第286話「警備上の都合で2」

286.警備上の都合で2


 俺は、ガッチリと左右の腕をベレニスとクレマンティーヌに掴まれて、後宮へと引きずり戻された。

 最高指揮官の命令聞かない護衛騎士ってどういうことなの!


「待て、お前らの考えは見え透いてるんだからな」

「ほほう!」「王様にはお見通しですわね」


「どうせ何でも願いを叶える権を使って、俺と結婚するとか言い出すつもりなんだろう?」

「ブブーハズレです」「王様それは違いますよ」


「あれ、なんだ違うの?」


 俺ちょっと恥ずかしいんだけど。

 これまでずっとこんな流れだったからてっきり二人もと思ってしまったけど、そうか俺の勘違いか。


 自意識過剰みたいになっちゃってたか?

 そうだよな。


 よく考えれば、才色兼備な二人はいくらでもうちの騎士団で貰い手がある。

 人気あるって話は、前々から聞いてたし。


「残念でした。私は願いに関係なく王様とは結婚しますよーだ!」「女としては、できれば王様から求めていただきたいですね」


 そう言って、二人は頬を赤らめる。

 どっちにしろ、俺に結婚を申し込んで来るのかよ。


 いや、それ以前に結婚しますとか、求めろとか、決定事項になっちゃってるじゃねえか。

 俺の意思はどうなってるんだよ。


「お前ら男性騎士から人気あるんじゃなかったのか?」


 そっちで片付くもんだとばっかり思ってたぞ。


「いや、そっちはないでしょ。王様とそこらの騎士じゃ比べ物にならないですよ」「うちは仮にも伯爵家ですから、釣り合うのは王様しかおられません」


 クレマンティーヌは、家が大貴族だからそういう都合もあったか。

 うーむ。


 こいつらを妻としたときにどう処遇するかも迷ってしまうんだが。

 そんなことを考えだしたというのは、もう結婚すると決めたってことだ。


 なんだかんだで、この二人とも付き合い長くなっちゃったしな。


「わかった。お前らは貰ってやるから、もう離してくれ。な?」


 ここは増加を最小限に抑えるのが大事だ。

 ベレニスとクレマンティーヌは、もうこんだけ絡んじゃった以上しょうがない。


 俺もなんかこう結婚のハードルが下がりまくってるような気がするが、二人だけは責任もって引き受けようじゃないか。

 だから、これ以上の増加はやめよう!


「クレマンティーヌ、ついに王様から告白されちゃったよ。どうする?」「女冥利につきますわ!」


 ベレニスとクレマンティーヌは、俺を解放するどころか感激して両方から抱きついてきた。

 これではもう、身動きが取れない。


「んんんっ! おおい、離せっていってるのに」

「うふん、このままベッドにいきましょうよ~王様」「ダメよベレニス、先に任務は果たさないと……でも少しだけなら」


 ベレニスから熱烈にキスされる。

 比較的真面目なクレマンティーヌまで、ほっぺにチューしてくる。


 左右からきつく抱きしめられているため、身動きするといろいろいけないところに当たってしまう。


「二人とも苦しいからやめろ。一体どこにつれていくつもりなんだ?」

「お風呂場です」「後宮のお風呂場です」


「お風呂場ぁ? なんで警備の話し合いで風呂なんだ、いろいろとおかしいだろ!」

「警備についての話し合いですよ、後宮のお風呂場ですから!」「お風呂場こそが問題なのです。付きましたら団長方がご説明申し上げますので」


「いや、お前ら俺の話を聞けよ」


 もうこの強引すぎる展開。

 どう考えてもお風呂場では真っ裸の女騎士団が大量に並んでて、この内から二人選べとかそういうパターンだろ。


 俺は詳しいんだ!

 は、な、せ!


