第280話「王都への帰還」

 あの激しい戦争から二日が過ぎ、徐々に各国軍はカスティリア王国リスポンの街から祖国への帰還を始めている。

 カアラの子が産まれたりしたこともあって、俺達も滞在を一日伸ばしたりしたが、そろそろ王都に帰ろうという話になった。


 うちの兵士達も陸路や海路でシレジエ王国の各都市に戻るのだが、俺達は一足先に転移の魔方陣で王都シレジエに戻ることができる。


「船の魔法陣が生きててよかったな」


 だいぶ船は傷んでいて港からの出港は先になりそうだが、甲板に描かれていた魔法陣は何とか使えるようだ。


「では、いきますね」


 お産のあとは一日ぐったりしていたが、すっかり元気と魔力を取り戻したカアラは転移魔法を発動してくれる。

 本当は騎士隊も連れてきたかったのだが、さすがに大人数すぎる。


 今回は、奴隷少女隊とララちゃん。あと何故かサラちゃんまで付いてきたので、人数ギリギリになってしまった。

 さすがにルイーズは連れてきたが、護衛に付いてきたいと言ったクレマンティーヌ達は次の日まで待ってもらうことにした。


「懐かしの我が家ってところだな」


 王都の庭に到着して、魔方陣から一歩踏み出す。


「懐かしの我が家ってところだなー」

「えっ、モノマネ?」


 俺と似た声が、やまびこのように後ろから響く。

 誰かと思って振り向くと、触手お姉さんが平然と立っていた。


 さっきの、俺の声色を真似したのか?


