これ以上はない催しだろう。

 かつては敵として戦ったゲルマニア帝国が刷新されて、シレジエの友好国となったと民に示す。


 それには、王配である俺とエリザが仲良く演劇してるのを見せるのは良い手だ。

 楽師ツィターもなかなか考えたものだ。


「いや、天然のツィターがそこまで考えてるわけないか」


 もしかしたら、老将マインツあたりの入れ知恵があったのかもしれない。

 ツィターに関しては、きっと歌劇やりたかっただけだろう。


 まあ、たまには俺も外交の役に立つとしよう。


「ゲルマニアの使節団が来てるなら、俺も挨拶に行ったほうがいいんじゃないか?」


 外交の準備か、慌ただしく動いている廷臣のなかにシェリーを見つけて声をかけた。


「挨拶はあとでいいですよ。お兄様は、お芝居の台本を読んでてください」


 もう新生ゲルマニア帝国の使節団は街の中に入っているはずなので挨拶に行こうとしたのだが、歌劇が終わってからとシェリーに止められた。

 城ではみんなものすごくバタバタしている、なんか準備が忙しいらしい。


「まあいいか」


 俺も台本を読んで、お芝居に備えることにした。


     ※※※


「おい、凄い舞台じゃないか」


 いざ出番がきたと呼ばれてみれば、城の入り口の大階段がすごいことになっている。

 ほんとにこれを仮設で作ったのかという大舞台だ。


「スモークまで炊いてやがる」


 勇壮な音楽が響きわたっていると思ったら、太鼓に弦楽器にフルートが五人ずつ並んで集結している。

 いつの間にオーケストラまで結成できるようになったんだ。


 この豊かさを見ると、思ったよりもゲルマニア帝国の復興は進んでいらしい。

 一度は亡国寸前までいったとはいえ、さすがは元世界帝国というところだろうか。


 ちなみにオーケストラの真ん中で、蜂蜜色の長い髪を振り乱して指揮棒を振りまくっているのが宮廷楽師ツィターである。

 あの指揮者ってなんのためにいるのか素人目にはまったくわからないのだが、ともかく凄い気迫だ。


「あいつ指揮までできたのか」


 舞台の周りだけでなく、城を囲む内壁も一般開放されて、見物の客ですし詰め状態になっている。

 なるほど、城の立地を生かして舞台にしたんだな。


 トンチンカンなとばかりやるツィターだが、こと音楽分野になると幅広い才能を発揮する。

 感心して見てたら、指揮していたツィターが急に歌い出した。


「偉大なる故国の勇者よ~姫を助けよ~♪」


 なんだこりゃ。


「お兄様、そクライマックスです。そろそろ、出番ですよ」


 シェリーにそう言われて気がつく。


「あ、そうか……」


 オーケストラの指揮者がいきなり歌い出したから笑ってしまったんだが、そういやこれ歌劇だったな。

 太鼓の音が響き渡る中で、オーケストラも演奏の手を止めて「邪悪なる竜を打ち破り~姫を助けよ~♪」の大合唱だ。


 お前らも歌うのかよ。

 笑えてきて、少し緊張がほぐれた。


「わかった……いざ往かん戦いの園へ!」


 俺が台本通りのセリフを叫びながら、舞台にゆっくりと進み出ると。

 スモークの奥からノッシノッシと、本物のグリーンドラゴンがでてきた。


「おい!」


 ドラゴンって、本物のドラゴン使うのかよ!

 てっきりハリボテか何かかと思ったのに。


 観客も突然のドラゴンにびっくりしたらしく、ざわついている。

 全く打ち合わせにない。


「王将様、適当にやっつけた振りをしてください」


 なんか囁き声が聞こえると思ったら、舞台そでに魔獣使いのハイドラがいた。

 そうか、ハイドラの仕込みか。


「ギャォオオオ!」


 ドラゴンブレス!

 これは、ド迫力だ。客席からは悲鳴まであがっている。


 グリーンドラゴンも、ドスドスと足を踏み鳴らし、尻尾を振り回して迫真の演技である。

 本気で暴れたら木造の舞台など簡単に壊れるので、こう見えて加減をしている。


 よく見たらコイツ、この前ハイドラが乗ってきたミドリちゃんじゃねえか。

 さすが魔獣使いが飼い慣らしているドラゴン、賢いな。


「でやー!」


 俺が適当に置いてあった剣を振り回すと、ミドリちゃんは「ギャォオオオ!」と吠えながら、仰向けになって舞台の下に落ちていった。

 とたんに観客から、ワーと大歓声があがる。


「おい、大丈夫か」


 迫真の演技すぎて、いま一回転して落ちたんだけど?


