第279話「ホッとした途端に」
「なんだこりゃ……」
あーよく寝たと思って起きると毛布の周りはシェリーに、ロールに、コレットに……奴隷少女だらけになっていた。
「あら、タケル起きたの」
「おはようサラちゃん。みんなを起こしちゃうと悪いから静かにな」
ごそっと起きだすと、さり気なく奴隷少女に混ざっててサラちゃんも起きたようだ。
昨晩は、外でバーベキューをやって街が壊れていて寝るところもないからと、天幕を張って毛布で寝たのだが、いつの間にみんな集まってきていたのだろう。
しかし、みんな裸みたいな格好してる。
奴隷少女達は若いだけあって体温が高いから、これだけみんな集まって寝ていれば寒くないからいいんだけどね。
天幕の外に出ると日が高い。
昨日は調子に乗って飲み過ぎちゃったから、後半あまり記憶が無い。
もうすでに昼頃みたいだ。
なぜかリアがいる。
いや、いてもおかしくはないんだけど。
なんか俺に用なのだろうか。
「タケル、起きたのですか?」
「うん、昨日はグッスリだったな」
いろいろありすぎて疲れたから、でもおかげで疲れが取れたよ。
「ではスッキリしたところで、ちょっとあちらの天幕に来ていただけませんか」
「なんだよ、改まって」
リアが丁寧な口調になると嫌な予感しかしない。
「アナスタシア二世聖下が、タケルが起きたら連れてくるようにと」
「えぇ……」
それで俺の天幕の周りをウロウロしていたのか。
昨日の触手ニュルニュル事件があるから、会いづらいんだけど。
「是非もなくとのお達しですので、速やかにお越しください」
「わかったよ。腕を引っ張らなくても行くから」
昨日は、アナスタシアにエッチとか言われちゃったからな。
あの後降臨していたアーサマは帰って、また幼女教皇に戻ったってことなんだろうか。
海に落とされた人の救助が優先でそれどころじゃなかったということもあるのだが、アーサマは結局なにもフォローしてくれなかったし。
裸を見ちゃったとか謝るべきところは謝って、それでも不可抗力だったのだと弁明しておくべきだろう。
アナスタシアは読心能力が使えたはずだから、俺に下心がなかったのはもうわかってくれるはずなんだけど。
一際立派な白銀に輝く天幕へと俺は足を踏み入れる。
天幕の中で、豪奢な椅子に座った幼女教皇が俺を待っていた。
「アナスタシア二世聖下、タケルを連れて参りました」
「う、うむ……」
なんか、物凄いシュンとうつむいてるんだが。
これ大丈夫なのか。
「聖下、どこかお加減でも悪くされましたか」
リアがそんなことを尋ねる。
そうか、コイツは昨日何があったのか知らないのか。
お加減なんか良いわけがない。
うつむき加減のまま、アナスタシアはちょことんと椅子から立ち上がると、俺に向かって深く頭を下げた。
「ゴメンナサイ!」
「えぇ……いや、アナスタシア聖下が謝るようなことじゃないですよ。むしろ大丈夫でしたか?」
謝るってことは、アーサマが降臨してた状態でもアナスタシアは昨日の事を全部覚えてるってことか。
それもちょっとキツイぞ。
「昨日はあまりの羞恥から我は我を忘れて、世界を救いし勇者に対してロリコンだのエッチだのと酷いことを言ってしまった」
「いや、もういいですから!」
むしろ、リアの前で蒸し返さないで欲しい。
ほら、リアがニヤーって顔つきになってきたから!