「怖!」


 後ろからニュルッとくるので、慌てて離れる。

 ただの触手お姉さんじゃなくて、今は顕現した混沌母神様だったか。


 どっちでもいいけど、なんでまた俺達に一緒に転移して付いてきてしまったのか。

 みんなも「うわ」と小さく叫んで、混沌母神様からズズッと離れる。


 いつの間にか消えたと思ってたのに、転移魔法でちゃっかり王城の庭にまで付いてきてしまうなんて。

 いったい家に何のようなのだ。


「国父様、どうしましょう?」


 不安そうなカアラに聞かれる。

 もうマナ切れで転移魔法は使えないから、元の場所に戻すってこともできない。


 しかし、このまま庭に放っておくわけにもいかない。


「そうだな。よし、リア、ちょっとこっちこい」

「なんですかタケル。是非もなくそんな怖い顔をして……」


 そういえば、この前のお仕置きが済んでなかった。


「お前責任持って、混沌母神様の面倒を見ろ」

「ええー! 是非もなく嫌ですよ。なんで敬虔な聖女のわたくしが! 魔族の神様なら、魔族の方に任せればいいじゃないですか」


 チラッと、オラクル達を見るが顔を背ける。

 信仰の対象であっても、混沌母神様はみんな怖いらしい。


「混沌母神様、このリアがお世話係を務めます」


 俺がそう言うと、母神様はニッコリと笑って答えた。


「お世話になるよー」


 ちゃんと返事をしてくれる。

 なんかこう母神様になってから、触手お姉さんはさらに人間に近づいた感じで表情が豊かになってきたね。


「キャァ、ちょっと是非もなくやめてください!」


 リアの足にニュルと触手を巻き付けている混沌母神様。

 気に入った様子だ。


「よし、これであとはリアを開いてる部屋にでも隔離しておけば大丈夫だな」

「ちょっとタケル。こんな大役わたくしには無理です、助けてください!」


 それは是非もなく嫌だ。

 触手攻めを喰らった俺や、幼女教皇アナスタシアをさんざんからかってくれたからな。


 自分も同じ目にあって少しは反省するといい。

 俺はリアを掴んで、そのまま王城の開いてる部屋へとポイッと投げ込んだ。


 触手ニュルニュル様も一緒に隔離である。


「きゃぁぁああ!」


 なんか悲鳴が聞こえたようだが、バタンと扉を閉めると聞こえなくなった。

 封印っと……。


 触手に巻かれてもニュルッとするだけで特に危険はないことはわかっているので、まあ大丈夫。

 おそらくなのだが、混沌母神様がニュルニュルするのは新しい物に対する知的好奇心なのだろうと思う。


 しばらくは、リアを調べることで満足してくださることだろう。

 めでたしめでたし。


     ※※※


 帰還した俺達を見て、後宮にいたメイド達は慌てて王城の方へと知らせに行った。

 まずは、留守を守ってくれていたシルエットに会いに行くか。


「タケル様、おかえりなさいませ!」


 謁見の間で執務中だったシルエットは、俺を見ると蒼い瞳にじわっと涙を浮かべ。

 そのまま抱きついてきた。


「おおっと……いま帰ったよ。留守をありがとうな」

「ご無事で、本当に何よりです」


 首に巻き付いてくるほっそりとした腕の思わぬ強さに、万感の思いが伝わってくる。


「ああ、心配かけた。全部終わったよ」


 シルエットの顔を見ると気が抜けてしまう。

 後ろに控えていたニコラ宰相が声をかけてくる。


「女王陛下、本日のご公務はこれで終わりで構いません。どうぞ今日ぐらいは、家族でゆっくりとお過ごしください」

「ありがとう、そうさせていただきます」


「ただいま、街にも知らせを送ったところです。世界を救った王将のご帰還、我々家臣一同もお喜び申し上げます。まことめでたい。しばらくは、王都も戦勝のお祭り騒ぎでみんな仕事に手がつかんことでしょうな」


 そう言って、宰相は白い髭を手でさすって笑った。


「ライルもよくやってくれた……」


 ニコラ宰相は、実子のライル先生にも声をかける。

 宰相が褒めるのは本当に珍しい。


「宰相閣下も、ご壮健なようで何よりですね」

「なに、女王陛下をお助けできるのはもうワシしかおらんからな。シレジエ王国は、戦乱で多くの重臣を失った。今やこの国の有職故実に通じておるのはワシだけだ」


「その戦乱も片付きましたから、そうですね……まずは貴方の古いしきたりを過去の物にすることにしましょうか。さっさと楽隠居できるようにして差し上げますよ」

「ハッハッ、言い寄るわい。いずれは、そうなるように期待しておこう」


 嫌味を言い合いはするが、前のような険の鋭さはない。

 ライル先生に子供ができてから、意地を張り合っていたラエルティオス家の親子の距離も少しは縮まったのかもしれない。


 そう思って見ていたら、シルエットが提案する。


「そうでした、私達もタケル様が帰られたお祝いしなければなりませんね!」

「それはありがたいが……」


 子供達の顔も見たいから、お祝いの前に少し奥の間で休ませて欲しいものだな。


     ※※※


 子供部屋に入ると、俺は丁重な挨拶を受けて面食らう。


「お父様、こたびは無事のご帰還おめでとうございます」

「お、おう。ただいま、コイルだよな?」


 小さな男の子が、俺の前でお辞儀した。

 茶色い髪にベレー帽をかぶって、分厚い本を小脇に抱えている。


 ライル先生の産んだコイルである。

 その隣で、オラクルの息子オラケルも「おかえりなさい」と言ってる。


 前にあった時は、またたどたどしかったのに、こいつらはもう普通にしゃべっちゃってるよ。

 まだこいつら一歳の赤ん坊のはずだぞ。


 子供は成長が早いなとかいうレベルじゃないぞこれ。

 うちの長男のオラケルは、キリッとした顔立ちで一歳にしては雰囲気がしっかりしてるのだが(他の子はまだ、ひとり歩きできるかできないかってところだ)普通に、まだ早熟なんだなって納得できる範囲だ。