「きゃあ」「いやぁん」


 いけないところに触れてしまうにもかかわらず、俺は強引に二人の囲みを突破しようとした。


「ベレニス達ご苦労だったな」


 二人の囲みを切り抜けて突破しようとした俺の前に立ちはだかったのは、ルイーズであった。


「ルイーズまでか?」

「そうだ、タケル。一緒にお風呂場に行くぞ。そして、ジルとマリナの話を聞いてやって欲しい。これは、かなり真面目な話なのだ」


 いつも実直なルイーズが、悪ふざけに加わるとは思えない。

 ふざけてばかりのベレニスとクレマンティーヌはともかく、ルイーズがそう言うならと俺は渋々と後宮のお風呂場へと足を踏み入れた。


「よく来たな王将」「……お待ちしておりました」


 お風呂場には、近衛師団長のジルさんと、近衛騎士団長のマリナさんが待っていた。

 寡黙なマリナさんがしゃべるの久しぶりに聞いたなと言おうと思ったんだが、それ以前に……。


「なんだよその格好」


 二人とも、赤いビキニアーマーを着用していた。

 大昔のアメリカのTRPGにありそうなコッテコテの女剣士の服装である。


 ジルさんの筋肉質で日焼けした肌と、マリナさんの小柄ながらもシュッとした白い肌が対照的で、小股の切れ上がった際どいビキニアーマーがより際立つ。

 防御力なさすぎ、なんのために作られた衣装なんだこれは。


「し、仕方がないだろう。古来よりシレジエ王国に伝わる、ここぞと言う時の勝負鎧なのだ!」「……です」


 ジルさんは、恥ずかしそうに頬を染めてそっぽを向いた。

 マリナさんも、手で身体を隠して顔をうつむかせる。


 それ、絶対建国王レンスが羞恥プレイ用に作った衣装だよな。

 聞かなくてもわかる。


「この際だ。格好はツッコまないことにする。それより、裸の女騎士団はどこに隠してあるんだ?」

「何を言っているのだ王将?」「そんなものいる、はずありません……」


 なんだと……。

 裸の女騎士団がいないだと?


 てっきり、そのパターンかと思い込んでいた。

 これは俺が考え過ぎだったか。


 格好はふざけているが、二人はとても緊張の面持ちだった。

 もしかして、ほんとに真面目な話し合いか?


 俺が念の為にお風呂場の方までチェックしてみるが、裸の女騎士団が隠れていることはなかった。


「ふーむ。ところで、なんで警備の話でお風呂場なんだ」

「お風呂場は、もっとも無防備になるところだ。その場の警備を心配するのは、王室を守る近衛騎士団としては当然のことだろう」


「なるほど」


 ジルさんの言うことは、道理が通っている。


「そこでまず提案なのだが、一緒にお風呂に入ってみよう」

「なんでそうなる……」


 俺が止める間もなく、ジルさんとマリナさんはビキニアーマーを脱ぎ始めた。

 どうせ脱ぐなら、それ着る必要なかったんじゃ……。


 ルイーズも入るのかと思ったら、退出する様子。


「あれ、ルイーズ達は入らないのか?」

「今日はジルとマリナの話だからな。ほら、お前らもちょっとは気を使って遠慮しろ!」


 ルイーズは、一緒に入ろうと服を脱ぎかけていたベレニスとクレマンティーヌを抱えて外へと出ていった。


「ほら、何をしている。湯はわかせてもらってあるのだ」


 シュッと後ろにくくっている黒髪を下ろしたジルさん達に誘われて、俺は一緒に風呂に入ることとなった。

 なんかこの二人と入るのも久しぶりだな。


 しばし、無言の入浴。

 本当に普通に入るだけだった。湯船は気持ちいいんだが……。


「……話し合いは?」

「騙してすまない、警備上の理由というのは嘘だ」


「やっぱりか」

「いや、部分的には本当なのだけど。密偵スカウト部隊が四人後宮に入れてもいいとなっただろう。だから、ルイーズ様が後宮会議に頼んでくれて近衛騎士団からも四人入れていいと決定されたのだ」


 また、後宮会議か。

 どこまでも増殖しようとする恐ろしい組織だな。


 そんな会議、俺は参加したこともないし、そもそもどこで開かれているのか知らないのだ。

 何とか謎を暴けないものか。


「そこで近衛騎士から二人となると、まず王様の護衛であるベレニスとクレマンティーヌに枠を取られてしまうのだが、残り二枠を私とマリナが団長権限で強引に勝ち取った」

「それは、思い切ったことをしたな」


「部下の女騎士からは、ものすごく不評だったが……致し方ないのだ!」

「どうしてそこまで、ジルさん達ならモテるでしょう」


 マリナさんも颯爽として美しい女性だし、ジルさんにいたっては俺でも抱きたいを何度か思ったことがある。

 こんな魅力的な女性なのだから、相手が居ないわけがないだろう。


「モテるなんてとんでもない! 私らは深刻にモテないんだよ。まったく男に相手にされないんだ!」


 マリナさんも、栗毛色の髪を揺らしてコクンと頷く。

 なんでも、男性騎士同士との会合(合コンのようなものか?)は定期的に開かれているのだが、ジルさん達は位があまりにも高すぎて引かれてしまうというのだ。


「じゃあ、貴族とか……」

「やわな貴族や官僚なんて御免被る! こっちだって意地がある。私らは、剣の道に生きてるからもう結婚なんかいいとずっと思ってたんだ!」


 マリナさんも激しくコクコクと頷く。

 首が疲れないだろうか。


「うーむ」


 じゃあ、なんで急にこんなことを?


