第283話「王家の森」

 俺は、シルエットと二人だけでピクニックへとやってきた。

 戦争が終わったら、シルエットと二人だけでゆっくりと過ごす約束がついに果たされる。


 そうは言っても、二人で手をつないでやってきたのは王都のすぐそばにある王家の森だった。

 王都シレジエの周りの平地は開発が進み、森はほとんどが姿を消しているのだが、王家が狩猟に使う王家の森だけは守られてきたそうだ。


 俺は狩猟などやらないので来たことはなかったのだが、今でも小さな館には森番の老人が住んでいて猟犬なども飼われているのには驚いた。

 王家の直轄地となるので許可無く立ち入るのは禁じられているが、元々この森に住んでいたエルフやニンフ達は今でも住まうことを許されているという。


「うちのすぐ近くにこんな場所があったなんて知らなかったな」

「妾も、ここに来るのは本当に久しぶりです」


 今日のシルエットは、軽快な白いワンピース姿だ。

 森の小道を楽しそうに駆けていく姿を見ると、出会った時の頃を思い出す。


「この先に、タケル様に見せたい花木があるのです。ちょうど今頃の季節が花ざかりなので」

「そうなのか、楽しみだな」


「あっ、見えてきましたね」

「これは……」


 季節は春。

 俺の眼前に満開の桜並木が現れて、俺は思わず言葉を失った。


「サクラと言うらしいですね。二百六十年前、建国の勇者王レンスが東方探索に赴いて探しだした特別な花木だそうです。こんな美しい桃色の花は、シレジエにもここにしかありません」


 どこで見つけてきたのだろう。

 やってくれるぜレンス。


 まさか、酷幻想リアルファンタジーで桜が見られるとは思わなかった。

 望郷の念などもはやどこにもないと思ったのに、桜の花びらが舞い散るのを見てしまうと、深い感動に揺さぶられてどうしようもなくなってしまう。


「うう……」

「タケル様、泣いておられるのですか」


 俺にそっとハンカチを渡すシルエット。


「いや、嬉しいんだよ。これは、俺の故郷にも咲いている花だ」

「そうだったのですか!」


「故郷では何気なく見ていた花だが、こうして久しぶりに見ると感動するよ。貴重なものを見せてくれてありがとう」

「ここは妾が幼い頃、父と母に連れられて歩いた思い出の場所です。この美しい花は、タケル様の故郷の花でもあったのですね」


「これも、運命なのだろうな」


 シルエットと共にいるこの場所が俺の居場所だ。

 故郷を懐かしむことはあっても、俺はもうここから離れるつもりはない。


 俺はそっとシルエットを抱き寄せてキスをする。


「美しい花ですね」

「ああ、お前の髪はもっと綺麗だけどね」


 ストロベリーブロンドのシルエットの髪は、少し桜の色合いにも似ていた。


「フフッ、ご冗談を……。でも、タケル様と来られて本当に良かった」


 しばし、静かに二人で桜を眺めた。

 桜の花びらが舞い散る中を歩くシルエットの姿は、とても幻想的だった。


 先代のガイウス王は、ここでシルエットの母親と出会ったという。

 きっとシルエットと同じように美しかったのだろう。王が心を奪われるのも無理はない。


「少しお腹が減ったな」

「では、ここでお弁当にしましょう」


 俺が持っていた敷物を敷くと、その上でシルエットがバスケットからお弁当を広げる。

 料理長のコレットが軽く摘めるものを入れてくれている。


 ヴィオラが育ててくれているお米から作ったおにぎりまで入っていて、これじゃ本当に日本のお花見だなと俺は笑ってしまった。


「美味しいな」

「はい、お米というのも慣れると美味しいですね」


 食事を終えると、俺達はゆっくりと寄り添って寝そべった。

 そこに、桜の花びらがハラハラと舞い落ちてくる。


 柔らかな木漏れ日と、桜の仄かな香りに包まれる。

 こうやって、二人で穏やかな時を過ごしていければ何もいらないと思えた。


 ふと気がつくと俺は眠っていたようだ。

 横を見ると、シルエットもすやすやと寝息を立てていた。


「うふふ、よく寝てるようですね」


 ささやく声が聞こえたので、振り返るとカロリーンが顔をのぞかせていた。

 またこのパターンかと思ったら、他に二人の妻も顔をだした。


「おい、なんだカロリーン、セレスティナ、エレオノラ三人して」


 妻が三人もやってきてしまった。

 一体どっから来たんだ?