それでも、アナスタシアは顔を真赤にして謝り続けている。
「すまなかった。アーサマがまさか、我の言葉をそのまま伝えるとは思ってもいなかったので!」
「いや、もういいですって!」
マジで止めて。
俺も恥ずかしくなってくるから。
俺も恥ずかしいけど、アナスタシアの頬はもうリンゴのように真っ赤になっている。
そうか、彼女は相手の心が読めるから、俺の昨日の記憶もそのまま見せられることになってるんじゃないか。
うわ、どうしよう。子供に見せるようなものじゃないよな。
それなのに、思考が止まらない。
「一体何があったのですか。わたくしにも是非もなく聞かせてくださいよ」
リアが混ぜっかえしてくる。
「内緒だ!」
アナスタシアが叫ぶ。
「まあ、聖下が秘密を持たれるなんて、生まれて初めてではございませんか。本当に何があったのですか、わたくし是非もなく気になります」
アナスタシアは隠し立てしない性格らしく、リアが眼を丸くしている。
そりゃ言えないよな。
「うわーーん!」
リアにグイグイと攻め寄られて、顔を真っ赤にしたアナスタシアが泣き叫びながら出ていってしまった。
俺はアナスタシアを追いかけようとするリアを羽交い絞めにする。
「お前、自分の上司に対して厳しすぎるだろ!」
敬意はどうした敬意は。
そうでなくても、子供をいじめるな!
「日頃から聖下は、遠慮するなとおっしゃられてます。このような重要な情報は、是非もなく共有せねばなりません」
「お前はちょっと遠慮することを覚えろ!」
「この反応はつまり、聖下が是非もなく大人の階段を上られたということですよね?」
「上ってねえよ! とにかく、これ以上の詮索は禁止するからな」
やれやれ、リアを抑えるのが大変だった。
コイツも一回混沌母神の中に放り込んでやればアナスタシアの気持ちがわかるかもしれないな。
機会があったらやってみよう。
そんなことを考えながら幼女教皇の天幕を後にする。
「とりあえず飯にしようか」
昨日ははちきれんばかりに食べたのだが、さすがに昼も過ぎるとお腹も空いてきた。
炊き出しは、まだやっているはずだ。
大魔神の死骸から切り分けた肉の山はまだタップリと残っているし。
今日は小麦を挽いてパンを焼いてみると言っていたから、ハンバーガーが食べられるかもしれない。
「ん……?」
遠くから赤ん坊の鳴き声がする。
戦場に赤子とは……俺も親になってるから赤子の声には敏感になっている。
歩いて行くと、眼にクマを作っているオラクルが赤子を二人も抱えていた。
「どうしたオラクル?」
「どうしたもこうしたもないのじゃ、半分はタケルのせいじゃぞ。おーよしよし」
赤子が火がついたようにオギャーと泣き出すので、オラクルがあやす。
「この子、凄い可愛らしいな」
なんか他人とは思えない。
普通の赤子ではなくて、青い髪から黒褐色の短いツノが生えているのが見える。
超可愛いんだけど。
なんか、嫌な予感がした。
「確かにすごく愛らしい子じゃな。
「やっぱりこれって……」
天幕から、
「お、勇者。自分の娘を見に来たのカ?」
やっぱり、アレの産んだ子かよ。
慌てて確認してみると、やっぱりアレのお腹のぽっこりした部分がスッキリしている。
「昨晩は大変じゃったのじゃ。ワシらも戦闘で疲れておったが、戦勝の雰囲気もあって一緒にさんざん食べたり飲んだりして、朝方になってようやく寝ようかって時に、アレ達がちょっと出産するとか言い出してのう……」
「戦争が終ったから、そろそろ産もうと思っただけだゾ。オラクルにお産を手伝ってもらう必要などなかったのダ」
「バカモン! お前らはよくても、そこらで産み落とされるこの子の方が溜まったもんじゃないじゃろ!」
オラクルとアレは、あーだこーだと言い争ってる。
ともかく、安産だったのは良かったのだが。
「なあ、それはいいんだが……まさか卵じゃないよな?」
自分の子かと思うとより可愛らしい双子なのだが、あまりにもアレがアッケラカンとした顔をしていたので卵生じゃないかと疑ってしまう。
「卵じゃなくて普通に産んだのダ。そこまでやるほどのピンチでもなかったからナ」
リスポン港の大艦隊と街のほとんどを破壊し尽くしたあの大魔神との死闘でも、まだピンチじゃなかったのか。
ほんと
「まあ、無事に生まれて来てよかったよ。しかし、双子とはな」
「は、何を言ってるのダ。私が産んだのは一人だゾ?」
「えっ?」
「片方は私の赤子なのネェ」
