第282話「結婚の理由」

 シャロンに言われて、池の橋を越えると本当に建築資材が運び込まれていた。

 大工ギルドの人足達が入って、工事を始めている。


 シェリー達奴隷少女や、サラちゃんが集まってあーだこうだと大工の棟梁に文句を付けている。


「おい、何やってるんだ」

「あら、タケル来たの?」


「来たのじゃないぞ、この外葉離宮はシルエット女王の大事な……」

「タケル様、私が使って下さいと頼んだのです」


 人垣を割って現れたのは、シルエット本人だった。


「しかし、シルエット……」

「確かにここは、思い出の場所でもあります。ですが、母の思い出ならばここにあります」


 そう言ってシルエットは微笑み、自分のあんまりない胸にスッと手を当てる。


「本当に無理してないのか?」

「はい、それにここは私がずっと一人で過ごしていた辛い思い出の場所でもありますから。そろそろ暗い過去と決別すべきときだと思うのです」


「そうか……」

「元あった建物の部分も使って増築してくださるそうですから。私が一人で過ごした屋敷がたくさんの家族が住む賑やかな離宮となれば、こんなに嬉しいことはありません」


 シルエットがそういうのであれば、俺は何も言えなくなる。


「これで一件落着ね」


 そうドヤ顔で言うのは、サラちゃんである。


「いや、まてまて。建物の件はいいとして、何も落着してないぞ」


 俺がサラちゃん達と結婚するって、どういうことだよ。


「あら、そのままの話しよー。タケルが、戦勝の晩に約束してたご褒美をくれるって言ったんじゃない」

「だから、なんでご褒美が結婚になるんだよ」


「あらあら、覚えてないの? タケルは確かに私達と結婚するって言ったのよー。その証拠に、その晩は私達と一緒に寝てたでしょう。契りはすでに交わしているわー」

「え……俺そんなこと言ったっけ、しかも契りだって?」


 まったく記憶にない。

 しかし、確かにあの晩一緒に寝ていた。それは覚えている。


「ふふ、酔わせておいて良かった」

「おい」


 サラちゃんはペロッと舌を出した。


「ふふーん。どっちにしろタケルはそう言って既成事実もあるのだから。男なら二言はないわよね?」

「いや、そもそもサラちゃん。自分の領地経営はどうするんだよ」


「とりあえず代官をミルコにやるように命じておいたから、なんの問題無いわ。アジェネ伯爵領の実務はほとんどミルコがやってるんだし」


 今頃、領地に戻っている金髪の青年の曇る顔が目に浮かぶようだ。

 ミルコくんは明らかにサラちゃんが好きだっただろ。


 俺はもうミルコくんに会わせる顔がないぞ。

 サラちゃんと結婚って、どう説明したらいいのやら。


「でもさ……」

「もう、タケルは往生際が悪いわね」


「いや、結婚なんていきなり言われても」

「いきなりじゃないわよー。前からずっと決めてたことだもん」


「そんなのいつ決めたんだよ」

「私が勝手にそうするって自分で決めたのー!」


「すごいな……」


 さすがサラちゃん、言い切りやがった。

 勝手に自分で決めたとか言われたら、もう何にも言えないわ。


「タケルとの間に子供ができたら、私の領地を継がせるのよ。本当はもっとタケルと釣り合いが取れるように国の一つも欲しかったんだけど、まあ私も世界を救った英雄に成れたわけだしー、これぐらいで良しとしておくわね」


 えっへんと胸を張るサラちゃん。

 こうして改めてみると、いつの間にか結婚できるぐらいに成長してたんだなあ。


 いつまでも子供だと思っていた俺が迂闊だったか。


「お兄様、私達もですからお忘れなく」

「シェリー達もか」


 シェリーと一緒にやってきたのは、シャロン以外の初期奴隷少女十二人。

 シュザンヌ、クローディア、ヴィオラ、ロール、コレット、フローラ、エリザ、メリッサ、ジニー、ルー、リディ、ポーラ。


 シェリーだけ二期生なんだけど、いつの間にかシャロンの代わりにまとめ役になってるのか。

 まあ、シェリーは天才だからわからなくはないんだが……。


 まさか、こんな日が来るとは思わなかった。

 みんなこの三年の間に、いつの間にか大人になって美しく成長しているが(何故かロールだけは、ほとんど育ってないけども)特にシェリーなんて妹分だと思ってたのに、いきなり結婚してとか言われてもな。


「本音を言えば、私だけが出し抜きたかったんですが、前回はそれやろうと思って大失敗しましたから。こうやって、みんなを巻き込めばお兄様も逃げられないでしょう」

「いや、逃げられるとか逃げられないとかの問題じゃないんだが、全員が俺と結婚するってなんでこんなことになったんだ?」


 もともと逃げるつもりはないんだけど。


「私達は、みんなお兄様に救われてこうして生きているんですよ。好きになる理由としては十分じゃないですか?」

「これでも俺は、お前達がそのうち独り立ちできるように、生活の立つ瀬が立つように一人一人気を配ったつもりだったんだけど。いつか良い男ができても元気でやれよと笑顔で送り出そうとしてたんだが……」