「後宮会議だっていうからわざわざ遠方の領地からやって来たのに、シルエット女王陛下とお二人だけでお花見に出かけたっていうじゃありませんか」

「私だって女王ですよ。正妻だからって、特別扱いはいけないですよね」

「ほんと、ずるいわよ」


 三人に責められる。

 別にお前らを仲間はずれにしようと思ったわけじゃないんだ。


「いや、お前らなんか勘違いしてないか。これは、これまで迷惑かけたシルエットのためのささやかな慰安なんだよ」


 二人で静かに時を過ごせると思ったら、甘かったのかもしれない。

 まあ邪魔が入るような気もしていたが、カロリーン達がやってくるとは油断していたな。


「慰安はわからなくもないですけど、シルエット様だけなんてダメですよね」

「私達も妻ですから、ご相伴に預かりたいですわね」

「ほらタケル、私達もそこに座るからちょっと詰めなさいよ」


 三人が敷物に上がってきて、すっかり狭くなってしまう。

 シルエットが寝ている向こう側から、カロリーンが抱きついてくる。


「ちょっと、シルエットが寝てるんだぞ……」

「だからいいんじゃないですか。ふふ、こういうのもお嫌いではないくせに」


 むにゅっと胸を俺の頭に押し当ててくる。

 キラキラメガネを輝かせて、淫蕩モードに入っているカロリーンは俺にのしかかってきた。


 またかよ。

 セレスティナやエレオノラまで、擦り寄ってきた。


 こいつらも悪い影響受け過ぎだろ。


「セレスティナさんもう妊娠してましたよね? うちの家は二人目が欲しいので、今回は私メインでお願いしますよ」

「しかたありませんね、今回はサポートに回ります」

「うちの家だって二人目欲しいんだけど!」


 俺はシルエットが起きないように、声を潜めて注意する。


「ちょっと待て、お前ら何を相談してるんだ。花見にきてるのに、何をするつもりなんだよ」

「何って、ねえ……」


 そう言うと、三人の妻達は声を潜めてクスクスと笑い合う。


「ダメだって、胸を押し当てるな。おいカロリーン、何脱いでるんだ。ここは外だぞ」

「大丈夫ですよ。王家の森は立ち入り禁止ですもの、誰にも見られませんわ」


 大丈夫じゃないだろ。


「あら、そう言いながら勇者様も、その気になってますよね?」

「いつもどおり、タケルは元気ね」


 ああ、これはダメだ。

 三人がかりで胸を寄せて来られたら、これは抗えない。


「でも待てって、シルエットが起きちゃうから」

「起きたら起きた時のことじゃありませんか」


「問答無用かよ」

「タケル様はまた嫁を増やすんですよね」


「うっ……それを言われると」

「私達はそれで来たんですからね。シルエット様も大事だと思いますが、私達との時間ももっと大事にしたらどうです?」


 カロリーンは、そう言いながら俺の上にしなだれかかってくる。


「ですよねえ」

「タケル、もう諦めなさいよ」


 セレスティナもエレオノラもやる気満々らしい。


「わかった、わかったからなるべく静かにしてくれ。シルエットが寝てるんだから」


 確かにシルエットだけ特別扱いはまずかったのかもしれない。

 そんな理由をつけられたら、俺に抵抗できるわけがなかった。


 はぁ……。

 桜の花びらが舞っている。


     ※※※


「あの……タケル様?」

「うわ、シルエット。起きたのか!」


 だからやめようって言ったんだよ。

 ついに気づかれちゃったじゃないか。


 いくらシルエットが鈍感でも、昼間からうたた寝してる隣でゴソゴソやってて起きないわけがなかった。


「皆さんいらしてたんですね。タケル様、お疲れのところ申し訳ないのですが」


 シルエットはゆっくり身を起こすと、ストロベリーブロンドの髪についた桜の花びらをさっと落とす。


「ごめんシルエット、せっかくのピクニックなのにこんなことになってしまって……」


 謝る俺に、頬を赤らめたシルエットが笑って言う。


「いえあの、違うのです。私も二人目の赤ちゃんが欲しいので……その、皆さんの後で私もお願いしてもよろしいでしょうか?」

「マジでか……」


 女王となり母となったシルエットは、本当に強くなったのだった。

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