「剣の道に生きるからいいと思ってたんだが、心変わりした。その、ルイーズ様があまりにも幸せそうなので」

「ああ、そうか」


 ルイーズの影響なのか。

 なるほど、ルイーズとジルさんとマリナさんは昔から轡を並べて戦ってきた騎士仲間である。


 女グループの一人が結婚してしまうと、そういうのが気になっちゃうということはあるか。


「自分で言うのも悲しいが、私らはトウが立った行き遅れだ。もちろん結婚してくれとはいわん。恥を忍んで頼むが、せめて一晩だけでも相手をしてくれないだろうか。ルイーズ様だけでなく、部下の騎士達もどんどんと恋人ができるなかで、私らだけ男を知らんではあまりに悲しすぎる」


 マリナさんもブンブン首を縦に振っている。

 もう取れそうだ。


「俺は一晩かぎりっていうならやらないよ」

「クッ、やはりダメか。そうだよな、こんな強引なやりかたでは――」


「もしするなら、ちゃんと結婚するよ」

「その言葉、本当か! 男に二言はないな!」


「いや、むしろジルさんとマリナさんがいいのかなと」

「いいからこうして来てるんだろうが! 他の男では不安だが、王将ならば昔からよく知っているし安心だ」


「まあ、俺はジルさんとマリナさん好きだったから嬉しいけど」

「そう言ってくれると私も嬉しい。それに、その……なんというか、女王陛下の手前とても言い難いのだが、お前に抱かれたらと、そんな想像をする夜もあった。こう見えても、私だって女なんだ!」


「……私もです」


 口数が極端に少ないマリナさんも、ハッキリとそう言った。


「よしわかった。じゃあ俺は男としてジルさんとマリナさんを、責任を持って受け入れよう。そうなったからには、王将とか王様ってのはやめてくれるかな」

「タケル様。いや、タケルと呼べばいいのか?」


「うん、それでいいよジルさん」

「こここ、こっ恥ずかしい! なんだこれはぁぁ!」


 ジルさんは顔を真っ赤にしている。

 まあ、恥ずかしいよね。


 マリナさんもだけど、ジルさんとは三年以上の付き合いだしな。

 しみじみしていると、マリナさんが背中から抱きついてきた。


 裸同士だから、柔肌の感触がヤバイ!


「うわ!」

「マリナ、それはさすがに、少しはしたないのではないか?」


「そうだよ。せめてそういうのはベッドでしようよ」

「……です」


 しかし、マリナさんはくっついて離れない。

 今なんて言ったんだ?


「そうか! ええい、この際だ。私だってやるぞ!」

「ジルさんまで、ちょっと落ち着こう」


「もとより抱かれる覚悟は決まっているのだ。この積極性がなかったから、これまでダメだったのだと今さら気がついた。タケルの口から妻にしてもらえると聞いたのだから、私だって勇気を出さねば……」


 あっ、これマズイと思った瞬間、お風呂の扉がパーンと空いた。


「ついに結婚ですね。おめでとうございます!」


 ベレニスとクレマンティーヌ、それにルイーズも結局入ってきた。

 どうやら脱衣所から聞き耳を立てていたようだ。


「あれ……ベレニス。これちょっとマズイんじゃないかしら。団長達のお邪魔をしてしまったのでは?」


 ジルさんたちに睨みつけられて、クレマンティーヌが冷や汗をかいて頬をこわばらせている。

 いや、乱入してくれて俺は助かったぞ。


「全然大丈夫だよ。だって王様の妻になったのは私達のほうが先だもん!」


 なんと物怖じしないベレニスは、そのまま湯船に飛び込んで俺に抱きついてきた。


「ベレニス控えよ。王に失礼ではないか!」


 そうだよ。とりあえず、湯船に入る前は掛け湯はしろよベレニス。

 ジルさんが一喝するも、ベレニスはまったく堪えない。


「こっから先は女の勝負だから、階級なんて関係ないんですぅ! 団長達も悔しかったら女の魅力で勝負してくださいね。年増には無理でしょうけど」

「なんだとぉ! おいマリナ。近衛騎士の誇りにかけて、こんな小娘に絶対に負けるな!」


 こうして俺は、五人の妻となった女騎士に囲まれて長湯することとなってしまった。

 このままじゃ、また今日もオラクルの精力剤の助けを借りなきゃならなくなりそうだ。


 うん、全然助かってない。

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