 コイルの知能発達は異常である。


「コイル、つかぬ事を聞くが……お前、前世は日本人だったりしないか?」

「はて、なんのことでしょう。お父様の言うことは難しく、私にはまだわからないことが多いです」


 ハキハキと答える。

 だから、その反応が一歳児じゃないんだよ。


 とりあえず、転生者疑惑は保留ということにしておこう。


「おとうさま、あそんで」

「よしよし」


 オラケルがそういうので抱き上げてそのまま肩車してやると、きゃっきゃと喜んだ。

 うん、まだ子供らしい。


「お父様、御本を読んでくれませんか、ここがわからないのですが?」


 コイルが、手に持ってる本を開く。

 うんそれ魔導書だよな。しかも上級ランクの……。


 言語チートあるから読めはするけども、中身が理解できるかどうかは別なのだ。


「俺は魔法が使えないので、そういうのはカアラに聞いてやってくれ。確か転移魔法陣のメンテナンスとかで中庭のほうにいたから」

「はい。では、そうさせてもらいます」


 トコトコと、駆けていった。

 コイルの仕草は可愛らしいのだが、ちょっともう俺では面倒見切れない感じになっている。


 まあ、魔術方面ならカアラに任せておこう。

 そう思って他の子供と遊んでたら、しばらくして中庭から「メテオストライク!」と可愛らしい詠唱が響き、ドン!と大きな地響きがした。


 おいカアラ、一歳児にメテオストライク教えてるんじゃねえよ!

 オラケルを肩車したまま慌てて庭を見に行ったら、さすがにまだ一歳の子供の魔法なので、庭が完全破壊されているということはなかったのだが。


 でっかい岩が地面に突き刺さっている。

 一歳児にしてこれか、凄まじい魔法の才能だ。これは褒めたものか、怒ったものか。


 俺が悩んでいると「二人とも何やってるんですか!」とシャロンが怒って走ってきた。

 そうか、庭をダメにしたんだから叱るのが正解か。


 しかしこれは、庭が穴だらけになるまえに魔法練習場を作ってやらないといけないな。

 肩車していたオラケルに言われる。


「おとうさま、どしたの?」

「いや、すでに一歳にして、息子についていけなくなってるなと思って」


 巨大な岩が庭に降り注いだ光景を見ても、オラケルはケロッとしている。

 こいつも結構大物だな。


「うーん。ぼくも、コイルの言うことはあまりよくわからないけど、他の弟や妹の言うことはもっとわからないのでつまんない」


 そうか、他の子は普通の赤子だからまだカタコトしかしゃべらないもんな。

 長男なのに、なぜか間に挟まれているオラケルも結構大変である。


 将来苦労しそうだが、長兄として弟妹の面倒を見てやってほしい。


「なんか、いい匂いがしてきたな。行ってみるかオラケル?」

「うん」


 厨房のほうからだ。

 そういえば、ごちそうを作ると言っていたな。


「あっ、ご主人様来たんですか」


 料理長のコレットだけでなく、みんなで仲良く料理を作っている。

 シルエットもいる。


「女王みずから手料理を作ってくれるとありがたいな」

「はい、タケル様においしいものを食べていただこうと思いまして」


 シルエットが小麦粉で作った皮に肉をぎゅっぎゅと詰めている。


「これはもしかすると餃子か?」


 俺がそうたずねると、コレットが説明してくれる。


「はい、小麦粉とお肉がたくさんあるのでご主人様の言っていた餃子というのを作ってみようかと思いまして」


 厨房の鍋には野菜を煮込んだスープ。

 なるほど、焼き餃子ではなく水餃子にするらしい。


「ぼくもやりたい」


 肩車していたオラケルがそう言う。確かに楽しそうな感じだしな。

 ちょっと俺達も手伝ってみるか。


「うう……」


 オラケルは、見よう見まねで皮に肉をはさもうとするがうまくできない。

 初めてでできないのは当たり前だ、一歳児がうまくできちゃったら怖いからな。


「オラケル、欲張って肉を多く入れようとするからだぞ。もっと量を少なくしろ」

「……できた!」


 何度かやってると、オラケルも小さな餃子を作って嬉しそうにしていた。


「あとで一緒に食べような」

「うん!」


 あとは、うどんを茹でて肉うどんなんかも作ってみた。

 それほど凝った料理ではなかったが、子供と一緒に作るのなら簡単なものがいい。


 まさか自分の息子と一緒に料理する日がくるとはと、感慨深い思いだった。

 水餃子や肉うどんなどを食べた跡は、戦勝を信じていたシルエットが準備してくれていたお祝いのケーキなどもでて、楽しい夕食であった。


     ※※※


 次の日の早朝。


「あっ……」


 コイルが魔法で落として奇妙なオブジェと化している隕石に、混沌母神様がニュルニュルと巻き付いているのを目撃する。

 それと同時に、リアを一日放ったらかしにしていたのを思い出した。


 ヤバイと思って、リアと混沌母神様を閉じ込めた部屋に行ってみると。

 ……死んでる!