「お兄様以上の良い男がこの世界のどこにいます? 今さら他の男に嫁げなんて言われてもみんな嫌ですよ」

「しかしな」


「小さい頃から知ってるから気になりますか。じゃあ聞きますが、シャロンお姉様と私達、何が違うんです?」

「うむ……」


 そう言って迫られると二の句を継げなくなる。

 さすがシェリー、こっちの反論を全部潰してくる。


「さあ、後はお兄様が私達を受け入れるかどうかだけなんですよ。どうします?」

「わかったよ……」


「賢いシェリーちゃんに任せて良かったね」

「ふー、ほんとだね」


 奴隷少女達は、良かったと口々に言い合って安堵のため息を漏らした。


「あーでも、あとでお前ら全員面談するからな! 理由があやふやになってる子はダメだから!」


 ちゃんと理由があったら良いって言ってる段階で、俺も相当あれだけども。

 まあ、この子らがずっとうちに居てくれると凄く助かるというのがまずある。


 あとまあ、ほんのちょっと……いや、かなりよその男に渡したくないって気持ちもある。

 シェリーも含めて、この十三人は他の奴隷少女とは違う。


 これまでずっと一緒にやってきた特別な仲間だから。

 でもどうしようか。


 無邪気に笑ってるロールとか、絶対俺と結婚することの意味わかってないだろ。

 そりゃ俺はこいつらが好きだから、ずっとうちに居てくれたら嬉しいんだけど。


 大変複雑な気分だ。

 まあ、そっちはとりあえず後で考えるとして、ララちゃんにも聞いてみよう。


「えっと、ララちゃんは?」

「私はもともと、タケルさんと子作りすると言ってた。結婚って子作りでしょう、すごく好都合」


 平然とそれを言うか。

 まだ子供みたいな顔して、子作り目当てなのかよ。


「そうだったな」


 いろいろありすぎて、すっかり忘れてたけど。

 ララちゃんは、最初からそれ言ってたよな。


「タケルさんのおかげで、広い世界を見るという私の夢も叶った。後は、シェバ族の次期族長として子孫を残す役割を果たす番!」


 四十歳ぐらいが平均寿命の爬虫類人レプティリアンは、大人になるのも早いのだ。

 ララちゃんぐらいの年格好でも、結婚して子をなすのが当たり前なのだろうけど、こっちの常識としてはそれありえないからね。


「わかった、ララちゃん。結婚するけども、その今からやりましょうみたいな勢い止めてくれ。子作りは、ちゃんと結婚してせめてこの国の成人年齢に達してからにして!」


 ララちゃんはまだ子供にしか見えないので、俺が無理だから。


「十五歳だったよね。わかった、それぐらいならギリギリ待てる」


 できれば、もうちょっとゆっくり成長を待って欲しいところだ。

 意外にもララちゃんが一番押し強いな。


 もう結婚が、完全に決定事項になってた。

 俺が気が付かない間に、こんなことになっているとは……。


「さあ、お兄様。そうと決まったら私達との愛の巣の設計に協力してください」


 シェリーが新しい離宮の図面を持ってくる。


「愛の巣ってまだ少し抵抗があるんだが」

「わざと慣れさせるために言ってるんですよ」


 さすがシェリーは賢い。

 新しい、離宮の図面を俺も拝見する。


「ほう、これはまた瀟洒な設計だな」


 新しいお風呂に、ベッドルームに、子供部屋か……こっちはもともとの外葉離宮が木造建築なのにあわせて、少し和風のテイストを取り入れるらしい。

 それは気分が変わっていいかもしれないが、後宮って結局こういうデザインになるよなあ。


「お風呂は、みんなで入るならもっと大きいほうがいいかもですね。檜風呂なんて素敵だと思いますよ」


 そうやって後ろから口を挟んできたのが、シルエットだったのでびっくりする。


「なあシルエット、いいのか……またなんか凄く増えちゃいそうなんだけど」


 とりあえず、正妻のシルエットには申し訳ない気がする。

 一緒にいる時間もなかなか取れないのに。


「ふふ、何がです。家族が増えて賑やかになるのはいいじゃありませんか。ここは元は妾のお屋敷でもあるんですから、妾にも何か手伝わさせてください」


 うーん、シルエットもしばらく見ない間に変わったなあ。

 さっきの過去と決別する宣言は、本当だったのかもしれない。


 堂々たる大国の女王を、もう誰も影絵シルエットなんて言わないだろう。


「シルエット、これが終わったら約束していたピクニックに行こう。その時は、一日だけでいいから二人だけで過ごそう」


 二人だけで、少し話したいこともあった。


「ふふ、ではちょうど季節もいいですし、タケル様に見せたいお花があるんですよ。今度、お弁当を持って王家の森に行きましょう」

「王家の森か?」


 シレジエ王家が代々狩猟に使っている王家の森。

 そこには、美しい花木があるそうだ。


 そして、その森はシルエットの父親ガイウス王と森に住まうエルフの母親が出会った思い出の場所でもあるのだった。

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