「ダレダ女王!」
天幕から出てきたのは、ゆったりとしたローブを身につけた
「どうして、ダレダ女王が出産を?」
そんな兆候全く見えなかったのだが、ゆったりしたローブに隠していただけなのか。
「あら酷いのネェ、お父さんがそんなこというのネェ?」
「そんな……」
ヤバイ、心当たりが全くないこともない。
ランゴ・ランド島で、何度かアレのふりをして女王が寝床に忍んできたりしてた。
「フフ、どうもこちらの風習だと差し障りがあるようなので、父親は誰かわからないってことにしておくのネェ」
「うーむ、それは助かるけども……」
やっぱり俺の子なのだろうか。
ダレダ女王の娘が俺の子だとすると、ちょっとどころではない差し障りがある。
女王はこう見えてもランゴ・ランド島の統治者なので、そこら辺の微妙な政治問題を理解してくれているので助かる。
頭にツノが生えたりして、人間の赤ちゃんよりもマスコット的な可愛らしさのある
どっちがどっちの産んだ子なのか、俺にも判明が付かない。
こうも似ていると、父親が両方とも俺である疑惑が高まってくる。
「こっちが私の子なのネェ。ほら、ツノが黒くてちょっと大きいのネェ」
「あ、なるほど」
オラクルが抱いている子を一人受け取って、俺に見せて説明してくれる。
ツノの大きさで見分けるのか。
「すごく強い子なのネェ。生まれてすぐこんなにハッキリとした太いツノをしてる子は珍しい。これならアレがそっちに行っても私の跡取りの心配はいらないのネェ」
「そりゃ、良かったですね」
そっちに落ち着いてくれれば、俺も行く末を心配しなくて済むんだが。
「また次もお願いしたいのネェ」
いやいや。
跡取りは一人で十分だろう。やれやれと思って歎息していると。
「……イタタタッ!」
天幕の中から悲鳴が聞こえてきた。
なんだと思って俺達が天幕に入ってみると、大きなお腹をしたカアラがうずくまっていた。
「すみませんオラクル様、ホッとしちゃったら私も生まれそうです!」
「よりにもよってお主もか。これはいかん、もう破水しちゃってるのじゃ。タケル、そっちの子は任せたぞ。お湯じゃ、お湯を沸かせ!」
うちの産婆役のオラクルはいつになったら眠れるのか。
カアラが戦力としてどうしても必要で、俺が臨月まで戦闘に参加させちゃったのが悪いのだけど。
戦争が終った途端に、おめでたが重なるものだなあ。
俺はアレ達と生まれた子供を抱えて、天幕から外にでた。
「さてどうしようかな、オラクルが寝ずに頑張ってるのにのんびりご飯ってわけにもいかないし、まず誰か女性に来てもらうか。そうだ、長丁場になるかもしれないからオラクル達の食事と水を運んできてやるかな」
ダレダ女王とアレはと思ったら、母娘二人で赤子にもうお乳をやっている。
できればそれ、隠れてやってほしいんだけど。
しかし、母娘ともに同じタイミングで産んじゃうことになるとはなあ。
みてると、ほんとなんとも言えない気分になる。
天幕から、カアラの苦しそうな声が聞こえてくる。
そうか魔族といっても、不死王のクローンであるオラクルや半分竜神のアレ達とは違うのだ。
カアラは突然変異の天才魔術師なだけで、肉体のベースは普通の魔族だからな。
人間がお産をするのと。そんなに大変さは変わらないのかもしれない。
とりあえず食事を確保してきたはいいが、こういう時に男は何もできなくてあたふたしてしまう。
アレにまで注意される始末だ。
「タケル、落ち着いて産まれてくる子供の名前でも考えていればいいのダ」
「名前なあ」
それも悩んでしまうぞ。
「じゃあ、私の子の名前はアレレにするのダ!」
「この子は、ウッカリちゃんなのネェ」
お前ら俺に話を振っておいて、自分であっさり決めたな。
「うん、それでいいと思うよ。その系統の名前が、
なんか、すごく馴染みはいいんだが。
俺にとって、
「あれ、アナスタシア二世聖下どうしたんですか?」
泣き腫らした目をしたアナスタシアが、こっちにやってくる。
ふらっと俺の胸に飛び込んでくる。
「うわーーん、我も、我もタケルとエッチしたから、あんなふうに赤ちゃんができちゃうのか!」
いきなりそう言われて、俺は硬直してしまった。
呆けている場合じゃない。
「いや、できないですよ。できるわけないでしょ、何いってんです!」
アナスタシアは、まだ八歳だろ。
エッチとか言われても、俺がしたのってキスぐらいだろ。
できるわけがないというか、それ以前に生物的にできないよ!