「リアー!」


 変わり果てた姿のリアがいた。

 まだ脈はあるので、死んではいなかったが完全に白目剥いて気絶している。


 細かくは描写しないが、これは酷い。

 完全にダメな感じにねっちょねちょになっている。


「おい、しっかりしろ!」


 ダメだ、意識がない。なにせ、一日中ずっとだったからな。

 とりあえず背負って、まず身体を綺麗にするためにお風呂に運ぶことにした。


「うう、ピンクの渦が……」


 脱衣所に寝かすとリアは、瞼を弱々しく開いて苦しげに呻き出した。


「眼を覚ましたか」

「ここはどこですか。わたくしは、是非もなくアーサマの身元に召されたのでしょうか?」


「まだ生きてるよ」

「うう、あの、身体の感覚が、鋭敏になってるのであまり……」


「すまん。身体を綺麗にしようとしただけだ。お仕置きのつもりだったが、一日中放りっぱなしにしておいたのは悪かった」

「本当ですよ。是非もなく酷い目にあいました。それにしても、平然と脱がすのですね」


「そりゃ、今さら恥ずかしがる仲でもないだろ」

「タケル、どうせなら是非もなくお風呂に一緒に入りましょう。そうすれば拭くよりもすぐ綺麗になるでしょう」


「それは名案だが、まだ朝だからな。ちょっと待て、風呂が沸いてるかどうか確かめる」


 うちの後宮もすっかり大所帯になったので風呂に入る人は多い。

 かなりの頻度で風呂を沸かしているので、早朝でもまだお湯が使えることもある。


 そう思ってガラッと風呂場の扉を開けると。


「沸いてるよー」


 混沌母神様が入っていた。さっき庭に居たのに、どうやって回り込んだんだよ。

 俺は、なるべく慎重にゆっくりと扉を閉めて後ずさる。


「リア、風呂はダメだ。やっぱりお湯で身体を拭くだけに……」

「タ、タケル……ピンクの渦が来ます!」


 何を言っているのかと思って振り向くと、閉めたはずの扉の隙間からニュルッとやってきていた。

 逃げる間もなく、俺とリアの足に触手が巻き付く。


 こうなって逃げられたためしがない。

 あっけなく捕まってしまう。また触手落ちかよ……。


「なんとなく、こうなるような気がしてた」

「わたくしは、タケルと一緒ならば耐えられます。もはや是非もありません!」


 なんだリア意外と平気そうだな。

 早くも触手耐性が付いたのか?


 俺は耐えられないかもしれないので、是非もなく巻き込まないで欲しい。

 風呂場から、リアの声色で「どうせなら一緒に入りましょう」と声が響いた。


 混沌母神様がリアと似た声を出しているのだ。

 一体何のマイブームなんだ。


 混沌母神は、いろんな物を見てモノマネを始めているのだろうか?

 その後、予想通り触手によって風呂場に引きこまれた俺とリアだったのだが……。


「あれ、ヌルヌルしない?」

「ふはぁ……どうなるかと思いましたが、是非もなくいいお湯ですね。生き返ります」


 なぜか、お湯の中で触手ニュルニュルはなかったので拍子抜けする。

 お風呂に入っている時の混沌母神様は、普通にお風呂を楽しんでいるだけである。


 お湯に浸けると、ヌメリが落ちて触手は大人しくなるのだろうか?

 また、リアの声色を真似して「生き返りますー」と気持ちよさそうにしている混沌母神様を見て、俺は対処法のヒントが見つかったかもしれないと考えていた。


 なにせ、混沌母神様の行動は誰にも止められない。

 このまましばらく居座られそうだから、とりあえず触手を無害化する必要があるのだった。

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