「大丈夫だから、行ってください」


 ハイドラが囁いている。

 どうやらミドリちゃんは大丈夫のようだ。


「よし……」


 あとは、花束を使うんだったな。

 俺は一段高い所に(おそらく意匠を見ると、砦に閉じ込められているといった風情か)進み出て、目をつぶって両手を組んで待っていたエリザベートのところに進み出る。


 青味がかったプラチナブロンドの長い髪。

 お姫様役をやっている幼女皇帝は、純白のドレスを着ている。


 思わず見惚れるほどの美少女っぷり。

 そのハッキリとした目鼻立ちは、九歳という幼さを感じさせない凛とした気品をまとっている。


 おっと、セリフを言わないと。


「エリザ、待たせた」


 ……で、良かったかな。

 エリザが目を開く、金と青のヘテロクロミアの瞳が俺を見つめる。


「勇者様、ありがとうございます!」


 エリザ、迫真の演技。

 かなり気合が入っているようだ。


「途上で花を詰んできた」


 俺は、落ち着いてセリフをしゃべると。

 さっとカサブランカの花束を渡す。


「まあ、美しい」

「フッ、エリザの美しさには到底及ばぬが」


 なんだこの歯の浮くようなセリフ。

 台本に書いてあるんだからしかたがない。


 臭いセリフにかかわらず、エリザは頬にぎゅっと手を寄せて頬を真っ赤にしている。

 なんか外野がざわついて、ヒューヒューと口笛まで飛んできた。


 なんだこれ、こっ恥ずかしいな。

 さっさと終わらせてしまおう。


 俺は、エリザをそっと抱き寄せる。


「エリザ……余と結婚してくれないか」

「喜んでお受けします!」


 震える声でそういった。

 よし、あとは神官が出てくるんだったな。


「わたくしは、是非もなく旅の司祭! 若き二人のために祝福を送らん!」


 旅の司祭だと台本に書いてあったのに、聖女のローブに身を包んだリアが出てきたぞ。

 ちょっとは演技しろよ、服装はなんでもいいのか。


「司祭殿、余ら結婚することにした」


 自分で言ってても、実に唐突なセリフである。

 ツィターがまたサッと指揮棒を振って、曲がウエディングマーチに変わる。


「それはめでたし! ではわたくしが、是非もなく司式司祭を務めましょう」


 皇帝でもある勇者コンラッドが結婚式をするなら帝城ですればいいのに、凄い急展開である。

 その場の勢いで、旅の司祭の立ち会いで結婚しちゃったそうだ。


 あとで正式な婚礼をやり直したとはいうが、若き日のコンラッドは皇帝としての自覚が足りない。

 ゲルマニア皇族はみんなそんな感じだよな。


「勇者よ、エリザベートとの永遠の愛を誓いますか!」

「はい」


「エリザベートよ、勇者との永遠の愛を誓いますか!」

「はい!」


 満足気にリアが頷き、ピカっと首から下げていたアンクを光らせた。

 何の演出だよ。


「よろしい、これにて二人は夫婦となりました。では、皆さんお待ちかね、誓いの口づけに移りましょう。はい、キース! キース!」


 リアのやつ、手拍子を始めやがった。

 いくらお芝居でもふざけすぎだろ。


「二人とも何をしているのです、ほらアーサマもお待ちです。是非もなく接吻ですよ。はい、キース! キース!」


 なんと、リアの手拍子に合わせて、観客達も一緒に手拍子しはじめた。

 なんなの? これリアがふざけてるわけじゃなくて、もしかしてアーサマ教会にはこういう儀式もあるのか?


 アーサマ教会、相変わらずどうなってんだよ……。


「わかったよ」


 しないと終わらない流れなので、エリザに口付けすることにした。

 もちろん演技だから、口づけする振りをするだけだ。


 ややオーバーリアクションで、俺は腰をかがめてキスをする振りをした。


「勇者様、もう少しかがんでください」


 エリザがそう言うので俺がもう少し腰をかがめると。

 エリザは持っていた花束を落として、俺の首に手を巻きつけてきた。


 そして、振りじゃなく本当にキスしてきた。


「んん? んんっ!」


 唇に柔らかい感触を感じて、俺は驚いて顔を上げる。

 俺にしっかりと抱きついてきたエリザは、俺が腰を上げてもプラプラとぶら下がって離れない。


「はい、誓いの口付けが終わりました! 新生ゲルマニア女帝エリザベートと、勇者佐渡ワタルの婚礼の儀が是非もなく終わりました!」


 観客がドッと沸き、盛大な拍手が起こる。


「んはっ、一体どういうことだ!」


 おい、お芝居だろ?

 俺は首にぶら下がっているエリザをようやく引き剥がして下ろすと、リアに詰め寄る。


「タケル、是非もなくおめでとうございます!」

「ありがとう……じゃねえよ。お芝居はどうなったんだ!」


「はい、是非もなくお芝居風婚礼の儀式ですよね。滞り無く終了でした、これで新生ゲルマニア帝国とシレジエ王国の縁も末永く結ばれることでしょう」

「えー」


 振り返ると、さっきのカサブランカの花束をウエディングブーケよろしく観客に投げていたエリザが。

 嬉しそうにまたこっちにやってきて、後ろから抱きついてきた。


「タケル様。不束者ですが、末永くよしなにお願いします」


 えっ、なにこれ。

 リアがふざけてるわけじゃなくて、本当にエリザと結婚したことになっちゃったのか?


 いまだ鳴り止まぬ万雷の拍手。

 婚礼の祝いの宴だと、城の前で料理と酒が振舞われて王都が大騒ぎになってきた。


 次回に続く。

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