「なんだタケル、守備範囲が広いのダ」
「こんな小さい子まで手を付けるとは、すごいのネェ」
「いや、お前ら違うから、そもそも俺は何もやってない!」
なんなんだこれは。
俺にはロリコン疑惑がかかる呪いでもかかってるのか。
「だって、リアが言ったのだ。エッチなことすると、赤ちゃんができちゃいますよって……」
「またリアか!!」
あれほど子供を泣かすなと注意しただろ。
王族をからかって遊ぶのに飽きたらず、自分のとこの幼女教皇にまで妙なことを吹き込んで怖がらせるとかどこまでだよ。
いや、でもおかしいぞ。
アナスタシアは人の心が読めたはずだろ、リアが面白がって嘘を言っても信じるはずがない。
「でもでも、我はリアの心をちゃんと読んだのだ。リアの記憶の中に事例があったのだ、あんなふうに触手にニョロニョロされると我みたいな子供でも赤ちゃんができてしまうのだぞ。産む時に身体が張り裂けて、死ぬほど苦しいそうだぞ!」
「いや、それフィクションですから! リアの記憶って、教会の禁書庫にある薄い同人誌のことですよね。それに描いてあるのは全部嘘話ですから、信じないでください!」
「ほんとか?」
「本当ですよ。俺の心も読めますよね? 嘘は言ってないです」
そうか……リアもそういうことがあるとマジで信じこんでたからアナスタシアも勘違いしてしまったのか。
リアは騙したわけではないのかもしれないが、どっちにしろ発端はあいつなのであとでお仕置き決定だ。
「ぐずっ……よかったぁ」
泣きじゃくる幼女教皇をよしよしと慰めていると、天幕の中からカアラの一際苦しげな叫びが聞こえた。
一瞬の沈黙の後、元気な産声が響き渡る。
ハラハラして見守っていると、赤子を抱いてオラクルが出てきた。
「無事に産まれたのじゃ」
金髪に魔族と人間の混血児にありがちな灰色の肌をした元気な男の子だった。
「おお、カアラよくやったな」
俺がそっと天幕を覗きこんで声をかけると、疲れきった顔をしたカアラはそれでも笑っていた。
「タケル。この子の名前じゃが、カアラが決めてたそうじゃ」
「どんな名だ?」
「カアルだそうじゃ」
「……そうか。カアラが決めたならそれでいいよ」
オラクルの子供の時は、俺の名前のタケルから二字を取ってオラケルとしたので。
カアラの子は、将来的に魔王となるオラケルに少し遠慮して、俺から一字を取ってカアルと名付けるそうだ。
カアルは魔族の言葉にすると、喜びとともに歩む者となるそうだ。
そう聞くと良い名だと思う。
「実にめでたきことである。戦勝の地に産まれし子らに我が祝福を授けよう!」
ようやく泣き止んで落ち着いていた幼女教皇アナスタシア二世は、俺の子であるアレレとウッカリとカアルに続けて誕生の祝福を授けて回った。
カアルは、この世界で初めてアーサマ教会の聖職者に祝福を受けた半魔族の子となったのだった。
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